人形遊戯7
ナトゥーアが目を覚ますと、焚き火を突いていたユウが視線を向ける。
「ここは…、あたし?」
「まだ遺跡、地下墓所の中だよ」
「そう…、って、あの変態司祭は? ユウちゃんは無事? みんなは?」
ナトゥーアは体を跳ね起こし、ユウへ嵐のように質問を投げかける。そんな彼女を見ながらユウは安堵したように肩の力を抜いて天井を仰いだ。
「無事だよ。サンギンはちゃんと倒れたし、みんな無事。まだ意識は回復してないけど、気付け薬を使うほど急いでもないから」
ナトゥーアが周りを見渡すと、確かにハチヤ、カリロー、カピィールの五体満足な姿で焚き火の周囲に寝かされていた。そして部屋の中央に男女が互いに寄り添うように横たわっている。
「あれは…死んでるの?」
「うん、もう手遅れだった」
「そっか、スレアさん、助けられなかったんだね」
ユウは黙って頷く。
「うん…?」
「お、カリローさんだ。起きたんだね」
頭を押さえながらカリローは起き上がると、ナトゥーアと同じように周囲を見渡し状況を確認、最後に部屋の中央にいた男女の姿を見咎め、表情を曇らせる。
「最後に聞こえたのは、サンギン司祭の声だった。ナトゥーア、君の一撃で奴は倒しきれてなかったはずだが、いったい誰が止め…」
「みんなが起きたら話すよ」
「いや、話さなくて構わない。いや、そうだな君が持っているソレと彼らについてくらいは聞いておいた方がよさそうか…」
カリローはユウが皮手袋を装着して掴んでいる聖杯を見つけて眉をひそめる。
記憶が定かであるなら、聖杯はサンギンが噛み砕いて壊れてしまったし、そのサンギンは異形へ変貌し、スレアはそれに吸収された。どれも今あるように形を残しているものなどいなかった。
「それより、さっきの話! あたしの一撃はアイツの上半身をふっ飛ばしてたんだよ? 生き残ってるはずないでしょう?」
「…残念だけど、ナト。あいつ、あの状態でまだ生きてたんだよ」
「ハチヤ君も目が覚めたの?」
「ちょっとマナの使いすぎで身動き出来そうにないけどな。パーティの中じゃ俺が最後まで立ってた。カリローの聞いた声はサンギンで間違いないし、ナトが声を聞いた記憶がないのは、奴が使った初っ端の神聖魔法で抵抗を抜かれて強制的に寝かされたからだ」
ハチヤは天井を見上げたまま淡々と自身の体験を述べていく。
途中で目を覚ましたカピィールもハチヤの話に耳を傾けて黙っていた。
「つまり、僕らは精神干渉の魔法に抵抗出来なかった?」
「そうなるな、レベル10以上の格上になってたよ、あいつ。最終的にだろうけどな」
カリローはハチヤの告げる事実に言葉を失う。
精神干渉にカテゴライズされる神聖魔法は例をもらさず、すべて成功率が低い。最低でもレベル10の開きが無ければ、強制的に眠りに落とすことなど出来ない。反論しようにも彼の言葉を裏付けるように、自分やナトゥーアは抵抗の余地もなく眠りに落ちている。
「結局、1人でやっちまったんだなぁ。すまねぇ」
「ハチの謝ることじゃないよ。出来る人が出来ることをやっただけ」
悔しそうに歯を食いしばって何かを堪えるハチヤへ慰労の言葉をかける。
「…この聖杯はサンギンの体内で復元されていたモノ」
ユウは手に持つ聖杯をカリローへ放り投げる。受け止めたカリローがそれを調べてみるが、以前のようなよく分からないものではなく、ただの入れ物のように感じた。
「聖杯の中に溜め込んだ力を使い切るまで、サンギンをひたすら殺し続けたら、最終的には人の姿に戻っていたし、そのタイミングでスレアの肉体も聖杯も同化から解放されたみたい」
「殺し続けた…?」
カリローはその言葉に違和感を覚える。サンギンが正気だったかはさておき、何百もの魂を聖杯に取り込んだと吐いていた。その言葉に偽りが無いのなら、目の前にいる黒髪の少女は…
「そか…。最後には人間に戻れたんだね。あの変態司祭」
カリローの思考を中断するように、努めて明るくナトゥーアが中央にいる男女を見て笑う。そんな彼女の様子を見ながら、ユウが「あ」と小さく声を上げて、カリローの名を呼ぶ。
