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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
31/63

旅路の果てに3

追記 4/7 修正

 場所はぺタール公国東門、貿易都市オルモンジュへ繋がる入り口であるため冬であっても喧騒が絶えない。

 ハチヤはレンタルした馬に跨り、出発を今か今かと待っていた。


「ハチヤ君は意外と多才だよね」


 タンデムして背中に掴まるナトゥーアが心底感心した風に話しかけてくる。


「いや、多才なのはユウもだろ。あいつどこで乗馬覚えたんだ?」


 背中にカピィールを乗せてユウは巧みに馬を操り人の隙間を縫うようにしてこちらへとやって来る。馬の方は少し興奮しているのか鼻息が随分と荒いが、ユウはそれを歯牙にもかけない。


「サマになってるね。後ろのカピィールさんはおっかなびっくりだけど」

「…高いところは苦手なんだ」


 隣に馬を立ち止まらせ、首筋を撫でて気分を落ち着かせているユウを見ながらナトゥーアが言うと、後ろでユウの腰にがっしりと掴まるカピィールが愚痴る。


「ん…荷馬車に行く?」

「乗り物酔い王のカリローに更に揺れる馬には乗せられんだろ。第一重量オーバーだ」


 出国の手続きで護衛を依頼した商人とカリローはここにはいない。

 そして目の前には荷物が満載の荷馬車が置いてあり、人が乗るスペースなどまるで無い。


「いつも思うんだが、オレのいないところで依頼受けてねぇ?」

「カピーは別に文句言わないだろ? それにいても役に立たないじゃん」

「まったくもって返す言葉がない。けど用事の有無くらいは確認して欲しいな。今回みたく半月も街を離れる依頼なら特に」

「あー鍛冶ギルドのほうか。それは確かに言えてるな」

「そこ、納得しない。冒険者が冒険しなくてどうすんのよ?」


 カピィールの言い分にも一考の余地があるとハチヤが頷いていると、ナトゥーアが背中から兜をコツンと拳で叩いて、納得しそうな彼を咎める。


「行くぞ、出発だ」


 戻ってきたカリローが馬上の4人を見上げて声をかけてくる。商人の方も荷物の最終チェックを行っており、その行為からも出発は間近だと告げていた。


「イリジャンまでの道は頭に入ってるか?」

「土地勘ねーよ…」

「地図を見ながらなら大丈夫かな」


 馬上の二人はカリローの問いにそれぞれ異なる返事をする。


「先頭はユウに任せる。ハチヤは荷馬車の後ろから付いてきてくれ」

「わかった」


 ユウは軽く馬の腹を蹴ると門へ馬を歩かせる。続いてカリローは御者台へ乗ると荷馬車、ハチヤの順に隊列を組んで進む。


   ■


 出発してからたっぷり2時間ほど経った頃、先を進むユウは後ろから呼び止められる声に気付いた。


「一端、休憩にしよう。根を詰めても仕方が無い」

「わかった」


 馬の首をぽんぽんと叩き、手綱を軽く引いて足を止めるとそのまま降りる。続いてカピィールが不恰好に飛び降り、着地に失敗しよろめいた。後続の面々も足を止め御者台から、馬からそれぞれ降り立つ。


「今日はどのくらい進む予定なの?」

「日が落ちるまでに20キロくらいは進めておきたいな」


 カリローとナトゥーア、商人を交えて地図を片手にペース配分の確認をしているようだった。

 ユウはその輪には加わらず、水筒を取り出し水を口に含みながら後方の確認をする。ナトゥーアを疑うわけではないのだが、後方の様子も一度目にしておきたかった。


「おつかれさん、冷えてねーか?」

「いいもの飲んでるね?」


 鼻につくアルコールと僅かな甘い香りがユウの鼻をくすぐる。おそらくはラム酒の類。


 残念ながら前回の酒盛りで悪酔いして以来、ユウにはアルコール禁止令が発せられていた。

 初冬の寒さはそれなりの防寒具を身につけていても身に染みる。ハチヤやカピィールが口にしているお酒は体を温めるにはうってつけだ。物欲しそうにハチヤを見ていたが彼は一口も譲るつもりは無いらしい。


「恨むんならナトを恨んどけよ」

「ん?」


 ナトゥーアの名前が何故出てきたのか不思議になってユウは首を傾げる。その瞬間、後方500mほど離れたところに6人組みの人影が目に映り、次の瞬間には不自然に消える。


「ナト」


 ユウは手招きしてナトゥーアを呼ぶ。その様子にハチヤは気が気でないようでハラハラしながら成り行きを見守る。


「後ろをつけて来ている人たち、気付いてる?」

「後ろ? 分かんないな、気にかけてみる」

「うん、ありがと」


 気のせいかな、とユウは再び水を口に含む。ナトゥーアはユウに見せ付けるようにこれ見よがしに銀色に光る長方形で手のひらサイズのウィスキーボトルをぐいっと煽る。


「寒い時はやっぱこれだね」

「ナトさ…お前、空気読んだことある?」

「あるからこうやって飲んでるんでしょ」


 ボトルを懐にしまいながらナトゥーアはけらけらと笑い、目元を押さえて何も言わないハチヤの肩を叩く。しばらくその光景を眺めていると突然、ハチヤがナトゥーアに小言を並べはじめたので、飛び火しないうちに去ってしまおうとユウは水筒をしまうと振り返る。


