人形遊戯2
追記 4/7 修正
早朝にも関わらず、「踊る翠羽の妖精亭」には4人の冒険者と3人の客人を招きいれていた。
「申し訳ございません」
「持ち込んだのはこちらだ。魔術師ギルドへの謝罪が必要なのはこちらかもしれない」
3人の客人はいずれも魔術師ギルドでそれなりの地位をもつ人間だった。
対して4人の冒険者はカリロー、カピィール、ハチヤ、それにナトゥーア。彼らは魔術師ギルドの訪問に急遽、店長に叩き起こされこの場にいるのだが、問題の大きさをいまいち理解し切れていないようだった。
「お、ユウちゃんだ。こっちこっち」
「…ナト? みんなもこんな早くにどうしたの?」
ちょうど、早朝のトレーニングから帰ってきたユウの姿を目ざとく見つけてナトゥーアがぶんぶんと手を振ると、テーブルを囲む7つの影を訝しげに見やり傍に近づく。
「なんか、カリローが預けてた人造神器が盗まれた…というか、ほぼ強盗みたいな感じで力尽くで奪われたらしいぞ」
ハチヤの言葉から見慣れない3人が魔術師ギルドの関係者らしいと判断すると、ユウはナトゥーアに促されるままに用意された席につく。
「誠に申し訳ない。あのような希少な物を預けて頂いたにも関わらず…」
「もういいでしょう。済んだことを責めたところで何も解決しません。ギルドの方々がわざわざ出向いたのは別の理由があるのでは?」
「ん…、明け方に発生したスケルトンとゴーストのことかな…」
「ど、どうしてそれを?」
ユウの言葉に魔術師ギルドの1人が大声をあげる。
「スケルトン、ゴースト…。どれも神聖魔法の産物だな。説明してもらってもいいですか?」
声を上げたギルド職員を残りの2人が睨むのだが、カリローは彼らの因縁など知ったことではないとばかりに、語気を強めて慧眼を魔術師ギルドの3人へ向ける。
「…アルチュリュー様は預けられた人造神器がどのようなものか検討が付いていますか?」
「…まったく」
質問を質問で返され、未だに本題に入ろうとしないギルド員に内心で腹を立てながら、カリローは視線でもって言葉の続きを促す。
「アレは『保持』を起源としたアーティファクトです。少し話題からそれますが、アーティファクトは起源を具現化したものなのです。例を挙げるとすれば、そうですね。神の瞳であれば『看破』を起源とします」
「…それに何か問題でも?」
「アレには魂が蓄えられていました。人族では不可視であり、存在すら確認出来ていないものですが、それを捕らえ、蓄える。正直、目を疑いましたがね。その存在の出鱈目さに」
ギルド職員の口調は興奮した様子で所々の単語を強調しながら語る。
「どうですか。…アレの希少価値が理解頂けましたか?」
カリローらが押し黙ったままなので、ギルド職員は念を押すように5人の冒険者を順に見渡す。
「…だが、あんたらの言ってることはおかしくないか? 人族に魂は認識できないんだろう?」
「神聖魔法には精神干渉するものがあると聞く。大方、その系統で確認でもしたんだろう。随分と趣味のいいことだな」
ギルド職員が口を開くよりも先に、カリローが割って入る。彼の皮肉にギルド職員はいい顔をしない。
「その趣味がいいと言えない代物を持ち込んできたのは、貴方ですがね」
「はいはい、その辺でケンカはやめて。あのグラスがトンデモ級なのだけは分かったから、それを盗んだ犯人をどうするの? ユウちゃんの話とギルド職員さんの反応で、既に問題が起きてるのは理解したけど」
ナトゥーアはくだらない口ケンカを眼前で繰り広げ始めたカリローとギルド職員をたしなめ、オマケと言わんばかりにカリローの後頭部へゴツンとゲンコツをぶつける。
「ナトの言うとおりだな。オッサン達はそれなりの危機感はあるんだよな? その根拠はこっち側も十分に理解した。あとは俺達に頼ってきた目的だ。謝罪だけなら、こんな時間に顔を付き合わせる必要もないだろ?」
ハチヤはあくびをかみ殺しながら、半眼で3人のギルド職員を見やる。彼の言葉にギルド職員らは顔を見合わせ、視線のみで諮詢しあうと、覚悟を決めて代表の1人が口を開く。
