人形遊戯3
追記 4/7 修正
部屋に2人を招き入れた女性はまだ少し眠たげな目をしていたが、意識ははっきりしており、その表情をいくらか強張らせていた。
「早朝にすまない。だが、君にしか分からないことだからね…」
「いえ、人造神器を私が持っている時点で共犯者がいることは明白でしたし、こうなることも時間の問題だったと思います」
スレアは元レベル0だった女性である。ユウと同様に神様の祝福を打ち消し、神聖魔法による恩恵も神器を始めとした祭器の恩恵も受けられない体質だ。
ゆえにアーティファクトを使用出来ない彼女が、本来ならば使用しない限り空っぽのはずのグラス型のアーティファクトを中身が詰まった状態で所持していた事に矛盾があった。
「そういえば、君もそういう体質だったな。今となっては僕には確かめる術はないし、君とユウの言い分を信じる以外の選択肢もないのだが…」
「スレア。あの杯は何? 神器にとてもよく似ていたけど?」
ユウは無遠慮なカリローの態度を肘でこついてたしなめると本題に入る。
「あのアーティファクトは私の知識を元に復元した聖杯と呼ばれるものです」
「セイハイ…、聖杯か。アーサー神が探求した品の名だな。存在の確認すらされず仕舞いだったと思うが」
「カリローさんが仰っている物とはきっと異なるものだと思います。私が復元したのは、こちらの世界の知識の産物ではありませんし」
「うーん、言っていることがよく分からないな」
カリローはスレアの言葉を理解しようと努力しているようだが、眉間に皺を寄せて悩むばかりだ。
「…アル、内なる神と異界の神という概念はわかる?」
「まぁ、感覚としてなら理解出来るよ。説明しようと言葉にするのは難しいがね」
「スレアの言っている知識は異界の神の領分。だから、既存の知識で扱うことが無意味」
そう言われて得心したのか、カリローは目を輝かせてユウを見る。
「…はぁ。スレア、聖杯を復元したのは誰?」
「彼女が復元したんじゃないのか?」
カリローの間抜けな質問にユウは再度、無言でため息をつく。
「いえ、当時の私ではアーティファクトを作成する知識はあっても、神の力を扱うことは出来ませんでしたから。聖杯の復元にはサンギン=フュネラルパレラーという男性に協力していただきました」
「フュネラルパレラー?」
「本人は司祭の職に就いていたと話して下さったことがあります」
「司祭ね…。神聖魔法に精通しているし、アーティファクトを作成する技術もありそうだな」
カリローが納得したように頷く横で、ユウは浮かない顔をしている。
「スレアはサンギンに対して敬意を抱いているように見える。何故?」
「あの方は唯一、私を受け入れて下さいました。結果的に利用されていたのかもしれませんが、その行為に救われていたのも確かですから…」
そういってスレアは目を伏せる。彼女の情動を察したユウもまた、同様に沈黙した。
「…利用? 僕には君がその司祭を利用していたように感じるが?」
証拠に召異魔法を実行したのは彼女で、現場に先に言った協力者である司祭の影はなかった。
「…そうですね。…結果的に…独りで召異魔法の儀式を行いましたしッ。…それまで協力して頂いた、彼を裏切る行為だったことは認めます」
「スレア、サンギンの居場所はどこ?」
涙声でしゃべるスレアは罪の意識に囚われているようだった。だからユウは彼女の心が終わってしまう前に何とか情報を引き出そうと早口にまくしたてる。
「彼はもう罪の意識に押し潰されたのかもしれませんね…。私が失敗したせいで、彼の心を救済してくれるはずの神はもういないのだから」
「スレア」
「…彼は、もう戻れないのでしょうか?」
もうこの目をみるのは、何度目だろうか?
