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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
33/63

旅路の果てに5

追記 4/7 修正

 護衛4日目。昨日の罠のくだりから警戒を厳にして進むが、結局のところそれも杞憂に終わった。

 昼頃には無事イリジャンにザルツを送り届け、依頼も恙無つつがなく終わった。


「楽しい旅でした。機会があれば、ぜひまたお願いします」

「こちらこそ、面白い話が聞けて楽しい時間でしたよ」


 別れ際にカリローはザルツとそんな会話を笑顔で交わしていたようだが、商人と別れた瞬間、やさぐれた表情に急変していた。彼の内情など知らない4人は揃って首を傾げるばかりだった。


「これからどうする? 先に宿を探す、それとも飯?」


 依頼完遂からの解放感からか、若干テンション高めのハチヤが弾んだ口調で訊ねる。


「馬を返すのが先だな。レンタル料も馬鹿にならん」

「ふむ、借りたのはペータル公国でだろ? どうやって返すんだ?」

「駅馬というシステムがあってだな…」


 首を傾げるカピィールにカリローが薀蓄うんちくを傾けはじめたので、ユウはぷいと体ごと反転し村の入り口の方に視線を向ける。後をつけて来ていたパーティの人影はまだ無い。

 ナトゥーアの話では二日目以降からは距離を大分離していたようだし、3日目の件もある。すぐに追いつける距離でもないのだろう。


「ユウ、心配か?」


 カリローとカピィールのやり取りに興味が無いのはハチヤも同様だったのか、村の入り口を見つめるユウの後姿をみて声をかける。


「ハチ…。知ってるの?」

「ああ。今日、ナトゥーアから聞いた。俺達を追いかけてきてた連中がいたんだってな。どうせ碌でもない連中だよ、そんなに気にするなって」

「そうだけど」

「お得意のよく分からないけど危ないって奴か?」


 煮え切らない態度のまま言いよどむユウの姿を見て、ハチヤは鷲獅子グリフォンのやり取りを思い出す。


「…かな」

「わかった、後は任せろ」


 ハチヤは浮かない表情のままのユウの肩を叩くと、仲間の方に振り返る。


「カリロー、先に飯にしよーぜー」


「…荷物を置くために宿が先だ」

「腹が減ってしょうがないんだ。旅続きでずっと腹一杯食ってなかったしな」

「ガキか…。ナトゥーア、君も何か言って…ナトゥーア?」


 カリローはハチヤの暴挙とも思える行動に苦い表情をしながら周囲を見渡すと、いつの間にかいなくなった仲間の名を再度呼んだ。けれど返事は返ってこない。


「いったいどこに…。鷲獅子グリフォンの時のようなことも起こりかねんというのに…」


 苛立つカリローをハチヤがなんとかなだすかして、ようやく気を落ち着けた頃、ナトゥーアは町中からこちらに手を振りながら駆け寄って来る。カリローは小言の一つも言おうと口を開いた瞬間、


「この町のぐるナビ、ゲットしてきた!」


 合流と同時に、ナトゥーアはカリローの眼前へ町の様子を簡単に表した地図を突きつけた。

 あまりに突飛な出来事にカリローの思考は停止する。そんな彼を無視して、興味を持ったハチヤとユウがカリローの背中に回って地図を覗き込む。


「…ナト、相変わらずスキが無いな」

「ちなみに名物のビフテキを出してるトコがあるから、そこ行こうよ。もうすぐお昼だから席が埋まっちゃう前にとっとと出発、出発」


 一度ハチヤにウィンクしてから、ナトゥーアは未だ思考停止中のカリローの背中を押して店へと進む。ユウとカピィールも異論は無いらしく、彼女に続く。


「さんきゅーナト。馬は俺が返してくるから席確保よろしく」


 どうやらナトゥーアはユウとの会話を聞いていて、円滑に事が進むようお膳立てをしてくれたらしい。助かったと思う反面、1人で解決出来なかったことを残念に思いながらハチヤは残った雑用を請け負った。


