旅路の果てに7
追記 4/7 修正
蛮族との戦闘は意外な形で決着を迎えていた。
冒険者は我先に町へ逃げ帰り、蛮族もまた我先に町の外へと逃げていく。
原因はただ一つで、20mはあろう巨人が先程まで戦闘をしていた場所目がけて迫っていたからだ。
1人取り残された状況で、ユウは巨人の足元で逃げ惑う旅人の姿を見つける。緑頭の小人族の男がちょこまかと巨人の足元に纏わり付きながらイリジャンへと誘導しているようだった。
ユウは矢を番えて巨人目がけて放つ。放物線を描いて巨人の目に刺さると、その巨体をよじらせて苦しみを紛らわせるように雄叫びをあげる。
(思ったよりは弱い?)
ユウは以前とは異なる手応えに首を傾げるが、次の瞬間には評価を変えざる得なかった。
紫紺の光を帯びてあっという間に片目が元通りになる様子を目の当たりにし、繊細な感覚器官の即時再生をやってのける出鱈目ぶりに戦慄を覚える。
「待って、待ってくれ。あの巨人を攻撃しないでおくれ!」
巨人の足元で逃げ惑っていた緑頭の小人族がユウの射線上に立って不思議なことを言い始める。
「あいつは仲間とダメージを共有してるんだ! だから殺さないで!」
「…ソレはどこ?」
前回は受肉したが、今回、目の前にいる巨人は召喚という形で現世に降誕したようだ。ならば別に目の前にいるのを苦労して倒す必要は無い、契約者を殺せば自然消滅するはずだ。
「い、言えない。君は知ったらその仲間を殺すだろう?」
「このままだと町が滅びそうだけど?」
「それでも言えない。巨人は確かに町を目指している。だけど注意を引けばいくらか時間稼ぎはできる」
時間が稼げればどうだと言うのだろう。
緑頭は根本的な解決を何一つ出来ていない。ユウが目を細めて彼の言葉の裏を読み取ろうとすると、彼は何故か酷く怯えたように声を漏らした。とても心外だ。
「お、脅しには屈しないぞ」
「提案。…契約者を殺さない程度に傷つければ?」
契約者のダメージが巨人にフィードバックされるかは分からないが、もしフィードバックされるのであれば、時間稼ぎとして用いる手段として一番コストが安いはずだ。
「そんなの駄目だ! これ以上負担をかけたらパイオニアが死んでしまう」
「契約者は衰弱してるの?」
「生きているのが不思議なくらいなんだ」
気が付くと、緑頭と会話をしているうちに巨人が近くまで迫っていた。
気のせいか自分を睨んでいるような気がする。試しに緑頭を町の方へ突き飛ばし、ユウは逆方向、町の外へ走る。巨人はそれに釣られるように方向を変えた。
(最後に攻撃したのが私だから? 違う、町へ襲ってくる理由が無い)
これ以上は想像の域を出ない、分析は専門家に任せたほうがいい。
「アル…、ひとまず町にいる銀髪のエルフに相談して!」
ユウの言葉に巨人の興味がユウから町へと、再び更新されたように見えた。
(殴れば済むと思ったのに、めんどう…)
巨人の興味を引くためにユウは一気に距離を詰めると、巨人の足を伝って膝頭、腰へとするすると登る。そんなユウを邪魔に感じたのか、巨人は体をよじって暴れはじめた。
ユウは暴れる巨人から振り落とされないように巨人が腰に巻いたベルトに張り付く。どうやら目論見通り、巨人は町への興味は無くしたようだ。
(殺さないで…か)
視界の端で緑頭が町中に姿を消す。どうやらあちらは約束を守るつもりらしい。ならばこちらも守るのが筋だ。ユウは気合を入れると巨人の体を登り始める。幸い毛皮のような服で体を覆っているため、取っ掛かりには苦労しない。
「貴方は何故ここにいるの?」
巨人の肩まで登りきると、耳元で訊ねる。もちろん返事を期待した訳ではない。
ただ、超越者はいずれも話好きだ。言葉を披露するに値する生き物だと判断すれば態度くらいは変わると淡い希望くらいは抱いていた。
「かり…ろ…」
巨人は大気を震わせて拙い発声で言葉を紡ぐ。
「カリロー?」
「カリロー…女…倒す…死にたくない」
巨人は徐々に饒舌になっていく。ただ、言葉に中身が無い。超越者はもったいぶった言い回しをすることはあっても、必ず中身のある言葉を残す。そういった意味でこれは異端だった。
「ねぇ、貴方はどうしたいの?」
「死にたくない。死にたくな。死にたく。死にた。死に。死。シ。し。しししししっ!」
