旅路の果てに6
追記 4/7 修正
アンコ=パイオニアは激怒していた。
自分よりもレベルも低い女の子に、よりにもよって憧れの人の前でいいようにあしらわれた事がどうしようもなく我慢できなかった。
「アンはご機嫌斜めだね。どうかしたの?」
仲間の1人、猫人族のフ=カーリャナが赤味がかったセミロングの髪をたらしてアンコの顔を覗き込んでくる。髪から飛び出た猫と同じ形の耳は髪と同じ赤色で、アンコの視界に映る尻尾と同様にぴょこぴょこと面白がるような動きを見せている。
「がるるる…」
「リャナ、パイオニア氏をあまり刺激しないで下さい。パイオニア氏も猫被りしてください」
修道女がしてはいけないであろう表情のまま怒りを露わにし、さらには、「それをネタにからかおうものならどうなるか分かっているだろうな」という言葉を威嚇するという態度でもって仲間に知らせるアンコに周囲はすっかり諦めムードだ。
そんな雰囲気の中で、一見子供にも見える背丈は120C程度の小人族の緑髪の少年は二人の間を取り持つように間に割ってはいっていた。
ベロワン=ジンはこう見えてもパーティの中で最年長だ。そういう立場からも、こういった問題が起きた時は率先して軟着陸させようと、会話をリードする役割を担っていた。
「昨日、憧れのカリロー様に会いに行ったんじゃなかったのか?」
「いやいや、それが取り巻きの小娘に一泡吹かされてご立腹なのだよ」
彼の努力を筋骨隆々の男、サヴナック=ランバーがあけすけに経緯を語って蒸し返すと、アールヴと呼ばれるエルフの中でも特別な血筋を引くクォール=クホーリーヌという見目麗しい女性は、三つ編みにした紫色の長髪を払いながらアンコの振る舞いを見て心底愉快そうに微笑んだ。
「みんなして馬鹿にして。私が馬鹿にされたってことは、この『太平楽ヴォーダン』が馬鹿にされたのと同意だよ。由々しき自体なんだよ」
「分かった、落ち着け。そして黙れ」
仲間達(主にアンコ)に対して、それまでの成り行きを観察していたハーフエルフのシュミット=ガーヴェンは寡黙に、見た目の割りに低い声で端的に自らの意思を伝えた。リーダーであるシュミットの言葉には逆らえないのか、アンコは納得いかない表情こそ浮かべているものの指示通り黙る。
「さて、アンが話題に挙げていたカリローに関しては、昨日妙な神託を受けた」
「さすがアルチュリュー様。神様にも一目置かれるなんて…」
シュミットはカリローの話題に目を輝かせて賞賛し始めたアンコを一睨みして黙らせると、話を続ける。
「何でも彼らは近いうちに街を離れるらしいのだが、それに俺達も付いて行けという指示があった」
「付いていくだって? 彼らはあの鷲獅子を簡単に退治したそうじゃないか。オイラはそんな実力者に付いていくのは気乗りしないな」
小人族のベロワンはリーダーのシュミットに否定の意見をぶつける。我らが『太平楽ヴォーダン』のレベルは平均36程度。レベル40の幻獣をたった5人で討伐するような化け物の行き先など想像するだけで命が削られる思いだ。
「アルチュリュー様が街を離れるのなら、ぜひ追いかけたいです!」
「欲望に忠実なシスターさんだこと…。ベロワンの抱いてる不安も理解は出来る。でもさ、十分距離をあけて、こっそり後をつけるくらいなら平気じゃない?」
「しかし、追跡に関してはレベルよりは経験が物を言うからな」
「勘の鋭い輩はいるかも…いや、確実にいると踏んだほうがいい。<大番狂わせ>等と大層な呼称をされる連中だ。とても一筋縄でいくとは思えんよ」
アンコ、カーリャナ、サヴナック、クォールの順に会話が広がり議論を白熱させていく。
リーダーのシュミットは反対3、賛成2と分かれたところで、一度頭を冷静にするために手で右眼を隠し、思考の中に落ちる。
(まず第一に、自分は彼らに興味があるのだろうか?)
