異界の調べ2
追記 4/7 修正
「おう、ユウ。お前さん宛に手紙だ…どうした、カリロー?」
「踊る翠羽の妖精亭」の主人、スルガが地下室から出てきた一行を出迎えた。
「レベルアップしただけの事だ。気にしないでくれ」
「まーた、上がりやがったのか。お前ら」
スルガはカリローから手渡された神の瞳に目を落としながらやれやれとぼやく。
「マスターは素直に喜ぶべきじゃないの? せっかく看板冒険者がレベルアップしたっていうのにさ」
「お前らの場合、そのペースが速すぎるんだ。更新料も馬鹿にならねーんだぞ」
「更新料って、どっかにお金納めてるん?」
「その辺は新人冒険者並の知識なんだな。まぁ、知らん奴は一生知らんままだろうが、冒険者相互組合ってのがあってそこに登録するんだよ。難易度の高い依頼や強制召集は世界中の冒険者をかき集めてこなすことが多いしな」
ハチヤがスルガに講義を受けている間にユウは受け取った手紙を開く。
『ギルドニテマツ』
ユウは思わず瞳孔を見開いたまま固まる。
「…アル、近いうちに面倒な依頼を受けると思う」
「手紙の内容と関係があるのかい?」
ユウは黙ってカリローへ手紙を差し出す。受け取ったカリローが見たのは血文字で書かれたわずかな単語。場合によってはタチの悪い嫌がらせとも思える出来に思わず頭を抱える。
「どうかした?」
「店長、あの手紙は誰から受け取ったんだい?」
手紙を奪って盗み見たナトゥーアが後ろで絶叫しているのを尻目にカリローは不審げな視線を送る。
「夕刊に挟んであっただけだからな。知らん」
「せめて登録している冒険者を庇護する努力をしたフリくらいは見せてくれ」
「っても、うちで一番手だれの冒険者で、現役時代の俺をとうに追い越してる。その上、聞こえてくる噂じゃグラチャニン商工会にも一目置かれている。実力もコネもお前らの方がまるっと上なんだ。下手に手を出したほうが面倒になるだろ?」
スルガは心外だと言わんばかりに声高らかに自身の正当性を述べていく。
「言いたいことは大体分かった。では、レベルアップの件は任せてもいいかな? 餅は餅屋だろ?」
「そっちの方は何とかしといてやるよ。…っと、何だこの紙切れは?」
「全員のレベルを書いてある。確かに任せたからね」
カリローは手紙の押し付け合いをし始めたハチヤ、カピィール、ナトゥーアの輪に混ざりにいく。
背中でスルガの抗議の意を持つ絶叫が上がったが気に留めない。一度の更新で4つもレベルが上がる冒険者が1人いるが、「任せた」のだから後のことはもう知らない。我ながら図太くなったものだと感心しながら近くのテーブルへと座る。
「アップルティーを5つ、頼む」
「4つでいいよ。いまから手紙の真意を聞いてくるから」
この店唯一の給仕の女の子にカリローが手早く注文を告げると、ユウがそれをすぐの訂正した。
ユウは手紙を玩具にして騒いでいる3人から取り上げると、丁寧に折りたたんで元の封筒にしまう。
「うへぇ。ユウちゃん、それ怖くないの?」
ナトゥーア他2人も同様に思っているのか、ユウの手元を不審げに凝視していた。
「まぁ、暗殺ギルドだしこんなものかなって…」
「え、そんなのあんの? ここって案外物騒?」
「ハチヤよ、これだけ人が集まってるからこそ、そういう方面の需要が高いのだろうが。本当に貴族の生まれなのか怪しくなってきたぞ」
「田舎貴族だからな。長閑でいいとこだぞー」
「温泉の次は観光か。ハチヤ君、どの季節がオススメなんだい? あ、ユウちゃんはいってらっしゃい」
カリローに倣ってテーブルにつき雑談を始めた彼等を横目にユウは店を出る。
