旅路の果てに4
追記 4/7 修正
護衛二日目。冬本番というにも関わらず穏やかな天気で、冷たい木枯らしを除けば旅をするにはうってつけの日だった。
「なぁ、ユウ。一度聞いてみたかったんだが…」
カピィールの言いよどんだ言葉にユウは振り返り視線だけを返す。カピィールは少しだけ思案した後、彼女の目を見つめたまま口を開く。
「ふむ、なんだ…冒険者になろうと思った理由を知りたくてな」
「理由…」
ユウは言葉に出してから眉根を寄せる。
珍しい表情だとカピィールは素直に思った。彼女はどんなアクシデントにでもすぐさま対応する。それが日常であれ戦闘であれ関係なく。それだけに困った表情というのは新鮮だった。
「ハチヤやナトゥーアは金だと言っていた。カリローは…正直理解出来んが智の探求とぬかしとったな」
難しく考える必要は無いと前置きしてから、カピィールは仲間が冒険者になった理由を並べていく。それでもユウの表情は晴れない。
すこし時間を置いてからユウは思い出したように口を開く。
「カピィは遺失物を探してるんだよね」
「まぁな。昔、街に不思議な武器を持つ旅人が訪れたことがある。持ち主の言葉で形状を変え、挙句の果てには意見までする意思をもった武器だ」
「インテリジェントウェポン」
「なんだそれは?」
「意思を持つ武器の総称だよ。神器にも似たようなのがあるけど」
首をひねるカピィールにユウは抑揚のない口調で淡々と語る。
「オレが見たのは神器かもしれんということか?」
「ううん、神器はもっと傲慢だから、カピィが見たみたいに愛嬌を振りまいたりしないよ」
「まるで見てきたように語るな」
「実際、見てきたんだけどね」
「そうか、見たのか…見た!?」
思わずカピィールは声を大にして驚いた。御伽噺の中だけの出来事だと信じていただけにその存在も、それを見たということにも驚いた。
「カピィ、うるさい」
「いや、すまん。それよりいったいどこで?」
「ドラゴ帝国。違った共和国」
「昔は帝国だったらしいな。最近になって共和国になったらしいが」
ドラゴ共和国はぺタール公国とは国を二つまたいだところにあり、距離的にも政治的な関わりにも遠く、ともすれば一生関わりのない場所だが、何の因縁かカピィールには聞き覚えのある国だった。
「そこで見たよ。神器」
「どこかの遺跡かと思えば、人の多いそんなところで」
「逆だよ。人が多いから神器だって集まるんだよ」
ユウはカピィールのベタな反応が面白く思わず顔をほころばせる。
「ふむ、つまり蒐集家か」
「そんなところ」
カピィールは髭を撫でながらいいなぁとこっそり呟く。未知の存在にただならぬ興味を持つ彼の性格はユウにとって純粋で眩しい存在に思えた。
「私は…」
「ん?」
下手すれば聞き逃しそうなユウの声にカピィールは反応する。姿勢は前を向いているため、ここからではどんな表情をしているか窺い知れない。
「私は冒険者には生きるために」
「ふむ、生きるためとは不思議なことを言うな。命を危険に晒すのが冒険者だろう」
衣食住が揃えば大抵は問題なく生きていける。ユウの話す「生きるために」というのはその定義には当てはまらないのだろう。カピィールはユウの真意を問いただしたくなって鎌をかける。
「ん、そうだね。でも必要なことだったから…」
相変わらず抑揚のない声で、どこか遠くに視線を向けてユウは語る。
「なにか悩みでも抱えているのか?」
「強くならないとダメだから」
「今でも十分強いだろう」
ユウはカピィールの問いには答えず、曖昧にはぐらかして自分の言葉を続ける。カピィールはそれに気を悪くするわけでもなく彼女に付き合うことにした。
