異界の調べ1
追記 4/7 修正
ペータル公国に無事戻ってから数日後、場所は「踊る翠羽の妖精亭」の地下室。
防音された部屋に集められたのは招集者のカリローを含めた5人の仲間達だ。その中でナトゥーアだけが心持ち緊張した様子でその場に臨んでいた。
「さて、ナトゥーア。神の瞳について説明は必要かな?」
「レベルを測定する人造神器でしょ。それより大事な話って何? こんなところに引きこまないと言えないような秘密なの?」
「秘密…そうだな、君を信頼に足る人物だと見込んだからこそ話す訳だし、的外れでもないな」
カリローはちらりとユウに視線を向けてから大きくため息をついた。
「神の瞳に直に手を触れることで本人のレベルが分かる。…40か。1つ上がったな」
カリローは手に持ったガラス玉に軽く力を込めると浮かび上がった数字を読み上げる。
「すっごーい。カリローさん、晴れて上級冒険者の仲間入りじゃん!」
「おほっ、知り合いにレベル40とか凄すぎて実感わかねぇ」
ナトゥーアとハチヤは思わず椅子から立ち上がり、カリローの持つ神の瞳へ顔を近づけ、目を輝かせながらその数字眺めた。
「レベル40って凄いものなの、カピィ?」
「ペータル公国に100人いるかいないかと言ったところだろうな。仮に仕官しようものなら諸手を挙げて役職付きで雇ってくれるはずだ」
「それは凄いね、おめでとう」
ぱちぱちと乾いた音が部屋の中を賑やかす。
「本当に褒めているのか?」
「もちろん」
「…まぁ、いい。ユウ、受け取れ」
カリローは神の瞳をユウに向けて放り投げる。
「カリロー、お前!」
ユウが受け取めようとするのを横目にカピィールが叫ぶ。
「人造神器をそんな雑に扱えば怒るよね…」
「カリローが神妙な顔して連れて来たのはこっちが本命か」
ハチヤは腰に手をやり、ユウの持つ神の瞳が示す数字を想像して独りで勝手に納得する。
すっぽりとユウの手の中に収まった神の瞳から浮かぶ数字は0。
「0? レベル0? え、え、え?」
ナトゥーアだけがその浮かび上がった数字に驚き慌てふためいている。
「トロールと対等に…、鷲獅子の時だって…」
「…現実だ。受け入れてくれ」
「待って、ワケ分かんない。レベル0如きがあんな風に戦えるワケないじゃない」
カリローの襟元を締め上げナトゥーアが食ってかかる。
「…爪弾きの出てくるという御伽噺は?」
「神様の祝福を受けなかったばかりに神様の罰も受けなかったっていうアレ?」
「ソレだ。にしても、随分端折ったものだな」
「…生憎、信心深いほうでもないからね。神様の悪いトコについ興味がいくのさ」
カリローは動じずナトゥーアの恫喝を冷静に受け止め、彼女の感情を軟着陸させるよう出来るだけゆっくりした口調で言葉を交わして徐々にその怒りを沈めていく。
「…手品?」
ナトゥーアは数字の0を指差す。
「ううん、事実。ナトも私が使ったディフェンダーの切れ味を知っているでしょ?」
「ディフェンダーの切れ味? あたしが使ったところでジャガイモの皮も剥けない…」
「うん、私は超越者の祝福を無力化してしまう。だから…」
「…待って。ちょっと待って。考えるから…少し待って」
「わかった」
ナトゥーアはユウの手の中に収まる神の瞳と浮かぶ数字を見たまま、彼女とこれまで過ごしてきた出来事を思い出す。
「別にユウちゃんのことを嫌いになるわけじゃないよ?」
「うん、ありがとう」
憎たらしいくらいに感情を表に出さない少女だ、ナトゥーアは静かに待つユウの信頼に応えるためにもなんらかの答えを出さなくてはならない。
「神様の祝福を無力化出来る…か。神聖魔法は?」
「治癒系もダメだ。ユウがエリクサーやハイポを山ほどストックしてる理由が分かったか?」
ハチヤの言うとおり、ユウは割高な薬品を買い集める傾向があった。
「重い物は…持ち上げてるところ見たことない。いつもカピィールさんかハチヤ君がテント一式。それに矢筒ですらカリローさんに預けてた!」
