蛮族と響きあう冒険者2
追記 4/7 修正
カリロー達の泊まる宿には他の客は誰もいない。
先日の巨人退治の報酬として町長から提供されたのが、3週間の町一番の宿の貸切、そして飲食タダの権利だった。元々依頼として受けていた訳でもないので、報酬が発生することにカリローは疑念を抱いたのだがハチヤとナトゥーアに押し切られて受け取ることになった。
(まぁ、甘い話がそうそう転がってるわけではないと思っていたが…)
今カリローは仲間を集め、宿のロビーで町長の紹介で訪れたという男と相対していた。
相手はかつての通り魔事件で面識のある騎士団のひょろっとした男だ。屋内だというのに支給品と思われるサーコートの上から厚手のマントを着用して少し暑そうにしている。
比べてこちらはというと、カリローは外出用のウール地の長袖とズボン、それに編み上げ靴という最低限、他人と会える装いを行っていた。
ただ、残りが酷い。浴衣に裸足でスリッパである。女性陣にいたっては先程まで温泉に入っていたらしく、頭にタオルを巻いての登場だった。
「出来るなら何も聞かないでくれ。用件だけを手短に頼む」
身内の恥に頭を抱えながら、目の前に立つ今回の依頼主を威圧する。
「いやはや…冒険者というのは、その…自由ですな」
「自由だから、今回の依頼は無しってことで!」
「困ります。こちらも困っているのです」
「ナトゥーア、少し黙っていろ。それからもう一度言うが、用件を手短に頼む。依頼を受ける受けないは内容に関わらず少し時間が欲しい。すぐに答えを出せる状況でもないのでね」
カリローはちらりと仲間の様子を見る。
カピィールはアルコールが入っていて目も虚ろ。ハチヤは連日の宴会で寝不足なのか舟をこいでいる。そういう意味だと、格好はともかく女性陣は比較的まともかと思っていたが、ナトゥーアの様子を見る限り、彼女もまたアルコールが入っており、まともな判断が出来る状況にない。
唯一相談出来る仲間が規格外だけとなると、向こうがどういうつもりであろうが依頼を承諾することも蹴ることも難しい状況だった。
「蛮族の大掃討の件は知っておられますか?」
「ああ、それが終われば僕らもペータル公国に帰るつもりだからね」
「じつはそれの助太刀を願いたいのです」
「ん?」
「当初、騎士団および中級冒険者で構成された200人規模の軍により大掃討が行われたのですが…」
「しっぱい?」
ユウは男の言いよどむ仕草に、悪い結果なのだろうなと思いながら首を傾げる。
「概ね成功はしました。ただ一部抵抗の激しい箇所があり、我々のレベルではとても適わず…」
「僕達にそこを制圧して来いと…。出来れば判断材料が欲しいな」
「誠に申し上げにくいのですが、偵察部隊を出しても被害が出るだけでまるで情報が得られない始末です」
カリローは頭を下げる男を前に押し黙る。
彼の直感が命の危険に晒す依頼だと告げている。この間の巨人についても、ハチヤから伝え聞く限りでは奇跡的とも思える勝利だった。この依頼は蹴ることにしようと深く心に刻むと笑顔を浮かべる。
「分かりました。仲間達と相談して前向きに検討してみます」
「ほ、本当ですか! して、返事はいつ頃に?」
「そうですね、随分と危険な依頼なようですので、仲間達とじっくり話し合いたいと思います。よければ一日お時間を頂けますか?」
「…分かりました。では私はこの件を隊長に報せて参りますので、失礼ですがこれで」
「お気をつけて」
立ち上がり、去り際に何度も深く頭を下げてから宿から出て行った男を見送り終えると、カリローは笑顔からすっと険しい顔に変え、大きく息を吐いた。
「断ればいいのに」
そんな態度の変化を横で見守っていたユウがぼそりと呟く。
「僕がざっくり見積もるにだな、宿泊代と飲食代で3000Gほど吹き飛ぶ換算になる」
「ん…、もしかして私達、町長に売られた?」
「まぁそういうことだ。第三者から見れば、この場合は最悪に備えて切り札を準備していた町長の強かさを褒めるべきだろうね」
カリローは立ち上がると、ハチヤとカピィールの頭叩いて立ち上がるよう促す。
「どこいくの?」
「とりあえず、風呂に…。こいつらの目を覚ます必要がある」
「分かった。ナトは酔ってるフリだからここで待ってればいい?」
カリローはユウの言葉を聞いて、ナトゥーアを睨むと彼女はウィンクを返す。どうやら彼女は話の大筋が大体読めた上で交渉放棄を行ったらしい。
「…、着替えてきてくれ。長い話になりそうだ」
カリローはどうにか怒りを飲み込むと、まだすこし怒りに震えた声でユウに指示、ナトゥーアは我先に部屋へと逃げ帰るように去り、ユウもカリローに頷いた後、それに続いた。
