人形遊戯6
初撃は捨てる。
ユウの予想通り、いつかの天使同様、サンギンの皮膚は固く、右から振り抜いた水平切りは弾かれ、その反動による衝撃から逃れるために木刀はすぐに手放した。
サンギンはまだこちらの間の詰め方の速さには付いて来れておらず、目を見開き驚嘆している。
チャンスとばかりに、今度は創造具現化術による雷属性を付与。相手の肌をなめるように平手打ちを放つと、効果があったのか呻く。
「ユウ…。忌むべき者。恩恵も受けず、何故人の限界を超えるのか」
サンギンの右手に充足する神力を感じ、けれど甘んじてその攻撃を受ける位置に留まった。
右手から放たれた破壊の力はユウには通じない。世界が彼女を否定するように、彼女も世界を否定する。
刹那、背後から炸裂音。
サンギンの青銅色の肌に小さな穴が開き、そこから赤い血が漏れ出す。
「一応、攻撃は通る…。カピィールさん前衛。ハチヤ君は相手の神聖魔法に備えて待機」
「僕の役目を奪わないで欲しいな。火の精霊」
カリローの言葉を起因として大人の顔ほどもある炎弾が浮かび、サンギンへと吸い付くように飛んで行く。
さらにその炎弾を案内人としてカピィールが追従する。
着弾、そして爆発。
けれどサンギンへは何のダメージもない。さらに追撃するカピィールのウォーハンマーによる攻撃も、ユウが放った木刀による初撃と同様に頑丈な皮膚に弾かれた。
「無傷…か。1つ提案だが、逃げるわけには行かないのかい?」
「ダメ。この人達の手をこれ以上汚させたくない」
はっきりとした拒絶と純粋な目的を同時に言葉にすると、ユウはカピィールを足場にして飛び上がり、そのまま相手の鼻めがけて必殺の浴びせ蹴りを放つと、サンギンは痺れるような痛みに顔を歪ませた。
「手を汚す? そのような瑣末な悩みなどもう捨てた」
空中で無防備な姿を晒すユウにサンギンが左手を伸ばし掴もうとするが、炸裂音と共に腕に痛みが走り、無意識に腕を硬直させる。そのわずかな硬直の間を縫って、ユウは相手の胸を土台にして両足で蹴り上げ、サンギンとの距離を一気に離す。
「…確かに同族を殺めたことに自責の念は抱いていた。だが、この姿となった今では悩みですらない。視点が異なるのだ。例え現世で殺めたところで、簡単にやり直せるのだからな」
「超越者と同じ事を言う…」
「…おお! やはり、これが神の視点か。私は救われた。やはり何も間違ってなどいなかった!」
サンギンは足元にいるカピィールを蹴り飛ばすと、紫紺の輝きを纏う左手でなぎ払う。その切っ先から放たれるのは神聖魔法ではなく、精霊魔法による暴風。
「相殺しろ。風の精霊」
精霊魔法の行使に気付いたカリローがとっさに同系統の魔法で威力を殺すが、前衛にいたカピィールとユウには間に合わず、暴風により吹き飛ばされ、木製のベンチに体を叩きつけられた。
「ハチヤ、カピィールの手当てを!」
「いらん、それよりディフェンダーを貸せ。奴は格上だ」
巨人と化したサンギンの蹴りと、暴風による叩きつけを立て続けに受けたにも関わらず、カピィールはすぐに立ち上がり、ウォーハンマーを捨てると、駆け寄って来たハチヤにアーティファクトの催促をする。
「まだ格上がいるのかよ。いい加減にしてくれ、俺達平均レベル40近いんだぜ?」
「この調子だと、来年には人族の限界に到達出来そうだな」
「来年があるといいんだけどねー」
ディフェンダーを譲渡する際に、ハチヤは体内のマナをいくらかカピィールに分け与える。肉体にダメージを受けた様子はないが、マナ切れの症状がカピィールの土気色の肌に現れていた。
「…アル。今の私じゃ決め手がない」
カピィールに少し遅れてユウもまた起き上がると、丁度足元に転がっていた木刀を拾い上げる。