   ■


「武装したまま店内に入るのはどうかと思っていたが、どうしてなかなか…大した光景だな」

「悪目立ちすると思ったけど、まさか…ね」


 複数あるテーブルの内の一つに案内され、そのまま席に座ると店内を見渡す余裕が出来たのか、カリローとナトゥーアはその光景に驚いた。

 彼らの目の前には、武装した強面の輩が食事を行っていた。ウィトレスの方も慣れたもので、特に萎縮することなく注文を聞いて回り、客の間を縫って料理を運んでいた。


「ハチヤ君、こっちー」


 店内に入り、その様子にぎょっとするハチヤを見つけたナトゥーアが声をかける。


「町中でちょっと噂は聞いたけど、凄いな。これ」

「噂?」

「ああ、どうも蛮族の襲撃が頻繁になってて、冒険者を雇ってるみたいなんだ」


 ハチヤは空いた席に座りながらカリローの質問に答える。


「穏やかな話じゃないな…」



『敵襲ー! 敵襲ー!』



 カリローの声を割って、店の外から大声と共に警鐘が鳴る。

 途端、店内の雰囲気がガラリと変わり、先程まで笑い声すら聞こえていた場が静まる。

 ただ鉄と布の擦れる音だけが響き、そして武装した輩は例外なく列を作り店の外へと出て行った。


「穏やかじゃねーな…。あ、お姉さん、俺にも水下さい」

「え、貴方達は…」


 ハチヤに呼びかけられたウェイトレスさんは彼と店の外を交互に見ながら戸惑っている。


「俺達は別口なんで。それともお店閉めちゃう?」

「いえ、皆さんすぐに戻ってらっしゃいますから、念のため戸締りだけはしますけど」

「よかった、じゃ、水の方よろしく」


 ハチヤはウェイトレスさんに愛想を振りまくと、再びパーティの面々に視線を向ける。


「ハチヤ、お前、案外図太いな」

「何言ってんだよ、それにジョッキ空にしてから言う台詞じゃないと思う」


 隣に座るカピィールは髭に泡をつけたまま、先程のハチヤのやり取りに感心したように誉めそやす。対してハチヤは黙々と食事を続けるユウも見ながら悪態をついた。


「で、実際のところこのまま食事続けて問題ないの?」

「とりあえず、酒はもう飲むな。食事もある程度抑えろ」


「「わかった」」


 カリローは右眼を片手で覆い、二杯目を注文しようとしているドワーフと咀嚼を続ける小娘に命令する。そして、今後の身の振り方を考える。ハチヤの聞いた噂が本当であれば、20分も経てば日常が帰ってくるのだろう。店内にいた冒険者もカリローの見立てではゴブリンやオークくらいなら簡単に追い返す実力者だ。


 ただ、唯一の心残りは年明けに迎える蛮族の大掃討。想像できないほどの数がいるはずだ。ひょんなことで大攻勢ともなれば押し返せる戦力ではない。



『増援が来たぞー!』



 完全に戸締りした店内にも届く警鐘。


「あまりいい状況では無さそうだな」

「手伝うか?」

「それはやめとうこうよ。あの人達にだって面子があるもん」


 それもそうだな、とハチヤは思う。自分だって任された仕事を横から掻っ攫われればいい気はしない。


 不意に、ガンッガンッと店の扉を激しく叩く音。

 店員の方もコレには慣れていないのか、たまらず悲鳴を上げた。


「…手伝うぞ、準備はいいな?」


 ワーカーホリックという性分でもないのだが、こうして縋るような視線を向けられては食事も美味くない。カリローは一度だけため息をつくと、席を立ち上がり樫の杖を手に取る。

 彼に合わせて仲間達も立ち上がると思い思いに装備を手に取る。


「カピィ、弓の弦張り手伝って」


 ユウは以前使ったロングボウの片側に弦をひっかけ、体重をかけて弓をたわませようと苦戦中だった。カピィールは手を伸ばし弓を受け取ると、簡単に仕事を済ませる。


「ふむ、力仕事は苦手なのか?」

「見た目通りだよ…」


 ユウはポンチョの下から出した細い腕を見せると、弓を受け取り調子を確かめる。


「僕が扉を開ける。先陣はカピィール、君に任せた」

「おう、任された」


 バキリと扉の向かい側から振り下ろされた武器が扉を少しだけ貫通する。


「3、2、1…」


 カリローが扉を内向きに開くと、開けた視界目がけてカピィールは盾を構え突進する。


 扉の向こう側にいたのは3匹のゴブリン。

 カピィールは己の膂力に任せ、それらをすべて空へ吹き飛ばす。


 すかさず追撃にナトゥーアが飛び出した。

 空に舞い呆気にとられたままのゴブリンをすれ違い様に両手に持った銃剣を翻して止めをさす。


 次いでハチヤがバスタードソードを両手に構え、受身も取れず地面に崩れ落ちたゴブリンを救い上げるようにして両断する。


「おー、なんかレベル上がったって実感するなー。昔とは大違いだぜ」

「慢心、よくないよー」


 ナトゥーアは周囲の状況を確認しながら、確かな手応えを覚え感動するハチヤをたしなめる。最後の一匹にカピィールがウォーハンマーで止めをさしたところでユウとカリローが店の中から現れた。