「…アーティファクトを盗んだ犯人の討伐および、アーティファクトをの回収を我々は望んでいます」
「それは僕らへの依頼ということかな?」
「いいえ、これは取引です。アレを所持しているということは、経緯はどうであれ公言出来るような活躍をされたワケではないのでしょう?」
「なるほど」
カリローはこの手の脅しが来る日を予想はしていたが、まさか自分の行動がキッカケになるとは思ってはおらず、僅かに動揺する。
「もちろん、対価としてアーティファクトの調査費用はお支払い頂かなくとも結構です。時間はかかるでしょうがお持ち頂いたアーティファクトも返却することを約束します」
そこまで話し終えると、ギルド職員はカリローが首を縦に振るのを促すように視線を送る。
「…悪いが、取引には応じない」
カリローはギルド職員の望んだ言葉を否定する。
「そもそも…だ。
アレが無くなったところで、困るのは君達のほうだろう。今のままなら魔術師ギルドが客が預けたアーティファクトを紛失したという事実しか残らない。モノがどうであれ、築き上げた信頼も地に落ちる…」
機先を制し、ギルド職員が割って入るスキを与えない。
「それに、アレを…失礼、君たちにとっては希少なアーティファクトか。それを巡って諍いを起こす輩を止める手段を、君たちは持っているのかい?」
ギルド職員はカリローの問いに答える術を持たない。アーティファクトを強奪されたと吐露した時点で、魔術師ギルドだけでは手に負えないことを白状しているようなものだった。
「とはいえ、僕も責任を感じていないわけではない。この件は依頼としてなら請けよう。報酬はそちらが最初に指定したアーティファクトの調査費用、500Gだったかな。それでいい」
今度はギルド職員はカリローの譲歩に首を縦に振らされる番だった。
「…そうそう。アレに関しては調査が終わり次第、返却してくれ。もっとも、あらかた調査は済んでいるようだけれどね」
「…分かりました。依頼のほうを手配させます」
カリローは魔術師ギルドの職員を屈服させて満足したのか、背もたれに体を預け一息つく。
「とんでもない悪党だね。このエルフさんは」
「マッチポンプという言葉を教えてやりたいのぉ」
「おお、なんかわかんないけど、カリローは悪党なんだな? この腹黒エルフ」
そんな彼の怒涛の舌戦を静観していた仲間は、彼の健闘を称えるどころか、盛大に非難していた。
「…僕が誰のために言い負かしたのか、君達に問いたいところだが、客人の前だ。控えよう」
「アルが知識欲に負けてアーティファクトを持ち込まなければ、その必要もなかったんだけどね」
ユウの言葉が止めとなり、カリローはそのままガックリと項垂れた。
「どう繕おうにも、今回の件はカリローさん発端だからねぇ。とりあえず強盗犯の特徴を分かる限りでいいんで教えてもらってもいい?」
ナトゥーアはカリロー達のやり取りを唖然とした表情で見ていたギルド職員の1人に視線を向ける。その視線に彼が瞳の奥に恐怖のような感情を宿すのだが、敢えて無視をする。
「相手は精神干渉の神聖魔法を操る人間です」
「…具体的にはどういう被害に遭ったの?」
「催眠、混乱、洗脳でしょうか」
「どれも成功率の低い魔法ばっかだな。よっぽど相手のレベルが高くないとかかりはしないんだけどなぁ。相手は何人だった? 複数犯なら術者が専念して詠唱時間延ばすだけで、その辺も解決しそうなんだけど」
ハチヤは目の前のギルド職員がレベル35程度と見積もって、そこから術者のレベルを逆算すると最低でもレベル45の実力者になるあたりで思考を切り替え、何らかの手段で成功率をあげたのだろうと楽観的な視点へシフトさせる。
「…1人です。詠唱破棄していましたので、レベル40相当の実力者だと思います」
「詠唱破棄かよ…」
「話は戻るけど、ユウちゃんの言ってたスケルトンやゴーストは何か関係ある?」
