異界の調べ5
追記 4/7 修正
「ぐぬぅ…」
神託による『テンシ』召喚まで残り2日。カリローは『テンシ』について、まったくの手がかりを得られぬまま、日々無為に過ごしていた。
ナトゥーアとカピィールは初日に被害者の共通点を見出した。ただし条件に当てはまる数が膨大であり、依頼解決の取っ掛かりにするには、あまりに頼りなかった。
その為、彼等2人もユウ、ハチヤと同様に昨日から殺人現場の調査とその聞き込みに労を費やしている。そして現場から得られた手がかりはユウが主張する神器が使用された形跡があるということだけだった。
最初の日こそ、その報告を一蹴したものの、一向に進まない調査や神託が絡んでいるという裏事情もあり、仲間内ではユウの主張を認めつつある。
このような街中に神器が存在していること自体、未だにカリローは懐疑的だ。伝え聞く神器は、それを振るうだけで地形を変えるほどの力を持つ強大な力を秘めており、そんなトンデモアイテムを内包して公国内が秩序を保てるはずがないというのが、彼が神器の存在を否定する根拠だ。
「おーい、カリロー。そろそろ状況報告すっぞー?」
「もう、そんな時間か」
気付けば外は薄暗く、一日中、本の中に埋もれていただけで成果は何一つ得られなかった。
「あんまり根、詰めすぎんなよ? ぶっちゃけ、俺は『テンシ』討伐を見据えて準備してたほうがよさげに思えてきたし…」
「そうは言うがな、ハチヤ。これまでは格上相手でも正体が分かっていたからこそ生き延びてこれた。今回はそのアドバンテージがない。仮に格上の存在だとすれば僕らは間違いなく死んでしまうよ」
ハチヤの考えが如何に危機感のない楽観的な主張であるかをカリローは説いてみせるのだが反応は薄い。
「でもさ、とりあえず切れば死ぬくらいの法則は守ってくれるんだろ?」
「保証はどこにもないがな…」
「じゃあ、あたしの場合はどんな感じ?」
「んと、…ナトゥーア姉様の身の回りのお世話をさせて頂いております」
カリローは「踊る翠羽の妖精亭」の中から聞こえる女性2人の声に眉根を寄せる。1人はナトゥーア。もう1人の声に聞き覚えはない。どこかで聞いた気はするのだが、カリローは無意識にそれを否定する。
「なーにやってんの? 入ろうぜ」
ハチヤは入り口で立ち止まったカリローの背中を押して店に雪崩れ込む。
「連れて来たぞ。って、まだユウで遊んでたのかよ」
「ギャップって凄いよね。レベル補正かかってきゅんきゅんする」
「オレも叔父様呼ばわりされた時はどう対処したものか分からんかったしなぁ」
「もういい? アルも来たし」
ユウは不機嫌極まりない。ナトゥーアはそれでももう一回お願いと懇願している。
「ハチヤ、説明を」
「ユウの猫被りな芝居が、あまりに衝撃的なことがナトゥーアにばれて、玩具にされている」
カリローはさきほど聞こえた媚びた口調がユウであることだけを把握すると、異常な倦怠感に見舞われて思わずその場にへたりこみそうになる。
「アル、状況報告。しないの?」
「…するよ、そちらはどうだった? あ、紅茶をブランデー入りで頼む」
「俺はヒラメのムニエルをよろしく」
店に1人しかいない給仕の女の子に注文を入れると、2人はナトゥーアら3人の陣取るテーブルのあいた席へと座る。
「とりあえず、ナトゥーア。ユウに迂闊なちょっかいは出すな」
「独占したいの?」
「貧乏くじ引くのは大抵僕なんだよ。お願いだから彼女が機嫌を悪くするような言動は控えてくれ」
ナトゥーアはカリローに鎌をかけるが、ボロは出さない。無表情ながらも、ユウからにじみ出る不機嫌なオーラはこの場にいる誰もが理解している。
「別に怒ってはないけど?」
「ユウ、感情が駄々洩れてるから説得力ないぞー」
ハチヤの指摘にユウは珍しく眉根を寄せて考える仕草をみせた。