追跡目標のことを思い浮かべる。
相手はここ最近現れた新人冒険者、にも関わらず出鱈目な速度でレベルアップを繰り返し、ついには幻獣すら屠る実力者にのし上がっている。それに比べて自分達はパーティを結成して1年以上経つが、冒険者としての成果こそ挙げているものの、レベルは1つ上がる程度で成長は停滞しがちだった。
「…決めた。奴らを追跡する。あいつらの急成長の秘密を知りたい」
シュミットは右手を下ろすと、仲間達に宣言する。
神託など只のきっかけに過ぎない。彼らに付いていって急成長の秘密を見極めたいとシュミットは思った。反対していた仲間達も彼の言葉に理解を示しているようで、その顔色を喜色に変えている。きっと彼らもレベルアップのコツを知りたいのだ。
■
追跡すると決めてから彼らの情報を集めると、意外にも商人の護衛を次の依頼として受けていた。正直、拍子抜けとも思える簡単な内容に『太平楽ヴォーダン』の面々はすっかり弛緩していた。
追跡1日目。
「見つかった!」
小人族のベロワンは前髪ぱっつんの黒髪少女がこちらを見た瞬間、死神に魅入られたような、とても絶望的な気持ちになった。
「光の精霊!」
これ以上、仲間に動揺を伝播させまいと、ハーフエルフのシュミットはとっさに精霊の名を呼んで相手の視界から身を隠す。比較的相性のいいこともあって、精霊の名を呼ぶだけで魔法の発動に成功した。
「ベロワン、いくらなんでもびびり過ぎでしょう?」
「スカウトとして気張るのもいいが、もう少し肩の力を抜くがいい」
「君らはあいつの目を見なかったのか?」
女性二人から慰められたベロワンはそれを屈辱だと思わず、逆に何故取り乱さないのかと問いただす。
「そー言われても…」
「それほど目がいいわけでもないからな」
「サヴナック。君はどうだい? 得意の気功術で視力強化して観察することも出来るだろう?」
「悪いがそういう方面には疎くてな。シュミット、クォール。精霊魔法は?」
ベロワンの慌てぶりにピンと来るものがないのか、サヴナックは彼の扱いを他の仲間達に任せる。
「こんなこともあろうかと、私、こういうものを手に入れました」
アンコは修道服の手のすそから円筒を取り出す。
「望遠鏡といって、遠くのものを見ることが出来る道具なのです。ををっ、アルチュリュー様は相変わらずカッコいいです。むむ、あの小娘はまたアルチュリュー様を困らせて…っと、ああ!」
望遠鏡に夢中になっていたアンコはソレをシュミットに取り上げられて思わず声を上げる。
「ベロワン、気にしてるのは誰だ?」
「…黒髪の少女だ」
「黒髪ね…」
シュミットは望遠鏡を操り目的の人物を探す。
(金、茶、茶、銀、青…黒)
目的の少女を見つけ様子を伺うが、特に変わった素振りは無い。それどころか弱々しくさえ見えた。
「気のせいじゃないのか? 逆にあのナリでカリローのパーティメンバーというのが信じられないな」
望遠鏡をアンコに返すと興味を持った仲間達がソレに群がり、アンコのぷぎゅうという悲鳴がした。
「今は確かに普通なんだけど…。勘が鈍ったのかな」
シュミットの感想を聞いてようやく再度確認する勇気を持ったのか、ベロワンは黒髪の少女に視線を合わせる。確かに彼が先程感じた絶望的な感覚は今の彼女からは湧き上がってこない。
「シュー君もそう思いますよね。あの子はアルチュリュー様にふさわしくないです」
ベロワンが頭をかいていると、仲間にもみくちゃにされていたアンコが這うようにシュミットの隣に来ると目を輝かせて同意を求めていた。
■
追跡3日目。
蛇行も起伏も無い道で追跡をするには500mという距離は近すぎる。彼らは徐々にその距離をあけて追跡を続けることにした。