「アルに言伝。『厚意には感謝する。だが、罪人は罰せられなければ救われない』、だって」
「…ユウ、僕はやり方を間違ったのかな?」
「アルのはスレアさんの意思を汲んだ結果の行動でしょ?」
ユウはいつも通り抑揚のない口調で、カリローの行動を誉められたものだと諭す。
「それに、この結果もスレアさんの望んだ結果だから、あんまり自分を責めないで…ね?」
「そうか。オレには理解出来んが、本人の望んだ結果というのなら他人が口を挟むのは野暮だな」
「思い描いた通りにはならなかったけど、当事者にしてみればハッピーエンドだったのかもね」
「…そうだな。でも、きっとこれは間違ってる。もっと上手いやり方がいくらでもあったはずなんだ」
口々に亡くなった2人のことを思い、わだかまった気持ちに整理をしていく。
そしてハチヤはただ1人、気持ちを整理できずに沈黙を守っていた。意識を失う直前のあのやり取りが、トゲのように刺さり、彼の心を苛んでいた。
■
それから5日後、ユウは暗殺ギルドに再び足を運んでいた。
「報酬は支払ったし、こちらとしてはアンタに用はないんだけどねぇ」
相変わらず、手元にあるランタンだけが光源でそれが照らす範囲に人物はいない。
闇の奥から自称、暗殺ギルドの幹部、オ=ガヴォリテが気だるそうな口調でしゃべる。彼女の言うとおり、一昨日くらいに地図と金属プレートが同封された手紙がカリロー宛に届いており、恐らくは鉄と火薬の時代の末期の遺跡だろうとカリローが言っていた。
「スレア=ワイナリーとサンギン=フュネラルパレラーについて、詳しく教えて欲しい」
「あの騒動の犯人か。たいしたことじゃ無いだろうに…。まぁ代金分の情報はくれてやるさ」
用意された椅子に座り、ガヴォリテの言葉の続きを黙って待つ。
「まずはサンギン=フュネラルパレラー。騒動の実行犯の方からだが、年齢は42歳で生まれは公国領の…」
「細かい場所はいいよ。彼らがどんな出来事に遭ったか分かればそれでいい」
「おや、そうかい? サンギンの家系は代々司祭をやっていてね、奴も例に違わず司祭の職についた。良縁にも恵まれて25の時には子も授かったそうだ。まぁ、奴の悲劇って言えばいいのかね。始まったのはそれからだ」
ガヴォリテは続きを言いづらそうに軽くため息をつく。
「…奴の住んでる地域に疫病が蔓延した。35の時だ、そん時に奴は親も妻も子も知人、とにかく全部失った。まぁ、そのまま疫病で死ねれば幾らかマシだったんだろうが、神様の気まぐれで奴は助かっちまった。何度も自殺を考えたらしいがどうしても死ねない」
「…死ねなかった?」
「奴の手首を見たか? 女の方も酷い有様だったが、あの自傷の数は普通なら10回はあの世を見ていただろうね。強運といえば聞こえはいいが、奴の場合は生き地獄さーね」
(なるほど…もうその時点で介入してたのか)
「疫病が蔓延して奴の故郷は滅んだ。けれど奴はそこに居付いちまった。まぁ、忘れられなかったんだろうね。そしてやり直すには失くしたモンが多すぎた。…おや?」
「…続きは?」
闇の奥から語り部の声が途絶え、不思議に思ったユウがせっつく。
「待ちな。…ふむ、ここで女と合流か。先に女の方のあらましを話しておこうかね。
といっても、こっちはまるで情報がない。名はスレア=ワイナリー。26歳か…、見た目より歳を食ってるね。ひょっとしたらエルフの血筋かもしれんが、生まれも家族もわかりゃしない」
「手を抜いた?」
あまりの中身の無さにユウが訝しげに呟くと、闇の奥で怒気が膨れ上がった。
「冗談でもその言葉を口にしなさんな。女については神聖魔法で足取りを追えなかった。既存の調査方法じゃ分からんほど徹底的に痕跡が消されている。まるで御伽噺に出てくる爪弾きだよ」
一気に喋り終えると、ガヴォリテは少し満足したのか、むふーと鼻息を荒くした。
「御伽噺をここで口にするなんて、それこそどうかしてる」
