ひっさつわざ3
追記 4/7 修正
ハチヤは馬車の御者台に座り、それを引く二頭の馬の後姿を眺める。
目的の村ルシェンは丸二日はかかるとの事で馬車をレンタルしての移動となり、徒歩での移動ではないことをカリローほどではないがハチヤも喜んだ。
しかし、いざ馬車を動かすとなった時に問題は起きた。経験者がハチヤ以外にいなかったのである。ひたすら馬の尻の眺めるだけの作業は思った以上に辛く、出発してから2時間もすると飽きが来ていた。
「じゃーん、どうよ?」
「ん、ナトか。ってどうしたその髪型」
振り返るとナトゥーアはいつものポニーテールではなく、金色の髪を耳より少し上のあたりに編み上げた髪をまとめて2つのお団子をつけていた。ナトゥーアはハチヤの座る御者台に割り込むと「どう、どう?」と見せ付けてくる。
ナトゥーアはコミュニケーションに同性異性を問わずスキンシップをやたら用いてくる人物である。ハチヤは初対面の頃こそドギマギしたものだが、最近はスキンシップが彼女にとって特別なコミュニケーションでないことを知ったし、柔らかかったり、いい匂いがしたりで役得だくらいにしか思わなくなった。
「どう、似合うー?」
「いつもよか可愛い。ちょっと幼い感じになった」
頭のお団子をいじりながら訊ねて来るナトゥーアにハチヤは素直な感想を述べる。その反応に気を良くしたのかナトゥーアは自慢げに鼻を鳴らす。
「暇つぶしにユウちゃんがやってくれたんだよー」
「器用なもんだな」
背中で百合百合しい黄色い会話が交わされていたのは知っていたが、何をやっているかまでは把握していなかったハチヤはユウの意外な特技に感嘆する。
「で、いまはカリローさんが餌食に」
「ぶほっ」
へらへら笑いながらとんでもないことを言う奴だと、ハチヤは咳き込みながら思う。
しかし同時に疑問が浮かぶ。本来の気性を鑑みるにカリローは抵抗するはずだ、ハチヤは馬車の中が静かであることに異常事態だと直感した。
「銀髪はいいよねー、しかもさらっさらなんだよ」
「なあ」
「ユウちゃんの黒髪もきれーだよね」
「カリローの声が聞こえないんだけど?」
「あたしが髪型整えてあげたんだけど、後で見る?」
「ナト、俺の話聞いてた?」
ハチヤがナトゥーアの目を見ると、彼女はつつーと視線を逸らす。無言でハチヤは馬車を街道脇に停めた。
「もう着いたの?」
「いや、まだっ…!?」
馬車から顔をだしたのは前髪を天辺でまとめて縛りおでこを丸出しにしたユウだった。さらに両サイドをくくった髪が動くたびにぴょこんと跳ねてハチヤの笑いを誘う。
「それ、どうしたんだ?」
もはや直視することは出来ず、なんとか笑い声を殺してユウには悪いと思いながら、顔を背けたまま彼女に訊ねる。
「ナトが…」
ユウはいつも通りの抑揚のない返事だったが、言葉尻がはっきりしないところから察するに今の髪型をあまり気に入ってはいないのだとハチヤは思う。
「いやいや、似合ってるぞ。子供みたいで」
「くっ」
笑いをかみ殺しながら褒めるハチヤにユウは殺気を放つ。嫌ならすぐほどけばいいだろうに、相変わらず好意への対応は下手くそだなとハチヤはユウの仕草に苦笑する。
「…馬車は何故?」
「ユウがカリローで遊んで…もとい、髪をいじってるって聞いてよ。普通ならそれなりに抵抗するはずだろ? あんまり静かなもんだから気になって」
「なるほど」
「だよねー、気になるよね。でも脇見運転禁止だもんね」
御者台から降りたナトゥーアが馬を落ち着かせるように撫でながら、ハチヤを煽る。無論、本人に悪気はおそらく無いだろうが、話の内容は完全にそれであった。
「で、カリロー。あとカピィは?」
「ん、と…」
ハチヤに気圧され、ユウは珍しく言葉を濁らせて馬車の中へ誘う。
「口で説明できないってどういう…」
ハチヤがボヤキながら馬車の中を覗く。
真っ先に視界に入ったのは赤い顔で寝ているカピィール。完全に酔いつぶれているようで起きる気配はない。続いて青い顔のカリロー、こちらは意識があるものの反応は薄い。肩までかかった銀髪は両サイドを編みこみされてハーフアップに、後ろ髪は三つ編みにそして丁寧にナトゥーアの青いリボンで端を結ばれていた。
つまるところ、酔い潰れと乗り物酔いでグロッキーになった男が二人いた。
「ユウ、近くに湖あったっけ?」
ハチヤは寛容だ。そしてとても建設的な性格だ。ユウが不思議そうに首を傾げているがそれは無視だ。
(こいつらをとりあえず真冬の冷たい湖に突き落とす)
腹の奥底から沸いてくるマグマのような熱い衝動に突き動かされ、ハチヤは再び馬車を走らせた。
■
そして二日後、一行は特に問題も無くルシェン村へ着いた。道中で馬の操り方を覚えたユウがハチヤの負担をいくらか減らしていたし、天候に恵まれたことも大きかった。