「ゴホン。…今日一日の成果だが、何か得られるものはあったかい?」
改めて仕切りなおし、カリローはパーティメンバーの表情を窺う。
「ナトゥーア班。手がかり0。一応、暗殺ギルドから無差別殺人事件は昨日までで、今日は起きてないってさ。もう犯人はすべての準備を済ませて、召異魔法の儀式を始めちゃってると考えたほうがよさげ」
「私は相変わらず、現場で同じかみさまの残り香を確認した。神器は殺すためじゃなくて、殺した後に使用したという線が濃厚だと思う」
「僕の方は相変わらず手がかりは掴めずだ。パンに関係する範囲で情報を絞ってみたが、それらしい情報は文献に書かれた様子はない」
3者の意見が出揃ったところで、カリローの注文した紅茶がテーブルに運ばれる。
カリローはそれを一口飲むと、現状があまり芳しくないことと、これからの方針をどうするか、思考の檻に入って熟考を始める。こうなると誰が話しかけようと返事は期待できないので、カリローが再び口を開くまでは4人のみでの会話になる。
「期限、とうとう明後日になっちゃったねぇ。あと1日あるけど、犯人の手がかり探すのはもうヤメにしない? それらしい場所を手当たり次第に当たってみて、犯人見つけたほうが生産的だよー」
「ふむ、ではナトはそれらしい場所に見当はついているのか?」
ナトゥーアは顔の前で手を左右に振って心当たりがないことを周知する。
「…だよなぁ。そもそも召異魔法が身近じゃないから、予想たてられないし」
「私、少しなら心得あるよ?」
ユウが控えめに手を挙げる。
「例の凄いやつか?」
「あっちは違う。ただ、対価が必要だからいつも使わないけど…」
そういってユウはハチヤが注文して届いたばかりの皿を自分の目の前に持ってくる。
「何がいいかな…よし」
ユウが皿の上に載った料理に触れると、光の粒となって消える。
そしてその光の粒が空中に円を描き、その中心からピンク色のオウムが飛び出した。オウムはその羽根をパタパタと羽ばたかせて旋回。最終的にユウの肩に止まりその羽根を休ませる。
「こんな風に生物を異世界の生物を召喚出来る」
「デキル」
肩に止まったオウムがユウの言葉尻だけを切り取って発音する。
「すげ、鳥がしゃべった」
「確かにこんな極彩色な鳥は見たことないねー。売れば儲かる?」
「ん、そういうのは無理かな」
「ムリカナ」
ユウが首を傾げて次の言葉を探しているうちに、肩に止まったオウムは光の粒となって消える。
「…対価に見合った時間分しか呼び出せないから、時間が経てば元の世界に戻っちゃう」
「ほー、で、俺の飯は?」
ハチヤの問いにユウは首を傾げて応える。
「…すまん、ハチヤが頼んだやつをもう一皿お願いできるか?」
ハチヤとユウの間で繰り広げられる無言の戦争を見かねたカピィールは、面倒そうに注文を行う。
「差し出した対価は戻ってこないってことねー。でも、今の見る限りじゃ、『テンシ』が召喚されてもいつかは元の世界に戻るんだから問題ない気がしてくるけど」
「ナトゥーア。その『テンシ』が元の世界に戻るまでの間、大人しくしていると思うか?」
「思わない。で、カリローさん、考えはまとまった?」
カリローは再びカップを手に取ると一口すする。
「…調査は今日で切り上げだ。明日からは犯人を捜そう」
「具体的には?」
「さっきユウがやって見せた召異魔法はごく初歩的なものだ。効率を上げるには召喚する対象に見合った場所で行う方法や召喚者が対象の知識を深める方法がある」
ユウを除く3人はカリローの披露した知識に感心し、次の言葉を待つ。
「…今回のケースで言えば、召喚者の知識の方は問題ないと考えるべきだろう。だから今回は場所だな。ただ、召喚する対象が『テンシ』と分かっているだけで見合う場所となると想像がつかない」
