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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
39/63

蛮族と響きあう冒険者4

追記 4/7 修正

「随分、物騒な匂いがしてきたな…」


 ハチヤは濃厚な血の匂いを前に独りごちる。

 今日捜索している場所はハチヤたちが厄介になっている騎士団の拠点から昨日よりもさらに離れた所だ。


「昨日も大概酷かったよー?」

「マジかよ。どんだけ被害出してるんだよ、騎士様は…」


 ナトゥーアがうんざりした表情を浮かべると、ハチヤは自分の知らない範囲にも死体がばら撒かれていたことを悟って彼女の表情に倣う。


「先程から罠は見つかってないようだが、本当にこっちであっているのか?」


「…アル。正解が分かってたら、こんなトコ来ない」

「ナトゥーア、説明してくれ…」


 機嫌が悪そうにカリローを一瞥した後、ユウは彼から顔を背けて前方の茂みとにらめっこを始める。背中からにじみ出る話しかけるなオーラに気圧されて、カリローは次に事態を把握しているナトゥーアの名を呼ぶ。


「今、あたしらは罠にかかった騎士団の足取りを追っているのさ」

「ふむ、要は追跡ということか」

「そう聞かれると、素直には頷けない。何故なら痕跡は何一つ残ってないからね」

「では、ユウはどうやって騎士団の足取りを追っているんだ? 得意の勘というわけでも無さそうだが…」


 カリローは話のつじつまが合わないことに首を傾げ、ユウの方をちらりと盗み見る。

 痕跡が無いのに騎士団を追えるはずが無い。にも関わらず、ユウとナトゥーアは騎士団を追っていると明言している。パズルのような問いかけに理解は一向に進まない。


「あのさ、この血の匂いは痕跡じゃねーの?」

「いやー、たぶん違うんじゃないかな? 例えるなら罠にしかけた餌みたいな?」

「そのために野晒しにしてるって言うのか? 許せねぇ…!」


 ハチヤは死者への冒涜に憤る。

 すぐにでも弔おうと飛び出しかねない様相を見たカピィールが、思わず彼の腕を強く掴んで引きとめるほどだった。けれどハチヤもその辺りは弁えているのか、すぐにカピィールの顔を見返すと、視線を腕に寄せ、肩を竦めて問題ないことをアピールする。


「…焦ったぞ」

「いくら俺でもこんなトコで突っ走ったらどうなるか位は分かるさ。まぁ正直ちょっとやばかったけど」

「ユウちゃん、野郎共が痺れ切らしてるけど、どうしよっか?」


 ナトゥーアは腰に手を当てて、やってられないと言わんばかりに深くため息をついた。そして丁度探索を終えてこちらに振り返ったユウに会話の中心を移す。


「どうしよう…って、何か具体的な案があるのかい?」

「私がここに来たのは、昨日の罠の誘導先がココだったから…」

「そうだな、それは聞いた。サンプルも十分と言っていたな」

「うん。でも違った。ここは私達用に罠を仕掛けなおされている」


 ユウはお手上げと言わんばかりに手のひらを空に向けて笑顔を浮かべる。


 彼女が作り出したその珍妙な光景に、ナトゥーアとカリローは頭を抱え、ハチヤはぽかんと口を開けたまま、カピィールはアゴヒゲをさすって独りで納得していた。


「ふむ、要するにふりだしに戻ったわけだな」

「うん…」


 ユウは頷きながら、空に向けた手のひらをゆっくりと下ろす。


「でもまぁ、相手が真面目で律儀な大間抜けでよかった…」


 かすかに響く嘲笑とも取れる呻き声を、


「ナト!」

「ほいきた!」


 聞き逃すほど、彼女達は御人好しではない。

 ユウが突如として走り出し、ナトゥーアはガンベルトから引き抜いた拳銃をユウの進行方向へ向けて、銃声が重なって一度に聞こえるほどの早業で3発の銃弾を打ち込む。

 銃弾が吸い込まれた茂みの奥、10m先にあった一際大きな古木のうろで、銃声と古木に刺さる鉛玉の衝撃に反応した何かが動き出す。ユウは一直線にそこへ目指すと、躊躇せずその手を真っ暗な洞の中に突っ込み、手先に感じる熱を頼りにソレを掴まえる。


「ごめんね、見物料はタダじゃないから…ハチ、手伝って」


 強引にソレを洞から引きずり出すと、ユウと似た体格のゴブリンが上半身を投げ出すようにして現れる。持久力には自信がない彼女は相手が体勢を整えないうちに掴んだ腕の関節を極めて、うつぶせに倒すとそのまま馬乗りになる。


 相手の下半身は未だ洞の中で、ハチヤが駆けつけるまでの時間は楽に稼げそうだった。


「なにコレ? 俺はどうすりゃいい?」

「力尽くで押さえ込んで。私だと補正が効かない分、確実性に欠ける」


 ハチヤは補正?などとボヤキながら、ゴブリンの両肩を地面に押し付ける。その様子を確認してユウはゴブリンの背から降りると、ポーチから取り出した麻で編まれた縄を取り出し手首をしっかりと縛る。


