人形遊戯4
「うへぇ。中は真っ暗だな…」
穴の中はジメジメした空気が纏わりつき、天井から差し込む日差し以外の光源はない。ハチヤは数m先も見通しがきかない地下の墓所へと続く道を見て不満を漏らす。
「久々だが、闇の精霊。オウル・ビジョン」
「…これなら松明の必要はないな」
オウル・ビジョンとはその名の通り、梟のように闇夜でも昼間と同じように見えるようにする精霊魔法で、それを付与されたカピィールがクリアになった視界に満足そうに頷く。
「隊列、どうしようか?」
「いつも通りだな、先頭にユウ。後方にナトゥーア。あとは適当に…、ハチヤはスレアさんの傍を離れるな」
「わかった」
ユウは特に疑問も抱かず、ハチヤやナトゥーアの脇を抜けて先頭を歩き始めた。
「あの…、ユウさんはレベル0ですよね?」
「あれ? カリローさんスレアさんに話したの?」
ごく最近打ち明けられた身として、不満なのかナトゥーアは不機嫌そうにカリローへ視線を向ける。
「…少しワケありでね。でもユウのことなら心配ないよ。パーティで一番の腕利きだ」
「危機察知能力が野生の獣を上回っているからな。ありゃ普通じゃねーよ」
暗闇の中を平然と進む背中を見るハチヤの態度はユウのトンデモ加減に心底呆れているようだった。
「ん、地形が変わった」
それまではむき出しの土壁だったのが、唐突に石で作られた建築物に変わり、漂う雰囲気も一気に冷たい感じになる。
「地下の墓所に着いたのだと思います。さっきの入り口も古いものですが、この建物はさらに古いかと…」
「また遺跡か。今度は壊したくないねー」
「壊したら、間違いなく生き埋めだけどな」
ユウに続いてカピィールらが足を踏み入れると、思った以上に自らの足音が部屋に響き、思わず足を止める。
「まだ何もいないから、だいじょぶだよ?」
足音すらさせず進むユウが立ち止まった仲間に気付き振り返り、足を止めた仲間を不思議そうにみやる。
「それに、前も言ったけど金属鎧身につけて歩いてる時点で、そういうの気にしても無駄だよ?」
「いや、俺らが足を止めたのは、足音も立てずに歩いてたユウとのギャップに驚いただけだから…」
不思議そうに首を傾げるユウをハチヤがやんわりと諭すが、本人には伝わっていないようだった。
「しっかし、思った以上に響くねー。部屋の広さどのくらいだろ?」
ナトゥーアがカカトでステップを刻みながら、ざっと部屋を見渡した限りでは、50mほどの奥行きがあり、高さも2階建ての建物を優に超える。当時の建築技術と経年劣化による傷みも感じさせない地下墓所へ畏敬の念を抱くばかりだ。
「…とまって」
部屋の中央付近まで歩いたところで、ユウが仲間に制止を呼びかける。
「何か動き始めた…部屋の中」
「部屋って、こんなとこ遺骨くらいしかないでしょ…あ」
周囲にあった棺が開き、安置されていた遺骨が徐々に人の形を取り始める。
「スケルトンだな。強さは術者のレベルに依存するが、最高でも5は下と見ていいだろう」
「そーすっと、レベルいくつの骨っこ?」
ハチヤとカピィールがスレアを挟み、武器を構える。
「よくて35相当だな。魔術師ギルドの職員はピンキリだ。ちなみに僕らが顔を付き合わせたのはピンに属する方だよ」
在りし日の姿を取り戻したスケルトンの攻撃をかわして、カリローは樫の杖を振り抜き胴体を両断するが、スケルトンはそのまま崩れ落ちたりはしない。すぐに失った部分を補填して再びカリローに襲いかかる。
「カリロー。これどうやって倒すの?」
「さてね。専門外だよ」
ハチヤがスケルトンへの攻撃を行いバラバラに吹き飛ばすのだが、何事も無く起き上がってくるソレの対処に彼も困惑している。
「スケさんは核を狙えって聞くけど、大体は粉々にすりつぶす人のほうが多いかな」
ナトゥーアは対峙したスケルトンを銃剣とグリップでバラバラに引き裂き、粉々に粉砕する。
横目で見ていたカピィールもそれに倣ってウォーハンマーを振り下ろし相手の動きを止めてから、形をとどめた部分を丁寧に砕いていく。
「対処が面倒だな…」
「これだから高レベルは…。神聖魔法を起点としてるから、濃い部分を狙えばいいよ」
ごり押しでスケルトンを無力化する仲間とが違い、ユウは木刀でスケルトンの骨の一部のみを破壊する。核を失い、姿を保てなくなったスケルトンはその場で物言わぬ琥珀色の残骸へと還る。
「それが分かれば苦労しない」
「濃いってなにが濃いのかがわかんねーよ。…っと、スレアさんはちゃんと後ろに隠れててくれよ?」
「ユウさん、すごい。恩恵も無しに化物と互角に…」
「あいつは誰とだって互角だよ。神さんとやりあった時でさえな」
凄い勢いで人骨の山を築いていくユウを見て驚くスレアに、スケルトンからの攻撃を受け止めながら、ハチヤは呑気に答える。
「いい話してるとこゴメン。後ろからフレッシュなスケさん」
「悪い報せならこっちも。奥から布切れみたいなのが近づいてくる」
