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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
46/63

異界の調べ4

追記 4/7 修正

 翌日、「踊る翠羽の妖精亭」へ暗殺ギルドから正式に依頼が届いた。

 無論、依頼主は暗殺ギルドと表立って名乗りはしていないが、ユウの話した事前内容と被る点、そしてカリロー達を名指しで指定するなどの配慮がありハチヤにも真の依頼主が誰であるかは容易に想像がついた。


「世間を騒がす殺人鬼を討伐して欲しい…ね。いつの間に騒がしてることになったんだ?」

「今日だよ。朝刊配ってる時にこっそり読んだ」


 依頼書に目を落としてハチヤは不服そうにしていた。


「情報規制もその解除もお手の物か。依頼主は思ったより世事に長けているようだね」

「仕事内容だけ考えれば当然の帰結だけどねー。誰が噛んでるとは口に出さないけど」

「味方でいる間は頼もしい限りだな」


 3人は同時にため息をつく。


「…どうしようか?」


 ため息をつく理由に不思議がってユウは首を傾げる。


「向こうでも調査は進めてくれているんだろう? 僕は『テンシ』とやらが何なのか調べてみるよ」


 依頼書には『テンシ』のことなど一言も書かれていない。すべてユウから口伝えで聞いたことだが、神託オラクルの内容で唯一意味が判明していない単語が依頼解決への糸口になるだろうとカリローは踏んでいた。


「あたしはカピィールさんと組んで商工会のほうに顔出してくるね。面白い話が聞けるかもしれないし」

「オレが?」


 カピィールは一度ハチヤに視線を向けてから、意外そうにナトゥーアを見上げる。


「ボディガード、ボディガード」

「ナトのほうがレベル上だろうに…」


 そう言いながら、ナトゥーアもカピィールも出かける準備をし始める。


「じゃ、私はハチと現場を回ってくるね。問題ない?」

「うーん。ハチヤ、君だけが頼りだ。任せたぞ」

「任せるって…ユウの手助けを?」


 ハチヤは思案顔のままのカリローを逆に問い返す。


「手綱を握っとけってことだよ、ハチヤ君。下手するとカリローさんがストレスで死ぬから」


 ナトゥーアはカピィールの準備を急かしながら、顔だけこちらに向けてケラケラわらう。


「…概ねその認識で間違いない。非常に腹立たしいがね」

「私、何もしないよ?」

「…そうだね、何もしなければ騎士団長殿に気に入られるようなことも無かったんだけどね」


 前回の依頼でユウの恫喝とも呼べる交渉の結果、カリローと騎士団長は意気投合して、ユウを先に帰してその後も二人で話し合っていたようだった。その割に幕屋に帰ってきた時には随分げっそりした様子だったので、途中でおかしな方向に捻じ曲がったのだろう。


