人形遊戯1
追記 4/7 修正
天使事件の翌日、ユウは左手のかゆみと痛みの混じった感覚に頭を悩ませていた。
召喚者であったスレアから杯を奪った際、素手であったことが悪因で、彼女の左手の手のひらは金属アレルギーの影響で赤班が浮かんでいる。
「…むぅ」
ユウは酒場の一角に居座りカリローから借りた本を読んでいたのだが、手のかゆみが気になってどうにも集中出来ない。
「ユウ、何かあったのか? じっと手を見て」
「アレルギーがちょっと」
「アレルギー…。金属アレルギーか、お前は本当に色々面倒な体質だな」
ハチヤはユウが突き出した手のひらの赤班をみて顔をしかめると、テーブルの空いた席に座る。
「なんかこう…薬みたいなのは無いのか?」
「ハチ、痛みを薬で紛らわせるのはあまりお勧め出来ないよ? その分、死に疎くなる」
「ご忠告どうも。でも、いまはユウが不機嫌なツラしてるから提案してやってるんだぞ?」
ユウはそう言われて自分の顔をぺたぺたと触るのだが、変に力が入ってるようにも思えない。ハチヤの言葉の意味を取り違えたのかと首を傾げる。
「…まぁ、いいや。本の主は?」
「アルならまじゅちゅ…まじゅちゅ…魔術師ギルドに行ってる。あ…、た」
ぺちぺちと頬を叩きながら、何度か言い直したところで「踊る翠羽の妖精亭」に入ってきたカリローの姿をみつけて、手招きする。
ユウの姿に気付いたカリローは少し不審そうに目を細めた後、つかつか寄ってきた。
「よぉ、カリロー。魔術師! ギルドに何しに行ってたんだ?」
ハチヤはユウに得意げな表情で視線を向けた後、カリローの行動の真意を確かめる。
「例の人造神器の調査依頼をね…。ユウはどうかしたのか?」
「…べつに」
右手で頬杖をついてそっぽを向くユウを訝しげに見ながら、カリローは勧められるままに椅子に座る。
「あのグラスが人造神器? 名前とか効果は?」
「…わからない。ただ、あの形状は過去にも例がない。まぁ、餅は餅屋に…だ」
「カリローにも分かんない事あるんだなー」
ハチヤの嫌味など意に介さず、カリローは生返事を返すと給仕の子に飲み物を注文する。
「ところで、スレアさんはまだ寝ているのかな?」
「寝てるよ。一応、朝食の時に声はかけたんだけどな。お前、あの人のこと気にかけすぎじゃね?」
「そうかな? ところで、ユウ。殺人鬼は捕まったと思うかい?」
話題を振られ、一応視線こそカリローの方へ向けるものの、ユウは意味が分からない風に首を傾げる。
「いや、殺人鬼というくらいだから、普通はそれなりの強さを持っていると思わないか?」
「ん、それ以前に、普通の精神なら殺人鬼になるまで犯行を繰り返すことが出来ると思わない」
カリローはスレアの実力を目の当たりにしたものの、アレは特殊なパターンで、常に使用出来ていたように思えなかった。彼女自身は非力で殺人鬼として暗躍するほどの能力は持ち合わせていないことを示唆したつもりだったが、ユウはまったく異なる視点からの回答を述べる。
「頭のネジがトんでるってことか?」
「そうだね、正気じゃない」
ハチヤに答えるユウの言葉にカリローは黙り込んでしまう。スレアが召異魔法を行使している時の精神状態は普通で無かったように思える。その前提を踏まえてもう一度、ユウの言葉を吟味すれば、遠まわしに彼女がクロであることを指摘しているように聞こえた。
「ただ、犯行現場にはそういう狂気性がまったく感じられなかった。力任せにやったのであれば、あんな綺麗な殺し方はしない」
「なに、ユウはそういう体験あるの?」
「さすがに体験は無い。ただ、それを自慢する人には会った事があるし、隣で肩を並べて戦ったこともあるから目撃はした…かな。まぁ、ああいう手合いに、最近は会ってないけど」
そう言って、ユウはカリローにちらりと視線を送る。
「…苦労してんだなー。俺の人生、めっちゃ薄っぺらいわ」
「おかげでハチと出会ってからは平穏な暮らしだよ?」
「ちょっと、待て! この5ヶ月間は俺の人生の中でダントツで波乱に満ちた日々だったんだけど?」
ハチヤが大袈裟に驚くのをみて、ユウは「冗談だよ」と前言撤回。さらに荒れる彼を適当にあしらいながら、沈黙したままのもう1人に気をかける。
「スレアさんは何か知っていると思うか?」
「…直接聞いたら?」
難しい顔をしているカリローを半眼でみやり、ユウは心底呆れた声音で答えた。
「ただ、いまはやめてあげてね」