「状況は?」

「ゴブが浸透してきてるだけみたいね。大物はみた感じいなさそー」

「そうだね、前線が崩れた様子は無い」


 ひゅんと音を立てて矢は放たれ、遠目に見えたゴブリンの首をはねる。続けざまに2本、3本と放ち的確に蛮族を屠っていく。


「メインストリートをハチヤとカピィールで守れ。ナトゥーアは前線の偵察を頼む」

「カリローさんは?」

「君が帰ってきてから考える」

「私は?」

「じっとしてろ」

「わかった」


 町の入り口に駆けていく3人の背中を追いながら、ユウは不満そうに頷く。先程の店は再び戸締りをしており人の目は無く、ただ警鐘だけがうるさく鳴らされ続けている。


「…不満か?」

「別に…」

「顔にそう書いてある。別に君を邪険に扱ってるわけではないんだ。さっきの3人の動きを見ただろう。別に君がすべての責を負う必要は無い。僕らだって十分にやれる、たまには仲間に任せて高みの見物というのも悪くないぞ」


 ユウは町の入り口から視線を外さず語るカリローの横顔に見入る。構えた弓は知らぬ内に下ろしていた。そんな自分の様子を自覚してから、ユウは声にはせず「そうだね」と口だけ動かす。

 しばらくしてナトゥーアが帰ってくる。前線はオークが5体と従属した狼などの魔獣がいくらかいる程度で浸透してきたゴブリンも敵増援の際に紛れ込んだものらしかった。そしてそのゴブリンも行き帰りの様子を見る限りでは、ハチヤとカピィールが残さず倒しきっているようだった。


「とりあえず、ご飯奢ってもらう約束だけはつけてきた」

「君はいつか刺されるぞ…」


 カリローはけらけらと笑うナトゥーアに苦い表情を浮かる。

 ユウは隣でそのやり取りを聞きながら、自分が感じた危険が気のせいだったと安堵する。


 だが一方で未だ止まない警鐘が何かあるのではないかと勘ぐる自分がいた。前線は維持され、相手も問題のない強さ、特に不安要素は感じられない。高台からなら見える何かがあって、ソレを前線は知らないのではないか、見落としているのではないかと不安になる。


「ねぇ、ナト」


 返事は期待しない。


「どうして、鐘は鳴り続けているんだろうね?」


 恐らくはただの考えすぎ。


「どうして、あんなにも必死で鳴らし続けてるんだろうね?」


 戦闘中であることを報せるだけが目的ならば定期的に鳴らせばいい。


「私達が囮役にした人達は今、どうしてるんだろうね?」


 言葉にしてようやく知った。自分が気にかけていた事が一体なんだったかを。


 ナトゥーアはカリローに断りを入れ、鐘が取り付けらた物見やぐらへ全力で駆け出す。


「…これから何が起こる?」

「私は預言者じゃないよ」


 走り去ったナトゥーアの代わりにでもしようというのか、カリローは不安を払拭するように叫ぶ。

 大気が震えるのを肌で感じた。

 やがてそれは肌ではなく耳でズシン、ズシンという物騒な音となってユウの元に届く。


「なんだ、この地響きは? 話が違うぞ、ナトゥーア…」


 カリローが異常を感じ始めた頃、ユウの視覚には巨人の姿が目に映っていた。


超越者かみさまは本当に大人気ない)


 アレは親切にも忠告してくれたではないか、『こちら側の勇者候補が少々歪んでしまったので矯正してた』と。

 歪めてしまったのは誰なのか、歪んでしまったのは誰なのか。はっきりと口にしないのはいつもの手口。分かっているから、分かりきってしまっているから、つい言葉を省く。自分と同じだ。


「荒療治にも程があるよ、ムニン」

「ユウ?」


 ずっと沈黙を守っていたユウの突然の発言にカリローは思わず彼女の名を呼ぶ。


「アル、ごめん。私は行かなきゃダメだ」

「なぜ謝る?」

「ごめん、ちょっと超越者かみさま殴ってこなきゃ」


 カリローの問いかけには答えず、再度謝った後、ユウは彼を置いて駆け出す。


 勇者は常に偉業と共に語られる。


 お祖父ちゃんから聞いた御伽噺。矯正を行うのなら、きっと彼女は偉業を成し遂げるのだろう。けれどそれは周囲の被害など省みず、ただ結果だけをみて偉業だったと賞賛される出来事だ。


「おい、ユウ! どこ行くんだ?」


 ゴブリンをあらかた片付けて一息ついていたハチヤには目もくれず、ユウは町の入り口に向けて一直線に走り去っていく。


(問題はどんな神託いれぢえをしたか…)


 超越者の思惑はいつも想像を絶する。この間は国をひとつ滅ぼした。

 ズシン、ズシンという足音は強化されたユウの聴力がはっきりと拾う。

 しかし普通の人間や注意して耳を傾けていないのならば、ただの地響き程度にしか感じない。つまり、誰もまだこの脅威には気付いてはいない。


(…結果だけを考えれば、今回の偉業は足音の主きょじんを倒すこと)


 ユウはコレの目的と超越者の駒ゆうしゃの影を探して、冒険者と蛮族の群れへと飛び込んだ。


ボスださなきゃ(使命感)

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