「では、もう1人の出番だな…。少しは負担を減らせるといいが…、風の精霊、水の精霊、混ざれ」
「じゃ、時間稼ぎよろしくー」
「俺は後ろを守る。カピー、ユウを任せた」
「任せ…られた!」
再度、突貫を試みるカピィールに対し、相手は万全の状態で迎え撃つ。
雷撃にも似た神聖魔法が放たれるが、ディフェンダーを装備したカピィールとって、必殺の一撃には足りえない。その勢いを止めず、盾を掲げてその雷撃の中を潜り抜けサンギンへと迫る。
初撃を掻い潜ったカピィールを見咎め、サンギンは両手を突き出し精霊魔法を詠唱する構えを取る。
その時、サンギンの視界に一筋の影が映った。
それが祭壇にかけられたランプの光源を遮り、音も無く接近したユウのモノだと気付いた時にはもう、4つある翼のうちのひとつをもがれた後だった。
「ぐぬぉぉぉぉおおおおおおおお!」
サンギンは恐怖、または痛みからか、綯い交ぜの感情を根底とした声をあげる。
彼の心を満たしていた万能感は既に存在せず、以前、人間であった頃持っていた感情、絶望と憎しみが彼の心を塗り上げていく。
「ふざけるな。人間が…下位存在如きが神に近しい私を」
「あたしの一撃は必中。あたしの一撃は雷霆…」
その力ある言葉を聞いて、礼拝堂の入り口で狙撃銃を構えたナトゥーアを見つける。
そしてそれが自分を殺しうる一撃だと本能が知らせ、サンギンは彼女めがけて突撃しようと足を前に出そうとするが出来ない。その理由を確かめようと足元に視線を向け、そこへ取り付いた人間の姿を認識する。
「女のケツを追いかけるのは勝手だが、ちょっとばかりオレにも付き合ってもらおうか!」
「…ッ、邪魔だ!」
激昂したサンギンは4mの巨体を存分に利用して拳を打ち下ろすが、カピィールは直撃を受けるが、それでもなお、膝をつくことはない。
「ナトゥーア、存分にやれ。ここは雷の精霊のマナで満ちている」
予想を遥かに上回るマナの収束に、サンギンは死刑宣告を受けたように放心状態になった。
「あたしの一撃は強者を仕留める英雄の一撃!」
4元素の精霊と邂逅し、新たな境地に辿りついたカリローは精霊を掛け合わせることで、あらゆる精霊を呼び出す術を知った。そして今、彼の周りには1m先も見通せないほどの濃い霧が漂う。
「ライトニング・バスター!」
詠唱終了と共に、超高速で打ち出されたカリロー謹製の弾丸がサンギンの上半身を吹き飛ばしていた。
あとには立ち尽くした下半身と、サンギンを貫いてなお破壊力を持て余したエネルギーが祭壇をずたずたに破壊し、半球状にサンギンの背後にある壁が抉れていた。
「…あっけないものだな。『テンシ』モドキに変貌した時には驚いたが」
「それより、カリローさん。いつの間に雷の精霊のマナ生成できるようになったのさ?」
マズルフラッシュに似た光が途絶え、カリローが再び目を開いた時には、サンギンだったモノの下半身だけが取り残されており、生物学的に考えれば一目で死亡とわかる有様だった。
「つい、さっきだ。駄目元だったがね。君への負担が減ったようでなによりだ」
「カリローがアドリブ…明日は雨だな」
ハチヤは構えていた盾をおろすと、自分のポーチを探ってカピィールへハイポーションを投げる。
「…最近はこのパターンが多いな。体を張る分に文句がある訳ではないが」
カピィールはハチヤから渡されたハイポーションを患部へ浴びせ傷を癒すと、脅威が去ったことで生まれた弛緩した雰囲気に浸る。
『眠れ』
突如、5人の誰でもない声が礼拝堂を満たし、最初にナトゥーアが不自然に地面へ倒れた。
『眠れ、狂乱せよ』
「この声…、サンギン司祭のものか?」
直接、体の中をかき回されるような感覚を、カリローはスレアに受けた傷を圧迫し痛みで相殺しつつ、わずかに残った理性で状況を理解しようと努力する。