巨人の咆哮をとっさに両手で耳を塞ぐ。
ユウは声の衝撃だけで吹き飛ばされ、足場を失い、そのまま空に放り出される。
(これは…まずい)
ユウの体は再び巨人の体に張り付けるほど距離は近くなく、着地するにしても固い地面しか見当たらない。下半身は捨てる選択以外、生き残る術は無い。
ユウは数秒後に訪れる痛みに向けて覚悟を決めた。
「風の精霊!」
けれど、来るべき痛みは無く、ユウはふわりと僅かに上昇する感覚と共に地面に立っていた。
「無茶をする。ああ、何故ここに? なんて水臭いことは言わないでくれ」
「どうして…」
何も言わなかったはずだ。
「よく分からんが、アレを引き付けておけばいいのか?」
「ここに…」
巨人相手に正面からやり合うなんて正気の沙汰じゃない。
「例の子にはハチヤ君に付き添ってもらってる。一応、神聖魔法、一番得意だし?」
「いるの…?」
それでも信じられないことにユウのパーティメンバーがそこにいた。
「ようやく君を出し抜いた。いや、大人気ないと分かっていても癖になるな」
カリローは携えていた矢筒をユウに押し付けると、空を仰いだまま身動き一つしない巨人を見上げる。
「大まかな事情は小人族君から聞いている。アレは彼の仲間が神招きに失敗した結果らしい。最も、神性こそ失っているものの神様であることには違いないがね」
「おつかれさん、まぁ飲みたまえ」
ナトゥーアから押し付けられた薬ビンを受け取る。
「彼女の話によると、最も強く願ったのは死にたくないということらしい。ついでにファンである僕のことや店で小馬鹿にした君のことも心残りに思っていたようだ。アレがここに向かってきたのも、君が注意を引けたのも原因はそれだ。ということで、実はアレの狙いは僕でもある」
ユウは薬ビンを開けてそれを口に含むと、ポーションが体の疲労を拭い取る。
「傷つけるのは禁止なんだろ? どうやって戦う?」
「中途半端にリンクしているようだから、それを断ち切る。具体的に言うと体の一部分を切除すればいいのだが…、どの部位かは今ハチヤに確認してもらっている最中だ」
さて、と呟きながら遠近感が麻痺するほどの巨体を前にカリローは樫の杖を振るう。
「ようするに時間を稼げばいいのかな?」
ナトゥーアは拳銃をガンベルトにしまい、狙撃銃をリロードして肩に担ぐと巨人を見上げる。カピィールも盾と人造神器を両手に構え、3人を守るように一歩前に出て巨人に相対する。
「ああ、エリクサーを使って彼女の傷は完全に治してある。少々のダメージは目を瞑ると向こうのリーダーから承諾済みだ」
「…死んじゃうかもしれないよ?」
巨人が大きく足をあげる。こちらを踏み潰すつもりなんだろう。
「そうだろうなぁ。低く見積もっても相手のレベルは45。直撃を貰えば即死だろうし、こちらの攻撃も通りはしないだろう」
カリロー達は速度上昇の精霊魔法による恩恵により、巨人の踏み潰しを辛くも回避する。
「だったら!」
「それだけってことだよ。今までだって何とかなったし、もともとユウちゃんは1人でコレを片付けるつもりだったんでしょ?」
続く地響きを伏せてやり過ごすと、予め練っていた作戦通りにナトゥーアが狙撃銃で右人差し指に当てる。しかし当たっただけでダメージはまったく見受けられない。
「それは…」
巨人は大きく息を吸い込むと、上半身が倍以上に膨れ上がる。
「風の精霊、氷の精霊。真名アースルンが命じる。神々の試練を超える術を与えよ。ディバイングウォール!」
巨人から吐き出される超低温の突風が辺り一体を一瞬にして凍土に変える。カリローの精霊魔法により氷漬けになることだけは避けられたが、ユウの睫毛にも氷の粒が張り付き、一気に体温を奪われた。
「ユウ、振り下ろしはオレが耐える。手先を狙え、カリローの読みではソコが一番可能性が高い!」
巨人はブレスを吐き出した体勢のまま硬直している。
ユウは矢を3本同時に番えると、止まった的へ矢を放つ。
左手の親指、中指、人差し指が一瞬にして根元から削ぎ落とされる。
「ユウちゃんの攻撃は通るのに、あたしの攻撃は弾かれるとか不公平だ!」
ナトゥーアはリロードをしながら、巨人が左腕を振りかぶるのを見逃さず射程距離から退散する。
「来いよ、今のオレならデカブツ相手だろうが怯みはしないぜ?」