最もレベルアップを実感する事柄として、これまでよりも重い物を持ち上げられるようになった事例がよく挙げられる。ナトゥーア自身も細腕ながら中身の詰まったワイン樽の1つくらい簡単に持ち上げることが可能だ。
そしてユウが自身より重い物を進んで扱う事例などこれまでなかった、さらに仮に扱った場合は、いつも不自然に息を切らしていた。
「付け足すなら、弓の弦もまともに張れんぞ」
ナトゥーアはカピィールの言葉に説得力を感じず首を傾げる。
「うん? 弦張れないって、弓は引いてたでしょ?」
「アレは単なる技術。弓をたわませて弦を張るのには単純な力が必要」
ふるふると左右に顔を振って、ユウはナトゥーアの指摘が的外れであることを説明する。
「…知らなかった、今度教えてよう…違う、そうじゃない!」
うがーっと悶えながら、ナトゥーアは知的欲求に負けそうになる自分に発破をかける。
「もういいだろう、ナトゥーア。僕としてはコレの出鱈目さ加減が共有できればそれで満足なんだが?」
「カリローさん、そういう納得の仕方してるわけ?」
ユウから神の瞳を取り上げ、手の中で遊ばせながらカリローは面倒臭そうにナトゥーアを扱い始めた。
「彼女には我々の常識、つまりレベルという概念が通じない。だが、頭は回るし気転も利く。何よりこの中で誰よりも強い。…言ってて悲しくなってきたな。レベル40の冒険者はこの有様だよ、ナトゥーア」
手渡される神の瞳。ナトゥーアの手元に浮かぶ数字は40。
「って、あたしもレベル40になってるし!」
思わず取り落としそうになりながら、地面すれすれでなんとか神の瞳を手の中に収める。ナトゥーアはほっとしてそのまま地面にへなへなとへたりこむ。
そして一度息を深くついてから視線を上げる。
真っ先に引き寄せられたのは漆黒の双眸。
一連の動作を黙って見つめるユウの姿を見て、ナトゥーアは悩んでいるのが馬鹿らしくなった。
(レベルなんて知らなくてもユウちゃんはユウちゃんだ)
「じゃあ、同じレベル40の冒険者同士その認識でいいや。周りの目は今までどおり適当に誤魔化せばいいよね。ユウちゃんはあたしの相棒でカリローさんのパーティメンバーの一員だ!」
「ありがとう、ナト」
内心はどうだったのだろうか、ナトゥーアの目の前にいる少女ははにかみながら静かに笑みを浮かべる。
「よーし、今夜は祝杯だ。飲もう、レベルアップ記念だ」
ナトゥーアは立ち上がるとユウの肩を抱き寄せ、少し大袈裟に騒いでみせる。巻き込まれたユウは少し嫌そうに顔を歪めるのだが抵抗もせず、ナトゥーアのされるがままに体を左右に揺らす。
(一先ずは安心か…)
ユウの特性を受け入れる器量はあると踏んでいたが、正直のところカリローにとっても出たトコ勝負だった感が否めない。だから、彼は目の前の状況に心底安堵していた。
「ん、俺もレベル上がってるわ。38だ」
「マジか。オレもあがっとる。39…?」
カピィールは粘りつくような視線を感じてそちらへ顔を向ける。
視線の持ち主は鬱蒼とした表情を浮かべたカリローだった。
「ナトゥーア、祝杯は構わないがレベルアップは伏せてくれ」
「なんでー?」
ユウを玩具にしながらはしゃぐナトゥーアが口を尖らせる。
「パーティメンバー全員が同時期に一つずつ上がるような状況でコイツを据え置きにしたら、注目を浴びるだろう? 分かってくれるよな、同じレベル40の冒険者なワケだし」
懇願するカリローからにじみ出る苦労人オーラを悟り、ナトゥーアはにやりと口の端を歪める。
「いっそ、ユウちゃんのレベルも35とかにしよう。そっちの方が面白そうだし」
「面白くない、一気に4つも上げたらそれこそ一大事だ!」
ナトゥーア流の冗談にカリローが本気で怒鳴る。
「ナトはやっぱり猫っぽいね」
「そうかにゃ? まぁ悪戯好きではあるけどにゃ」
カリローの小言を聞き流しながら、ユウと一緒に笑いあう。
「踊る翠羽の妖精亭」での一日はそうやって過ぎていった。
レベルとはなんぞや?
今後無かったことになる設定かもしれませんがご愛嬌