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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
23/63

ひっさつわざ2

追記 4/7 修正

「なー、鷲獅子グリフォン討伐いこうぜー」

「ハチヤ、その話どこから聞きつけた?」


 すっかり日の暮れた時間、珍しいものを見つけたハチヤは覆いかぶさるように知り合いのエルフの肩を掴み、ご機嫌な調子で絡む。対するカリローは不機嫌そうに酒臭い息を吐くハチヤを遠ざけ睨んだ。


「おやっさんが愚痴ってたー。いーじゃん、困ってる人は助けよーぜー」


 ハチヤはカリローの隣のカウンター席に座ると、睨まれたことで機嫌を悪くするわけでもなく、しつこく取りすがる。


「あのなぁ、鷲獅子グリフォンがどういうものか知って言っているのか?」

「知らん、御伽噺で読んだくらいだ。強くてカッコいいのだけは知ってる」


 ハチヤは意味もなく偉そうにふんぞり返って言い切る。

 カリローはハチヤの様子に眉間の皺を揉み解しながら無言のままただただ呆れ果てる。


「ナトも乗り気だったぜ? まぁちょっと訳ありな表情してたけど」

「まったく、店長は…」


 おしゃべりだなと言葉を続けようとして、はっとする。トラブルメーカーユウにもこの話が届いているのではないかと身構える。遺跡で例のトロールと戦う発端となったの時の、背中を一押しされたトラウマが彼の脳裏に鮮やかに蘇った。


「…ユウは知っているのか?」

「ん、あいつはそうだなぁ。直接聞けばいんじゃねーの。おーい、ユウ!」


 カリローがハチヤの口を塞ぐ事に失敗する。下手に藪はつつくものではないとひたすらに後悔する。


「ようじ?」

「いや、用事というわけではないんだが…」


 4人がけのテーブルを1人で陣取り読書にふけっていたユウがハチヤの声に呼ばれて近づく。言葉を濁すカリローはユウの顔から視線を逸らし、彼女の手に持った先ほどまで読んでいたであろう書物に目を向ける。


 本の表紙に書かれたタイトルは『幻獣の生態系』。


 あまりにタイムリーな書物のチョイスにカリローは軽く意識が飛んだ。


「ユウは鷲獅子グリフォンとかって興味あるか?」

「ない。アレは倒すのが面倒」


 ハチヤの問いかけにユウは一言で会話を打ち切る。そして用がないなら邪魔するな的なオーラでハチヤを威圧する。

 カリローが意識を取り戻したのはハチヤが気圧されて無言となり、ユウが再び自席に戻ろうと背中を向けたときだった。


「…ん、ユウ。君は今なんと言った?」

鷲獅子グリフォンには興味ない」

「いや、その後」

「倒すのが面倒?」

「討伐経験があるのか?」

「ない。追い返しただけ」


 ユウは驚いているカリローの顔を不思議そうに眺めながら小首をかしげる。


「ど、どのくらいの戦力だったんだ?」

「乗合馬車で移動してた時だし…私だけ?」

「すっげー、1人でやっちまったのか!」

「殺してない。追い返しただけ」


 興奮したハチヤに肩を揺さぶられ、されるがままに上半身を揺らしながらユウは一部分を否定する。


「今のパーティで鷲獅子グリフォンと戦うことは可能だと思うか?」

「アル、さっきから質問ばかり」

「いや、悪い。最初から話したほうがよさそうだな」


 ユウはハチヤの腕を払うと、うんざりした表情で座ったままのカリローを見下ろした。

 カリローは彼女の機嫌が悪くなったと思い、咳払いをすると懐へと手を伸ばす。


「依頼書? …最近山を降りてきたぐりふぉんが家畜に被害が出ています。討伐をよろしくお願いします」


 カリローに渡された羊皮紙を手に取りユウは声に出して読んだ。そして興味ぶかそうに手元にあるを羊皮紙を覗き込んでいるハチヤにそれを渡すと、不機嫌な表情のままカリローに視線を向ける。