「ん、天だから空に関係するところは?」
「…少々、安易かもしれんが、神託で召喚対象の情報を掴んでいることを相手は知らないだろうし、悪くない案だね」
カリローは言葉とは裏腹に、依頼受託から初めて建設的な案が出たことに機嫌をよくしており、本人も知らずうちに口の端を上げている。
「よっし、高いトコだな。まずは公国の宮殿か? あとはメジャーな神様の神殿」
「宮殿は広いだけで高くはないかな、精々3階立てがいいところだよ」
「各ギルドの建物もそれなりに規模があるぞ」
ようやく手の届くところに問題が降りてきたこともあり、若干蚊帳の外がちだったハチヤ、ナトゥーア、カピィールが公国内にある建物を口にして論議を騒がしく始めだした。
「うれしそうだね」
「そうかな、そうだな。今回はかなり参ってたんだ。ようやく取っ掛かりが見つかって安堵している」
カリローは面と向かって感謝の言葉を述べるつもりはない。ただ、成果をあげるべく、3人の輪に参加する。
■
次の日、カリロー達は戦闘も考慮して重武装で公国を探索することに決めていた。
「ハチヤ君、また新しい盾?」
「聞いて驚け。ミスリル製だ。しかも精霊の加護まである」
ハチヤは自慢するように白く輝くラウンドシールドを掲げた。
「そういうナトは新装備買わないよな?」
「とっておきを使うたびに銃身の寿命が縮まるから維持費がね、それに前回のアレ貰ったし」
そういってナトゥーアが指差すのは太ももにガーターリングとして付けられた人造神器、チャレンジャー。とある蛮族から奪った品で持ち主の攻撃力を大幅に上げるアクセサリーだ。本来の持ち主は腕輪として扱っていたが、彼女の腕には大きすぎた為、あれこれ模索した結果が現在の位置になる。
「さすがに重武装した者が2人もいると、通行人の目を引くな」
歩くたびに金属の擦れる音が鳴り、それが2人ともなれば嫌でも目を引く。それでも奇異の目で見られないのはこの都市が冒険者を受け入れているという意味なのだろう。
「カリローよ、目を引いてるのはアレが原因だと思うんだ」
すれ違う通行人は皆、背後を付いて来る彼女を時に足を止めてまで注目している。
「…ちなみに、買い与えたのは誰だ?」
カリローの問いに、迷わず挙手したハチヤのアゴを、彼の持つ杖が無言で強襲する。
背後から無言で付いて来るユウは格闘術を得意とする冒険者だ。時に弓も扱うため、念のためカリローが弓矢を持ち運んでいる。そして今、彼女は手ぶらではない。全長120Cの反りのある片手剣、刀と呼ばれるカテゴリに類する木剣を肩に担いでいた。
「いてぇ、黒檀…エボニー製の珍品で店主に奨められたんだ。別に心得が無いって訳でもないし、金属アレルギーのアイツにはうってつけだと思ったんだよ」
「残念なことに、いくら獲物の質が良かろうと風体がそこらにいるヤンキーと変わんないってトコだね」
さすがに擁護しきれないとナトゥーアはハチヤのふくらはぎを蹴り飛ばす。
「せっかく付き添いの料理人という噂が広まりつつあったのに、ヤンキー属性が付与されるな」
「…ちなみに、次はどこを目指している?」
目的地は昨日のうちに候補を挙げており、パーティで一番公国の地理に精通したナトゥーアがなるべく効率よく回れるように本日は先導している。
「次は妖精の時代に建てられたジッグラトっていう三層構造のレンガ造りの建物だね」
「冒険者の時代の前だから、だいたい400年くらい前か。あの頃の文化は今と大して変わらないし、よく残っていたなというべきか」
「カリロー、あの時代の冶金技術は今より優れとるぞ。ダマスカスの製造方法や、オリハルコンやアダマンタイトの加工方法のように失われてしまった技術があるしな」
カピィールの指摘にカリローは素直に誤りを認め、さらに詳しい話を聞きだそうとする。
