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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
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銀の手の行方1

 カリローは蔵書を保管するための部屋で自分の手元にある召集令状に視線を落とし、仲間へどう伝えたものか考えあぐねていた。


強制召集ミッションか。いずれ来るものとは思っていたが、よりにもよってこのタイミング)


『ペータル公国と貿易都市オルモンジュの交易路の安全確保のため、カリロー=アルチュリュー殿へ協力を要請する。現状、強力な蛮族の個体が確認されており、諸君らにはこれの討伐を…』


 既に何度も目を通していたせいか、途中で読むことを飽きて天井を仰ぎ見る。

 強力な蛮族の個体と言われ、以前にカリローが相対したタケミナカタという名のオーガ種を思い浮かべたが、平均レベル40と言われる聖騎士団を退けるほどの力が今の彼に残っているようには思えない。彼はカリロー達との戦闘の際に片腕を失っている、そのような戦闘力を持っているとはとても思えない。


 そうなると、あれよりも更に強力な蛮族があの地に現れたことになるが、そうポンポンとレベル40を蹴散らすような強者が生まれるとも思えない。いずれにせよ、何かとんでもない出来事が起きていることは確実だった。


 不意にドアにノックする音がする。


「アル、いる?」

「鍵はかけていない。どうぞ」


 ほどなくしてユウが部屋に顔を覗かせた。


 彼女もまた、カリロー程ではないが読書をたしなむ。週に1、2回ほどのペースで彼の蔵書から無造作に1冊借りていく。選ぶ本のジャンルに偏りは無く、しかも共通語コイネーで書かれたものはもちろん、エルフ語やドワーフ語、果ては妖精語など、書物の書かれた言語によって選ぶこともしない。たかが16歳、しかも生まれは平民である少女が膨大な言語知識をどこで学んだものかは想像もつかない。


「なにか悩み事?」

「いや? 僕はそんな顔をしてたかい?」


 カリローの受け答えにユウは眉根を寄せ、しばし思考。


「…ん、なら別にいい」


 ユウはカリローから興味をなくし本棚へと視線を向ける。

 相変わらず、勘が鋭い少女だと、カリローは冷や汗を浮かべながら無意識のうちに召集令状を手近にあった本を上に載せて隠す。たとえ彼女がソレを見つけたところで、責めるようなことをする性格ではないと知っている。しかし、カリローは秘密を共有することで共犯者として負担を強いるのを避けたいと、知らぬうちに考えていたのかもしれない。


「じゃ、今日はこれを借りていくね」


 そういって彼女が表紙を見せる本は各地の童話を集めた物のようで、幼稚な絵が描かれていた。


「ああ、しかし…今日は随分と簡単なものを選んだね」

「本に簡単も難しいもないと思うけど?」

「以前貸した『幻獣の生態系』等に比べれば簡単なものだと思うがね」


 確か高名な賢者が実体験も踏まえて、幻獣…4本以上の足をもつ生物に関して懇切丁寧にあらゆる検証を行い、自身の考察をもったいぶった文章で書いた…難解といえば聞こえは良いが、カリローに言わせれば要領の悪い内容だった。


「確かに、アレは酷かったね」


 ユウも思い出したのか、忌憚きたんのない感想で著者と著書を一蹴する。


「あ、みんなアルに会いたがってたよ?」

「別に依頼を受けなければならないほど、金に不自由はしていないだろうに」


 サンギンとの決着をつけてから1週間。ブルーダイヤモンドも1万5千Gという破格の値で売れ、各自の懐も温かく、駆け出しの頃のように日々の生活に困る状況でもない。


「そうじゃなくて、強制召集ミッション

「は?」


 ユウがふるふると首を振り思いも寄らぬ単語を口にし、カリローは硬直した。


「その本の下に隠した召集令状。私以外、皆のところに届いてるんだ」

「…ああ、そうか。言われてみれば皆、レベル40付近じょうきゅうの冒険者だったな」

「うん。だからアルがパーティとして参加するか、個人として参加するか、みんな判断を待ってる」


 忌々しげに本の下から召集令状を取り出すカリローへ、ユウは部屋の入り口と彼の顔を交互に視線をうつして、口には出さずとも酒場への顔出しを促していた。


「そうだな、考えておく」

「…よろしく」


 これ以上粘っても仕方ないと判断したのか、ユウは少し間をあけてからカリローの蔵書部屋を後にした。


   ■


「カピィ、2人は?」

「頭を冷やしてくるようだ。ナトのほうはどうしたもんかね。今回の件に限ればハチヤのほうが言い分に筋が通っているが、あいつもあいつでおかしいからな」


 「踊る翠羽の妖精亭」の片隅。ユウらが常に占拠しているテーブルせいか、ここに登録している冒険者も暗黙の了解で近寄らず、常に空いている。そして今、そのテーブルの座するのはカピィールだけで他の3人はいない。


 カピィールの言うとおり、例の強制召集ミッションについてハチヤとナトゥーアの参加方法をもめている。ハチヤは個人での参加、ナトゥーアはパーティでの参加を切望している。


 ハチヤは前回の戦闘後、どこかユウによそよそしく、今回も関係のない彼女を巻き込むのは筋違いだと主張しており、これを譲らない。ナトゥーアは逆にパーティでの参加を希望しており、その本当の理由を頑なに語らず、人見知りが激しいからだととってつけた言い訳のみで主張している。