「きみが噂の…」


 狼人族ワーウルフの商人がこちらを見て興味深そうに呟く。


「ユウ=ゴデッドです」

「おや、ご丁寧に。わたくし、ザルツ=ジフサンヤという者です。護衛の依頼を受けて頂き感謝しております。貴女のような有名な冒険者なら心強いですよ」


 報酬は1000Gと護衛としては随分と金払いのいい商人というのがユウの第一印象だった。


 しかし、こうして目の前にしてみると、印象は大分変わる。痩せた体躯にこけた頬、鋭い目つき、どれも商人を連想させるイメージではない。むしろ暗殺者と名乗られた方がしっくりくる。


 そして今しがたの会話で再度印象は変わる。この男は食えない、底が知れない。相手取るには厄介でその癖実利はまるで無い。あまり会話を続けたい人物ではないとユウは思う。


「わたくしの顔に何かついてますかね?」

「別に…」


 ユウは早々に会話を打ち切ると馬の様子を見にその場を去った。


「嫌われましたかね? 年頃の娘さんは難しい」

「あいつは誰に対してもあんなものです」


 たははと力なく笑う商人を見かねたカリローがすかさずフォローを入れた。


   ■


 街道沿いを進んでいるにも関わらず、途中に宿や民家はまるで見当たらなかった。あったとしても放棄されてから10年以上経っていると思われる廃屋だった。

 結局、陽が落ちる頃には進むのをやめて野宿することを一行は決意する。「昔は賑わっていたんですけどね」とザルツは夕餉の際に愚痴をこぼしていた。今、賑わってない原因を訊ねたいと思ったが、理由は少し考えれば至極簡単で蛮族の台頭によるのだろう。

 カリローは揺らめく炎を見つめながら、夕食を担当したユウに対して放ったザルツの言葉を思い返す。



『いやぁ、貴女にはこんな特技があったんですね。カリローさん達が手放さないはずだ』



 当人にしてみれば嫌味にも取れるその言葉だが、カリローは正直ありがたいと思った。

 こういった勘違いが広まればユウへの風当たりも多少解決するだろう。もちろん、このまま何事も無く目的地へたどり着ければの話になる。仮に戦闘となれば、彼女の抜きん出た戦闘力を見せつける事になる。そうなれば彼女の実力を誤魔化しきれないのは明白だった。


「アル、さっきの指示は本気?」

「ああ、今回はなるべく目立つな。出来れば隅っこで隠れて欲しい」

「ん、わかった」


 夜番の相方であるユウは隣に座り、同じく焚き火の炎を眺めている。カリローの指示にも特に文句言う素振りはない。だからといって彼女が素直に従うかといえばノーなのだが…


「そろそろ交代の時間だよー」

「ユウ、寒かったろ。一杯引っ掛けていけよ」

「うん、ありがと」


 ユウはハチヤから受け取ったコップに口をつけ、琥珀色の液体で口内を湿らせる。


「ナト。ちょっと…」

「お、ガールズトークだね。君達は聞き耳をたてないように」


 ユウの言葉に反応して、ナトゥーアは一瞬だけ真面目な顔をして頷く。そしてすぐさま茶目っ気のある声色で焚き火の傍に立つ二人を足止めさせる理由を与えると、ユウの肩を抱いて暗闇の中へと進む。


「いた?」

「いた」


 10mほど離れたところでユウの問いかけに小声でナトゥーアは頷く。距離は常に一定に保ち、夜に襲ってくるわけでもない。原因不明のストーカー集団にナトゥーア自身心当たりは無い。


「どうしよう?」

「黙っとこ。向こうが仕掛けてくるまでは様子見で」


 ナトゥーアはカリローへの負担がかかるのを嫌ったわけではない、むしろ彼が困るのは見ていて楽しいので余裕さえあるならぶちまけたかった。けれど、今回は彼らを通じて商人…ザルツに奇妙な集団が追っているということを悟らせるのは拙いと判断したからだ。

 仲間のことを評価していない訳ではないが、商人の方は評価に値する人物だとナトゥーアは考える。仮にもあの曲者てんちょうの知り合いだというのなら、尚更慎重に事に当たる必要がある。


「わかった」

「おっけ。なるべくザルツさんには心配かけないようにしよう」


 二人して頷くと再び焚き火のもとへ戻る。


「あれ? もう終わり? 一時間くらい続けんのかと思った」

「その器量の大きさは買うけど、時と場合と場所は弁えようね」


 相変わらず間抜けなことをハチヤにナトゥーアは毒気を抜かれたようにけらけらと笑う。


「…ごちそうさま」

「おう、カリローはもうテントの中だ。暖かくして寝ろよ。おやすみ」


 ユウは空になったコップをハチヤに返すと、「がんばって」とだけ伝えてテントにもぐりこむ。ユウは久々の乗馬体験を頭の中で思い出しながら、カッポカッポという蹄の音を子守唄に眠りについた。


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