ひっさつわざ4
追記 4/7 修正
「ただいまー。外、雪降ってたぞ」
ハチヤは部屋に入るなり暖炉の前に陣取る。ユウはドアを閉めると、そんなハチヤに冷めた目を視線を向けた後、ナトゥーアの隣に座った。
「現場のほうはどうだった?」
「ん」
カリローの声にユウは羽根を一枚取り出して差し出す。
「金色ね…鷲獅子のものだな」
「ほんとに来てたのね。ちょうどいいタイミングで」
「変に刺激してたら返り討ちに遭うとこだったな」
カリローの持つ羽根を見ながらナトゥーアとカピィールが口々にあの時の感想を述べる。
獣の悲鳴が聞こえた後、ユウの意見で現場には向かわず宿へ直行した。
5人で固まって部屋に閉じこもると窓から村の様子を眺め、1時間ほど経ってようやく外にちらほらと村人の姿が確認出来ると、部屋を出て情報収集を再開した。
「村長曰く、最初の襲撃の時は豚2頭と逃げ遅れた村人1人。2回目は罠を張って待ち構えたそうだが、狩人の方が先に襲われる始末。極めて獰猛、そして狡猾、挙句の果ては大喰らいらしい」
「毎日豚1頭食い散らかしとるらしいからな。食後ですら、興味本位で見物に行った人間を食っちまったらしい」
村長の話を聞いたカリローとカピィールがうんざりした様子で口を開く。
「ユウが引き止めなければ、確実にハチヤとナトゥーアはお陀仏だったな」
カリローは目を閉じたままため息をついた。その言葉にナトゥーアは改めて命が危険に晒されていたことを実感し、顔を青くした。
「現場は血だらけ。相手は骨も残さず綺麗に平らげてた。村人の話じゃ毎日豚1頭を村はずれの牧草地帯に首輪つけて放置してるらしいぜ」
ハチヤはピンときていないらしく、ユウと一緒に向かった鷲獅子の餌場の情報をすらすらと口にする。
「遊びのない食い散らし方だった。んと…」
ユウが補足するように見てきたことを言葉にするが、少し言葉に詰まり目を泳がせる。
「ゆっくりでいい」
「ん…余裕が無い感じだった。幻獣はそういう生き物?」
カリローの言葉に頷いてから、ユウは首を傾げて自分の感じた違和感を彼に訊ねる。
「幻獣といっても知性があるわけでもないから普通の獣と同様に考えて問題は無いよ」
「だとすると、変な感じ…」
「まぁ、異常食欲というのが既に生物として破綻しているというのが僕の見解だ」
「破綻て」
ナトゥーアはカリローのあまりの言い草に思わずツッコミを入れたくなるが、先の台詞が影響してかどうにもキレが無い。
「村長の話によると、鷲獅子が現れたのは今から2週間ほど前、突然だったそうだ」
「何かに元々の縄張りを追い出されたか」
「もしくは元々の縄張りだけでは餌が足りなくなったかだな」
「鷲獅子が縄張りから追い出される相手ってあんまり考えたくねぇ」
カリローとカピィールの会話に、ハチヤは思わず本音をこぼす。
「要するに、今回はその変な鷲獅子を討伐しないといけないわけね」
「正確には出来る限りのことはする…だ」
「どう違うんだ?」
「無理はしない。深追いもしない。怪我人が出れば即時撤退する」
ナトゥーアとハチヤから不服そうな視線を受けて、カリローは顔を背けてゆっくりとした口調と言葉を紡ぐ。そしてその後に続く沈黙に耐え切れないようにため息をついた。
「…やれることはやるし、手を抜くわけではない」
「んなこたぁ、分かってる。村の惨状は把握しているんだろ?」
「ああ、この状況が2ヶ月も続けば、最悪この村は滅ぶだろうな」
カピィールは苛立ちを隠さず、カリローを責めたてるが、当の本人は意も介さず冷淡な口調のままだ。
「自分が何を言ってるか分かってるんだよな?」
「もちろんだ。ただ見知らぬ他人よりは仲間の命のほうが大事だろう?」
カピィールは思わず立ち上がりカリローの胸倉を掴むが、彼は視線を逸らさず逆に睨み返す。そんな態度にカピィールは返す言葉を失い、カリローから手を放すと向ける矛先を失った怒りの始末をどうしたものかと舌打ちする。
「アルらしくないね」
襟元を正すカリローを見ながら、ユウが相変わらずの抑揚のない口調で声をかける。
「いや、出来れば作戦を立てて建設的に時間を過ごしたいのだがね。どうにも相手がイレギュラー過ぎる」
「そう?」
「今回に関して言えば獣の定義が通じない以上、それを用いた策は下策だ」
「そう?」
「相手がどう動くか分からないんだぞ? 格上だ、レベル差のおかげで一撃貰えばただじゃすまない」
「ん?」
「死ぬかもしれないと言っている。この間のトロールのように、運よく全員が生き残れる保証はない」
「前提条件が間違ってるよ」
普段は察しのいいユウがいつまでも納得しないことに苛立ちを覚え、カリローは最後には大声で怒鳴りさえするが、ユウは眉一つ動かさず彼を諌める。
「…ああ、そうか。カリローは頭が固いんだな」
そんな様子を眺めていたハチヤはしばらくの沈黙の後、ぽんと手を打ちユウに答え合わせでもするように視線を向ける。
「どういう意味だ?」
カリローに睨まれてハチヤは肩を竦める。ユウは相変わらず無表情のままだが特に間違った意見ではないと踏むと、ハチヤは意を決して口を開いた。
「大したことじゃない。普通の獣じゃないなら、イレギュラーな行動前提で作戦たてりゃいいだけだろ?」
「情報が少なすぎる」
「そこは村の人に聞くしかないだろ。不幸な事だっただろうから聞き辛いかも知んないけどさ」
「そうね。少なくとも今日みたいに村に被害が出ない方法は確立させてるわけだし、どうすれば安全かくらいは確実に分かるはず」
ナトゥーアは口元を手で隠したまま自分自身を納得させるように呟く。
「出来そう?」
ハチヤとナトゥーアの言葉に再考の余地があるかとカリローが頭を回転させ始めようと額に手をおいて目を瞑ったところで、ユウの声が降ってくる。
カリローは色々と言いたい文句が浮かんでは消え、浮かんでは消えしていくが、結局いつも通りの言葉を返すことに決めた。
「君はいつも言葉が足りない」