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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
42/63

蛮族と響きあう冒険者7

追記 4/7 修正

 拠点にたどり着くとカリローは貸し与えられた幕屋に入る。


「ナト、風邪引くから脱がすよ?」


「…構わないけど、構わないのかな?」


 ユウが首を傾けていると、男3人はナトゥーアの言葉を察して幕屋の外へと出て行った。その様子を眺めて納得いったように頷くと、ぱっぱとナトゥーアの防具を外す。


「いや、悪いね。手間かけさせて…」

「ん、全然」


 ユウはむしろ褒めたいと思った。

 下手すれば見捨てられる可能性もあったはずなのに余力を残さず、それどころか昏倒するほど体に負担をかける一撃を放ったナトゥーアは偉い。


「…頑張ったね」


 言葉にしてみたが、ナトゥーアには上手く伝わらない。ユウは不思議そうに見返す視線をこそばゆく感じて、作業の方に没頭することにした。


 残りの衣服、下着を引っぺがし、ナトゥーアの体を清潔な布で一通り拭くと、彼女の荷物から普段着を取り出しテキパキと着せていく。


「手慣れてるね。メイドさんとかの経験でもあるの?」

「小さい時はよくやってたから…。もう、いいよ」


 ナトゥーアを毛布の上に寝かせると、外でくしゃみをする声が漏れて聞こえたので声をかける。


「悪い、気が利かなくってよ」

「あたしは別に。皆も大丈夫? カピィールさんだってあいつのトンデモ攻撃受けてたんだからタダじゃ済んでないでしょう?」

「たいした事は無い。もっとも、3発目を貰ってたらどうなってたか分からんがな」


 歪みきった盾に一度視線をやってからカピィールはユウとハチヤに視線を向けた。


「同じ鉄の盾だっていうのに何が違ったら、俺のは紙くずみたいにされて、カピーのは盾の役目を果たせるのやら…」

「馬鹿いうな、こっちは鋼鉄だ。温泉街で売ってるような質の悪いやつと比べるな」

「いや、けどよ。ディフェンダーの効果乗せてたんだぞ?」

「悪いな、こっちはそれに加えてカリローの金属の精霊フェールムのエンチャント済みだ。それにハチヤ…。オレ達は特に忘れがちかもしれんが…」


 カピィールは一度ユウの視線を向ける。


「レベルはオレの方が1つ上だ」


 それが決定打となり、ハチヤはそれ以上の不満をカピィールにぶつけることをやめた。


「…アルは?」

「団長様に報告出来るかアポ取りに行ってる」


 ハチヤは少し不満そうだった。ユウはそんな態度を見て彼が何を気にしているのか今日の出来事を思い返してみるのだが、どれ一つとして思い当たる節はない。


「ハチ、ご機嫌斜め?」

「まぁな、自分のポジションっていうのがなぁ…いまいち」

「ハチヤ君はパーティが空中分解しないための接着剤みたいなもんだからねぇ。一番重要だけど一番目に見えない。いや、お姉さんも元気付けてあげたいけどこの有様だし?」

「ナトはいいから寝てろ。マナ切れで衰弱死しかけてた人間見たのなんざ初めてだよ。ったく…」


 身をよじってハチヤに手を伸ばそうとするナトゥーアの手をハチヤは逆に掴み、舌打ちをしながら彼女を仰向けの状態に戻す。


「まさに命を賭けた一撃か…」


 カピィールとユウは知らず知らずのうちに笑顔を浮かべて、面目ないと呟くナトゥーアを畏敬の念を抱く。そんな空気の中、不意に幕屋に人影が落ちる。


「ユウ、いるか?」


 カリローだった。


「疲れて寝ていると思ったが、案外タフだな…、みんなも」


 幕屋の裾からカリローは顔を覗かせて中の様子を観察すると、4人の視線が集まるのを意外に思う。


 ナトゥーアは気絶寸前だったし、ユウは休める時は周りの都合にお構いなく寝てしまうし、カピィールは時間さえあれば酒を飲んでいる。

 カリローの予想ではまともに出迎えてくるのはハチヤくらいだと思っていただけに、全員が談笑しているこの状況を見せられ、予想を裏切られて嬉しいような寂しいような複雑な感情になる。


