ひっさつわざ7
追記 4/7 修正
森を抜けた山道の入り口でハチヤは1人立ち尽くしていた。
ハチヤの格好は鋼鉄の鎧の下に鎖帷子を着込み、鉄製のグリーブとガントレット、兜もフェイスガードを下ろし全身に隙はないが、その反動で機動性は皆無だった。
作戦は始まっているが、ハチヤは呑気なものでディフェンダーを地面に突き立て、両手は毛皮のマントをの両端を抱きよせて山から吹く冷たい風から身を守るのに使っていた。
ユウからの合図は1つ目のみ、終了の合図は未だ無い。
寒さに体を震わせながら、ハチヤは昨日の作戦会議を思い出す。
村人から情報を仕入れた結果、「嗅覚が鋭い」、「動くものを標的にする」、「魔法に執着する」、「食欲が旺盛」、「陽の射す時間にしか現れない」ということが分かった。
鳥目なのだから夜活動はしないのは当たり前だとハチヤは思う。
動くものを狙うのは動物の性みたいなものだろうし、嗅覚が鋭いというのも特別変わった習性とも思わない。食欲が旺盛なのも冬に向けて食い溜めしてるようなものだろうと安易に考えた。
けれど、カリローはそれを当たり前だとは思っていないのか、目元に皺を寄せ、必死に作戦を練っているようだった。
最初に言葉は「囮がいる」だった。立候補はしたがレベルを理由にカピィールが選ばれた。
次に相手を地面に落とす役割にナトゥーアが指名されたが、精密射撃と威力を両立させることは無理だと言い張った。
確かに矛盾しているとハチヤも同感したが、カリローはナトゥーアと一言二言、言葉を交わすだけで彼女を納得させた。どういう魔法を使ったのかと首を傾げたが理由は結局聞けずじまいだった。
その後は夜中に準備があるとユウが外へ出て行った。
そして朝出るときに周辺の地図を押し付けられた。中身を見れば丁寧な文字で罠の場所と予想される鷲獅子の逃走経路が書かれてあった。
そして作戦開始の際、カリローには決して神聖魔法を使うなと釘を刺された。おかげでこうして寒い思いをしている訳だが、彼の指示した理由は「魔法に執着する」という点が関係しているのだろう。
ハチヤがうんうんと唸っているとカランコロンと鳴子の音がする。
(このパターンはCルートか)
ディフェンダーを引き抜き肩に担ぐと、東側に視線を向ける。ユウには地図に書かれた道筋を除いて、決して森に入るなと釘を刺されている。
ユウの指示に愚直に従い、ハチヤは森の入り口に立ち、耳を澄ませる。
木の倒れる音や落石の音、さらには火薬の炸裂音。何が起きているのかは想像がつくが、半日でこれだけの罠を仕掛けた彼女には戦慄を覚えざる得ない。
ガサガサと藪を掻き分ける音が近づく。
「クォーラるるる!」
森を掻き分け現れた鷲獅子にハチヤは目を見開く。
本当にユウの指示したとおりの場所に現れるとは思わなかった。とっさにディフェンダーを盾にして鷲獅子の体を受け止める。
数mほど地面をグリーブが削って、なんとかハチヤは踏みとどまる。
「よう、自慢の羽はどうした? ただのライオンじゃねーか」
ディフェンダーが前足の爪としのぎを削る。相手はこのまま押し潰す腹積もりだろうが、事、防御力だけに関して言えば大砲の弾すら耐える自信がある。
ハチヤは全長3mはある巨体を受け止め、次の行動を考える。
「ハチ、下がって」
ユウが森から飛び出し、鷲獅子の首を両足をカニバサミの要領で絡ませる。
「この状況なら平気だぜ? そっちこそ振り落とされんなよ?」
「分かった」
鷲獅子はディフェンダーに前足を引っ掛けたまま、首をしめられてひび割れた嘴をパクパクとさせている。
ユウは更に頭に両腕を絡ませ、本来は曲がらない方向へ頭を捻らせる。鷲獅子の目は血走り口の端からは泡を吹いている。
鷲獅子はユウを振り解くために体をよじらせる。その都度ハチヤの体にも負荷がかかり、グリーブが地面を削る。
「前言撤回、ちょっときつい」
「おなじく、下がらずに耐えて」
狂ったように暴れる鷲獅子を前にハチヤは弱音を吐くが、ユウはそれを許さない。
(頼られてるってことでいいんだよな?)
