蛮族と響きあう冒険者6
追記 4/7 修正
「征くぞ」
一直線に迫ってくる深紅の塊の間にカピィールがすかさず割ってはいる。どうにか盾で初撃を受け止めることに成功したものの、地面の柔らかさに踏ん張りが効かない。
「土の精霊!」
カリローはすかさずカピィールの足元を魔法で強化する。
続いて放たれる蹴りはカピィールの盾による防御をこじ開ける。カピィールはその衝撃を受けてなおその場に踏みとどまったが、次の一撃は完全に無防備だ。
すかさずユウがフォローに入る。
相手の軸足目掛けて回し蹴りを放ち、相手の思惑を逆さに取って転倒させた。追撃にハチヤがウォーハンマーを振り下ろすが、寸でのところで横に転がり回避される。
「すばしっこい!」
「ハチ、無理しないで」
ユウはさらに追い討ちをかけようとするハチヤを制止させると、相手が起き上がるのを待った。
「俺の攻撃を二度も防ぐか。それにオスはともかく…」
タケミナカタは右手につけた腕輪をぎらつかせてユウを睨む。
彼女の攻撃ははっきり言えば早すぎる。オス共の攻撃がスローモーションのようにゆっくり見える分、その差にどうしても反応が鈍る。
「ユウ。ヌァダに止めを差したのはお前だな?」
「そうだよ」
ユウは一気に距離を詰めると、左ジャブのフェイントに硬直したタケミナカタの右腕をすかさず絡め取り、肘関節を狙う。伸びきった右腕目がけて強烈な膝蹴りを見舞うと相手がようやく痛みにその表情を変えた。
「英雄シグルド。耐える力を」
「英雄シグルド。オレに無敵の力を。不死身の体を。不朽の魂を。ドラゴンブレス」
紫紺の光がカピィールの体を覆う。
「ユウ、時間稼ぎはもういい」
タケミナカタの執拗な攻撃をかわして大きく間合いをあけると、相手を起点に十字になるよう位置取った。
「その腕輪、人造神器のようだな」
「目ざといな。人族」
タケミナカタは右腕に紫紺の光を浴びせながら、カリローの問いかけに答えはするものの、意識は完全にユウの動きに取られていた。彼女の攻撃は人族のオス3人よりもよほど厄介だった。
最もレベルを弱く感じる彼女に何故ここまで梃子摺るのか理解が追いつかない。
「チャレンジャー。攻撃力を高める人造神器、間違いないか?」
「貴様は敵対した相手の言葉を信じるのか?」
「いいや、ただ確認しただけだ。ディフェンダーと同じく副作用があるだろうと思ってね」
ユウに注意を向けたままのタケミナカタへ最後通告を終えると、カリローは合図を送る。
「雷の精霊。あたしの一撃は必中。あたしの一撃は雷霆」
高らかに響く詠唱。
「あたしの一撃は強者を仕留める英雄の一撃」
タケミナカタは詠唱者の影を探す。
「ライトニングバスター!」
タケミナカタはとっさに腕輪を投げ捨てその身をよじった。
直後、轟音と共に彼の左肩に凄まじい痛みが走る。肌を食い破り、肉を焼き、骨をも砕き、彼の左上半身を使い物にならなくした。
「ぐ…、人族の身で俺の体に傷を」
「やはり、この人造神器も欠陥品か。下手にアドバイスしなければ倒しきれていたかもしれないと思うと残念だな」
カリローは投げ捨てられた腕輪を拾い、ポーチにしまいこむ。
「さて、どうする? 僕としては契約は遵守されるものだと思うのだが?」
千切れかけの左腕をだらりとつるしたまま、タケミナカタはカリローを睨む。
「アル、私達にも時間は無いよ」
「ハチヤ、ナトゥーアを回収してきてくれ。あの分だと気絶している」
カリローは舌打ちすると銃声の元を指差す。
ハチヤは近くにあったバスタードソードを回収すると、ウォーハンマーをカピィールに返す。そしてオーガから背を向けそのままカリローが指差した方向へ走り出した。
「行かせるものか!」
「それはこちらのセリフ」
ハチヤを追ってユウから視線をそらした瞬間、既に彼女は距離を詰めていた。タケミナカタの耳元でぽしょりと囁くと火属性を付与した拳を傷口めがけて打ち込む。あまりの痛みに彼の狂ったような咆哮が辺りに木霊した。
「悪いけれど、約束は守ってもらう」
振り返った彼の目の前にあったのは振り下ろされるユウの足。
鉈の如く真っ直ぐ地面に叩きつけられた右足はタケミナカタの左腕を本体から綺麗に切断した。
さらに追撃を加えようとしたところでユウは相手に宿る超越者の強大な力を察知、バネのように跳ねて間合いをあける。それに続いて矢が彼女がついさっきまでいた場所に突き刺さる。
「…思った以上に手回しが早いな」
カリローは慌てて風の精霊の力でミサイル・ガードを周囲に展開する。
「急ごう、トロールの部隊に囲まれたら厄介」
「分かった。本当にあいつに止めは刺さなくていいのか?」
カピィールは左腕の付け根を押さえて鬼の形相で睨むタケミナカタに視線をやる。
「ああ、もとより命の奪い合いをしにきたわけではない」
「それに…」
ユウが思い出すのはかつての超越者との邂逅。
『神話になぞり、片腕をもがれることで人ならざる者…神に比肩する勇者となる予定の子』
「ユウ?」
「契約は遵守するんでしょ?」