「アル、何か用?」

「団長殿と面会出来るようなので付き添ってもらおうと思ってね」

「…わかった」


 ユウはアームガードとレガースだけ外して隅っこに置くと、立ち上がって幕屋の裾に手をかける。


「では、報告は僕とユウで行って来る。くれぐれも余計なことを口走るなよ」

「いってらー」


 いつもの陽気な口調でナトゥーアは彼らを送り出した。

 外は小雨が続いており、焚き火が点々と焚かれてはいるものの幕屋の中に比べると少し冷える。ユウは一度身震いをしてスイッチを切り替えるのだが、その時頭上に大きな布が現れた。


「エスコートは難しいが、せめて濡れない程度のことくらいはさせてくれ」


 カリローが外套を広げてユウの体を包んでいた。不思議そうに彼を見上げると、ぷいっと視線をそらした。気恥ずかしいならするなと思うのだが、向こうも勢いでやった手前、引っ込みがつかないのだろう。ユウはおとなしく彼の好意に甘えることに決め、彼の横にぴったりとくっ付いた。


「…君は勇敢だな」


 曖昧な表現にユウは首を傾げる。


「レッド・オーガとの交渉の時も、決裂した時も、戦闘になった時も」

「べつに…」


 必要だったからこなしただけで、カリローが思っているような事など持ち合わせて無いとユウは思う。


「それでもだ。見てる人間はそう感じるんだよ。さて、着いた」


 一際大きな幕屋を前にカリローは立ち止まる。

 ぴったりくっ付いてたせいで上背のある彼の表情を拝むことが出来ないのが残念だ。


「アルチュリューだ、偵察依頼の報告に来たのだが通してもらって構わないかな?」

「アルチュリュー殿ですね。彼女は?」

「パーティの一員だ。スカウトの1人がダウンしてしまってね。代わりだよ」


 カリローの言葉に不審そうにユウに視線を向けていた男は納得すると、幕屋の中へと招く。


「偵察任務、ご苦労だった。カリロー=アルチュリュー。たった二日で成果を出すとは、さすが新進気鋭の冒険者だな、噂にたがわぬ実力しかと覚えた」


 幕屋の中には以前、温泉街で出会ったひょろっとした男とサーコートの上からでも分かる引き締まった肉体を持つ切れ長の目が特徴の茶髪の髪を短く切り揃えた40半ばの男が席を並べて座っていた。

 ひょろっとした男からは大した覇気も感じないが、もう片方の男は食えなさそうだった。ナトゥーアが碌でもないと表現するのも、ある意味、納得がいくとユウに思わせた。


「ははは…、私達など根無し草の荒くれ者です。騎士団長殿とこうして直接会話させて頂けるだけでも身に余る配慮です」

『いいから話を先に進めろ、あとこの件にはもう顔を突っ込まないからな』(ユウによる意訳)


「そう、卑下するものではないよ。とりあえずかけ給え」


 騎士団長が手でさすのはテーブルを隔てて彼等の向かい側にある二脚の椅子。


「しかし、偵察任務の報告如きにこうして騎士団長殿へお目通りが叶うこと自体、異例かと。これ以上のお時間を取らせるわけには…」

『偵察の報告くらい下っ端に任せればいいだろう。あと疲れてるからとっとと帰りたいんだが?』(ユウによる意訳)


「騎士団が偵察部隊を送り出して何の情報も得られなかった地だ。上としても興味があるのだよ」


 騎士団長は少し首を傾げてユウたちにウィンクする。場を和ませるジョークのつもりだろうが、片方の目が笑っていないので、ユウには単なる威圧にしか感じられない。


「それではお言葉に甘えて、失礼します」

『下手な素振りを見せるな、隙を見せればとって食われるぞ』(ユウによる意訳)


 カリローはユウを肘でコツくと、先んじて前へ進み片方の椅子を引く。

 そのまますぐに座らない様子を見るに先に座れということらしい。ユウは素直に席につく。続いてカリローも隣の椅子へ座った。


「こちらが調査結果になります」


 カリローが差し出すのはユウが複製した地図の内の1枚で、そこにはまだ蛮族のアジトや避難所の書き込みはされていない。


「よもや、地形を確認しただけの事を調査と言うつもりではあるまいな?」


「いえ、ただ蛮族の情報をお伝えしたところで説得力に欠けます。その地図は資料とでも思って下さい」

『単に蛮族の数を伝えたところで偵察を出すんだろうから、要らない出費を省いてやったぞ。感謝しろ』(ユウによる意訳)