「ゴブリンか。ずいぶん賢そうな面してるけど賞金首とか二つ名付きだったりすんのかねぇ」


 ハチヤは押さえつけるのに両手はいらないと判断したのか、場所を両肩から襟首の辺りに移し、空いた手で地面に突っ伏したままの顔を持ち上げる。

 とんがった耳と目元まで裂けた大きな口はゴブリンそのもので、別段これといって特徴も無い。強いてあげるなら左耳につけた奇妙な形の飾りくらいだった。


「そんな有名人じゃないよ。ただ、罠をしかけたのは間違いなく…」


 ゴブリンを縛り上げていると視界を影が遮る。ユウが顔を上げるとカリローとカピィール、少し離れた場所にナトゥーアが集まっていた。


「ユウ、突然走り出したかと思えば、君はいったい?」

「ハチヤよ。いったいなんだったんだ?」

「知るかよ。俺は呼ばれて手伝っただけで…、あ、ユウ。力仕事はこっちでやるから後は任せろ。カピー」


 ハチヤが目だけで指示すると、カピィールがユウが行っていたゴブリンの捕縛の続きを引き受ける。


「は、迫真の演技だったね…」


 ナトゥーアが体をくの字に曲げて体全身を震わせる。


「む、これでも頑張った…。そんなに言うならナトがやれば良かったのに」

「いやいや、昨日の罠解除やったのが運の尽き。あたしじゃ釣れなかったわ、わ、はははっ…」


 もはや隠そうともせず盛大に笑い声を響かせるナトゥーアにユウは頬を膨らませて抗議の視線を送るのだが、相手には取り合うつもりがまるで無い。


「うーん…説明してもらえるか?」

「わかった。どの道、しばらくここで様子見する予定だったから、休憩にしよ」


 ずびしっとナトゥーアにチョップで制裁を加えると、ユウはその場に座り込んだ。それに倣ってカリローも困惑の表情を浮かべたまま地面に腰を下ろす。


「ユウちゃんも意外に表情豊かだね。笑い堪えるので必死だった」


「ナトゥーア、蒸し返すな。なお、これはリーダー命令だ。あと本気で命が惜しくなければ破っても構わん。僕達に彼女を止める術が無い」

「カリローさん、言ってて悲しくならない? いや、もうからかうつもりはないけどさ」


 ナトゥーアは頭を押さえて、わりと本気の殺意を放つ少女から視線をそらす。

 そしてカリローが忠告という名の最後通告を突きつけると、ナトゥーアは本人に残念な台詞を言っている自覚があるのかと問い詰めるような口調で返事を返し、さりげなくユウから見てカリローの影に隠れる位置に移動してから座った。