「そのくらいお手上げってことだよ。
サンギンとスレアだが疫病からぴったり1年後に出くわしたようだ。女がサンギンの棲家の前で行き倒れていたのがキッカケ。それからの奴等の行動は恐ろしいもんだ」
「…恐ろしい?」
いまいちピンと来ず、首を傾げる。
「小さな集落を丸ごと焼き払った。大規模な精霊魔法を使ったようだが、そんな真似が出来る大魔法使いなら少しは名が知れてるはずだからね。
サンギンは司祭だ。そうなると女がやったと見るのが筋なんだろうが、出自不明な上に虐待された跡もある。オマケに少し前まで行き倒れてたとくりゃその線も怪しい…」
「方法も気にしないから省略していいよ」
「好奇心に欠ける子だね。こちらとしてもその辺を取り繕える気はしなかったから助かるよ。そんなこんなで、最初は小さな集落を、次に村の一画、1家屋。次第に規模は縮小していくが、頻度は逆に増えていく。そういうことを繰り返していたんだが、今から5年前を境にぴたりとやめちまった…」
再び、闇の奥から言葉を紡ぐ気配が失せる。ユウはたっぷり10秒ほど待ってから、深くため息をついてから合いの手を出すことに決めた。
「…続けて?」
「やめた理由が気にならないのかい?」
「どうせ分からないんでしょ。そうやってこちらから情報を吐き出させようっていう魂胆には乗らない」
可愛げがないとぼやくガヴォリテにユウは床を踏み鳴らして威嚇する。
「…ったく、それからはあんた達が関わった事件だ。2年前からパンに由来した姓の人間を狙った殺人が起こり始めた。まぁ、2年前と特定出来たのもあんたらのくれたヒントのおかげだがね」
話し終えたガヴォリテは椅子の背もたれに背中を預けたようで、木の軋む音が部屋に響く。
「ひとつだけ意見を聞きたい」
「なんだい?」
ガヴォリテはようやく本題にはいるのかと、あくびをかみ殺しながら眠そうに返事をする。
「彼らの間にあったのはなんだと思う?」
ユウが問うた内容にガヴォリテは息を呑んだ。そんなことを聞く為に暗殺ギルドを頼ったのかと思うと怒りを通り越して、思わず笑ってしまった。そして身内ではなく、敢えて自分を指名したユウの期待に応えるためにも彼女なりに真剣に考えることにした。
「ここは男女のことだ…と、軽く割り切って考えるのが妥当なんだろうが、背景が背景なだけにね。サンギンという男は失くしたモノに執着して今を見てやしなかっただろう。スレアって女の一方的な好意…とも違うね。女は女でそんなものを抱くほど男を信じちゃいなかっただろうさ」
「ずいぶん、饒舌だね」
「そうかい? この手の話はいくつになろうが面白いもんだ。不幸であればなおさらさ」
カカカっと笑うガヴォリテはどこか幼さを感じさせる雰囲気だった。
「で、結局のところは?」
「利用しあう関係でしかなかった。…例え、行き倒れた女を7年傍に置こうが男は変わらず、女は歩み寄る勇気がない。そんなのが男女の関係になるとは思わないよ。気持ち悪い」
ガヴォリテは吐き捨てるように彼らの関係を歪んでいると罵った。
「…私はそれでも2人が通じ合えていたらよかったと思っている」
「そうかい。確かにどちらかに少しでも悩みを軽くするような出来事でも起これば…」
思いも寄らないユウのしおらしい言動に感化されたか、ガヴォリテは彼女の考えが実現しそうなキッカケを思い浮かべる。だが、それも途中でやめてしまった。
「たら、れば、は人生にはない。奴等は単なる救われない人殺しどもさ」
そういって不機嫌そうに鼻をならすと、そのまま黙り込んだ。
これにて一旦〆
人形が誰で、それで遊んでいたのが誰だったのか。
サブタイトルはそういう意味で付けました。
なお、答え合わせはしません。
とりあえず、個人的には納得の結果です。
前回、落としどころ間違えた分も取り返せてよかったです。
もうちょっとゾンビを出したかったけど、主要キャラ強すぎて人型ゾンビじゃ相手にならないし、ドラゴンゾンビとかそういうの出せる環境でもないし。
機会があれば、また。