ディフェンダーを体を支えるように地面に突き立て、盾を頭の上に構える。
カピィールは盾越しに巨人の振り下ろしを受け止める。彼の足元の地面が割れ、両足が土の中に埋もれるが意識を失うことなく耐え切った。
「今だ! やれっ!」
カピィールは無事だと仲間達に報せるように咆哮する。
すかさずユウは接近戦に入った。
振り下ろされた巨人の左拳目掛けて飛び蹴りを放つ。次いでジャブの応酬。いずれも創造具現化術により火属性を纏った攻撃は巨人の左拳を焼き、脆くなった肌を貫通して内側から肉を焼く。
けれど、そんな苛烈な攻撃も紫紺の光と共にダメージを与える傍から再生が始まる。
「死にたくない…ね。まさに不死身だ、不死身じゃない方を殺したほうが手っ取り早いのは確かだね」
「でも、約束したから…」
傷が癒え、再びブレスの構えを取る巨人を見上げながら毒づくカリローにユウは首を左右に振る。
「雷の精霊。あたしの一撃は必中。あたしの一撃は雷霆。あたしの一撃は強者を仕留める英雄の一撃。ライトニングバスター!」
ナトゥーアはブレスを吐く直前を狙って、必殺の一撃を放つ。
本人すら意図しない強烈な反動で狙いは僅かに逸れたが、胸元を見舞った一撃は予定通りブレスを明後日の方向へ逸らすことに成功した。
「仰け反らせるのがやっとか…。こりゃしんどいね」
ポーションを飲み干しながら、ナトゥーアは険しい表情を隠さない。
「ナトゥーア、下がれ。今のうちに次弾の準備に入れ」
「一撃だったら何回でも耐えれるぞ」
カリローの険しい声にカピィールがハイポーションで傷を癒しながら剛毅に笑う。
「次のブレスは僕が何とかする。まぁ、その次は無いがな」
「やっぱりみんな逃げて」
勝ち目のない戦いに巻き込んだのは自分だ。ユウは徐々に消耗していく仲間を前に弱気になる。
「そいつは薄情なんじゃねーの? 弱点分かったぜ。右腕だあっちの方は既に切り落としてある。あとはこっち側を切り落とせばリンクは解除される」
息を切らせながら巨人の向こう側からハチヤが叫ぶ。
「ハチヤ、ギリギリだがよく分かったな」
「結局、分かんなかったんだけどな。黒尽くめの女の人が教えてくれた」
超越者はきまぐれだ。けれど、本当のことしか言わない。
「その人は信用できる。ナト。私が切り込みを入れる。そこをさっきので」
ユウは巨人に肉薄し、地団駄を紙一重でかわしながら、ユウは反撃の機会を狙う。
矢を放ち、相手の左腕を狙う。
「銃身取替えオーケー。ハチヤ君、悪いけどマナの補充お願い」
「今回はサポートだな。任せろ」
ハチヤはナトゥーアの手を握ると、自身のマナのありったけをナトゥーアに注ぎ込む。
「風の精霊、氷の精霊。真名アースルンが命じる。神々の試練を超える術を与えよ。ディバイングウォール!」
ブレスを吐く素振りを見せた瞬間、カリローは出し惜しみをせずありったけのマナを注いで防御壁を展開し、今度はメンバーへの被害を0に抑えた。
そして振り下ろされる右拳をカピィールが受け止める。二度目の一撃は最初のものより重く下半身ごと地面にめり込んだ。
「雷の精霊。あたしの一撃は必中。あたしの一撃は雷霆…」
「借りるよ」
「もってけ!」
カピィールに意識があることに胸をなでおろしながら、ユウは地面に突き立てられたディフェンダーを引き抜く。
たっぷり3回転して勢いをつけた一撃を放ち、巨人の右拳に骨まで届く深い傷を残す。
「あたしの一撃は強者を仕留める英雄の一撃。全部もってけ、ライトニングバスター!」
ナトゥーアが放った2度目の必殺の一撃は、ユウが作った傷口に直撃し巨人から右拳を完全に切り離す。
紫紺の輝きは巨人の傷口には灯らない。
「やったのか?」
パーティで立っているのはユウとハチヤくらいなもので、カリローとナトゥーアはマナ不足から身動きをとれず蹲っており、カピィールに至っては重症といっても差し支えのない傷を負っている。
それでも勝利したと、ハチヤは沈黙した巨人を見ながら体の内から沸き起こる高揚感にこぶしを握る。
『…小さき者よ、汝らは我を人の楔から解放した』
傷口を左腕で押さえながら、知性の灯った瞳でハチヤに語りかけてくる。
巨人の様変わりで、懸念事項は解決したことをハチヤは確信した。
『契約が破棄された今、我はこのまま現世より果てる身…』
千切れたはずの右拳が紫紺の光を帯び再生を始める。