ロクでもない人族と違って私の仲間はどこまでもお人好しなのだ。
「ナト、回収してきたぞ」
「ハチヤ君、お姫様抱っこしてよ」
「嫌だよ、アレ結構腰に来るんだぞ?」
「せめておんぶ~」
茂みからナトゥーアを肩に担いだハチヤが現れる。ナトゥーアは顔色こそ悪いものの意識ははっきりしているようで、現在の待遇改善を求めてハチヤに現在進行形で交渉中だ。
「走るぞ、道中の罠は回避出来るルートを選んでくれ」
「わかった」
先導するユウは頷くと来た道とは異なるルートで森を掻き分けながら進み始める。
■
「ボス、ご無事で」
「追跡は偵察部隊に任せろ。格好だけでいい」
傍に近づいたトロールの神官はタケミナカタの左腕の肩口の傷を見て顔をしかめる。熱による止血が為されており生半可な治癒魔法で治せる見込みは薄い。
「…俺の左腕を武器へ昇華させることは可能か?」
神官の様子を見て、左腕の修復が困難であることを悟ったタケミナカタは一つの思考に至る。
「自身を供物に人造神器を作成するおつもりで?」
「いまのままでは勝てん」
そう遠くないうちに相見えるであろう、ユウを筆頭とした人族を打ち倒すための手段を早急に身につけねばならないとタケミナカタは考えていた。
「ボスほどのレベルの肉体であれば人造神器の材料に十分なりえるでしょう」
「そうか、トロール共、アジトへ引き上げるぞ」
まだバランスの欠いた不慣れな体のまま、それでもタケミナカタは悠然とした態度を崩さずアジトへの帰途へとつく。
「契約は遵守するものか…。ヌァダの仇なれど、戦ってみて気持ちのいい連中だったな」
タケミナカタは自分よりレベルが下の人族に結果として惨敗した。
慢心はなかった、単純に奴らの作戦勝ちだ。素直に賞賛するしかない。失った左腕から感じる鈍痛を心地よく感じながら、今にも降りだしそうなどんよりとしたくすんだ雲を見上げた。
■
帰り道はただただは悲惨だった。冬空の寒さに加え、体温を奪う雨。さらに追い縋る蛮族の追っ手。
「いつまで走ればいいんだ?」
「…走る必要は無い」
「な、なら…少しペースを落としてくれないか」
カリローは疲労困憊なのか息も絶え絶えに懇願する。
「おやおや、カリローさん。一番レベル高いのに足手まといとか悲しくないの?」
「ハチヤに担がれている姿で言われても説得力に欠けるな」
ユウが足を止めると、後ろに続く仲間も自然と足を止めた。
「もうすぐ騎士団の拠点。雨は厄介だけど…」
ちらりと背中に視線を向ける。
「…歩こうか。アル、お疲れ様」
ユウはポーチから取り出したポーションを手を膝に置いて、息を切らせているカリローに押し付ける。
「わ、悪いな…。ふぅ、一息つけた」
「ポーションすげー」
「マナ回復するポーションとか開発してくれないかなぁ」
疲労困憊で今にも倒れそうだったカリローがポーション一つで何事もなかったように変貌する様に、ハチヤが思わず感嘆の声をあげ、ナトゥーアはそれを耳障りに思いながら担がれた状況を打破できる手段を切実に願った。
「…ハチにマナ分けて貰えば?」
「やだよ、疲れる」
ユウの提案を一蹴する。
「カピィはどう思う?」
「オレもハチヤも、ついでに言うとカリローもマナの残量は少ない」
カピィールの言葉に改めて仲間の顔色を窺うと、皆どこか憔悴しきった様子だ。かくいうユウも罠の発見や回避、既に今はいないが蛮族の追撃などで精神的にかなり参っていた。
「満身創痍という奴だ。遺跡のトロール程ではないが全員生きているのが不思議なくらいだ」
「カピィールさんに同意。あと、どうしてあたし達は平穏無事な依頼を受けられないのかね?」
ナトゥーアはまたしても自分達より遥かにレベルの高いの強敵を相手にする羽目になったことに不満を隠さない。
「ナトゥーア、その話はまた今度だ。とっとと拠点に戻ろう」
ナトゥーアの言葉に表情を曇らせるユウを見て、カリローは無理に話題を切り上げて先を急ぐ。既に人族側のテリトリーであり、彼が先頭を歩いたところで問題は無い。
「俺はとっととレベルが上がって嬉しい悲鳴だけどなー」
「結果論だよ、それはー」
立ち止まるユウを置いて仲間達はずんずんと先へと進んでいく。
「その、なんだ。気にするな」
「ひぅ!」
カピィールはユウの背中でも叩いて元気付けようとしたのだが、露骨に避けられ悲鳴まで上げられる。何が起きたかと片眉を上げて思案するが、すぐに答えにたどり着く。
彼女は金属アレルギーでカピィールは両手に金属のプレートをたんまり縫いつけたミトンを装備している。反射的に蹴られなかった分、彼女なりに成長しているのだろう。
「忘れとった、すまない」
「…別にいい」
言葉とは裏腹に彼女の背中からにじみ出る不機嫌なオーラがすべてを語っていた。
「ふむ、それにしても蛮族というのもピンキリだのう」
タケミナカタというレッド・オーガの姿を思い浮かべながら、カピィールは武人たる態度と統率者としての振る舞いにひそかに敬意を抱いた。
あんまり響きあわなかったですね。(笑)