ユウは自分に問いかけながら、そのまま泣き崩れるスレアを黙って見守る。
「…僕には君達の関係がどうだったなんてことは、露ほども分からない。事実だけを述べるのであれば、サンギン司祭はもう戻れないところにいる。対して、君は僕とユウが黙っているだけで、このまま平穏な暮らしを約束されるだろうね」
カリローは淡々と状況を彼女の頭から浴びせると、スレアのあごに手を添え、うつむいた彼女の顔を無理矢理、上に向けさせる。
「アル?」
「納得していないようだから、君には…そうだね。第2の選択肢を君に与えよう」
「だい…に?」
既にカリローはスレアから伸ばした手を引っ込めていたが、提示された希望に縋るように、スレアは顔を彼に向けたまま、続く言葉を待つ。
「まず、君達に死んでもらう」
スレアはヒリつく喉に痛みを覚え、生唾を飲み込む。目の前にいるカリローという男の目は据わっていて、冗談を言っているようにも思えない。
「と、言っても社会的にだけれどね。幸い、僕らには暗殺ギルドというコネがあってね。別の国で暮らす分には問題ない程度の安全は約束できるだろう。ユウ、出来そうかな?」
「…きっと、高くつくよ?」
「その時は聖杯を売ってしまえばいい。魔術師ギルドは物欲しそうにしてたからね。言い値で買うだろう」
いい気味だとケラケラ笑うカリローは少年のように屈託のない表情だった。
「すみません。けれど、何故私にここまで?」
「…代償行為のようなものだ。僕は神でもなければ英雄でもないが、君のように虐げられてきた人にはハッピーエンドが相応しい。そう思ったからそうしたい」
スレアは目の前にいる青年の言葉が誰を思ってこの提案を出しているのかと思うと、微笑ましく思う。
「その第2の選択肢を選びます。彼の居場所も教えます。1つだけ条件を…」
相手は既に織り込み済みで、スレアが条件として提示しなくともそうするだろう。けれど、彼女はそこまで彼らに甘えたくはなかった。
「私も同行させてください」
「いいね。その言葉を待っていた」
カリローは満足そうに頷いた。
■
正午きっかりにカリロー達は「踊る翠羽の妖精亭」を出発し、進路を北へと向けた。
「また木刀…」
「今度は世界樹の枝から削りだした珍品だとさ。前のよりは丈夫さに劣るけど、気功術だっけ? アレと相性がいいらしいぞ?」
ユウは手渡された自分の身長ほどもある長尺、140Cの反りのある木製の刀を邪魔そうに肩に担いで、ハチヤの説明を話半分に聞き流す。
「で、スレアさん。本当に付いて来るの? たぶん死ぬほど危険だと思うんだけど?」
「無関係でもありませんし、出来ればこの目で見届けておきたくて…」
スレアは肌を隠すような厚手で長袖のセーターと足首まで隠した丈夫そうなズボンと長靴、さらに顔を隠すように大きめのケープを被っている。
「ふむ、関係者か。カリローよ、他に隠していることは無いだろうな?」
「ある」
3人の視線を受けても怯まず、カリローは断言。
「まだ、全部話してないのかよ。どれだけ信用してないのさ」
「…ユウと関係があると言えば通じるか?」
「おっけー、例のアルカナ関連ね。じゃあ戦力として期待しちゃっていいのかな?」
「残念だが戦力としては期待できない」
ナトゥーアは肩透かしをくらったように呆ける。
「だって、アレだけの…。ひょっとして発動条件厳しいの?」
「ん、別に条件は無いよ。ただ制御出来ないから自滅する可能性があるだけ」
「世間では、それを発動条件が厳しいって言うんだよ!」
ペチリとナトゥーアがユウの頭を叩くと、ユウは納得がいかないように無言で視線を返す。
「ユウは自分の命を軽く見ている節があるからな。言って聞かせるしかあるまいて」
「軽く見てるつもりは無いんだけど…」
「そこは道徳観の違いだな。どこでそこまで捻じ曲がったのかは知らんが、相当酷い目にあっとるようだの」
カピィールは鋼鉄製のプレートを貼り付けた厚手のミトンで顔を覆うと、大きくため息をつく。
「確かにユウは世間ずれしてるよな。世間慣れはしてるけど」
「そこがよわ…可愛いところだから、指摘するか悩むんだけどねぇ」
「ナト、いまお前何言おうとしたよ?」
ハチヤの追求から物理的に逃れるようにナトゥーアはユウを盾にする。いまのハチヤは金属鎧に身を包んでおり、金属アレルギーを患う彼女に近づくということは、手痛い反撃を受ける事を意味している。
さらにオマケとばかりにユウが容赦のない視線をハチヤに向ける。
「はぁ…。それでスレアさん、目的地は共同墓地でいいんだよな?」
「はい、そこに近くの地下の墓所に繋がる入り口があります」
「墓地に墓地の入り口か…、建国者は知っていてそこへ共同墓地をあてがったのかな」
カリローは独り言のように呟き、考察にふける。
「そういう面倒なのはどうでもいいだろ。そろそろ共同墓地が見えてきたぞ」
「…ハチヤ、悪いが交渉を頼む。魔術師ギルドの令状とうちの徽章だ」
ポーチから取り出した上質な紙と小さなメダルをハチヤに手渡す。
ハチヤは訝しげにカリローへ視線を送るが答えは返ってこず、黙って共同墓地へ走った。
「ねーねー、あの令状、何が書いてあるの?」