「ん、足を止めたよ」
先頭を歩くベロワンが3キロほど先にいるカリロー達の変化に気付き、後方のメンバーに停止を呼びかける。
「何をやっているのか分かるかね?」
「道にしゃがんで何かやっているようだけど…」
「はっきりしないね。もう少し頑張ってよ、スカウト君」
クォールとカーリャナの女性二人に挟まれてベロワンは質問攻めにされる。
「…出発するようだな。速度を上げてるようだ」
「大変です、見失わないように急いで追いかけましょう!」
望遠鏡を使ってシュミットがカリロー達が再出発したことを確認すると、足早に視界から消えていく彼らの姿を見咎めたアンコが我先に走り出した。
「ちょっと、アンコ」
それを追いかけるようにカーリャナが尻尾を揺らしながら後を追う。その後は雪だるま式に仲間たちが走り始めた。ベロワンもまた置いて行かれることを恐れて最後尾から彼らの後を追う。
たっぷり10分かけて先程彼らが立ち止まったところに近づくと、ベロワンは念のため制止するよう仲間達に声をかけようと口を開いた矢先だった。
道の脇にあった大岩から轟音と共に光弾が空目がけて打ち出された。
「えっ?」
「罠?」
「カリロー達が通った時は何もなかったぞ?」
アンコ、カーリャナ、サヴナックが空を舞う光弾に呆気にとられる。
「蛮族の襲撃が予想されるな、どうするシュミット?」
空に舞う光弾を眺めながらクォールは隣に並ぶシュミットに声をかける。
「…走るぞ。カリロー達に習い、蛮族の警戒網を突破する」
「危険すぎる。どこかに身を隠した方がいい」
「いや、悪くない手だ。この辺りは年明けに国主導で蛮族の大掃討が行われると聞いている。ここには相当な数の蛮族が潜んでいると考えた方がいい」
クォールは冷静に状況を考察する。そして悪手であると否定するベロワンの意見に対し、リーダーの意見を裏付けした上で周囲を納得させる材料を吐き出した。
「よし…道中で蛮族の襲撃が予想される。先頭はカーリャナ。後詰めはサヴナック。ベロワンは真ん中で前後の襲撃に備えてくれ」
「結局、一番負担がかかるのはオイラじゃないか」
ベロワンは一言だけ愚痴る。そしてシュミットに向けて任せろと頷くと、それを合図に一行は走り出す。
最初は街道の茂みから飛び出し行く先を塞ぐ3匹のゴブリンと遭遇した。
次にパーティ後方から奇襲を仕掛けて来たオークとゴブリンの6匹の混成部隊が現れた。
いずれも問題なく片付け、たまった疲労はポーションで誤魔化しながら、強行軍で距離を稼いだ。
その甲斐あってか空が宵闇に染まる頃には、蛮族が彼らから見て遥か後ろで街道を封鎖するという、間抜けな行動さえ確認できた。
もうしばらく走ったところでメンバーの1人が根をあげる。ポーションで体力の回復は出来るが蓄積した疲労感そのものは取り除けない。肉体は元気でも精神的に参ってしまうのだ。
「視界を確保できない状況で進むのは危険だよぉ。もうキャンプしよう?」
「大賛成です。お腹もすきましたし」
カーリャナが足を止め、空を見上げる。月明かりは乏しく光源としては心許ない。その提案に一番顔色を青くしていたアンコがのっかる。
「警戒網は突破出来たと考えて問題ないんじゃないのか? カリローの姿を確認出来ないのは解せんが」
「馬に本気出されたら追いつける訳が無いよ。もっとも、このまま夜通し歩き続ける気があるなら前言撤回するけどさ」
「…どうするかね。その気があれば精霊魔法で視界の確保は可能だが?」
ほぼ休息を取ることで意見が合致している仲間達を見ながら、クォールは右眼を覆い考えに耽るシュミットに声をかける。