「信用ゼロ?」

「信用はしている。ただ、余計なトラブルを持ち込んでこないように見張れ。わかったな、ハチヤ」


 首を傾げるユウを無視してカリローはハチヤに熱い視線を送る。


「じゃ、あたしらは行って来るね」

「いってらっしゃい」


 ナトゥーアとカピィールは「踊る翠羽の妖精亭」の徽章を携え店から出て行く。


「カリローの意向はだいたい分かった。期待しないで待っててくれ!」


 ハチヤは目の前で起きていたやり取りを正しく理解すると、一番求められている役割を放棄した。


「ハチ、行こうか」

「場所とかは分かってるのか?」


 ユウは無言で地図を取り出す。その辺に関して抜かりはないようでハチヤの懸念も杞憂に終わった。


「じゃー、行くか」


 カリローの恨みがましい視線がずっと纏わりつくが、ハチヤは最後まで無視し続け、自分に言い聞かせるようにして店を出た。


「あいつ、本気で面倒臭いな…」

「そんなこと言っちゃアルが可哀想だよ?」

「元凶にそんなこと言う権利ないけどな」


 ユウに先導されながら道を進む。彼女の頭の中に地図の内容は既にインプット済みのようで、出かけ際に見せた地図も彼女のポーチの中だ。


「ん? でも自業自得じゃないの、さっきの話」

「キッカケ作ったのはユウだろ? あの口振りは絶対俺達に何か隠してるぞ」

「責任転嫁?」


「そうかもなぁ。アドリブ弱いのに予防線だけはキッチリ張るからな。あのエルフ」


 大通りを抜け住宅街に入ると、午前中ということもあって妙齢の女性達が集まって立ち話を行っている。


「…住宅街って、よく隠蔽できたな」

「一家丸ごと被害にあったみたい。ベイカーさん」

「対外的には旅行に出かけましたって感じか。なるほどなー」


 ハチヤは奇異なものを見る視線を荒立てないように慎重に視線の先を慎重に選びながらユウの後を追う。


 一方、ユウの方はそういう視線の対処に慣れているのか、ハチヤやすれ違う人、塀を上手く障害物として利用し相手の意識がそれるよう誘導していく。


「…ベイカーさんのお家、先に誰か来てるね」


 ユウは立ち止まると、石造りの堅牢な2階建ての建物とその玄関に立つ衛兵の姿を見つけ、困ったように首をひねる。


「一応、店の徽章あるから入れると思うぞ」

「ハチ、グッジョブ」


 ハチヤは自分がいなかった場合にユウが取る行動を想像してから、カリローに務めは果たしたと心の中で報告を済ませる。


「一般人は立ち入りきん…ん?」


 衛兵は近づいてくるユウとハチヤを見咎めて、本日何度目かの決まり文句を言おうとしたところで、踏み止まる。


「悪いな、「踊る翠羽の妖精亭」所属の冒険者で、ちょっとこの件に関わってる。入れて貰っていいか?」

「ああ、朝礼で隊長が言ってた件か。いいよ通って」


 衛兵は徽章を改めることもなく道を譲る。


「適当な仕事してるなー」

「いや、アンタ、ハチヤ=ミラーだろ? 4ヶ月で4つもレベル上げた有名人。仲間内じゃ一番ホットな話題なんだ。一目ですぐわかったよ。隣にいる子が例の料理人か」


 機能しなかった徽章を懐に収めながらハチヤがぼやくと、衛兵の方は心外とばかりにハチヤが如何に有名人であるかを語った後、隣に立つユウに視線を向ける。


「…ハチヤ様のお世話をさせて頂いています。今後ともヨロシクお願いします」


 ユウは今まで見せたことのない媚びた笑顔を浮かべて、想像もつかない声色で衛兵に挨拶する。


(誰コレー!)