「…レブナントとゴーストだ。いい加減、魔物への興味くらいもってくれ」
ナトゥーアとユウの特徴だけの報告を受けたカリローは苛立ちながらその正体を口にする。
「正式名称なんてどうだっていいでしょ?」
「僕とナトゥーアでゴーストをやる。カピィールはレブナントの相手を頼む。見た目に比べて力が強い、取り付かれるなよ?」
カリローは舌打ちすると、ユウが切り開いたスケルトンの壁を突破して、ゴーストを視界に収める。
「ゴーストってどうやって倒すの? 実体なさげだよね?」
「君は何年冒険者をやっていたんだ? マナを散らすだけで無力化出来る。相手は精霊魔法を行使するから距離が離れているからといって油断はするなよ」
追従したナトゥーアに声をかけると、詠唱破棄したカマイタチをゴーストへ放つ。轟と音を立てゴーストを両断すると、その勢いのまま壁に衝突し、大きな裂け目を残した。
「カリローさん、張り切りすぎじゃないの?」
「いや…、ホンモノに出会ったせいで若干威力が増したみたいだ」
「本物って、はぁ?」
ゴーストが放つ火の弾をかわしながら、ナトゥーアが訝しげに視線を送るが、カリローは気付かず次々に精霊魔法をゴーストに向けて撃ち出す。放たれた魔法の規模はいずれも以前より強力で、あっという間に大量のゴーストを散らしてしまった。
「あたし、別にいらなかったような…」
「うーん、嬉しい誤算といったところかな」
誤魔化すように笑うと、振り返り他の仲間の戦闘状況を確認する。
スケルトンはその殆どをユウが始末して在庫切れ。
レブナントは数の少なさと生身に近い特性を持った分、不死性を持たず倒しやすかったのか、カピィールが単独で撃破していた。
「片付いたようだな」
「俺のいいとこ無しか…」
しょぼくれるハチヤをユウとスレアがそれなりに励ましているのを横目に、カリローはレブナントの残骸に近づく。
「動けんだけで、寄れば噛み付くぞ?」
「分かっているが、このままというわけにもいかないからね。土の精霊」
石畳を食い破って現れた土砂はレブナントの残骸を飲み込むと、再び平坦な地面へと戻る。
「…スケルトンは人骨。ゴーストはマナ。魂を無理に宿した結果できる魔物だったよね?」
「レブナントは死体に魂を宿した結果だよ。サンギン司祭は上の墓地で眠りについていた死者を無理矢理、起き上がらせたのさ。正当防衛とはいえ、彼らをこのまま野ざらしにするのは可哀想だからね」
大立ち回りを演じて疲れたのか、ユウはポーションを飲みながら、少ない言葉でカリローの行為の真意を問うが、彼は彼女の言葉とその眼差しから正確に意図を汲んで、自分の行動の意味を説明する。
「しかし、そうなるとここは厄介だの。何しろ墓地に墓所だ」
「次が押し寄せてくる前にケリをつけて置きたいところだが、このまま聖杯のストックを空になるまで消耗させるのも悪くない手だけにね…」
そういってカリローは唸る。その姿を見てカピィールもカリローの意図を理解した。
彼は相手の力を少しずつ削いでいく方が安全策だと考えている、だが一方で死者を冒涜する行為を続けさせることにも忌避感を抱いており、どちらを選ぶか悩んでいるのだ。
「あたしはこんな陰気臭いところからさっさとオサラバしたい」
「俺はこれ以上、死者を冒涜するのは嫌だな。命がかかってるから強くは言えないけど」
「オレもハチヤに賛成だ。奴さんがどこかで監視してたら厄介だしな。こちらの手の内を全部晒す前に大元を叩くほうが逆に安全かもしれん」
3者3様につづる言葉は違えど、結論はすべて同じ。
カリローは保身の案を頭から蹴り飛ばし覚悟を決めた。
「スレアさん。サンギン司祭がいるとしたら、この建物のどこか見当がつくかい?」
「そう…ですね。礼拝堂だと思います。信心深い方でしたから」
スレアは闇の奥を見据えて、その先にいるはずのサンギンを思う。
「その礼拝堂はどこ?」
「ここからそう遠くないです、2つほど部屋をまたいだ先にあります」
「部屋…、ちなみにその部屋はどんなのか聞いてもいい? ここみたいに遺骨安置所じゃないよね」
石棺が整然と並ぶ部屋を見渡すナトゥーアの様子は不安がにじみ出ていた。
「あの、ここよりもっとですね。その…」
「だいたいわかった。石棺ある時点でそれなりの人が葬られた場所だもんね」
スレアの歯切れの悪さに、ここよりも遺骨の密度が高いのだろうと、ナトゥーアは理解する。
「ここよりは狭いのだろう? とっとと駆け抜けて入り口に蓋をしてしまえば問題ないよ」
「…ん、これは勘だけど」
先行きを不安しているナトゥーアを向いて、ユウは言い澱む。
「続けてくれ」
「礼拝堂にしか敵はいないと思うよ。私達の実力を見て、相手はもう覚悟を決めた」
「何の覚悟だ?」
「聖杯だっけ。あれの本当の使い方」
ユウはそれっきり口を塞ぎ、再び先頭を歩き始める。
カリロー達は互いに顔を見合わせて、彼女の真意を計り知れないとさじを投げる。スレアだけが意味ありげに顔を伏せた。