旅路の果てに2
追記 4/7 修正
すっかり第二の故郷と呼べる程度には馴染んだ「踊る翠羽の妖精亭」のテーブルに座り、カリローは手に持った紙切れと睨めっこをしていた。
この宿に所属して2ヶ月が過ぎた。それを長いか短いかで考えれば非常に短い時間であったとカリローは思う。今抱えている問題はその短い時間と挙げた成果が問題だった。
結果だけが先行し、街では自分達のパーティが注目の的になっている。鷲獅子退治をきっかけに、あのトロールでさえ実力で倒したのではないかという噂すら流れる始末だった。
「アル?」
「ん、ユウか。ずいぶん疲れた顔をしてるな」
「今朝、古い顔なじみに出会って…ちょっと」
ユウはカリローの向かいに座ると、彼が渋面を作っている原因である紙に視線を落とす。
そこに表記されていたのは仲間の名前と数値だった。
「みんなのレベルさ。この間、鷲獅子を倒しただろう。せっかくだから皆のレベルを確認しなおしてみたんだが…」
「何か問題?」
「僕は39、ナトゥーアは38、カピィールは37、ハチヤは36。順調に1つずつ上がっていてね」
「おめでとう」
渋面のまま話すカリローに意も介せず、ユウはぱちぱちと手を叩いて祝福する。
「ありがとう。君には馴染みが無いかもしれないが、問題はこの短期間にレベルアップを果たした事だ」
「何が問題?」
「普通はそう簡単にレベルアップしないんだ。それこそ1年ずっと上がらないなんてこともザラだ」
「強敵を倒したからじゃないの?」
聞きかじった程度の知識だが、格上の相手と特訓することで効率的にレベルの上昇が見込めるらしい。ユウ自身も幼い頃にそういったことを強要された記憶がある。
「そうだね、だからこそ、僕達のことを影で命知らずの特攻野郎だと言うものも少なくない」
「命知らず…なるほど」
どうやらユウにしてみれば日常に過ぎない戦闘も、一般的な観点から見れば危ういものだったらしい。ユウは価値観を改めると同時に深く頷いた。
「で…だ。一番の問題は君なんだ」
「私?」
「公称はレベル31ということにしているが、これを上げるべきかどうか悩んでいる。」
「どうして?」
「ユウ、君はいま齢はいくつだい?」
「16」
ユウが即答すると、カリローが小声で「16の小娘に散々イニシアチブ取られるとかまったくもって情けない」と呟いたのだが、本人も拾って欲しい愚痴ではないだろうと無視する。
「…これも一般論になるのだが、だいたい成人するまではレベルと年齢は同程度か少し上くらいなんだ」
「んと私、出来すぎ?」
「察しがよくて助かる。普通に暮らしていれば、よくてレベル20がいいところだからね。そして、これ以上出来過ぎに、レベルを上げてしまうと嫌でも注目が集まる」
「特別な存在…勇者?」
ユウが顔なじみに聞いた言葉を思い返し言葉にすると、カリローは渋面で頷く。
「そう。それを回避するためには現状維持がいいのだが、それだと僕らと一緒に行動するにはレベルが少しばかり開きすぎているんだ」
カリローは試すようにユウの瞳を覗き込む。
その視線を受けてユウは少し思案する。この世界でレベル差があるという事は、それだけ実力に差があるということ直結する。パーティメンバーで1人だけレベルが低いとなれば快く思わない者も出るだろう。ましてや急成長を遂げている注目のパーティともなれば尚更だ。
「ん…私、あまり快く思われてない?」
「周囲の評価だ。気にするなと言うのは簡単だが実害もそのうち出てくるだろう」
カリローは首を傾げるユウを見てため息をつく。
社会というのは厄介だ。敵に回した場合、どんな隙間からでも悪意をぶつけ、他人を陥れることに容赦がない。カリローは一度経験した身としても、これからユウに起こる災難を出来る限り取り除きたかった。
「…実害。とりあえず後ろのテーブルに座ってる知らない女の人がずっと私を睨んでる」
ユウは特に隠す素振りも無く、相手にも聞こえる程度の声でカリローに体を向けたまま話す。
カリローはユウの言動に思わず頭を抱えた。
