ひっさつわざ5
追記 4/7 修正
時間は翌日の朝、昨夜降っていたという雪は夜のうちにはやんでおり、積もった形跡も無い。
カピィールは障害物のない牧草地で冬の冷たい風を顔に受けながら空を見上げていた。
手にはありったけの魔法付与を受けた鉄の大盾と60C程の長さの棒の先に大人の拳2つ分はあるほどの鉄塊のくっついた金槌。上半身はリングメイル、両手両足はスタッデッドレザーで覆っている。
「気分はどうだ?」
カリローがカピィールの被る角のついた青銅製のかぶとを手に持った樫の杖で叩いて声をかけて来る。
相変わらずリネン製の外套を羽織り手には樫の杖と最初に会った頃と外見に変わりはない。
ただ外套の中は精霊に祝福された服やら貴重な触媒や煌びやかな宝石を身にまとっており、丈夫さも戦闘性能も以前とは比べ物にならない。
「気が重い。レベル差4だとあのトロールよりは痛くはないんだよなぁ」
「ユウ、このへたれたドワーフを勇気付けてやってくれ」
カピィールの隣に立って空を見上げていたユウが声をかけられて不思議そうに首を傾げる。
えんじ色のポンチョが上半身をすっぽりと隠し、下半身は同色のキュロットを履き肌着の黒いスパッツが僅かにはみ出している。足元はサンダル、そして両足にいつものレッグガード、ただ手にはいつものナックルガードではなくロングボウを持ち、周囲に矢が10本ほど突き刺してある。
「エリクサーあるよ?」
カピィールは100%善意で言っている目の前の少女を残念に思うと同時に、痛いだけで死ぬわけではないのだと自分に言い聞かせる。
カリローの方はもう少し気の利いた言葉が出なかったと顔を歪めていたが、カピィールにとってこれほど覚悟の決まる言葉も無いと笑った。
「ユウ、決して君を疑うわけではないのだが…、その…弓の心得はあるのかい?」
カリローはユウが持っている目新しい得物が不安で仕方ないようだった。
「飛ばすだけなら200mくらい」
「大したものだな」
カピィールは思わず口笛を吹いた。150Cでそれほどの距離を飛ばす膂力があるようには思えない。力だけではなく技も持っているのだろう。
「ただ、精度も必要だから…この弓だと30mくらいかな」
ユウは手の中にある弓を見て左手で弦をはじきながら呟く。地形を見るに上空ほど風が強いように思えたし、威力を優先させて自分の体格に合わない弓を選んだことにユウは不安を覚える。
「30か。ナトゥーアが60mが限界だと申告していたが、あれは銃だしな」
「そんなことより、鷲獅子の戦闘スタイルをもう一度復習させてくれ」
「空からの急降下。大地を蹴っての突進。ホバリングからののしかかり。以上だ」
カリローは何度目かになる説明をすらすらと並べていく。
「ユウ、合ってるのか?」
「私が対峙した時は3通りの攻撃だったよ」
「で、急降下は直径3mのクレーターが出来た挙句、直撃した人間はミンチだっけか?」
「うん」
カピィールの二つの質問にユウは特に悩む時間も見せず二度頷く。
カリローは二人のやり取りを見ながら、二度目の質問の回答にはフォローを入れて欲しかったとこっそりため息をついた。
「今からでもハチヤからディフェンダーを借りてくるか?」
「いや、あいつには最悪の場合に備えてもらってるしな。お前の魔法を信じる」
ユウとのやり取りを終え、不安気な表情で空を見上げるカピィールにカリローが思わず声をかける。
しかし彼は手に持った盾を掲げて強がってみせた。
「そうだな、僕としたことが君なんかに励まされるとはね」
自分の力を引き合いに出されると思っていなかったカリローは目を丸くし、そして笑みを浮かべた。
「来たよ」
ユウが空を指差す。
カリローは光の精霊によって鷹の目の魔法を自身にかけて、ユウの指差す方向を凝視する。
蒼天の空の中、カリローは言われなければ気付かないほど小さな黒点を捉える。
「よく見えるな、まだ判別できないよ」
「合図だすね」
ユウは矢尻が卵の形をした矢を番えると天に向ける。
「向こうは気付いているのか?」
「進行方向は定まってない。気付くとしたらコレ」
矢を番えたまま、ユウはあごで矢を指す。