「…ナトも言ってて悲しくなんなかった?」


 彼女の行動を静観していたハチヤは実力と品性は必ずしも比例しないものなんだなと実感する。


「ハチヤ君には言われても堪えないなぁ。あら、ゴブリンちゃん連れてきたの?」

「コレの処置をどうするか聞いてなかったし、すっかり大人しくなって抵抗する素振りも無いしな」


 ハチヤが引きずってきたゴブリンはほぼ簀巻きのような状態にされ、すっかり意気消沈していた。


「…このゴブリンは何者なんだ?」


 ユウが放つ殺意で萎縮している二人の様子に片眉をあげ、目を瞑り思考を一度リセットした後、カピィールは場を仕切りなおすように努めて神妙な口調で3人に問いかけた。


「えーとね、昨日もだけど、あたし達を監視してた蛮族の1人」

「ふむ、案外近くにいたもんだな」


 自分達が歩いていた場所から10mと離れていない、一応木のうろという場所に隠れてはいたものの監視するには近すぎる距離だとカピィールは素直に感じる。

 その疑問は仲間内でも同様なのか、周りを見渡せばハチヤとカリローも彼の発言に同意するようにうんうんと頷いていた。ふと、カピィールは視線を…


「…なんだ、ユウ?」


 改め、殺意のこもった恫喝する声なき声を体に感じた。


「えと…、その、一芝居打ったのさ」


 ナトゥーアが蚊の鳴くようなか細い声で囁くと、もうこの話題に触れるなとカピィールを目で脅す。


「はぁ…。相手の好奇心を利用して見えない角度で作業するフリをして接近させた」


 長い沈黙を破る大きなため息をつくと、ユウはすっかり普段の無表情に戻って淡々と説明を並べていく。


「そう簡単にいくもんかね?」

「簡単じゃなかったから苦労してた。罠をわざと迂回して避けたり…」

「なるほど、『こんなトコ』…ね。今なら納得のいく言い回しだ」

「でもって、一芝居ってのは…、ユウがおどけてみせたのはコイツの油断を誘うためか!」


「…そう」


 空気を読まないハチヤの発言に場の空気が凍るが、幸いユウの方からの歩み寄りで氷解した。


「ふむ、捕まえたこやつはどう扱うつもりだ? アジトの場所でも聞きだすつもりか?」


 ナトゥーアとカリローに袋叩きにあっているハチヤを尻目に、カピィールが転がったままのゴブリンを指差しユウに疑問を突きつける。


「ああ、それに関しては先程ナトゥーアが言っていただろう。『監視していた蛮族の1人』と」

「さすが! カリローさんは話が早くて助かるね」

「ただ、相手がどう出てくるか正直分からないな。ここに留まったのはそちらに賭けたということだが…」


 未だ話が見えてこないカピィールは首をひねっているが、構わずカリローは話題を先に進める。


「私は来ると思ってる。この子の才能は助けるに値する」


 ユウは捕らえたゴブリンを蛮族という先入観を捨てて正当に評価していた。


「なるほど、コイツを捕らえたのは仲間を誘い出すためか」

「僕が理解できないのはソコなんだがな。別にこんな手段に出なくともいずれは鉢合う羽目に…」

「違うよ、カリローさん。監視されてる限り一生会えない。初日にこいつらはそう判断したんだ」


 ナトゥーアがカリローの言葉を遮り、はっきり間違いだと指摘する。


「鉢合わせの可能性なんてゼロ。そもそも襲ってくる気なら初日にぶつけられているよ。それの裏付けをするように今日も遭遇していない。つまり、あたし達がお役御免になるまで適当にぶらつかせるつもりだったみたいね」

「お役御免…依頼失敗か。しかし、期間は設けられていないはずだが?」


「200人もの大所帯を食わしていくのにどれだけ経費がかかると思ってる? 今はまだ少なからずやることがあるようだけど、そのうち無くなるのは目に見えてるでしょ」

「ふむ、そうなるとオレたちがいくら騒いだところで、騎士団はこの辺りの制圧に乗り出すな…」

「成果ゼロなら説得力も無いもんな。そうなりゃあとは向こうの思う壺ってわけだ」


 ナトゥーアの足元で蹲っていたハチヤが得意げに語ると、彼女にドスリと頭を踏まれた。


「ハチヤ君の言うとおり、盛大に罠に引っかかって大損害を出しちゃうだろうねぇ」

「そして責任は私達?」

「そういう訳さ。素晴らしいシナリオ提供ありがとう。さよなら贅沢、こんにちは借金地獄」


 ナトゥーアは悲劇のヒロインらしく振舞い、泣き崩れると手近にあったハチヤの腕に関節技を極める。


「よかったね、心の贅肉もついでに取れるんじゃない?」

「よくないよ! あとユウちゃん、わりと気にしてるからその話題触れないで」


 ナトゥーアは痛みに声を上げるハチヤの抗議を無視して思わず、関節を極めた腕へ力を強める。


「…よくそこまで頭が回るな。騎士団が被害を僕達に請求してくるとはさすがに思いつかないよ」

「アルは人族のことをなんだと思ってるの?」


 ナトゥーアとユウが語る最悪のシナリオにすっかり聞き入っていたカリローは呆れ顔で嫌味ともとれる口調で感想を述べると、むっとした表情を浮かべてユウがその言葉に噛み付いた。


「…そっくりそのままその台詞を返す」

「私は碌でもない生物の集まりだと思うよ」

「へぇー。あたし達はそれに含まれちゃう?」


 間髪いれずに返したユウの言葉の内容にカリローは呆気に取られて固まるのだが、すぐさまナトゥーアがユウの隣にしゃがみ、その頭を腕に抱いてあやすような口調で問いかける。


「む。そもそもナトが言い出した…」

「あたしは碌でもない隊長さんだったなぁって言っただけだけど?」

「くっ…べつに、みんなは嫌いじゃない」

「はい、デレいただきましたー」


 ユウの顔を伏せて呟く姿にナトゥーアが1人ではしゃぎ始める。

 その時、茂みの向こうがガサガサと物音を立てて騒ぎ始めた。


(蛮族の襲撃!)


 カリローはとっさに杖へ手を伸ばす。そして杖に指が触れたところでその動作をピタリと止めた。


 目の前にいる凄腕のスカウトが反応していない以上、何が起ころうとも命に害を為す出来事ではない。

 カリローは二人を信頼しているが気付いてしまった以上、頭からは離れない。何とか茂みに注視する程度に動きを抑え、その茂みの奥にいる何かの動向を窺う程度の動きに自制する。


 物音は次第に迫り真っ直ぐこちらへ近づいているようだった。そしてすぐ近くでピタリと止む。


「グラフ、いるか?」

「いるよ。罠好きのゴブリン君のことでしょ?」


 ナトゥーアは後ろから聞こえた野太い声に驚くことも恐れることもせず、まるで予定調和であったかのように振るまい返事をした。


職人気質なだけに結果を気にすると思ったんですが

スカウト嗜んでたらそんな些細なことより安全優先しますよね

よって今回はご都合主義

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