ハチヤがギルド職員の斜め上の回答に頭を抱えて呻いているのを横目に、ナトゥーアはいっそのこと悪材料をすべて吐き出させた方が後腐れも無いし、既に最悪な状況がこれ以上悪化することもないだろうと判断した。
「これは、推測に過ぎないのですが…
アーティファクトの中身を解放した際の副次作用として起きた現象が、今朝出現したスケルトンやゴーストではないかと、我々は目星をつけています。場所も殺人鬼の被害にあった方々が葬られたところと一致していますし…」
そう言ったギルド職員の表情は暗い。
「副次作用ね…。使用者が神聖魔法が誤爆しちゃう位、ギルドを襲撃した時よりレベルアップをしちゃったって認識であってる?」
アハハと笑顔を引きつらせるナトゥーアにギルド職員は無言で頷いた。
「ふむ、厄介な手合いだな。大体話は纏まったから帰ってもらって構わん。あとは任せてくれ」
さきほどまでの話の流れで、カリロー、ハチヤ、ナトゥーアらの有識者が使い物にならなくなったことを確認すると、カピィールは表情を暗くしたままのギルド職員の3人へ声をかける。
「すみません。では依頼の方はお願いします」
連れ立って酒場を後にする3人の背中を見送りながら、カピィールもまたため息をひとつ。
「おつかれさま」
「疲れるのはこれからだと思うがの。奴等、殺人鬼と神託騒動を結び付けてはいないようだが、何故かあのグラス型のアーティファクトと殺人鬼は結び付けておったな…」
カピィールはヒゲをさすりながら、首を傾げる。
「単純に殺人鬼と魂の搾取、それに僕が魔術師ギルドに持ち込んだタイミングが一致していたから、そう邪推したのだろうね。まぁ、あながち間違いでもないところは問題だね」
「じゃ、今回の犯人はアーティファクトの本当の持ち主ってことだな」
「そうね、それで間違いないでしょうね。でも…あれ? アーティファクトに魂を貯めておけるなら、『テンシ』を召喚した時の対価って、生贄は必要ないような…」
ナトゥーアはそこまで口にしたところで、気まずそうに視線を逸らすカリローを睨む。
「あとで話すよ。アル、スレアに話を聞きに行こう。気遣っている余裕なくなっちゃった」
ユウはナトゥーアの肩に手をやると、カリローの座る椅子の足を軽く蹴る。
「分かった、すまないが皆は準備を頼む。あと、ハチヤ。ユウに適当な武器を見繕っておいてくれ。午後にはここを出る」
「分かった…けど、俺らは聞いちゃいけない話なのか? スレアさんの事」
「彼女に余計なプレッシャーを与えたくない。本当のことを知っているのは僕とユウだけだからな」
ハチヤは不満げに鼻を鳴らすと、「わかった」と頷き、立ち上がる。そのまま5人は階段を上がり3人は各々の部屋へ、ユウとカリローはスレアの泊まっている部屋の前に移動する。
「朝早くすまない。カリローだ、スレアさん、君に聞きたいことがある」
ドアの向こうからの返事はない。
「そういえば、1つ聞きたいんだけど」
「なんだい?」
長期戦になると踏んだカリローは、壁に背を預けユウに視線を向ける。
「スケルトンやゴーストって何?」
「割とメジャーな魔物なんだがね。神聖魔法が由来ゆえ、君には縁がなかったのかもしれないな」
ユウはため息をつくカリローへ視線を向けて続きを促す。
「還魂の法と言えばいいのかな。少し前になるが遺跡でゴーレムに出会ったことがあるだろう。アレの亜種だ。スケルトンは人骨に、ゴーストはマナに魂を宿す魔物だよ」
「それは…自然現象?」
「偶発的ではあるが、自然現象として起きる場合もある…と、話はここまでだ」
ドアの向こうで物音が聞こえ、カリローは話を打ち切ると、再度ドアをノックする。
「…誰ですか?」
「カリローだ。グラス型のアーティファクトについて聞きたい」
どさり、と何かを取り落とす音が聞こえる。
「悪いが拒否権はない。もう街に被害が出ているようでね、早急に事態を収束させたい」
「スレア、私からもお願い。神託騒動はまだ片付いていない。超越者に踊らされるのをただ見ているのだけは…つらい」
わずかな沈黙を隔てて、ドアの鍵が開く音がした。