「ハチはそうだね。ちょっと失敗したかな」

「何を?」

「ん、すこし弱音はいたから…」

「ふむ、狭量な奴だな。そんな顔をするな、オレから一言ビシッと言っておいてやる」


 そうやって促されるまま、カピィールの隣に座るとゴツゴツした手で背中をばしりと叩かれる。驚いてユウがその意図を問うように不機嫌な視線を送るが、彼は笑みを絶やさず片眉をあげた。


「…カピィは格好いいね」

「そうでもない。辛かったら辛いって言うし、嫌だったら逃げる。逃げられないなら酒を飲んで愚痴る。格好いい奴はそういうのを全部独りで背負い込んじまう奴だ」


 誰のことを言っているのだろうかと、ユウはカピィールの瞳を覗き込んでみるが答えは返ってこない。


「やぁ、珍しい組み合わせだね」

「そういうお前は珍しい時間帯に顔を出したな。カリロー」


 カリローは皮肉を笑顔で受け流し、カピィールの対面に位置取り椅子を引っ張ってくる。無言のまま彼らの間で視線が交錯し、何が始まるのだろうとユウが首をかしげていると、酒場の入り口からナトゥーア、2階に通じる階段からハチヤが顔を覗かせた。


「狙ったようなタイミングで姿を現したな」

「ナトゥーアの方は僕が声をかけた。ハチヤの方は偶然だよ」


「カリローさん。お話って何?」

「カリロー…」


 2人とも3人が座るテーブルへ真っ直ぐ歩いてくると、それぞれカリローをはさんで両脇に座る。


「話はコイツだよ」


 カリローは2人が座ったところで、懐から取り出した召集令状をテーブルに置いた。


「ねぇ、パーティで参加するよね?」

「だから、ユウを巻き込む必要はないだろ?」

「はぁ?」

「あん?」


 カリローをはさんで立ち上がり、ハチヤとナトゥーアがいがみ合う。


「…落ち着け。座れ」


 必然的に間に割って仲裁に入らず得なかったため、立ち上がり2人の肩に手をやり強引に座らせると、大きくため息をついてからカリロー自身も着席する。


「ユウが泣きついてくるわけだ。カピィール、君はこれをどうにかしようと努力しなかったのかい?」

「殴り合いにでもなれば止めた。まぁそこまで至らんほど、一方的な感情のぶつけ合いだ。せいぜい飛び火せんように黙る以外の選択がなかった」


 飄々と語るカピィールの意見は真っ当で、ナトゥーアの過去を顧みない限りは正しい判断だとカリローは納得する。それと共にもう少しこじれないうちに知らせてくれなかったものかと対面に座る2人の姿をちらりと見る。どちらも反省している様子はなく、これからカリローがどう舵を取るのかだけに関心を抱いている。


「パーティのリーダーを名乗った記憶はあるが、子供のお守りを請け負った記憶は無いのだがね…」


 両隣からステレオで罵詈雑言を吐かれるのだが、カリローはこれを意識からシャットアウト。


「カピィール。君の見解は?」

「飛び火するから黙ったというのに…」


 ぼりぼりと頭をかくカピィールへカリローが無言の圧力をかけると、やれやれと肩をすくめる。


「ナトは個人参加すれば地元にいる冒険者と無理矢理組まされるのを嫌がっとる」

「誰もそこまで言ってない」

「で、ハチヤは何を考えとるのか知らんがユウをのけ者にしたがっとる」

「のけ者とかそんなんじゃ…」


 口を開けばそれぞれからの言い訳が反射的に返ってくる様子に、カピィールは言葉を続けるかどうか悩むのだが、正面に座るカリローは無言の圧力をかけてくる。


「…オレは強制召集ミッションにユウを連れて行く必要は無いと思うが、半年も一緒にやってきた仲だ。それにユウのお陰で何度も命をひろっとる」

「わかった。わかったから、そこまででいい」


 カピィールの言葉に一喜一憂する両脇の感情の温度差に辟易しながら、カリローは対面に座るドワーフに喋らないでくれと懇願する。


「はぁ…。強制召集ミッションはユウも連れて行く」

「カリロー!」

「…落ち着け。白状すると、そもそもこれは事前に決まっていたんだ。以前、僕たちが受けた依頼の中に蛮族の偵察があっただろう? あの時に騎士団長殿がユウをいたく気に入ってだな、要請があればユウも連れて来る様に厳命されていた」


 反射的に隣に座るカリローの襟元を掴んで目を血走らせるハチヤをいさめ、淡々と仲間が知らない事実を述べていく。周囲の目がだんだんと冷めていくのを感じながら、同時に声のトーンも落としていく。


「つまり、カリロー。お前がとっとと返事を返さんかったせいでオレ達が茶番に巻き込まれたわけだな?」

「…そうだ」


 最後にはすっかり肩落としてしょぼくれたカリローに、カピィールは追い討ちと言わんばかりに彼が白状した内容と現在の状況を照らし合わせながら、最初にカリロー、次にハチヤ、ナトゥーアと視線を動かしてから最後にまたカリローへ戻すと、顔を伏せたまま肯定の返事。


「そうだ、じゃねーよ! 何の為に必死で考えてたんだよ、俺は!」

「そーだ、そーだ。あたし達がバカみたいじゃない」


 両隣からぐわんぐわんと責め立てられるカリローをぼんやり眺めながら、ユウはこっそり胸をなでおろす。そんな風にしていると突然背中に衝撃。びっくりしてから振り返るとカピィールのゴツゴツした手が再度ユウの背中をバシリと叩いた。


「のけものにされなくて良かったな」

「そんな心配は…」

「そういう顔してんだよ。隠すな」


 そういってカピィールは笑みを絶やさず片眉をあげた。


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