蛮族と響きあう冒険者1
追記 4/7 修正
年末から年明けにかけて温泉街イリジャンはいよいよ物騒な雰囲気で包まれ始めた。
こうして町中を歩いていても、武装した兵士や冒険者を見ない日はない。ユウはすれ違う兵士や冒険者にぺこりと頭を下げながら町の外へと繋がるメインストリートを進む。
ユウが町の郊外へと出向く目的は体が鈍らないよう日課をこなすためだった。ペータル公国にいた頃は朝刊配達がその役割を果たしていたが、ここでは代替になるような適当な運動も無かったので、非生産的ではあるが自己鍛錬を行うことにしていた。
「今日もか、お互い精が出るな」
「…こんにちは」
目的地に着くと、剣の素振りを行っていた空色の髪の青年がユウの姿を見つけて声をかけてきた。
ユウは仕方なく挨拶を返すと、とりあえず準備運動を兼ねてストレッチを始める。
彼は超越者の匂いが濃くてユウは苦手だった。
先にこの場所を見つけたのはユウなのだが、年明け頃から彼の姿をちらほら見かけるようになり、最近は毎日顔を突き合せる始末だった。場所を変えれば会うこともないのだろうが、どうせあと一週間ぐらいもすれば「踊る翠羽の妖精亭」に戻ることになっているのでユウは我慢することにしている。
準備運動を終えて、宙返り等の曲芸士紛いの運動を行っていると、ユウは視線を感じて動きを止める。視線の元を辿れば先程の青年だった。不審げに彼を見つめると、あちらは少し慌てた素振りを見せる。
「いや、気に障ったのなら謝る。見事なものだと思ってね」
つい見蕩れていた、等と明後日のほうを向いて空色の青年は呟く。
ユウは興味なさげに「そう」と一言だけ返し、再び自己鍛錬に戻る。曲芸士紛いの動作に足や腕を突き出す動きを加え、徐々に実戦に近い動作へ移行する。青年の視線を感じるが、何を言ったところで無駄だろうと諦める。実戦の動作に加えて気功術による身体強化の鍛錬も終える頃には1時間が経っていた。
「おつかれ」
「…頑張って」
いつ頃からだったか、ユウが帰る素振りを見せると青年は一声かけてくるようになっていた。懐かれるような事も好感度が上がるような気の利いた言葉を交わした記憶もないのだが、いつの間にか、そんな風に挨拶をする関係になっていた。
遠目に振り返ると、青年は相変わらず剣の素振りを繰り返していた。タフな青年だ。
■
ユウが宿に着いて一汗流そうと露天風呂に入ると、先客が表情を蕩けさせて湯船に浸かっていた。
「おー、ユウちゃんだ。朝風呂?」
「…もうすぐお昼だよ」
ナトゥーアはすっかりここの住人になっていた。時間があれば温泉に浸かって温泉街を満喫しているようで、方々の温泉を試しては一緒に行かないかとよく誘われる。
「綺麗な肌してるのに、どうして刺青いれてるのー?」
「ひぅ」
湯船に浸かる前に体を洗っていると、いつの間にか湯船を出て背後に回ったナトゥーアがユウの背中を指でつーっとなぞる。ユウの反応が面白いので何度でもやるのだが、ここは彼女の性感帯なのだろうか。
まじまじとナトゥーアが見つめる先には白い肌に刻まれた22の刻印。いずれも朱色で描かれているのだが、縁取りだけの物もあれば、塗りつぶされている物もある。趣味で刻んだものにしては規則性が見て取れない不思議な刺青だった。
「ふぁ…ぅん」
ナトゥーアがユウの背中の刺青に考証を行っていると、ユウは先程の意趣返しとばかりにナトゥーアの豊満な胸を鷲掴みにする。そして何度かふにふにと揉み返した後、己の胸を見て勝手に落ち込んでいた。
「ふふ、まだまだお姉さんには適わんようだね!」
「くっ」
ナトゥーアが畳み掛けるように自慢の胸を揺らしてユウを見下ろすと本気で悔しそうに呻いていた。カリローではないが、普段、無表情の彼女が見せる人間味のある言動は見ていて癖になる。だからナトゥーアもいくら大人気なかろうがそういったチャンスは逃さない。
「まぁまぁ、これから育つよ」
「でもね、ナト…」
へらへら笑いながら湯船に足を入れるナトゥーアにユウが呟く。
「お腹に余分なお肉がついてる」
「違うよ、これは心の贅肉さ! 冒険に出ればすぐになくなっちゃうのさ!」
己のお腹をつまむ。なるほど確かにぷにってると思いながらナトゥーアは焦りを態度には表さない。一流の冒険者はうろたえない、自堕落に過ごした10日間の記憶が早送りで脳裏に流れ、今にして思えば…という後悔の立たない暴飲暴食が鮮やかに蘇るが決してうろたえたりはしない。
「…一緒にトレーニングする?」
「それは嫌。いまはオフで温泉魔人なのだからね。むしろ温泉でスリムになる」
「現実を見よう?」
ユウは湯船に肩までしっかり浸かると、ナトゥーアのお腹に視線を向けたまま憐れむように笑う。
「レア表情だけど、こんなシチュエーションで見たくなかったなぁ。ちくしょう!」
ナトゥーアの魂の叫びが露天風呂に木霊した。