「神様相手だから仕方ない」
「ふむ、神様相手ならしょうがないな」
ユウは相変わらずカピィールの言葉には応えず、自分の言葉を続けた。彼もまた彼女には届かない相打ちを打ち、それでいいと思った。
「何を話しているんでしょうね?」
「さぁ? 僕にはあの二人の考えが一番理解できませんよ」
御者台で先導する馬に乗る二人を眺めながら並んで座るザルツとカリローが言葉を交わす。
人間の耳をそのまま犬のものに取り替えたような毛に覆われたソレを微細に動かしながら話しかけてくるザルツに、カリローは「しっかり聞こえてるくせに」と心の中で文句をつけながら笑顔を浮かべる。
「そういえば、荷台にあるのは商売道具なんですか?」
「気になりますか? 商売敵であれば言えませんが冒険者さん相手だし、特別に教えましょう。胡椒なんかのスパイスと陶器です」
ザルツは少しだけ声を張って語り始めた。よほど会話に飢えているのだろうか、昨日もずっと向こうが話し続けていた。カリローにとっても彼の話は新鮮なものが多く、本には書いていない実体験などは興味をそそるものが多い。
「陶器ですか…。スパイスのような産地はこちらとは反対側ですから重宝されそうですが」
「そうです。皆そう考えている。冒険者の方々もスパイスなんかは持ち込みます。ちなみに今から行くイリジャンが温泉街なのは知っておられで?」
「もちろん。実は、我々の休暇も兼ねているんですよ」
「おや、護衛を頼んだつもりですが、都合よく利用されましたか」
「まぁそういうことになりますね」
実際は噂が落ち着くまでの避難が正しいのだが、別に本当のことを話す必要も無い。
「おやおや、それでは逆にお金を頂いても?」
「それよりも陶器の話について詳しく」
カリローは慌てて話題を変える。
ザルツは狡猾だ。うっかり自分のことを話すと取るに足らない内容でも話の材料にしてこちらを知ろうとしてくる。現に昨日は自分のレベルを答えてしまった。
公表しているし、向こうも知っていることなので問題は無いのだが、同じ手段でどんな情報を持っていかれるか分かったものではない。
「そうでした。こういった割れ物というのは輸送が困難なので現地で作られることが多いのですが、あそこは温泉街に特化しており、またそういう施設が無いせいもあって、不足がちなのですよ」
「なるほど、需要が絶えないと」
「客商売で損耗が多いことも原因の一つですけどね」
「あちらに着いたら、またぺタール公国へ戻られるんですか?」
「いえ、イリジャンで年を過ごしたらオルモンジュへ行きます。イリジャンはどちらかというと家族に会いに戻るのが目的です。胡椒なんかのスパイスもオルモンジュに卸すのがメインですよ」
「なるほど」
カリローは頷きながら、迂闊に自分達の情報を口にしてしまう前に次の話題を探した。
「ねみぃ」
「おなじく。なんか話題提供してよ」
大きなあくびをしてからぼそりと呟くハチヤに、背中にくっついたナトゥーアが無茶振りをする。
前方の馬車でカリローが身内の話題を出さないように苦労をしていることも露知らず、ナトゥーアは身内のスキャンダルを求めていた。
「お、聞いてくれる? 俺の腰にぶら下げた奴」
「下ネタはなら付き合わないけど?」
「ちげーよ、バスタードソード。新しく買ったんだ」
ハチヤは腰にぶら下げた剣帯を叩きながら、蔑んだ目でこちらをみるナトゥーアに勘違いも甚だしいと憤る。
「ふぅん。使い心地はどうなの?」
「ようやく、手に馴染んできたトコだな。前に鷲獅子の止めをさす時にちょっと困ったから買っておいた」