「…今日は休もう。何より冷静になる時間が欲しい」
シュミットの決定にメンバーの雰囲気が一気に弛緩する。
「ああ、火は焚くなよ? 確実に警戒網を突破した訳じゃないからな」
シュミットは念のため口に出して仲間に釘をさすと、冬の寒さに暖を取れると喜色を浮かべていたカーリャナとアンコが不服そうに彼を睨んだ。
■
追跡4日目。
昨日はそれなりの修羅場を潜った彼らにとっても貴重な経験をさせられた。
久々に味わう痺れるような命の危険は、冒険者として駆け出しだった頃を思い出させる。そして宣託の真意はシュミットが打算を働かせ、危険の少ない依頼を選んできたことを暗に批判していたのだと感じた。
「シュー君はご機嫌だね」
携帯食料を不味そうにかじりながら隣に座るアンコがシュミットに声をかける。
「飽きれた。あれだけ酷い目にあったのにさ」
「いま無事であることだけを考えれば、私はいい経験になったと思う。命の危機を考える状況は久しく経験していなかったからね」
シュミットは同じような考え方をしていたクォールを思わず見つめる。
「出てきた蛮族は大したことなかったがな。オーガやトロールでも現れれば危険だが…」
「そんな格上が出張ったらそれこそ詰みだよ。そうなる前に、なるべくカリローに、<大番狂わせ>に助けを請いたいね。出来れば今日中に彼らを捕捉したいけども…」
ベロワンは食事を手早く終わらせると、気分転換に朝の冷たい空気を大きく吸い込んだ。彼らの目的地であるイリジャンは現在地からさほど離れてはいない。上手くいけば午後には十分たどり着ける距離だ。あとは道中にアクシデントが起きないことを祈るばかりだった。
ベロワンの心中とは裏腹に、昨日までの強行軍が祟ってか一行の進軍速度は目に見えて遅くなっていた。午前中に踏破した距離は予定の3分の2程度で、彼が予定していた距離を稼げていない。
「ねぇ、神聖魔法で徒歩速度を上げるようなものは無いのかい?」
「クーちゃんの風の精霊だけじゃ不満ですか? それにいざっていう時、マナ不足で回復支援出来なくなるのは危険ですよ」
「おい、アンコが正論を言っている」
「明日は雪だな。…しかし、雪見酒も悪くない」
内輪で軽口を叩いていると、唐突に飛来した物体が先頭を歩くカーリャナの左手を吹き飛ばした。
アンコは反射的に神聖魔法による止血と吹き飛んだ左手を回収し、痛みのあまりにその場にうずくまるカーリャナに駆け寄る。
「トロールにオーガ。ゴブリンシスターもいるな」
街道を封鎖するように立ちはだかる6匹の蛮族にクォールは呻いた。突如姿を見せたということは、透明化の魔法でも使っていたのだろう。完全な不意打ちは敵ながら賞賛に値する。
「サヴナック、俺と前衛に出ろ。ベロワンは引きつけている間にシスターを狩れ!」
シュミットは鋼の剣を引き抜き、風の精霊の力で風を纏う。サヴナックも舌打ちをしながら、手にしたプージという戦斧にカテゴリされた武器を両手で携え、遠方に陣取る相手を睨みつける。
「先程の遠隔攻撃はトロールによる投槍だ。受けることは考えない方がいい。避けろ」
クォールはその間にも木の精霊による魔法でベロワンを隠蔽する。
シュミットは一気に距離を詰めると、前衛に立つオーガに肉薄する。
鍛え上げられたオーガの肉体は断ち辛い。牽制程度に剣を振るい、相手の攻撃を誘う。
目標は後衛を守ること。サヴナックもまたそれを理解しているのか投槍を番えたトロールの足元目がけて戦斧を振り下ろし、足場を崩して相手のバランスを崩す。
「リャナちゃん、平気?」