「さ、ハチヤ様、行きましょう」


 ユウはフリーズしたままのハチヤの背中を押して玄関をくぐり中へ入る。


「…ユウ、さっきのいったい?」

「芝居」


 ハチヤが振り返った先にいたのはいつもの調子のユウだった。


「現場はこっちだよ?」

「いつもさっきの外面被ってりゃカリローがストレスで死ぬことも無かっただろうに…」

「嫌だよ、面倒だし」


 やれなくはないんだな、と喉まで出かかったところでハチヤは堪える。そして彼女に続いて階段を登る。


「殺人事件現場の割に綺麗なもんだな」


 階段を登りきると突き当たりの部屋に入る。ぱっと見、特に荒らされた様子もなくベッドの上に敷かれたはずのシーツだけが剥ぎ取られたように無くなっていた。


「血生臭い…」

「なんもにおわねー」


 スンスンと鼻を鳴らしてみるが、ユウの言うような鉄錆びた匂いなど感じはしない。


「あとはかみさまっぽい残り香みたいなのが残ってる」

「そっちは俺の専門分野だな…」


 ハチヤは任せろと胸を叩くと部屋の中を観察するがユウの言うような神聖魔法が使われた形跡はない。


「うん? 気のせいじゃないのか、神聖魔法の痕跡。っても精霊魔法みたく周りのリソース消費するわけでも無いから、あくまで俺の感覚に依るけど」

「んー、神聖魔法の分類じゃないのかな? じゃ、神器ミシックの線で考えよう」

神器ミシックって、エクスカリバーとかグングニルとか、アノ?」

「アノ」


 ハチヤが神器ミシックという言葉に驚いて、有名な例を並べていくが、ユウにその驚きは伝達せず、無表情のまま頷く。


「もっとも、その辺はとっくの昔にオリジナルは失われてる。でも、その複製品の十数本が世界中に散らばってるから、完全になくなったわけじゃないけど」

「マジかよ。アーサー神の神器ミシックのオリジナルとか既に失われてるのか…」


 一度は手にしたいと考えたことのある有名な品々が失われていることにハチヤはがっくりと項垂れるのだが、それと同時に疑問も生まれる。


「なんで、ユウがそういうことを言えちゃうの?」


 神の時代や神話の時代、英雄の時代で語られるそれらの神器ミシックの行方を詳細に知る術など、普通に考えればあり得ない。


「グングニルのオリジナルは2年くらい前にぶっ壊したから間違いない。エクスカリバーは前に当事者が嘆いてた」

「あたかも実体験しました的な口振り止そうぜ? 妄想もそこまでいくと痛いだけだぞ?」

「…わかった。やめる」


 ユウはわずかな痕跡や見逃しがないか部屋の中を再度見渡す。


「…えーと、ひょっとしなくてもさっきの実話?」


 木製のベッドの上に上がり、傷跡などを綿密に調べているユウの姿に引け目を感じたのか、ハチヤは恐る恐る訊ねる。


「…やっぱり、何か使ってる」

「おーい、ユウ? 聞いてる?」


 相変わらずハチヤの問いには反応せず、それどころか心ここにあらずといった表情で天井に視線を向けたままその動きを止めた。


「ユウ?」


 ハチヤは彼女の視線の先を追うが当然、何もない。


「…ハチ、次の場所に行こう」


 ベッドから降りると、ユウはそのままハチヤを待たず部屋から出て階段を降りていくようだった。

 先ほどのやりとり、ハチヤがユウの発言を茶化したことにより怒ったとか、そういう素振りは見えない。


「わからん。いつもだけど、今回は特にわからん」


 ハチヤは首をひねりながらユウの後を追った。


   ■


「さて、頑張りますか!」


 ナトゥーアは商館の入り口で気合を入れるために両頬をぴしゃりと叩く。


「あんまり気乗りするとこじゃないのぉ」

「あたしも出来ればカリローさんに押し付けたかったけど、真っ先に逃げられたからね」


「…あいつ、調べ物するとか言って、予防線張ってたのか」


 カリローが真っ先に自身の行動方針を口にしたのには、自己保身の役割があったのだと、カピィールはナトゥーアの台詞で初めて気付いた。


「そそ、なので、あたしは次に面倒が無さそうなトコを取りました」

「同じパーティなのにギスギスしすぎとる…」


 カピィールがげんなりしていると、商館の中から背広を着た中年の男が出てくる。


「お待たせしました。エクチェンブローカー氏が直接お会いになるそうです」

「え…。そんな気遣いいらないのに。ちょっと話が聞きたいだけで…」

「そう、ご謙遜なさらずに」


 ナトゥーアは若干引き気味に答えたのだが、相手には上手く伝わらなかったらしく、柔和な笑顔を返され建物の仲へと案内される。


「貧乏くじひいた…」

「間違っても本人を目の前にして言うなよ」


「だいじょぶ、そのへんは大人だから」


 案内する男の背中を追いながら小声で二人がやりとりするのだが、前を歩く男には幸いなことに耳に届いてないらしく、気分を害した様子も無い。


「こちらの部屋で既にお待ちになっておられます。私はこれで」

「丁寧にありがとうございます」


 ナトゥーアは男を笑顔で見送ると、目の前にあるドアを見つめたまま固まる。


「入らんのか?」

「入りたい?」

「…そのへんは大人なんだろう?」


 カピィールの切り返しにナトゥーアは言葉を詰まらせる。


「…最初くらいオレが話を進めてやるから、その間に上手い方法考えておけよ」

「上から目線で言ってるけど、内容は割と情けないからね?」


 ナトゥーアの苦し紛れの皮肉を受け流して、カピィールはドアを開き部屋の中へと先に入る。


「やあ、3ヶ月ぶりくらいになるかね。元気だったかな?」


 友好的な挨拶とは裏腹にその態度は不遜でソファーに深く腰を沈め、ふんぞり返っている。


「突然押しかけてすまなかったな。アンタが直接相手をしてくれるとは思ってなかったよ、僥倖だな」

「君達には色々勉強させてもらったからな。当事者の2人が来てないのは残念だがね」

「よろしく伝えておこう」


 カピィールはナトゥーアを引き連れて、グラチャニン商工会のボス、タカシ=エクチェンブローカーにテーブルを隔てて相対するソファーの前に陣取ると、挨拶もそこそこに座る。