「分かった。カピィール、後は任せたぞ」
「任せろ」
カリローはユウに目配せすると、それを合図にユウは矢を放つ。
クォーンと甲高い音色を立てて矢は空を舞った。
「木の精霊。汝が腕に我らを抱け。我らを同胞に迎えよ。コンシールビジョン」
カリローが杖を振るうと共に彼とユウの気配が極端に薄れ、周囲に同化していく感覚に囚われる。
「大袈裟に呪文を唱えるのに意味あるの?」
「…魔法の威力が上がる」
ユウはカピィールを置いてあらかじめ掘ってあった塹壕に飛び込み身を隠す。
遅れて飛び込んできたカリローが息を整えてるのを横目にふと沸いた疑問をユウが口にすると、カリローは何故か悔しそうに呟いた。
ユウはカリローの様子に首を傾げながら塹壕から僅かに顔を出し外の様子を見る。鷲獅子の姿が気功術での補助など必要ないほど鮮明に映る。
「来るなら来い。お前が思うほどやわくはねぇからな!」
カピィールは盾を掲げて鷲獅子に向かって吼える。相手も気付いたのかゆっくりと旋回しながらこちらを襲うタイミングを定めている。
『村人曰く、動くものに対して見境無く襲ってくる』
カピィールは槌を振り回し、出来る限り注意を引く。
鷲獅子旋回から上昇する動きへ変わる。
「英雄シグルド。オレに無敵の力を。不死身の体を。不朽の魂を。ドラゴンブレス」
カピィールの体に紫煙が立ち昇る。
急降下する鷲獅子と激突。盾で受け止めた衝撃はカピィールの体を射抜き大地を割る。
盾越しに血生臭い口臭がカピィールの鼻をつく。
相手の嘴は鉄の盾を食い破り、僅かだが彼の左腕の肉を抉り取っていた。
(死んではいない。まずは作戦成功だ。)
カピィールは口角を上げて盾の向こうにある鷲獅子の目を睨む。
■
カピィールから40m離れた高台でナトゥーアは地面に伏せ、その時をひたすら待っていた。
渡されたのはカリローが一晩かけて生成した円錐形の2発の銃弾。
時間が無くて済まないと彼は謝っていたが、とんでもない。上出来すぎる代物だった。
ナトゥーアは既に一発は狙撃銃に装填済み、もう一発を手の中で転がしながら、引っかかりを感じさせない滑らかな感触にこれまでにない確かな信頼を覚える。
クォーンという音がナトゥーアの耳に聞こえる。
合図だ。ナトゥーアは一度目を閉じると深呼吸をしてトリガーに指をかけた。そしてスコープ越しに空を見る。
上半身は鷹、下半身は四肢をもつ獣。広げれば5mはある翼を羽ばたかせ真っ直ぐこちらに迫ってきている。自分の場所がばれたかもしれないという不安が脳裏をよぎるが、すぐに杞憂だと判断する。鷲獅子は自分とは遥かに離れた場所で旋回をし始めた。
ナトゥーアに任されたのは必殺の一撃。
無警戒に囮を襲う化け物の意識外から強烈な一撃を与える。
ユウが言うには相手は羽毛により刃の通りが悪い。また、強靭な肉体は打撃をも吸収する。刺し貫くことが羽毛をかいくぐる最も有効な攻撃方法。
1人で鷲獅子と戦ったという少女には度肝を抜かれたが、おそらく嘘ではない。あの娘ならばやってのけるだろう。ただ、遭遇戦で冷静に相手を分析し、有効な攻撃方法を自力で見出したというのには恐れ入った。
鷲獅子の動きが空中での旋回から地上の獲物を狙う直線的なものに変わる。
囮役は最後まで誰が行うか揉めていた。
経験がある自分が。
装備の整っている自分が。
一番頑丈である自分が。
危険な役回りを押し付けあうのではなく奪い合う。奇特な光景にため息をつく我らがリーダーの姿は見物だった。ナトゥーアも以前の仲間とは違うおかしな信頼関係にたまらず腹を抱えて大爆笑してしまった。
「雷の精霊。あたしの一撃は必中。あたしの一撃は雷霆。あたしの一撃は強者を仕留める英雄の一撃」
ナトゥーアは力ある言葉を唱える。力が自分の体から抜けだし、銃身へと収束されていく感覚を覚える。
鷲獅子が囮目がけて急降下し、激突する。衝撃が音となりナトゥーアの体を突き抜けていく。
スコープ越しに競り合う1人と一匹が映る。
引き金を引く指に迷いはなかった。
「ファイア」
ナトゥーアの銃から放たれた弾丸は鷲獅子の背中を通り、その両翼を根元から叩き折った。