「魔術師ギルドで今朝起きた事件の調査を行うから、捜査している兵を半日ほど引き払えと…ね。探られて痛いものでもないが、この間のように変に人を巻き込んでしまうのは問題だからね。予防策といったところさ。ナトゥーアの荒れっぷりはハチヤから聞いているし」
猫なで声で擦り寄ってきたナトゥーアへ嫌味たっぷりをこめてカリローが答えると、彼女は頬染めカリローに背を向ける。
「あー…、なるべくなら、忘れて欲しいなぁ。それ」
「はやく忘れられるといいのだけどね。必要なら力を貸すよ?」
「…マスターにどこまで聞いてるの?」
「彼は何も言わない。僕が知っているだけさ。…ぐぁ!」
余りにもカリローが含みをもった言動で煽るので、ナトゥーアは我慢の限界が来て、思い切り背中を蹴り飛ばした。
「…なにやっとんだか」
「人が来るよ。ここだと邪魔だから」
共同墓地から主街路へ続く道で立ち止まっていたカピィールに声をかけ、誘導するようにユウは道の端に寄る。しばらくして、ぞろぞろと服をドロだらけにした兵士が目の前を通り過ぎていく。ユウはその様子に既視感を覚えて思わず身構えるが、兵士の群れに知り合いの顔をいなかった。
「ユウ、お前もなにやっとるんだ?」
「…今朝、少し」
「ふむ。よほど酷い目にあったようだな」
「酷いというか…、一方的に因縁をふっかけられたというか…」
普段のユウらしくない曖昧な回答にカピィールは片眉をあげるが、彼女の表情から困っているワケでも無さそうなので、追求するのはやめて置くことにした。
「許可下りたぞ。さくっと済まそうぜ」
「大声で言うな」
カリローが少し離れた場所にいたカピィールたちに声をかけるハチヤの頭に樫の杖をぶつける。
「行こう、スレア」
彼らの様子を半歩離れた場所で見守っていたスレアにユウが手を伸ばす。
スレアはすこし迷ってから、彼女の手を取った。
■
「思ったより荒れているな」
先導するカリローが共同墓地の掘り返した跡やスケルトンの残骸を見て思わず口にする。
「…もうちょっと綺麗なトコだったんだけどね。季節ごとに色んな花が咲くの」
「さすが、先輩。どの季節がおすすめ?」
「あたしは秋かなぁ。まぁ、こんなトコに用が無いに越した事は無いけど」
今朝方の戦闘で踏みにじられた緑色の切れ端や花びらに視線を落としてナトゥーアは呟く。
「別にここじゃなくてもいいけどさ…。春になったら、温泉の時みたく騒ぐか。花見だっけ? 何かそういう文化もあるらしいし」
「ハチ、それ死亡フラグだよ」
「シボウフラグ?」
首を傾げるハチヤから意識をそらし、辺りを見渡すがスレアのいう入り口とやらは見当たらない。
「みなさん、こっちです」
気が付けば、スレアが共同墓地で一番北の端にある墓石の前で手を振っている。
「…ここが?」
「わかる?」
「俺に聞くなよ、自称スカウト」
「ユウはどうだ?」
「目の前に答えを知ってる人がいるのに、自力で探そうとするのがナンセンスだよ」
スレアに視線を向けると、彼女は一度頷き墓石を転がしてどけ、その下の土を掘り始める。
「力仕事なら俺らがやるよ。下がってて。カピー」
「力仕事担当じゃないんだがなぁ…」
ハチヤはしゃがんで素手で土を掘り返すスレアの手を止めると、その場所を譲るように言葉で促す。
「あたしみたいな頭脳班は見守ることにしよう」
ハチヤは剣の鞘、カピィールはカイトシールドを使って地面を掘り始めるのをナトゥーアが横で茶化す。
「頭脳班…」
「頭脳班ねぇ…」
少し離れた位置で作業を見守るカリローとユウが同時に疑問符が付くような口調で呟く。
「え、あれ? パーティじゃそういう位置づけじゃないの?」
「ナトは悪知恵担当だなっ…と。鉄のフタが出てきたぞ。これをどうすればいい?」
「えと、たぶん鍵がかかっていると思います」
スレアが近づきまだ地面に埋もれた箇所を指差すと、ハチヤがその部分の土をどける。
「悪知恵担当、出番だ」
カリローがナトゥーアに向けて声をかけると、嫌そうな表情を浮かべてから不承不承に鉄のフタへ近づく。
「…スレアさん、鍵は?」
「すみません、たぶん遺跡の崩落の際に消し飛んだかと」
「おっけー」
申し訳無さそうに返事をするスレアに、ナトゥーアは明るい口調でフォローを入れる。
そして彼女はその場にしゃがんで鍵を改め、首をひねる。鍵は鉄のフタに内蔵されているわけではなく、外側にとってつけたような南京錠。彼女はしばらく思い悩んだ後、強引に素手で引き千切った。
「え?」
「さ、行こうか」
ナトゥーアは朗らかに笑いながら南京錠をその辺に捨て、鉄のフタを思い切り引き上げると、湿った空気と共に鉄のフタで隠されていた大穴が姿を現す。
「あ、ハシゴがあるのでそれを伝って下りれば…」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
スレアのアドバイスを無視して、ナトゥーアは大穴にそのままその身一つで飛び込んだ。
「え?」
「…だいたい3mくらいだから、ハシゴ無しでも大丈夫そうだよー」
スレアが驚いている間にナトゥーアは無事、着地したらしく大穴の中から声を上げる。
「高レベルの人族って、大体ああいう行動するよ?」
「そうなんですか?」
「違う、ナトゥーアだけだ」
ユウの冗談を真に受けになりそうなスレアへ、すかさずカリローがツッコミを入れた。
前回の伏線を回収していくスタイル
遺産を食い潰すともいう。