放っておけば後回しに出来るものを、何故ここで焚きつけるのか。ユウの破天荒な行動に、カリローは相変わらず制御出来そうにないと実感させられる。
カリローは出来るだけ角の立たない終わり方を祈りながら、ユウの真後ろのテーブルに座る女性に助け舟を出すことに決めた。
「よければ言い分くらい聞くよ。そこの神官さん」
「ふぇ、え? アルチュリュー様に声をかけて頂けるだなんて光栄です」
ユウの後ろでガタッっと音を立ててカリローが声をかけた女性は立ち上がる。そして上擦った声のまま予め用意してあったであろう言葉を早口で並べた。
「何か用かな?」
「率直に言います。アルチュリュー様のパーティにこの子はふさわしくないと思うんです。レベルだって低いし…」
ユウの背中にいる女性は段々と声を小さくしていくのだが、最も伝えたい言葉は十分に聞こえた。
伝わらなかった部分…ごにょごにょと言い澱んだ彼女のユウへの悪口の中に「樽女」が含まれていた。それに関しては紛れも無い事実なのでユウは思わず苦笑いを浮かべる。
そんなユウに比べてカリローの心中は穏やかではなかった。
先程、彼自身が示唆した実例が目の前に分かりやすい形で現れたのだ。穏便に問題を片付けるために無言のまま、ただ目を細めて憧れを目の前に浮かれている女性の姿を観察する。
「っと、その…私ならきっとお役に立てると思うんです!」
居心地悪そうに体をよじりながら、彼女は視線を床とカリローの間を何度か往復させる。そして何度か深呼吸をした後、意を決して大声で宣言する。
他人事のように聞き流しながら、ユウは彼女の言葉を受けて呆然としているカリローが次の行動にどう打って出るのか、興味深く見守る。カリローは思考の再起動に思ったより時間がかかったらしく沈黙は約10秒もの時間続いた。
「…悪いけど、メンバーは募集していない」
「この子はよくて、私は駄目なんですか?」
ようやく回り始めた頭を使い、カリローは苦虫を噛み潰したような表情で返事をしたのだが、それに対して彼女はほぼノータイムでヒステリックに叫び返した。
そんな背中の彼女の言葉に、予想外の反応にユウはぎょっとして思わず振り返ってしまう。
そこに佇んでいたのは冒険者とは思えない気品をもつ青みがかった長い黒髪の修道女だった。顔を真っ赤にして少し目に涙をためているところを見ると、先程の発言を少々後悔しているようだった。
「あぅあぅ…」
二人が黙っていると沈黙に耐え切れなかったのか、それとも責められていると思ったのか、たじろぎながら彼女は数歩下がる。彼女の狼狽ぶりにユウは面白い人だなと思いながら姿勢を元に戻すと、呆れた表情のまま硬直したカリローの姿があった。
「ん…。貴方はとても面白いね」
ユウはこみ上げる笑いを堪えながら、まだ挙動不審な動きをやめない彼女に上半身だけ向ける。
「んなっ!」
「わかるよ。落ち着いて?」
「なにが」
「ほら、深呼吸」
カリローはまだまだ思考停止の状態が続くだろう、きっとこういう手合いに遭遇したことがないのだ。
ユウは敵意をむき出しにする彼女を子供でもあやすかのように深呼吸の真似をしてみせる。
彼女はユウに促されるまま、素直に真似て深呼吸を行う。
おそらく年齢は20代前半、ナトゥーアのように瀟洒なタイプとは異なり、よくも悪くも箱入り娘で世間知らずなタイプ。端的に言えばカリローのファンで、とんでもない方向に感情が爆発した結果がこの現状なのだ。
「私はユウ=ゴデッド。あなたは?」
相手がこちらの言葉に耳を傾ける用意が出来た瞬間を狙って、ユウは先立って名乗る。
ユウの対応に予想通り彼女は釣られて名乗りそうに口を開いたところで踏みとどまる。その態度にユウは声を上げて笑いたい衝動に駆られる。
このタイプは賢い分、自分が取りそうになった行動の意味をはっきりと認識している。格下と侮っていた少女にいいようにあしらわれていることに気付いた。しかも中途半端に気付いた分、余計に己自信に腹を立てていることだろう。
彼女は顔を伏せたまま、第三者から見ても分かるくらい肩をゆっくり上下させ深呼吸を行うと、再び顔を上げて、今度ははっきりと敵と認識したユウと目を合わせ睨む。