ハチヤの言葉にナトゥーアは最後の場面を思い出す。言われてみれば止めをさしたのはユウで、ハチヤではなかった。それに不思議な言い回しもしていた気がする。
「ディフェンダーちゃんは切れ味悪すぎだもんね。ジャガイモの皮も剥けないとかナマクラ過ぎる」
「人造神器をジャガイモの皮剥きに使うとか何考えてんの?」
「そんなことより、ユウちゃんはアレで色んなものぶった切ってるよね。コツとかあるのかしら…」
「ナンデダロウナー」
ハチヤはユウの体質をナトゥーアにはまだ話してなかったことを思い出し、とりあえず誤魔化してみる。
「なにか知ってるの?」
「…本人に聞けよ。アレに関してはプライバシー的な問題があるからな」
「やっぱり秘密があるんだ。レベルもずっと上がってないし、その割には実戦だと一番頼りになるしよく分かんない子だよね」
うむうむと頷きながら、ナトゥーアはユウの存在に改めて謎が多いなと考え始める。
「確かに、あいつの経歴とか知りてぇ…。ま、傭兵やってたことはあるみたいだけどな」
「ハチヤ君はユウちゃんに興味津々だね」
ナトゥーアの言い回しに引っかかるところを覚えてハチヤが振り返ると、彼女はにまにまとよからぬことを考えていそうな笑みを浮かべていた。
「ぶっちゃけ好きだったり?」
「好きだけど、まぁ…カリローの方が俺より好きなんじゃないかなぁ」
「おお、三角関係?」
「いや、ぶっちゃけ、父性がくすぐられるのよ」
ハチヤはナトゥーアが期待していることなど無いと遠まわしに言う。それは彼女にも正しく伝わったらしく、つまらないと責めるような視線がハチヤに送られていた。
「じゃあ、姫ちゃんと3人の僕みたいな関係?」
「う~ん、ユウが姫にはならんなぁ」
ドレス姿でむすっとした表情のユウを想像するが、すぐに普段の破天荒な行動を思い出し、あり得ないと首を振る。それに彼女に振り回されるのは3人ではない。
「…それにナトゥーアもいるだろう?」
「あたしかぁ。そうだね、あたしもパーティメンバーの1人だね」
「そそ、だから僕は4人だ」
「え、姫ちゃん側に入れてくれないの?」
ハチヤはマントを引っ張って抗議するナトゥーアを適当に宥めながら、晴れ渡る空を仰いだ。
■
護衛三日目。
ユウは手綱を引いて馬を立ち止まらせる。それに気付いた後方に続く仲間達も順に足を止めた。
「ユウ、何かあるのか?」
「ん、ちょっと…」
ユウは馬から降りると、カピィールに手を貸す。無事に彼が地面に降りたことを確認すると後ろから小走りでやって来るカリローとナトゥーアに視線を向ける。
「…何かあった?」
ナトゥーアが近づいてくると、耳元で囁く。ユウは声を出さずに頷くと数m先にある道に目を向ける。
「…糸? 罠? でも他に何も仕掛けられてない…って、ユウちゃん?」
ユウの視線の先には道にを跨ぐように極細の糸が張られた仕掛けがあった。けれど、それに連動した罠は見つからない。ナトゥーアが首をかしげていると、ユウは彼女の手を取り道の脇にある腰ほどの高さもある大岩に近づいていく。
「ここ」
ユウはナトゥーアの手を取ったまま大岩の中に手をつっこむ。文字通り大岩の中に手が吸い込まれ、その先でナトゥーアは筒状の物体に触れた。
「え、あれ? 岩…じゃない。どうなってるの?」
「たぶん神聖魔法で隠蔽してある」
「だな。シグルド神の魔法に物を隠蔽するようなのがある」
遅れてやってきたハチヤが大岩に二の腕まで腕を突っ込んでいる二人の姿を見ながら発言する。
「精霊魔法なら実体が無いことを省みて、光の精霊の利用かな。でも、それだと隠すことは出来ても見かけを岩に見せるような真似は出来ないから概ねユウの予想通りだろう」