カリローが腰を上げようと瞬間を見極めて、ユウが釘をさす。視線が理由を求めているようだが、ユウは無視を決め込む。
「んー? 一応、スレアさんは被害者なんだから、落ち着くまで待ってろよ。事件は片付いたんだし」
「片付いた…ね。ハチヤの割にはいい事を言うじゃないか」
「そうか? 俺はいつだっていい事しか言ってないぞ?」
カリローは注文した飲み物を飲みながら、彼女に倣って彼の戯言を聞き流した。
■
翌日、ユウはいつものように早起きすると、まだ眠りに落ちた街を目的もなく走っていた。いつもであれば、朝刊配達のついでにこなす日課なのだが、依頼をこなしている間とそれの後処理が終わるまでは休むことを告げている。その為、本当に意味も無く街を走っていたのだが、おかしな集団をみかける。
それは武装した冒険者や騎士団が疲れた様子で街の北部から帰ってくる風景だった。
近隣で戦闘が起きたという噂も、蛮族の挙兵したという噂も聞いていない。ユウが立ち止まって、不思議そうにその様子を眺めていると、見知った顔に出会った。あちらもこちらの視線に気付いたのか、気まずそうに顔を強張らせている。
ユウは彼女から視線を逸らし、こちらへ行軍する疲れきった様相を見せる冒険者や騎士団に道を譲るため、道の端の方へ移動する。そんなユウの心遣いなど露とも知らず、彼らは通り過ぎてゆく。彼らは戦士で自分は一般人なのだから、当然の態度なのだがそれをよく思わない変人もいるらしい。
以前、酒場でからかった、そして先ほど奇妙な邂逅を果たしたばかりの青みがかった黒髪の修道女。
長かった髪をばっさりと切ってショートボブ、今のユウと似たような髪の丈の女性が、わざわざ道の端にまで歩いてきてそこで立ち止まる。
彼女は何も言わないし、ユウもかける言葉はない。気が付くと、彼女の仲間らしい5人の男女も彼女のことを見守るように佇んでいた。その中には巨人と戦った際に遭遇した小人族の緑髪の男性や、温泉街イリジャンでみかけた空色の髪の青年もいる。直接やりとりした訳ではないが、推測するに彼らが『太平楽ヴォーダン』という名で、ユウに借金をしているパーティだろう。
「…何か言うことはないのですか?」
先に沈黙を破ったのは目の前の修道女だった。恨みがましい視線を向けたままでユウをみている。
「ん、大変だったみたいだね。おつかれさま」
「そういうことじゃ! …もういいです、必ずお金はお支払いしますとアルチュリュー様へお伝え下さい」
修道女は怒りをあらわにしたまま、きびすを返し立ち去っていく。
体を翻した際に纏わり付く右袖が彼女の肘から先の欠損を間接的に表現していた。自業自得とはいえ、決して無関係ともいえない立場なので、ユウもその失った右腕を思い複雑な感情を抱く。
「悪いな。アンコも君には感謝しているんだ。ただ、相性なのかな…」
赤髪の猫人族と女性と紫色の髪のエルフの女性が修道女を追いかけて行くのだが、空色の髪の青年を始めとした3人の男性陣はユウの前に残っている。
「別に気にしてない。それより、何があったか聞いてもいい?」
「…それはどちらの意味で?」
「あなた達が疲れている理由。イリジャンでのことは思い出したくもないでしょう?」
空色の髪の青年は「たしかに」といって屈託のない表情で笑う。
「強制召集で呼ばれてね。街の北部にある共同墓地は知っているかな?」
ユウは知らないのでふるふると首を左右に振る。
「庶民の墓だと思えばいい。そこにスケルトンとゴーストが現れたんで狩り出されたのさ」
「…なるほど。ありがとう」
おそらくは魔物の類だろうと目星をつけたものの、知識としては持っていないのでいまいち要領が掴めていないまま、ユウはぺこりと頭を下げた。
「いや、こちらこそ仲間を助けてもらったのに礼も言えずに、その…すまない。君の話はベロワンから聞いているが、他言はするつもりもない」
「うん、ありがとう」
ユウを真っ直ぐ見据える青年の視線は真摯で疑う余地もなかった。彼女自身、バラされても痛くもなんともない内容だが、好意を受け入れられないほど狭量でもない。
空色の髪の青年はユウの言葉を受け取った後、満足そうに一度頷くと、仲間に声をかけて彼女の元を去る。ユウもまた、そんな彼らを見送りながら、1つの確信を得た。
神託騒動はまだ終わっていない、と。
ファンタジーといったらスケさんですよね。
そっち方面の存在はすっかり忘れてました。