拾った腕を患部にくっ付け結合する。アンコの心配は傷ではなく、カーリャナが感じている痛みに対してだった。神聖魔法の奇跡は傷を治すが痛みを和らげる効果はない。
「大丈夫だよ。頭に血が上って痛みなんか気にしてない」
「痛くないということは、それだけ危ないということだ。無理をするなよ、カーリャナ」
「冗談! 相手の面子は分かってるでしょう? トロール3匹にオーガ2匹。うちら『太平楽ヴォーダン』が無理せず切り抜ける相手じゃないさ」
カーリャナはくっ付いた左腕を確かめるように雑に動かすと、一度頷いて前衛を張っている男二人の背中を追いかける。
「ダメだ、トロールの投槍を止められない」
「オーガが邪魔だな」
ほぼ同レベルである蛮族相手に瞬殺できる火力を持ち合わせていない二人は、オーガの背に隠れてトロールが投槍の準備をするのを指をくわえて見ている事しか出来ない。
「シュミット、光の精霊で相手の視界を奪って!」
追いついたカーリャナは飛び蹴りをオーガの顔面に叩き込むと、華麗に宙返りをして距離を空ける。シュミットはカーリャナの言葉に即座に反応し、辺り一体を眩い光で包み込んだ。
オーガ達は目を眩ませ立ち往生、トロール達も同様に視界を奪われ怯んでいる。
「突破する! 走れ!」
シュミットは好機を逃すまいと仲間達に指示を出した。
カーリャナはオーガにもう一撃加えると、そのまま走り抜ける。
ベロワンは後方に待機して、唯一行動出来るゴブリンシスターが魔法を詠唱し、無防備になる瞬間を狙って喉元にナイフを突き立てる。声も出さずにゴブリンシスターは息絶えた。
シュミットとサヴナックは格上相手に致命傷を与えることが出来ない。それでも最低限、トロールの持つ投槍を傷つけ使い物にならないようにすることくらいは出来る。
クォールとアンコは懸命に蛮族に向かって走り出す。相手がレベルで勝る以上、まともに戦うことは死を意味している。それが冒険者の持論だ。
「やった、このまま逃げ切れる!」
アンコはトロールを隣を駆け抜け、命拾いしたことに思わず気持ちが高揚して叫ぶ。
「え、あ…」
ドスリと、次の瞬間、彼女は誰も想定してない方角から放たれた投槍に胸部を貫かれていた。
「アンコ! 私が抱える。遅滞行動を取れ」
「クォール、無理だ。彼女は助からない! それよりも伏兵がいる、このままじゃ狙い撃ちだ」
「町が見えてるよ。そこまで行けば何とかなるよ。逃げよう!」
「ダメだ、遅滞行動を取らなければ、トロールに串刺しにされる!」
仲間たちはアンコの犠牲に感情を爆発させ、次々に自分勝手で支離滅裂な言葉を飛び交わす。
暗くなる視界の中、アンコは薄れる意識を手放さないようたった一つの言葉に縋りついた。
(死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない…)
アンコはひたすら神に祈った。
あんなにも尽くしてきたというのに、こんな幕切れなどあんまりだ。
まだ何も為せていない。
あの小娘にだって仕返ししていない。
アルチュリー様にだって認めてもらっていない。
そうだ、アンコは力が欲しかった。
そして死の間際、彼女は深遠である超越者と触れ合う。
何かを要求された。
彼女は二つ返事で承諾する。
途端、失われていた心臓が脈動する。
アンコは自分が助かったのだと理解した。指一つ動かせないほど衰弱しているが、死に直面していた先程よりは何倍もマシだった。
『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』
そして契約に従い、超越者の眷属…霜の巨人は原初の恐怖を呼び起こす雄叫びと共に、再びウルカヌの大地に降誕した。
マスターシーンその2