彼の視界にはナトゥーアとカピィールが倒れている姿が映っている。自分も体の自由がきかず、もう数瞬で意識を失うだろう。
『眠れ、狂乱せよ、崇めよ、我を!』
「化け物かよ…」
ハチヤの目には、サンギンの下半身からぶくぶくと肉塊が生まれ、徐々に人の形を成していくという、普通では有り得ない状況が映し出されている。その状況は神聖魔法における治癒や再生などのレベルを凌駕し、復元という言葉がふさわしい。
「ハチ。もういい、あとは私がやる」
「仲間だろ。助けてって言っただろ。助けさせろよ!」
ユウから見たハチヤの姿は異常だった。顔面蒼白、涙と鼻水塗れ、瞳孔は見開き、手先を震わせいる。
こうやって言葉のやりとりが出来ているだけでも奇跡に思えた。
「駄目だよ。やっぱり好きな人達にそんな風になるまで何かを強いるなんて、私には出来ない」
「また、アレやるのか? ユウ、お前言ってたよな、アレは制御出来ないって、ぜんぶ背負い込むなよ。何か言えよ、チクショウ」
全マナを精神を正気にする魔法、サニティへつぎ込み、今は正気を保っているが、ハチヤは限界を迎えていた。リスクはある、それでもユウに頼ることしか出来ない自分への苛立ちを彼女へぶつけた。最低な行為をしていると、ハチヤは今も流し続ける涙を異なる意味で流す。
「…ごめんね」
ユウは体を復元するサンギンに背を向けて、カピィールが倒れ、ハチヤが立つ場所まであるく。そして素手でハチヤのカブトのフェイスカバーを引き上げ、涙と鼻水塗れでマナ不足で蒼白となった冷たい頬をなでる。
ハチヤは彼女の暖かな体温を感じ、緊張の糸が切れたのか意識を失うと、そのまま人形のようにユウにもたれかかった。
「ごめん…なさい」
もう誰も聞いていない仲間への謝罪の言葉を告げ、もたれかかったハチヤをそっと地面に横たえる。
「やはり、神聖魔法を無力化するのだな。忌むべき者、爪弾き」
完全復活を遂げたサンギンが唯一立ったままの少女を見て予想通りの結果だと笑う。
そんな彼へ対して、ユウは向き合い左手を天高く掲げた。
「世界を綴る1頁。
若者は出会う。万物を識る魔術師とその世界の広さに
若者は決別する。平穏な日々と狭きやさしい世界に」
ぞぷりと、ゆっくりと下ろされた左手の肘から先が何もない空間へ吸い込まれる。
「それは知っている。スレアの使っていた奇妙な召異魔法であろう?」
「…そう。やはり、その程度ね」
空間から再び左手が現れると、そこには1枚のカードが握られている。瞬時にカードは指揮棒へと変化し、ユウの手元に収まる。
「どうせ規格外の精霊魔法など撃てはしまい。仲間を巻き込むのだからな」
「スレアはアルカナの1面性しか見ていない」
サンギンの放つ炎弾を、ユウは認識すると同時に消失させる。そしてタクトを振るうと、新たに4人の人間を創造する。すべてが黒髪の少女であり、合わせて5人となったユウの姿にサンギンは驚愕し、狼狽を隠せない。
「精霊魔法によるまやかしか?」
ユウは答えず、タクトをもった1人を除く4人が同時に木刀を携え飛びかかる。
1人目はサンギンの右足へ力任せに水平方向へフルスイングを行い、木刀と引き換えに彼の右足を開放骨折に追い込む。
2人目は4つの翼を瞬時にもぎ取り、さらに1人目の攻撃でバランスを崩したサンギンへ畳み掛けるように左わき腹へ雷を付与した左手による殴打を加える。
3人目は少しタイミングを遅らせて、1人目のサンギンへの攻撃によりバランスを崩したことを利用し、肩口へ駆け上がると、天使同様、脆い感覚器官への刺突を敢行する。
4人目は遠心力を最大限に利用して、木刀と引き換えにサンギンの右肩口から心臓に届く斬撃を加えた。
5人目は木刀をサンギンへ向かって放り投げ、足元にいたカピィールとハチヤを礼拝堂の入り口へ蹴り飛ばした。