 ひょろっとした男は胡散臭そうに地図に視線を寄せている。それに対して騎士団長のほうは真摯に地図の確認を行っている。そしてカリローは黙って相手の出方を窺っている。早い話、彼が出した地図一枚をきっかけに場が完全に沈黙した。

 ユウは沈黙は嫌いではない。かといって好んでこの場に居座るほど悪趣味でも無い。時間にしておよそ5分というところで、最初に沈黙に耐え切れなくなったひょろっとした男が口を開く。


「…して、蛮族の戦力は如何ほど?」

「トロールを20体確認しました。なお、驚くことに彼等は統率されており、集団行動を得意としているようでした」

「トロールが20!?」

「アルチュリュー殿。それほどの大群を前によく無事に逃げおおせましたな」


「実際に対峙したわけではありません。地図の空白部分については気付いていますか?」

『上手く誘導できてちょろいな、こっちは』(ユウによる意訳)


 再び4人の視線が地図に集まる。

 蛮族の拠点付近は嫌な罠の巡らし方がされてあったため、今回の調査では訪れていない領域だ。そのせいもあって地図には空白部分がまるっと存在していた。


「こちらが蛮族の拠点となります。我々は偶々そこを発見し、目視にて蛮族の存在を確認しました」

「直接は戦っておられないのに蛮族の戦力を確認出来たのはそれが理由ですか」

「はい」


 カリローが指差した場所は間違いなくタケミナカタから教えてもらった彼らのアジトの場所だった。ただ、カリローのついた嘘には少し無理がある。彼の台詞だけでは蛮族のアジトと地図の空白部分の齟齬をがあり、話が噛み合わない。


「アルチュリュー殿。少しいいかね?」

「なんでしょう?」


 カリローは騎士団長の言葉に心持ち態度を硬化させた。


「君の言うとおりであれば、アジト付近が白地図になるはずが無いのだがね。我々をたばかるほど頭が回らないわけでもあるまい、説明してもらって構わないかね?」

「仰るとおりです。実は…痛っ」


 ユウはカリローのスネを蹴った。そして不服そうにこちらに視線を向ける彼に首を左右に振って答える。


「嘘を重ね続けたら、酷い目に遭うのは嘘つき自身だよ」

「どういうことかね?」

「黙っていればいいものを…。はぁ」


 カリローは大袈裟にため息をつく。


「嘘をついていたと言うのか。ま、まさか蛮族と結託して…」

「落ち着かれよ。そちらの黒髪の少女の方がよほど場慣れしているようだ。説明を」


 ユウは正面に座る二人から視線を受け止めると、隣で呪詛を呟くカリローを無視した。


「蛮族のアジトはその位置で間違いない」

「それだと説得力が無いな。アルチュリュー殿もそこを苦労していたようだが…」

「それは情報の提供者が蛮族だから。正直に話したとして貴方達はそれを信じない、違う?」

「なるほど、確かに信じられないな。認めよう」


 騎士団長は既に話の本筋に興味などなく、ユウが如何にしてこの状況をひっくり返すのか楽しんでいるようだった。


「アル。人造神器アーティファクトを」

「…切り札を切るのが早すぎる」


 カリローは渋面のまま、机の上にタケミナカタから回収した腕輪を置く。


「取引の相手の名はタケミナカタ。種族はオーガ種の亜種でレッド・オーガ。レベルは推定42」


 騎士団長はユウの吐き出した情報を特に驚いた様子もなく淡々と聞いている。対照的に隣に座るひょろっとした男の方は先程まで怒りで真っ赤にした顔を蛮族のレベルを聞いた途端、みるみるうちに青くしていた。


「格闘術を用い、チャレンジャーという名の人造神器アーティファクト。そこにある腕輪を所持」

「…なるほど、有力な蛮族と出会ったと言うのは本当らしいな」


 ユウが試すように机の上にある腕輪に視線をやると、騎士団長は断りを入れてからその腕輪を手に取り真贋を確かめるように手の中で遊ばせながら返答する。


「気を悪くしたのであれば謝ろう。私もその蛮族が存在することは以前から耳にしていた。まさか君達のような冒険者の口から飛び出すとは思いもしなかったがね」


 再び腕輪を机の上に置くと、騎士団長はユウを凄みを効かせて睨む。


「何故、君達はいまここにいる?」


 その視線は既に味方に向けるものではない。騎士団長は敵意を持ってユウのことを睨んでいた。格上相手に無事逃げおおせた理由を相手はネガティブなものに捉えたのだろう、ユウはそう決め付けた。