「ふむ、罠はその大岩の中に仕掛けられてるわけだな。種類は?」
「んー、花火?」
「いや、普通に信号弾って言おうね。誰かがここを通ったら信号弾が打ちあがって報せるってとこかな」
大岩に顔を突っ込んで中身を確認していたナトゥーアがユウの残念な発言を指摘し、そのまま罠の内容とその意図を仲間に説明する。
「とりあえず解除するから、カピィールさん手伝って」
一昨日、カリローからユウが戦闘面でなるべく目立たないように動くよう指示を受けているため、ナトゥーアは敢えて本職は呼ばずに、次点に手先の器用なカピィールに声をかける。
「ちなみに、うっかり引っかかると、どんな結末?」
「30分以内に蛮族か山賊に包囲される」
「…十中八九、蛮族に囲まれるだろうな。しかし浮かない顔をしているな?」
カリローはユウの物憂げな表情を咎めて首をひねる。
「ただ、罠を解除しても包囲はされると思う」
「何故だ?」
「たぶん、コレをしかけた連中が解除されたことに気付くからだな。神聖魔法のかけ直しを考えると長く見積もっても2時間弱か」
「うん、あと問題なのは罠を解除できる実力者と認定されること」
「出てくる連中のレベルが上がるという解釈でいいのか?」
「そう」
「だとすると、参ったな。わざと罠を踏むか?」
ハチヤとカリローが互いに顔を付き合わせて悩んでいるのを横目にユウはちらりと後方へ視線を向ける。
「だいじょぶ。罠は元に戻せばいいよ」
「ほーん、そんなの出来るのか」
「仕掛けなおしたことがばれないといいが…」
「だいじょぶ」
遥か後方から自分達を追いかけているパーティがいることを二人は知らない。ユウは囮役になるパーティを少しだけ気の毒に思ったが、背に腹は変えられないのでしょうがないと呟いた。
「罠解除できたよー」
「わかった、ザルツさんに伝えてこよう。ユウ、後のことは頼んだ」
「うん」
程なくして、街道を馬2頭と馬車がユウの前を通り過ぎていく。
そして罠があった場所から10mほど離れた地点で一端止まる。隣にいるナトゥーアがユウの手に触れ、それを合図に罠を仕掛けなおす体勢に入る。解除する時よりも罠を再現することは難しい。
一度切った糸は使えなかったが、幸いにもよく似た色と質感のものがザルツの商品にあったのでそれを借りた。たるみ過ぎず、張りすぎず、程よい力加減で糸を張りなおし固定すると、そこでユウは緊張をほどく。対面にいるナトゥーアも仕事が終わり大きく息を吐いている。
こちらの視線に気付いたのかナトゥーアはにかりと笑って見せ、ユウもつられて笑みを浮かべる。
「首尾はどう…、その様子だと問題無さそうだね。出発だ、出来るだけ距離を稼ごう」
気になって様子を見に来たカリローが二人の姿を見て、一人で勝手に納得するときびすを返す。
「行こうか、後ろの人達には悪いけど…、まぁ運がよければ罠発見できるでしょ」
ナトゥーアは立ち上がるとユウに手を差し出す。彼女もまた、後方にいるパーティに後ろめたい気持ちを持っているようだった。同じ気持ちを持つ彼女に、ユウは親近感を抱くと共にいくらか気が楽になった。
「そうだね」
ナトゥーアの手を取り立ち上がる。
ユウ達が出発してから10分後、後方から甲高い音と共に光が空に舞う。彼女の思惑通り、後方のパーティが罠にかかったようだ。
ユウの乗る馬に先程の音や光による動揺は見られない。それに比べて後ろに跨るカピィールときたら、驚いて背中を引っ張ったり何度も声をかけて来たりと冷静さを欠いている。ユウはその仕草がおかしくて、不謹慎にも笑ってしまった。
GM涙拭けよ
強制戦闘すら回避される始末