「やっとついたか」
「さすがに冬場の水は堪えたな」
馬車から降りて揺れない地面の感覚を踏みしめながらカリローが呟く。カピィールは鈍った体をほぐすように上下左右に動かしている。
「俺は先に宿のほうにこいつ停めて来る」
「悪いねー、よろしく」
残りのメンバーが降りたことを確認してからハチヤは手綱を巧みに操ると、馬車を村に唯一あるという宿へと走らせる。
馬車を見送るナトゥーアを横目にユウは村の様子を眺める。
季節的には収穫を終え冬支度をし始める頃だろうか、外を出歩く村人も疎らながら見かける。ただ不思議なのはどの家の煙突を見ても白煙が登っていない。時間的には昼時で炊事で火を扱うだろうから、それが0というのはユウにとってとても奇妙なものに思えた。
「さて、詳しい話を聞きたいところだがどこにいったものか…」
「こういう時は村長のトコじゃない?」
「いやいや、酒場というトコもなかなか侮れんぞ?」
「君の場合は飲みたいだけだろう」
「そんなことはないゾ」
「…ナトゥーア、酒場には君が行ってくれ。君は僕と一緒に村長のトコにだ」
カリローとカピィールは文句を言い合いながら、村の中へと消えていく。
「ユウちゃんはどうする?」
少し時間を空けてから、ナトゥーアは手持ち無沙汰そうにユウに声をかける。
「ん…と、ばらばらにならない方がいい」
ユウは経過をすっ飛ばして答えをいう癖がある。
周囲はいつも納得しないし、ユウの言うとおりに行動を起こすことも無い。そして目の前で悲劇は常に起こった。そして決まったようにいつも不幸を呼ぶ厄介者と罵られたものだ。
「どうして?」
今いる仲間は不思議なことに声を傾けてくれる。とてもありがたいとユウは思う、だから少しだけ努力している、今、この瞬間も伝えたくて努力する。
「雰囲気、おかしくない?」
「誰の? あの二人?」
ナトゥーアは仲間内では相性の悪いカリローとカピィールが組んだことが面白いのか、けらけらと笑う。
「ちがくって…」
「となると…村人?」
「そうだけど、そうじゃない」
ナトゥーアはユウの言葉に首を傾げる。笑顔を引っ込めると、改めて彼女の姿を観察する。
いつも通りの無表情、ただ視線は泳いでいる。それなのに両手は僅かに力がこもり、両足はいつでも駆けだせるようにかかとを浮かせ、それでも器用に突っ立っている。
「うーん、緊急召集かけようか」
ようするに荒事が起きるのだろう。ナトゥーアも理屈ではなく勘を優先させることはある。勘の鋭い彼女は結果に周囲を納得させるための理由を探していたようだった。普段は落ち着いて頼りになる仲間だが周囲の目を気にするほどには子供らしい。
「…ごめん」
「いいって、ちょっとうるさいから耳塞いでてね」
結局、上手く説得できなかった事に項垂れるユウをなだめると、ナトゥーアは腰から拳銃を引き抜き、空に向け引き金を引く。
澄み渡った空に発砲音が木霊する。静かな村を騒がせるには十分な出来事にすぐさま仲間はナトゥーアの下に駆けつけた。
けれど、不思議なのは3人以外の人間が集まることが無かったことだった。普通であれば何事かと村人が顔を出してもおかしくはない、むしろそれが普通の反応だが、この村にはそれがない。むしろ逆に鳴りを潜めているようにも見えた。
「何かあったのか?」
「鷲獅子でも見つけたか?」
「とりあえず、得物だけ持ってきた」
三者三様に二人の下に駆けつけて、声をかけてくる。
原因は彼女だが、実際に行動を起こしたのはナトゥーアだ。どう言い訳をするか。とりあえず時間稼ぎに気の荒立った3人を落ち着かせようと考えをまとめた直後、村の背中にそびえるドラヴァ山脈、さらに手前の方から獣の叫び声がする。
「行かないで」
思わず駆け出すハチヤとカピィール、そしてナトゥーアをユウが呼び止める。
「いや、でも何が起きてるかわかんねぇ…」
「いいから」
踏みとどまり、ユウに振り返り反論するハチヤを彼女は視線で射すくめる。
「…僕もユウに賛成だ。この村の様子がおかしい」
カリローは殺気よりも恐ろしい何かを体中から発しているユウの肩に手を置くと「もういい」と一言だけ彼女に声をかける。
それをきっかけにユウは全身から力を抜いた。思わず地面に座り込む、こんな自分は初めてだった。
「大丈夫か?」
「…うん」
ユウの視線に射すくめられ硬直したままの二人を見た後、カピィールは座り込んだユウに手を差し出す。伸ばした手に掴まる彼女は僅かだが震えているようで、その様子に彼は首を僅かに傾げるが追求するのは可哀想なのでやめた。
「変だな、どうして誰も出てこない?」
「そりゃ、出て来れない理由があるって事だろ」
ユウが立ち上がるのを確認して手を放すと、カピィールは鼻を鳴らしてカリローの独り言に答えた。