「失礼しました。アルチュリュー様、また改めてご挨拶に伺います!」
そう言ったきり、彼女はきびすを返して店を出て行った。
「…ちょろい」
ユウは彼女の背中を見送りながら呟く。
「いい性格をしてるな」
「いい子だね」
「本当にいい性格をしてるよ」
ユウが再び姿勢を戻すと、すっきりした顔でカリローがこちらを見ていた。
「…心配は杞憂」
「そうだな。上手くやり過ごせるのなら君のレベルはこのままにしておく」
カリローの言葉にユウは黙って頷いた。
「災難だったな」
「スルガ?」
修道女との成り行きを終始見ていたであろう店長は彼女が店から出て行った後、すぐに二人のつくテーブルに近寄ると、いつもより抑え目のトーンで二人に声をかけてきた。
その様子にユウは見世物ではないと非難する眼差しを向け、店長の名を呼ぶ。
「いやいや、本題はあるんだ。脅すな」
「ん?」
ユウは脅したつもりなど一切ないので、その態度に首の角度を曲げる。店長は先の「樽女」の件以来、ユウのことを必要以上に恐れている節があった。
「依頼ならもう今年一杯は受けるつもりは無いよ。懐は十分に暖かいのでね」
「そういうな。知り合いの商人が護衛を探してるんだ」
「別に僕らじゃなくてもいいだろう?」
店長はカリローの2度の拒否を含んだ発言と、そのつれない態度にがっくりと肩を落とす。
「その辺はあたしが説明しよう!」
「いたのか、ナトゥーア」
「商人さんの行き先はなんと温泉街なのだ」
「テコ入れおつ?」
乗り気ではないカリローの呟きをきっかけに突然現れたナトゥーアが自信ありげに胸を張って話す。しかもカリローやユウの言葉には耳も傾けない傍若無人な有様だった。
「ナトゥーア。温泉街は本筋じゃない。邪魔だから静かにしてろ」
「はーい」
不審がる二人の視線に耐えかねて、店長がナトゥーアの頭をはたくと指で指図しユウの隣に座らせる。
「目的地の付近で近いうちに蛮族の大掃討が行われるそうでな、色々と物騒なんだ」
「蛮族か。お上が主導で行うとなるとさぞかし見物だろうね」
「それだよ。街道を独占するはずだから、かち合うと足が鈍くなる」
「自分の命よりも時間?」
ユウは商人がわざわざ命の危険を冒してまで強行したい理由が分からず首を傾げる。
「さぁ…そこまでは聞いてないな。大掃討が年明けだから年末を家族と過ごしたいんじゃないのか?」
「困ってるんだから助けてあげようよ(温泉入りたい)」
「ナトゥーア。君の発言は本音が透けてみえるから取り繕わなくていい」
「酷い!?」
大袈裟なリアクションを取るナトゥーアを隣で迷惑そうにしていたユウが首根っこを捕まえて座らせる。そんなユウの姿を見ながらカリローは閃く。
「まぁ、この街で過ごすのも少々飽きてたところだ。気晴らしも兼ねてその依頼を受けよう」
「意外」
「おかしなものでも食べた?」
カリローは二人の反応に気を悪くしたのか、ぷいっと顔を背けるとそのまま黙ってしまった。
ユウがどうしたものかとナトゥーアの顔を見ると小さく舌を出しウィンクを返してくる。どちらも大人の対応として問題がある。ユウは二人の言動にげんなりする。
「ん? 依頼受けるってことでいいのか?」
「構わない。手続きを進めてくれ」
「やった。温泉だ」
カリローの心変わりを不思議がる店長の背中を押して、ナトゥーアが手続きのためにカウンターの方へ歩かせる。
「…私のせい?」
二人の背中を見送りながらユウは呟く。
街にいなければ先程のような厄介ごとに巻き込まれることも無い。自分のためにわざわざ街の外に出る依頼を受けたのかと問うたつもりだったが、時間をおいても彼からの返事は無かった。
ユウは少し不安になってカリローのほうを見る。
そこにはにやにやと笑う彼の姿。
(やられた!)
ユウはむっとして席から立ち上がるとそのまま2階へと早足に去っていく。
「勝った…」
カリローは大人気ない態度を隠そうともせず拳を握り、顔を真っ赤にして2階へ逃げていくユウの姿にこれ以上無い極上の笑みをこぼした。
フリーダム ナトゥーア