これまでに比べれば遅々たるものだが、向こうはまだ余力を残している証拠でもあった。
『なれど、分体とはいえ神へと働いた冒涜、見逃すことは出来ん』
「ちょっと待て、契約は解除された。最近の神様は契約外のサービスもやってんのかよ?」
『神性を欠いた我が身なれど、人の身で屠るその力…』
「まじかよ…」
ハチヤは巨人を見上げる。途方も無いマナが収束していくのを感じた。それこそ人間が扱える上限を遥かに超えている。
『見逃すには末恐ろしいものがある。悪いがここで摘ませて貰おう』
「世界を綴る16頁…」
ユウが仲間達を守るように巨人の前に立ちはだかる。
「旅人は知った。現世で築いた絆が崩れ去ることを…」
真っ直ぐ伸ばした右手は何もない空間にとぷりと音を立てて飲み込まれた。
「旅人は知った。現世の絆が過ちであり、壊すことで新たな道を選んだ!」
『この波動は創造神か』
ユウは右手を引き抜くと、その手には一枚のカードが握られていた。
カードはあっという間に姿を変え、簡素な槍へと変貌する。
「異界の神。この世界を貴方達に好き勝手される覚えは無い」
『我らが悲願よ、滅べ』
超越者は巨人の体内に充足した膨大な神力を目の前の少女へ破壊の塊としてぶつける。
瞬間、ユウの放った槍によりその身は放った神力諸共塵へと姿を変える。そして膨大な力の余波が槍の軌道に沿って地面を抉り、木々を倒し、空に浮かぶ雲を消し飛ばす。
大きな力が行使されたという結果だけを残して、巨人は跡形も無く消えた。
■
疲労により寝込んだ3人を宿において、ユウは町外れの空き地で冷たい夜風に体を晒していた。
「冷えるぞ」
ハチヤは毛皮のマントをユウの頭に被せる。
「明日が楽しみだな。名実共に<巨人殺し(ジャイアントキリング)>になっちまったからな」
「ハチは…」
ユウは毛皮のマントを頭に乗っけたまま、悲しそうな目で彼の名を呼んだ。
「お前はレベル0の冒険者だ!」
ハチヤの宣言にユウは目を丸くする。
「俺達がいないとこの世界でやってけない可哀想な奴だ」
「…そうだね」
確かに爪弾きと呼ばれる体質は、レベルが実力を測る物差しとなるこの世界で生きていくには不便だ。荒事に携わる身であれば尚更だ。可哀想という言葉にも納得できる。
「同時に、俺達もお前がいないとやってけない」
ユウは彼が何を言っているのだろうと首を傾げる。
「もうさ、お前が何者であろうが、なんか重いもの背負ってるとか、そういうのもひっくるめて、俺もカリローもカピーもナトもお前のことが好きなんだ。面倒ごとに巻き込まれるのも、理不尽な強敵と戦うのも全然気にすんな。今日みたいに協力すればハッピーエンドは迎えられる」
「うん…」
「だからさ、黙っていなくなるようなことはするなよ」
「…うん」
本当はもっと早く姿を隠すつもりだった。だけど仲間のことが心配でつい長居してしまった。ハチヤはいつから自分の考えを見抜いていたのだろうと不思議に思う。
「そりゃ、巨人を仕留めた一撃は凄かったけど、気にすんな。いざとなったらカリローが適当に誤魔化す」
「そこは人任せなんだ」
「当たり前だ。俺、ハチヤ=ミラーは嘘をつくのが苦手なんだよ」
ハチヤは胸を叩いて、ニカリと笑う。ユウは彼の言葉にすっかり呆れてしまい、そして彼の笑顔に釣られて笑みをこぼした。
「さ、宿に戻るぞ。そろそろみんな目を覚ますだろ」
ユウの笑顔に満足したのか、ハチヤは大きなくしゃみをした後、ユウの手を引いて宿に向けて歩く。
「目が覚めてなかったら気付け薬の刑だね」
道すがら、ユウは悪戯を思いつく。
「あの臭い奴な。最初に使われたのは初めて冒険した時だな」
「たまには初心に帰るのも悪くない?」
「だよなー。初心は大事だもんな」
ハチヤもまた、ユウが偶に見せた愉快な提案に同意すると、彼らの目が覚めないうちに宿へと急いだ。
これにて一区切りです
ボスは残念ながらイベントボスっぽい感じになりました。
計画性は特に無く進めてきましたが、ここで1章完みたいな感じです。
タイトルの「レベル0の冒険者」については、良い面も悪い面も文章で表現できてなかったなーというのが心残り。(特に悪い面については社会に適合できないことくらいしか描写ないですね。戦闘面も描写あればよかったんですが)