ハチヤは口角を上げ、目の前の相手を睨む。
負けるものかと、両手で支えるディフェンダーに力を込める。
「おっけー、二人とも。いい位置だから動かないでね」
森の中から聞きなれた仲間の声。
「ファイア」
次の瞬間、轟音と眩い光が走り、鷲獅子の下半身を繋ぐ背中に風穴があいていた。
ハチヤの両手にかかっていた圧力が消える。
ユウが相手から飛び降りると、その反動で鷲獅子は地面に力なく横たわり、一度だけ大きく痙攣した。
「「ナト」」
「出番残ってた? 銃身取り替えるのに思ったより時間食っちゃってさぁ」
狙撃銃を片手にナトゥーアが森から現れる。
「ナト…、お前大丈夫か?」
軽快な言葉とは裏腹にナトゥーアの顔色は悪い。
よくよく考えてみれば、格上相手にあれほど凄まじい攻撃を放ったのだから、それ相応の対価が要求されるのは必然だった。
「…ハチ、それ貸して」
ユウの声に振り返り、差し出された手を見る。そして首を傾げながらハチヤが足元にある鷲獅子を見下ろすと、紫紺の燐光がナトゥーアの開けた傷口を覆っていた。
それはハチヤもよく知る神聖魔法による再生の光だった。
「わかった。俺じゃ、こいつはただのナマクラだからな」
ディフェンダーをユウに手渡すと、ユウはそれを両手で振りかぶり鷲獅子の首と胴を両断する。傷口を覆っていた燐光は消え、今度こそ絶命したようだった。
「…疲れた」
「おう、お疲れさん」
ハチヤは振り下ろしたままの体勢で呟くユウからディフェンダーをひったくると、羽織っていた毛皮のマントを彼女の頭に被せる。
「とりあえず、終了の合図だしとくね。ユウちゃんは弓持ってきてないでしょ」
ナトゥーアはユウの返事を待たずに空に目がけて拳銃の引き金を立て続けに2回引いた。
■
「<大番狂わせ>。大変みたいだったな」
「どこかの無責任な冒険者の宿の主のせいで大変だったよ」
「踊る翠羽の妖精亭」の一角で卓を囲い食事をしていたカリロー達に店長が気さくに声をかける。
「このパーティ、命知らず多すぎ」
「一番痛い目に遭ったのオレなんだけど?」
「めんどくせーな。まぁ飲めよ、アルコールで消毒しとけば治るだろ」
酒が体に回ったのか、ナトゥーアがテーブルに突っ伏したまま呟く。
それを横目にカピィールが本日何度目かになるアピールをし始める。
ハチヤは給仕に酒の追加注文をすると、両隣に座る二人を宥めながら何度目かの乾杯を行い、ジョッキの中身を飲み干す。
「けど、勲章は辞退はもったいないよなー」
「<グリュプス・ビリンダウナー>という痛々しい称号付きでね。何なら今からでも君1人で行って来なよ。止めはしないさ」
ジョッキをテーブルに叩きつけて、ため息をつくハチヤをカリローが焚きつける。
「正直、そういうの面倒だから貴族辞めて冒険者になったんですけど?」
「冒険者ねぇ。何を為すために冒険者になったか聞いたことはなかったな。カピィール以外」
ジト目でカリローを睨むハチヤの相手が面倒なのか、カリローは露骨に話題を変える。
「一攫千金!」
「おなじくー」
先程注文したジョッキを片手にハチヤとナトゥーアが肩を組んで叫ぶ。
「言いだしっぺ。カリロー、お前はなんだー!」
「僕は…そうだな。知識を求めて…だな」
カリローはハチヤに問われて、そういえば特に目的など無かったと思い返しながら適当に言葉を並べる。
「うっわ、めんどくさっ。そんなの冒険者じゃなくてもいいでしょーに」
「別に辞めても構わないんだが?」
「「ごめんなさい。カリロー様。これからも何卒よろしくお願いします」」
笑顔で語るカリローにハチヤとナトゥーアは声を揃えて平謝りした。
「ああいう駄目な大人にはなるなよ?」
「ん、カピィ。ジョッキ空だよ」
ユウは真顔で手にもったブランデーのボトルを掴むと、とぷとぷとカピィールのジョッキに注ぐ。
「ブランデーは水みたいに飲むものじゃないぞ?」
「ん?」
ユウが小首をかしげる。
それに釣られてカピィールも首を傾げる。彼女の目は笑っていない。
「カリロー…、ユウがやばい」
「僕は君達の保護者ではないのだが…、っ!」
気付けばユウの足元には空になったボトルがとっちらかっている。
「誰だ、これやった奴!」
カリローは席を立ち叫ぶ。
「アル、うるさい。お座り」
カリローはユウに襟首を引っつかまれ強制的に椅子に座らされる。
「スルガ、ワイン。樽で」
「だーれー? こんなになるまで飲ませた奴?」
カリローの隣で卓の様子を見ていた店長は、ユウの注文をスルーして4人を見渡すと1人視線を逸らした人物を見つける。
「スルガ、ワイン。樽で!」
スルガは語気を強めて再度吠えるユウに思わず視線を合わせる。
「お、おう」
並の冒険者には屈しないスルガだったが、ユウの眼力には耐え切れず素直に頷いてしまった。
「それより、ユウを止められる奴いるか?」
卓から逃げるように去っていく店長の後姿を眺めた後、カピィールは主にナトゥーアに視線を向けてこの後の処理を悩む。
既にカリローは萎縮して使い物にならない。
「朝になったら元に戻るでしょ」
「とりあえず、好きにさせとこーぜ」
ハチヤとナトゥーアもへたれてしまったようだった。
店長も本当に樽を転がしてこちらに持ってくる始末で、もはや誰にも止められそうにない。
カピィールは手元のジョッキに注がれた琥珀色の液体を口に含み、喉へと流す。いい酒だ。
「ユウが潰れるまでは誰も逃げられそうに無いが構わんよな?」
この手のタイプは特に酷い。長年の勘がそう告げていた。
恐れ戦く二人を肴にもう一口。
(そういえば、ユウが冒険者になった理由も聞いてないな)
隣で樽の蓋を素手で割り、ジョッキでそのまますくって飲み始めたユウを横目に、カピィールは疑問を浮かべるのだった。
これにて一区切り
アレですね。詠唱呪文とか綴れるポエマーには尊敬の念を抱かざるえません。