「パーティに常識枠を募集したい…」
カリローはがっくりと肩を落として呟くと、靴で二人の背中を蹴りながら温泉へと歩き始めた。
■
「やろうぜ」
「ハチヤはそう言うと思った。リスクという言葉を知っているか?」
一時間後、再びロビーに集まったパーティメンバーの中で開口一番、ハチヤの意見にカリローがしらっとした表情で嫌味を言うが、当の本人はまるで気にしていない。
「ふむ、事前情報がまるで無いというのは気にかかるな」
「事前情報ならあるよ?」
髭をさすりながら眉をひそめるカピィールの言葉に、ユウは何を言っているのだろうと首を傾げる。
「騎士殿は無いと言ってたじゃないか」
「ううん、偵察に出しても情報が得られないって言ってた」
ユウがふるふると首を振って否定すると、カピィールは言質を確認するようにカリローの顔を見る。
「そうだな、確かに偵察部隊を出したとは言ってたな」
「んん~? そうなると相手はスカウトの心得もあるってことになるね。相手の庭で腕利きのスカウト敵に回すとか罰ゲームもいいとこだ」
ナトゥーアは現状考えうる悪材料を一通り並べてがっくりと項垂れた。
「でも、困ってんだろ。ゴブやオークならマージンも十分に取ってるし、俺達ならやれるだろ」
「いや、非公式だがオーガとトロールの目撃情報もある」
「何処情報?」
立ち上がって熱弁するハチヤにカリローがすかさず水を差す。寝耳に水な情報にハチヤはカリローを覗き込むように中腰のままポカンと口を開けたまま固まる。
「僕達が助けて借金塗れにした例のパーティだ。何といったかな…」
「…太平楽ヴォーダン」
「そうだった。よく知っていたな、ユウ」
カリローが感心して褒めるので、ユウは首を左右に振ってそれを否定。
黙って懐から出した借用書をカリローの眼前に突き付ける。それはエリクサーの賠償に関しての書面で下のほうにパーティ名のサインがしてあった。
なお、借用書をユウが持っているのは単に使用されたエリクサーが彼女の持ち物だったというだけだ。
「…アル、騎士団とは交渉しよう」
ユウは借用書をポーチにしまうと、すっかり依頼は蹴るつもりでいるカリローの説得にかかる。
「意外だな、君もやる気なのかい?」
「ん、ちょっと違う。依頼を偵察だけにして貰う」
「はーん、なるほど。そういうことね」
ナトゥーアはユウの意図を察したのか、腕を組んでうむうむと何度か頷く。
「依頼は蛮族退治だろ? 向こうは納得しねーんじゃないの?」
「違うよ、ハチ」
「ふむ、なるほど。騎士団にも面子があるからな」
ユウはハチヤに向けて首を左右に振る。その様子を黙って眺めていたカピィールが独りで勝手に納得してしまった。カリローもその様子を訝しげに観察し、やがて疑問が氷解したのか驚いた表情を浮かべた。
「…騎士団…面子…退治。そういうことか!」
「うん」
「あくまで今回の蛮族大掃討は国が主導で行っている作戦だ。美味しいところを部外者に持っていかれるのは騎士団としても気持ちのいいものではない」
カリローはユウの顔を見ながら答え合わせの確認を行うように早口でまくし立てる。
「相手のレベルさえ分かっちまえば、聖騎士団を引っ張ってくる理由になるもんな。そうすりゃ騎士団というかペータル公国の面子を潰さないで済む」
ハチヤの言葉にユウが頷いた。パーティの中で依頼に対する方針が固まる。
「あたし達にとっても実力者と直接やりあわないで済む分負担は減るし、騎士団への心象も悪くない。いいこと尽くめだね」
「あとは直接交渉する役目だが…」
カリローの言葉に全員が揃って視線を地面に落とす。
「分かったよ。僕がやっておく、念のためナトゥーアは同席してくれ」
「え、あたしはもう少し温泉に浸かってたいんだけど?」
唐突に、白羽の矢の立ったナトゥーアは反射的に嫌がる素振りを見せるが、ユウにお腹についた心の贅肉をつつかれると、うう~と唸った後、自棄になってカリローの要請を渋々承諾した。
「キャラじゃないんだけどなぁ…」
「僕だって交渉事は得意な分野じゃない」
文学青年だもんな、引きこもりだもんなと周囲から野次が飛ぶがカリローは気にしない。
「ちなみに、ユウ。君に一つだけ訊ねたい」
その言葉にユウは首を傾げる。
「いつからこの提案を考えていた?」
「騎士団の人が『我々のレベルではとても適わず』って悔しそうな顔してた時」
ユウはなんでもないことのようにスラスラとカリローの質問に答えた。
そんな彼女の言葉に、カリローは僅か16歳の少女の才覚に末恐ろしいモノをただひたすらに感じるだけだった。