「あいつら、仲が結構悪かったんだけどなぁ」
「2人とも根っこのところは同じだからね、ウマが合うんだよ」
「まぁ、仲裁する必要がなくなってラッキーくらいに思っておこうかなー」
最後尾を歩くユウは右手に持つ木刀をくるくる回転させながら4人の様子を眺めていた。
本日の目的は『テンシ』召喚の儀式を行っているはずの殺人鬼を捕まえることだ。
神託の内容から逆算して今日はまだ現れない予定になっている。それなのにユウの気分はいくらかも晴れない。逆に時間が経つごとに脅威が増しているような気がする有様だった。
カリロー達に相談すれば何らかのアクションを取って貰えるだろうが、解決には至らないだろう。自身にも明確な理由が理解できていない以上、それを問題として提議することは今のユウにとって難題で仲間を不安がらせる要素にしかならない。
「ユウ?」
先頭を歩いていたはずのハチヤがいつの間にか隣を歩いていた。どうやら考え事に集中しすぎて周囲を警戒することすら忘れていたらしい。
「なんか考え事か?」
「んー、何か見落としがあるような気がして」
思案顔のまま視線を空へと向ける。
「ワケわかんねー相手と戦うんだし、不安になる気持ちはよーく分かるぜ」
「それには慣れてる。どちらかというと…」
そこで初めてユウは不安な気持ちの正体を知った。
「アル。私達、騙された!」
「突然、何だ? 順序だてて説明してくれ…」
呼び止められたカリローは困惑したままだ。
そしてそれと同時に爆音。
「何だ?」
「今から行くジッグラトって建物の方角だよ!」
「ふむ、厄介ごとでも起きたか? 後回しに…」
カピィールが遠目から見ても、土煙がもうもうとあがる様子は尋常ではなく、例えそこに用事があろうと、その渦中に進んで飛び込もうとは思わない。
「間に合わなかった。あそこに『テンシ』」
「おい、ユウ。神託じゃまだ1日あるんだぞ?」
「カウントダウンの前提が間違ってたんだよ」
ユウは説明する時間も惜しいのかポーチをまさぐりながらハチヤを否定する。
「説明しろ!」
「神託を受けた人間は複数いたけれど、みんな目を覚ましたタイミングからカウントを開始した」
ユウはポーチから小型のナイフを取り出し、襟足から伸びた髪の1房へ刃を当てる。
「どこに間違いがある?」
「あるよ! 超越者は神託を告げたタイミングから5日後」
ナイフをスライドさせ、切り取られた艶やかな黒髪は光の粒となって大気に掻き消えていく。
「まさか? 神がそんな回りくどい」
「超越者の視点では日付変更前に神託は告げられた。だから予定通り、今日」
空中に浮かび上がる五芒星の魔法陣から、尾を含めれば全長が3mに届きそうな超大型の白銀の毛並みを持った狼が現れる。
「久しいな、人間」
「アマテラス」
狼は挨拶もそこそこに自分の背へ跨る少女の人使いの荒さに、大きな口からだらんと舌をだす。
「先行する、アル乗って」
「ナトゥーア。2人は好きに使ってくれて構わない」
差し出されたユウの手をカリローが掴む。
「どーいうことなんだ?」
「オレに聞くな」
「よーするに神様の戯れに付き合わされたってこった。こっちは任せて」
カリローはユウに続いて白銀の狼の背中へ乗る。彼女に急かされ腰に手を回し体を密着させる。
「いいよ、行って」
「元の世界ではそれなりの上位存在なのだがね…。エルフの青年、振り落とされんようにな」
カリローが表情を固くしたまま頷くのを見届けると、白銀の狼は音すら追いつけぬほどの速さで矢の如く走り去った。
「なんだ、アレ」
「ぼやぼやしてる暇があったら走るよ、ハチヤ君。カピィールさんも」
声の主は既に10m先にいる。
ハチヤは状況を飲み込めぬまま、ナトゥーアに先導され戦場へと駆け出した。