「どう? まやかしだった?」
タクトを持ったユウは足元に転がるディフェンダーの柄を踏みつけ、反動で跳ね上がったそれを右手で掴むと、サンギンへ向かって放り投げる。
「すべてが実体だと? なんだコレは、精霊魔法にこのようなものなど」
サンギンは負った傷を復元しながら、自身の顔に張り付いたユウを左手で捕らえ、そのまま力任せに握り潰すと、3人目のユウは血反吐を吐いてあっけなく事切れた。
「ああ、私が1人減った。じゃ、追加」
タクトを振るうと傍にもう1人の自分が生まれる。
1人目はユウが投げた木刀を受け取り、再度のフルスイングで復元中の右足を完全に断ち切る。
2人目はバランスを崩し倒れてきたサンギンに押し潰されないよう回避する。
4人目はサンギンから距離を置くと、投げられたディフェンダーを手に取った。
「精霊魔法を使うのではないのか? 無能はそれを使って精霊魔法を行使していたのだぞ?」
「解釈の差。魔術師の側面もあるけれど、裏を返せばペテン師でもある」
新たに創造された6人目が3人目ごとサンギンの左手を木刀で貫き、地面へと縫いつける。
1人目は目標を相手の腹部へ変更し、金属の精霊により木刀の材質を硬化させ、サンギンの青銅色の皮膚を貫く。
2人目は自由の利かなくなったサンギンの右手へ飛び乗ると、木刀で使って地面へ彼の左手を縫い付けた。
4人目はサンギンの胴に飛び乗り、ディフェンダーを振り上げる。
「やめてください。私も殺してしまうのですか?」
サンギンの胴から突如生えたスレアの姿をした上半身が、4人目の振りかぶるディフェンダーの前に立ち塞がり、それでも自分を殺すのかとユウへ問う。
4人目は躊躇無くディフェンダーを振り下ろすと、スレアごとサンギンの心臓を引き裂く。
「お前は何の情も持たぬのか。かつての同類であろう?」
「スレアはもう死んだ。貴方が殺した」
心臓を引き裂いたところで、サンギンは生命活動を終える事は無い。
傷が開くことも厭わず力任せに右手と左手を動かし木刀ごと地面から引き抜くと、上半身を起こして力任せに右手を振るい、4人目をなぎ払う。
「さすがは聖杯。痛みさえ無視できれば無敵だね」
4人目は壁面に赤い華を咲かせたのを見届けてから、ユウは7人目を呼び出す。
「そういうお前は本体を殺せば終わりだろうが!」
サンギンは瞬時に右足と翼を復元させると、翼を羽ばたかせて巨体を空に浮かべてからタクトを持つユウへ飛びかかる。
「…それは大きな間違い。私は全にして個、個にして全なんだよ」
7人目とタクトを持ったユウが押し潰し、満足したように息を吐くサンギンの背後から、冷や水を浴びせるように2人目のユウが声をかけた。
サンギンが振り返った先にはタクトを持つ2人目のユウの姿。
「驚くことはないよ。先に殺し尽くしたほうが勝ちってことだけ…、単純な消耗戦だよ」
5人のユウによる残撃の嵐がサンギンを襲う。
最初の時と違い、木刀は折れず彼の肌を貫通する。その一撃一撃が彼の命を確実に削ぎ落としていく。
「馬鹿な、こんな…、こんな出鱈目なことを」
サンギンの反撃で1人のユウは倒せても、瞬時に残りの誰かが5人目を創造する。一度に殲滅可能な神聖魔法はユウに効かず、精霊魔法は行使の段階で打ち消される。
彼は詰んでいた。
「貴方が重ねた罪の数だけ、私が断罪してあげる。…私なりの優しさだよ?」
そういって嗤うユウの姿を見て、サンギンは死の先にある闇を垣間見たような気がした。
そして彼は殺すたびに学習し強くなるユウに、命の限り殺され続けた。
前回、書けばよかったのかもしれませんが、
魔術師のアルカナの逆位置の意味に『裏切り』があります。
同様に法王のアルカナの逆位置の意味に『独りよがり』とか『不信感』なんてのもあります。