「それは簡単。倒した」

「…それを誰が証明する?」

「その腕輪が」


 騎士団長が粗を探すようにユウの表情の変化を読もうとするのだが、彼女は相変わらずの無表情で通しきる。隣で座るカリローは表情こそ感情を出していないものの、緊張で手先が僅かに震えている。


「…腕輪がなんだと?」

「戦利品。蛮族とは捕虜の受け渡しの時に会った」


 騎士団長は引き続き、訝しげな視線を向けたままだ。


「捕虜との引き換えに対価は2つ要求した。1つ目、私達の身の安全。2つ目、敵の拠点の位置」

「腕輪はどうなった?」


 会話に参加していない二人もその点をどう片付けるのか興味があるようでこちらを凝視してくる。


「すこしは考えてみようよ。希少な人造神器アーティファクトをどう立ち回れば私達が得られるかを」


 相手の不信感が最大になったところで、ユウは盛大に相手を煽る。

 おそらく天秤は片方に振り切れただろう。隣に座るカリローはどう言い繕えば、現状を打破出来るのか目を回している。


「まさか!」

「正解は私達が倒し、命乞いした相手から奪った。です」


 『騎士団を売ったな』と言おうとする相手に先んじてユウは嘘を言う。


「それこそ信じるに値しない。それに蛮族の命乞いを受け入れたというのか? 人族として恥ずべき行為ではないか」

「そう、恥ずべき行為」


 馬鹿らしいとユウの言葉を一蹴する騎士団長の言葉を彼女は拾う。


「私達もそう思った。だけど依頼は偵察。しかも事前に騎士団に花を持たせるよう、わざわざこちらから提案して討伐から変更してもらったもの」


 ユウは僅かに口の端を上げる。


「契約は遵守しなくちゃいけない。あそこで倒してしまっては依頼失敗になってしまう」


 ユウの目の前に敵はいない。


「とても残念だった。後ろ髪引かれる思いだった」


 畳み掛けるように相手の弱点へ止めの言葉を放つ。


「誰かが変な欲をかかなければ、私達も恥ずべき行為とやらをしなくて済んだのだけども」


 ユウは白々しく喋ると、相手の反応を待つ。

 長い沈黙が続く。


 ユウは平然と相手の目を見据える。対して騎士団長のほうは目が泳ぎがちで何度も何度も生唾を飲み込み気を落ち着かせているようだった。


「…まぁ、私達の命とココの情報如きで人造神器アーティファクトを譲るっていう考えのほうが、よほど荒唐無稽だと私は思うけれど?」


 一向に反応が返って来ないのでユウは相手が唯一拠り所にしていたであろう、騎士団長らが頭の中に描いたシナリオを口にして、それをざっくりと否定した。


「…報酬を用意するよう部下に指示を」


 騎士団長はユウの最後の一言に折れた。

 頭を垂れ、隣のひょろっとした男へ一言だけ伝えると、そのまま身動きをしなくなった。そして隣の男はたっぷり何十秒かラグを置いてから幕屋の外へ出て行った。


「…疑う側はさぞかしお辛いでしょう?」


 カリローは向かい側に座る男が1人きりになったことを確認してから、彼への相手への同情を禁じ得なかったのか思わず慰めの言葉をかける。


「任務だ。気にしなくていい」

「ごめんね」


 ユウも悪気があったわけではないのでとりあえず形だけの関係修復を試みる。


「で、どこまでが事実かな?」

「タケミナカタとやりあったのは本当ですよ。命乞いうんぬんは嘘で、足止めできる程度のダメージを与えて逃げ出したのが事実です」


 柔和な表情を浮かべた騎士団長にカリローもうっかり口を滑らせる。


「では、本当に蛮族のアジトの情報は捕虜の取引で得たのかね?」

「信じ難いことに事実です」

「当人すら信じない出来事を依頼人に信じさせるのは、確かに難易度が高いな」


 そしてユウへ目線を送る。


「それにしたって、あそこまで我らを悪役に仕立てなくても良かったではないか」


 恨みがましい口調で話す騎士団長をみて、ユウはただキョトンとするだけだった。

 幕屋の外が騒がしくなる。


「依頼の成功報酬3000Gだ。君達の勝ちだよ、受け取りたまえ」


 晴れやかな表情を浮かべて騎士団長は成功者達へ祝福の言葉を送った。


ここで一区切り

自分が描くチートキャラって基本人格が畜生な連中が多いです。


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