先程までアレほど不気味がっていた手紙のことも喉元過ぎればなんとやらという奴で、すっかりいつもの雰囲気に戻っていた。あの切り替えの早さだけはパーティ唯一の自慢だと密かにユウは思っていた。
■
ユウが向かうのは公国の北西、隅っこにある区画。ペータル公国は塀で周囲が覆われているにも関わらず治安の良し悪しは場所によって大きく異なっていた。
これから行く場所は治安が悪い部類に含まれる。中央通りから外れるにつれ建物の劣化、窓のひび割れが目立つようになっていく。そしてさらに進めば、住む場所を持たない浮浪者や昼間から飲んだくれた男性や焦点の定まらない女性など、おおよそ真っ当ではない連中をちらほらと見かけるようになる。
「お嬢ちゃん、俺とイイコトしない?」
ユウは無言で立ち塞がる男のアゴを肘フックで揺らしそのまま失神させる。それと同時に周囲からの視線が集まるが襲ってくるような気配はなかった。
そのまま歩き去るユウを視線が追ってくるが、いずれもどこかのタイミングでぷつりと切れる。彼に働いた暴行への報復はこの分だと無視しても問題無さそうだ。
治安が悪いだけでなく、横のつながりさえもない混沌とした雰囲気に辟易しながら、ユウは目指す目的地に到着した。ラタトスクという神様を祭った祠で、人族の間では人気のない神様らしくその規模は小さく、常駐している人物もいない。
誰もいないことに首を傾げようとした瞬間、ユウは首の後ろにピリピリとした嫌な感覚を覚え、その場にしゃがみこむ。
「おヤ、勘が鋭イ。寸前までいなかッたと言うのにソの反応は恐ろしイ」
背後から聞こえる少年の声を聞いて、ユウはとっさに飛び込み前転で距離をあけてから振り返る。
白と黒のストライプで体を隠し、癖っ毛のある緑寄りの黒髪を短く切った10歳前後の子供がその場にいた。涼しげな青い大きな瞳と目元に彫られた涙を想起させる刺青が印象的な顔だ。
今もなお、水平に伸ばされた少年の手がユウにさきほど何を行おうとしていたのかを物語っていた。
「チャーミングな髪を触ろうとしただけサ。いやいや他意はないヨ」
「超越者?」
「人族はボクらをそう呼称するネ。いやはや干渉出来る場所が手広いだけで何も変わらないというノニ」
誰かが召喚した訳でもないようで、目の前の超越者は本当に殺る気はない。ユウは長年の付き合いからそう判断すると、構えを解いて互いに手の届く距離に歩み寄る。
「いいネ、その度胸。少し話がしたかったんだ。君の話題で神界は持ちきりなンだ。勇者候補は次々潰してくれるシ、霜の巨人の1人は強制送還されてお眠りサ」
少年は話しながらユウの顔へ手を伸ばす。その手はユウの肌に触れた傍から溶ける様に消え失せていく。
「おやおや、これはこれハ。手品でも?」
「手品は道化師の専売特許でしょ?」
手首から先を失った超越者は血の一滴も零れない断面を見ながらユウへ疑惑の視線を向けるが、彼女自身答えを持たないのか、冗談に付き合いきれないのかウンザリした表情を浮かべるだけだ。
「確かニ。これは一本取られタ。いや、まさに腕を」
少年は何がおかしいのかケタケタと腹を抱えて笑う。
「…シツレイ。そんな君にお詫びだヨ。異物の混入を排除して欲しイ。これ以上の異物を世界に孕むのは君達の望むところではあるマイ? 詳しいことは神託を授けた人間にデモ聞きたまエ」
「お詫びって、予定調和でしょ?」
「…これは手厳しイ。デはサヨウナラだ。ゴデッドくン」
少年は肩を竦めて笑うとつかつかとユウに歩み寄り、彼女に埋もれるようにその姿を消す。そしてその後にはちいさな石がカランと乾いた音を立て、ユウの足元に転がった。