「…受けるつもり?」

「どうも話の流れ上、受けざる得ない状況だ」

「そう」


 ユウはカリローの表情を伺い、切羽詰ってることを確認するとそれっきり黙りこむ。


「で、ユウ。さっきの話の続きなのだが…」

「パーティで? 死人出ると思う」

「そうか、無傷は無理か…」

「でも、さっき1人ソロで追い返したって…」


 落胆するカリローに代わり、ハチヤがユウに訴求する。先程の台詞「1人で追い返した」という意味を問い詰める。


「片手剣5本、短剣12本、槍1本、弓3張り、矢113本」

 ユウはハチヤの目を見て、淡々と

「あと乗り合わせた旅人3人を使い潰した」


 武器も命もすべて同様に抑揚なく答える。


 ハチヤはユウの言葉に声がでない。最初はその戦いの激しさに、後半は武器と命を同列に扱う少女に。


「依頼受けるのを悩んでる?」


 沈黙した二人を交互に見た後、ユウは拙いことを言ったかと頭を悩ませながらカリローに訊ねる。


「失敗前提で受けるつもりだ。ちなみにユウ、依頼者の欄は見たか?」


 カリローはため息をついた後、ユウに訊ねる。彼女は首を横に振った。


「ドミクト=D=ぺタール、偉い貴族だ。店長の話によると名指しで僕に依頼が来たらしい」

「ふぅん。アルも有名になったね」


 ユウはぱちぱちと手を叩いて驚いてみせる。


「…言っておくが、君も含めてだ。パーティ名が決まってればその名前で依頼が来ていたことだろうさ」


 カリローが眉間の皺をほぐしながら怒りに震えた声で言うが、ユウは気にせず知らない単語に首を傾げる。


「パーティ名?」


 聞き覚えのない単語を反芻するユウ。そしてカリローはその反応に動きをピタリと止めた。

 いつものように得意そうに説明をし始めないカリローにユウは小首をかしげる。

 「知らないのかな?」と安易に想像するユウに対して、傍でカリローの様子を見ていたハチヤはぶわっと嫌な汗が吹き出る感覚を覚えた。


あの男カリローは切れる寸前だ)


 ハチヤは彼の怒りが爆発する前に慌てて二人の間に割って入ると、早口で説明しはじめた。


「ああ! 有名になると勝手に呼ばれたり、自分で名乗ったりだな。俺達だと<大番狂わせジャイアントキリング>って影で呼ばれてるらしいぞ」

「カッコ悪いね」


 うへぇと嫌な表情を隠さずユウが感想を漏らす。


「そだな、もう少しマシな呼び名にして欲しいな」


「…僕は原因を作った張本人が不満を漏らすのをどうかと思うんだがな」

「私? みんなを助けただけだよ?」


 まるで悪びれもせず心外だとばかりにユウは反発する。再びカリローに怒気が集まるが2度目の対応はハチヤではなく第三者の介入だった。


「おー、やってるね。あたしも仲間に入れてよ」

「ナト。お前は今までどこ行ってたんだ? 昼間は話聞いた途端、血相変えて飛び出してくし」

「ないしょ。今回の相手は飛行する獣。あたしの出番じゃん、活躍するチャンス!」


 後ろからユウにハグしながら、カリローとハチヤに努めて明るい口調で話しかける。

 その様子を怪訝に思ったハチヤが心配そうにナトゥーアに声をかけるが、そんな心遣いを気に介せずナトゥーアは任せろといわんばかりに自分の胸を叩く。


「酔ってるな…。カピィールはどうした?」

「あたしの銃の整備やってもらってまーす。既に部屋に引きこもってるよー」

「ナト、お酒臭い」


 ユウは饒舌なナトゥーアから洩れる酒気を帯びた吐息に辟易して思わず文句を口にする。

 しかし、それが仇となったか逆により密着され被害はさらに酷くなった。


「明日にでも店長には返事をしておくよ。買い物は各自で済ませておいてくれ」

「えー、話は終わりみたいな感じでカリローさん逃げないでよー」


 椅子から立ち上がりこの場を去ろうとするカリローを素早くナトゥーアが腕を絡ませ捕まえる。解放されたユウはこれ幸いにと近くの椅子に座り、絡まれたカリローの無事を心の中で祈る。


「放せ、この酔っ払い」


「…あたしのこと過去のこと知ってるんでしょ?」

 振りほどこうとするカリローは、不意に耳朶で囁かれたナトゥーアの冷たい言葉に困惑する。


 詳しいことを聞き返そうとカリローがナトゥーアのほうへ顔を向けた時には既に表情を緩めていて、これぞ酔っ払いと言わんばかりのだらしない顔でにやけていた。


「あたしはこのままカリローさんにお持ち帰りされまーす!」


 へらへら笑いながら、抵抗するカリローを無理矢理引きずって酒場の二階へと姿を消す。

 残されたユウとハチヤは急展開に対応しきれず沈黙し、彼女の行動をただ見守るだけだった。


「そいや、ユウ。鷲獅子グリフォン退治したときの話聞いてもいいか?」


 先に沈黙を破ったのはハチヤだった。


「いいけど…私、あんまり話上手じゃないよ?」

「かまわねーよ。たまにはお前の話を聞くのも悪くない」


 ユウが少し気後れした様子でおずおずと喋るのを見ながら、ハチヤは2つのグラスに麦酒を注いで「まずは乾杯」とユウに片方のグラスを手渡した。


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