「今日は聞きたいことがあるとか?」

「詳しくは言えんが仕事でな。今朝、公表された複数の殺人事件については知っているか?」

「そこそこは…ね」


 タカシの試すような視線がカピィールとナトゥーアを交互に行き来する。カピィールはこの時点で会話することを放棄し、隣に座るナトゥーアの肘をつつく。


「…ここだけの話、公国内で大惨事が起きるらしくってね。あたしらはそれを止めるために奔走中なのよ」


 ナトゥーアは一度カピィールに向けて嫌そうな表情を浮かべた後、覚悟を決めてタカシへ顔を向ける。


「複数の殺人事件と何か繋がってるのかね?」

「何が繋がるのかは知らないけど、繋がってるのは確定。だから被害者から犯人の目的を推測出来ないか、相談にのって欲しいの」

「…メリットは?」

「そうねぇ、コレの値打ちって分かるかしら?」


 ナトゥーアがそう言って取り出したのは大粒のブルーダイヤモンド。

 タカシはそれを目にした瞬間、表情を強張らせ目を限界まで見開く。


「…分かったみたいだし、問題なさそうね」


 ナトゥーアは宝石をポーチにしまうと、ニヤリといい笑顔を浮かべた。


「そう残念な顔をしなくても、販売経路をあたしらが持ってるわけじゃないから、十中八九、貴方のところに持ち込むことになるわ」

「確実にとは言わんのだな」

「言っちゃうと交渉材料にならないし?」


 カピィールは上手く誘導したなと感心しながら二人のやり取りを静観する。


「相談にのるのは構わんが、ある程度の目星は付いているのか?」

「今朝、公表されたばかりの情報を現時点でそこまで調査出来てるはずがないでしょう」


「…同条件だ」

「あれあれ? 今の間はなんだろうね? ある程度、目星付いてるんじゃないの?」


 ナトゥーアはタカシが一瞬目を泳がせたのを見逃さず、鬼の首を取ったようにねちっこく絡むような口調で彼を挑発する。


「ナト。やりすぎだ」

「あら、失礼」


 ナトゥーアに反省の態度は見られないが、タカシの方は嗜めたカピィールに好感を抱いたのかこちらを見る際に警戒心が薄らいだ。


「オレたちのほうも時間がなくてな。情報収集はなるべく早く済ませて、犯人を捕まえたい」


 カピィールはそのスキを逃さず、下手に出て、ナトゥーアが挑発した分、相手の溜飲を下げる。


「…そうだな。人族の人間のファミリーネームについて興味を抱いたことはあるか?」

「関係のある話?」


 ナトゥーアは胡散臭そうな視線を向ける。


「ファミリーネーム。アンタだとエクチェンブローカーだな、人族の中では一番バラエティーに富んでいるとは思う。人口比率的に考えれば当たり前だが」

「こいつは蛮族の時代に…、つまり人族が蛮族の奴隷として扱われていた時に使用された、あるグループの名残だと言われている」

「へー。トリビアだねぇ、今度、酒の席の話題にでもしようかな」


「…あるグループって何だ?」


 カピィールは肘でつついてナトゥーアを黙らせて、タカシに説明の続きを促す。


「役割、職業と言い換えてもいいな。俺のなら現在で言うところの為替取引所みたいなモノをさす」

「今でもやってること大して変わってないんじゃない?」

「うちの曾爺さんが勝手に名乗ったって話だからな。当然かもしれんな」


「…今回の件と何か関係があるのか?」


 勝手に名乗っていいものなら、それこそ着目するには信頼度が低すぎる。カピィールはわずかに声を低くしてタカシの思う真相を吐き出すようプレッシャーをかけた。


「…あるな。先週くらいにウチの若い奴が口にして気付いたが、今回の奴等はどいつもこいつもパンに関係したファミリーネームの持ち主だ。偶然にしては偏りすぎている」


 タカシは事前に情報を握っていたことを悪びれることなく、彼の抱く被害者の共通点を口にした。


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