「…むぅ、先払いか」
ユウは青みを帯びた大粒の宝石を拾い上げる。
目利きの才は持ち合わせていないが、素人目で判断しても5000G以上の極上品だとすぐに分かった。
そして、ひとまずポーチにそれをしまうと、背後に感じた視線に振り返る。
少なくとも先程のような出鱈目なモノではなく、間違いなく人の発するソレだ。
「…っ、ラタトスク様への参拝の方ですか?」
こんな場所にいるには場違いなと言うのが正しいのだろうか。身奇麗な格好をした年頃の町娘が不安そうにこちらへ視線を向けている。
だから、彼女がそうなのだろう。
「いえ、扇動者に興味はありません」
「なんて罰当たりな! ラタトスク様は我々に知恵を授けてくださる偉大なお方です」
ユウの言葉は当然のように彼女の反発を買う。
目の前にいる女性は本当に心底怒っている風に見えた。だからこそ次の言葉にためらいが生まれる、言っていいものかとユウの良心を呵責する。
「…では、貴女も唆されたんですよ。残念」
ユウの言葉を聞いた女性はその瞬間、隠していた素顔を覗かせる。
纏う雰囲気は穏やかなものから殺伐としたものにガラリと変わり、おどおどしていた態度も一転、ユウを脅すように睨みを利かせてくる。
「…ようこそ、暗殺ギルドへ。同胞を4人も再起不能させたお嬢ちゃん」
目の前の女性は明確な殺意を向けてユウに言葉をぶつけてくる。
「アレは仕事。私事と混ぜると破滅するよ?」
ユウは女性から発せられる悪意も殺意も意に介さず、いつもの無表情で受け流す。
「ちっ、本当に食えないお嬢ちゃんだこと。付いておいで。案内する」
女性はユウの返答とその態度に毒気を抜かれたのか、きびすを返すと相手の了解も得ずに勝手に歩き始めた。
ユウ自身、言いたい文句こそあったものの、置いていかれると困るので慌てて彼女の背中を追いかける。
女性は無言のまま、やや早足で決して足元が磐石とはいえない通路を進む。
時折混ぜるフェイントを含めた曲がり方や、道端の障害物を巻き込むように進むなど、女性の案内はけっして親切と呼べるものではなかった。けれど、ユウは実力を試していると思えば妥当かなどと、余計な思考が行えるくらいは余裕をもって彼女の跡を追う。
「…一個だけ聞いときたいんだけど?」
何度目かの角を曲がったところで先導する女性が立ち止まり振り返る。
「どうぞ」
「私にはアンタが急に祠の前に現れたように見えたんだけど、そこまで警戒してたのかい?」
今回の超越者はそういう風に辻褄を合わせたらしい。
ユウは否定の意味を込めて顔を左右に振る。
「なら何のために姿を隠してた?」
「まぁ、いわゆる神隠し」
目の前の女性はハトが豆鉄砲を食ったように目をぱちくりさせるとややあって破顔する。
「なんだ、冗談も言えるんだな。単なる殺戮人形かと思ってたよ」
女性は初対面の時よりはやや友好的な態度を見せた。冗談ではないことを不満に思うユウのしかめっ面を見て更にその態度を軟化させていく。
「…この奥の建物が暗殺ギルドだ。生憎、下っ端はボスの顔を見る資格が無くてね。この先は1人で行っておくれ」
女性は2階建ての窓が一つもない建物を指差す。
「案内、ありがとう」
「仕事だ。気にすんな」
ユウは頭を下げると、彼女の指差す建物の玄関で一度立ち止まる。
ドアの先に人の気配は無い。
ドアノブを回すと抵抗も無くガチャリと回る。
(…不思議なところだな)
ユウはドアを静かに引くとその中へ足を踏み入れた。
もう少しマシな描写の仕方があったように思うのですが難しい
あと、符丁についてはラタトスクをぐぐるとなるほど程度の内容です。