ひっさつわざ6
追記 4/7 修正
鷲獅子がナトゥーアの一撃で怯んだ瞬間、ユウは塹壕から躍り出ると最も近くに刺さっていた矢を引き抜き矢を番える。
弦を引く力は思ったより負担がかかる。インパクトのタイミングだけ必要な体術と異なり、継続的な身体強化はユウの体力をじわじわと奪っていた。
体の半分以上の大きさをもつ弓を手に狙いを定める。視線の先は相手の頭。
しかし、放った矢は相手の嘴によってはじかれる。
少し欲張りすぎたと舌打ちしながら、標的を自分に変えた鷲獅子に背を向けて次の矢のが刺さっている場所へ走る。
(だけど、作戦は成功)
両翼を折られた鷲獅子はカピィールやナトゥーアの狙撃のことなどすっかり忘れ、翼を地面に引きずりながら俊足でユウを追いかける。20m以上あった距離はあっという間に詰まる。
圧し掛かるようにして背後からユウを襲う鷲獅子は次の瞬間、喉元に鋭い蹴りを少女から貰っていた。まるで背中に目でも付いてるかのような見計らったタイミングでのカウンター。
鷲獅子はこのまま再度飛びかかることを危険と察したのか、無理に動かないはずの翼を一度羽ばたかせて距離を取る。
「まだ飛べるのか?」
「自力では飛んでない」
足元の矢を引き抜き、振り返ると、次の位置に移動中だったカピィールの言葉をユウは否定した。
神聖魔法で傷を修復させた様子はない。精霊魔法で無理矢理にでも翼を動かしたのだとユウは推測する。
予定ではもう少し引っ張るはずだったが、さっきの蹴りで相手は予想以上に警戒を示していた。現にこうして睨みあって対峙している、今から背を向けたところで誘いには乗ってこない。
「君は賢いね」
ユウはほんの3m先にいる鷲獅子に向かって矢を番え、出方を伺う。予想通りと言ってしまえばそれまでだが、動きは無い。おそらくは矢を放った瞬間にでも襲い掛かってくる魂胆だろう。
「木の精霊」
カリローの言葉に鷲獅子が体を震わせる。
『村人曰く、鷲獅子は魔法に過剰反応を示す』
ユウは意識が逸れた一瞬を狙う。
放った矢は相手の胸元に刺さるが相手は意にも介さない。鷲獅子はユウのことなど忘れ、背を向けるとカリロー目がけて突進する。
「供物は血。大地は肉」
カリローとの距離はおよそ20m。
(予定ではもう3秒時間を稼ぐはずだったのに…)
ユウは弓を捨てると、カリローを狙う鷲獅子の後を追う。
「我が契約に従い芽吹け」
カリローは予想通りとはいえ、怒りに任せて突進してくる猛獣に恐怖を覚える。それでもマナの制御し、精霊魔法を発動すべく最後の言葉を放つ。
「エナジードレイン」
力ある言葉により刺さった矢から新芽が発芽。あっという間に成長を始め、鷲獅子の体内に根をはり血肉を糧に枝葉を伸ばす。
鷲獅子は自分の体から唐突に文字通り生えた若木にバランスを崩しながら、半ば体を預けるようにしてカリローに激突した。
「カリロー!」
「平気だ、それよりヘイトを稼げ」
鷲獅子の脇をすり抜けるようにして走るカリローの姿がカピィールの目に映る。
外套にホコリ一つ付いていない。あの状況をどう回避したのか想像出来なかったが、今やるべきことは一つ。カピィールは立ち上がりカリローを追いかけようとする鷲獅子を睨む。
「神スケッルス。我が一撃に勝利を」
鷲獅子は立ち止まり、神聖魔法を行使し始めたカピィールに体を向ける。
「富と栄誉の祝福を」
カリローは相手の胸に刺さっていた若木が枯れ始めているのを見咎める。先程詠唱した魔法の効果が薄れ始めている前触れだった。
思ったよりも手強いと舌打ちをする。
しかも、これから詠唱する魔法の媒体となる矢先にヤドリギの種を仕込んだ矢は4本しか射程圏内に無い。カリローは4本でアレを束縛するには少々力不足に思えた。
「槌の名手の加護を」
カピィールは右手に神の力が宿るのを感じる。あとは突進に合わせてこれを叩きつけるだけだ。
「アル、不味い」
地に落ちたはずの鷲獅子の翼が僅かに持ち上がるのを見てユウは想定外だと歯噛みする。幻獣は所詮獣? 話が違う、あれは知性を持っている。
「木の精霊。束縛しろ」
ユウの口調からカリローは事態が深刻だと察する。
慌てて束縛の精霊魔法を発動させるカリローの目に、鷲獅子の背中から神聖魔法特有の紫紺の燐光が目に映った。早い話、翼の傷が回復している証拠だった。
地面に刺さった矢から蔓が伸び、4方向から鷲獅子を絡めとろうとするが、相手は翼を羽ばたかせ空に浮かび、蔓は行き場を失い互いにもつれ合って地面に落ちる。
(幻獣が神聖魔法? イレギュラーもいいところだ)
空振りした魔法に舌打ちしながら、カリローは標的にされたカピィールに視線を向ける。
「我が仇敵に死の祝福を」
カピィールは目の前で起きる不測の事態に何も考えない。神の力の行使により、振り上げた槌を振り下ろす事しか考えられなくなっていた。
「追いつ…く!」
ユウは空に向かって飛ぶと鷲獅子の尻尾を掴みぶら下がる。しかし悲しいかな少女の重量では相手のバランスを崩すことすら出来ない。
攻撃はホバリングからの圧し掛かり。
ユウは自由落下のタイミングで尻尾を引っ張り、その反動で相手の背中に乗る。もう間に合わないだろうが、せめてやれることくらいはやってみせる。
創造具現化術、両足に纏うのは断ち切る刃。ナトゥーアの一撃によって抉られた翼に沿うように回し蹴りを放つ。
ユウが刈り取った両翼は本体を離れ、彼女に覆いかぶさる。その質量に押されユウは鷲獅子の背中から振り落とされた。
「ガリアスレッジ!」
直後、甲高い悲鳴がユウの耳に届く。
翼をもがれた痛みで姿勢を崩した鷲獅子の嘴をカピィールの必殺の一撃が粉砕する。と同時にカピィールはその巨体の下敷きになった。
「カピィ!」
受身も満足に取れないまま地面に打ち付けられたユウは、チカチカする目元を振り払うように頭を揺さぶりながら仲間の名前を叫ぶ。
「クォールるるるる…」
返ってきたのは鷲獅子のよ弱々しい鳴き声。
ユウはとっさにポーチを探って薬ビンを取り出すと、口で栓を抜きそのまま一気に飲み干す。
「アル」
ユウは気だるさと痛みの引いた体を起き上がらせる。
「すまん、マナ切れだ。カピィールは僕に任せて奴を追え」
ユウの視界には頭を垂れ、山へと逃げ帰る鷲獅子の背中と、足元をふらつかせながらピクリともしないカピィールの傍へ歩み寄るカリローの姿が映る。
「こいつも単なるマナ切れだ。全身にダメージを貰っているが命に別状は無い」
ユウは鷲獅子と仲間を交互に見やり、やがて意を決して走り出した。
「結局ハチヤの番まで回してしまったか…」
走るユウの背中を見ながらカリローは悔しそうに呟いた。