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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
21/63

シティアドベンチャー7

追記 4/7 修正

 突如響いた轟音とともに、目の前の敵が武器を取り落とす。

 けれど、ハチヤは何も考えない。


「こんのおおおおおおおおおおおお」


 本能だけで相手の胴めがけて右手に持った木刀を振りぬく。

 吸い込まれるように直撃し、目の前の相手は体をくの字に折り曲げ僅かながら宙に浮く。ハチヤが右手を引き戻す際に相手と視線が交錯する。まだ相手の瞳は死んでいない。


「うわああああああああああああああああああ」


 ハチヤが追撃を行う前に、ヒステリックな叫び声と共に精霊魔法が行使され、周囲に嵐が巻き起こり目に見えない風の刃が辺りを見境なしに襲う。

 ハチヤはとっさに両腕で顔をガードするも、石畳を割り、肌を裂く凶暴な嵐に身動きが取れない。


(いつまで耐える? どこまで追い詰めればいい?)


 大魔法を目の前にハチヤは再び思考を走らせる。

 今のまま追い詰めれば逃げられる、相手に勝てるかもしれないという思考を残しておけば逃げられはしない。パーティ中で自分の役割はなんだったかと思い返す。


 ハチヤは不意に風の塊をぶつけられ転倒する。

 それと同時に思考も停止する。


「…いい経験になった。とてもいい経験に」


 彼我の距離は気付けば15m。取り落としたはずの突剣レイピアを怪我した右手ではなく、利き手ではないはずの左手に握っている。にも関わらず、その姿はどうしようもなくサマになっていた。


「今までは本気じゃなかったのかよ」

「器用なんだ」


 相手の周囲の空気がうねる。必殺の一撃が行使されることを告げていた。


「まぁ、あたしほどじゃないんだけどね」


 ナトゥーアの放った弾丸は正確に通り魔の右足を打ち抜き石畳に突き刺さる。

 狙撃銃をその場に捨て置き、屋根を降りると怯んだ相手へ迫る。60mの距離をほんの3秒ほどで詰めると拳銃を引き抜き零距離で通り魔の額に押し付ける。


「出来れば大人しくお縄について欲しいなぁ」


 通り魔は額に押し付けられた金属のひんやりした感触に声を失う。対照的にナトゥーアは鼻歌混じりに通り魔の顔色を呑気に観察していた。


「ナト!」

「レベル差ってホント残酷よね」


 苦し紛れに左腕を振るう通り魔にハチヤが思わず叫ぶが、ナトゥーアは残酷な声であしらい、右足でそれを蹴り飛ばす。


「…レベルは?」


 突剣は遥か遠くに蹴り飛ばされ、精霊魔法を使う媒体も失っている。抵抗する気を失った通り魔は乾いた笑い声を発しながらそのまま仰向けに倒れると、ふと思い出したように尋ねた。


「36。たった一つなのにこの世界は残酷だね」

「…好きにしろ」


 不貞腐れた通り魔相手に「拘束するねー」と和やかに話しかけながらナトゥーアは手際よく相手を捕縛していく。


「そうそう、ハチヤ君もパーティの役割、覚えてたんだね」

「囮役…だろ。俺はヒーローにゃなれねーよ」


 たった一つの差なのに遠い。ハチヤはもっと強くなりたくなった。


   ■


 睨みあう事、30分。カピィールは焦れていた。元々気の長い方ではないし、こうして敵意をむき出しにした相手と殴りあうことを禁止されたことなど、今までの人生にはなかった。

 同胞ドワーフとの合言葉はいつだって「鉄とわだかまりは熱いうちに打て」だった。こうして睨みあうことで何かが解決するとはとても思わない。


「いい加減、僕たちを通してくれないかな?」

「君たちを通す訳にはいかない」


 カリローはうんざりしながら、何度目かになる問答を繰り返す。前後は騎士団に囲まれ迂闊には動けない。襲い掛かってこられないのは僥倖だが、相手の目的がまるで読めないのはストレスだった。


「悪いけど、どいてもらってもいい?」


 西側の街路を塞ぐ騎士団がざわつき始め、ややあってナトゥーアが先導して誰かを担いだハチヤが姿を現す。そしてハチヤに縋り付くように後を追うひょろっとした男が続く。


「ナトゥーア、どうなってる?」


「んー、通り魔を捕まえたんだけど、さっきから騎士団の代表? って人が引き渡せってうるさくって」

「ハチヤ、無事だったか」

「まぁな。カピー、お前の鎧はなかなかの物だったぞ」


 ハチヤはカピィールと拳を合わせて笑う。

 一方でナトゥーアとカリローの表情は険しい。付きまとう騎士団の代表者がハチヤの担ぐ通り魔の引渡しを口うるさく要求している。


「悪いが依頼者のほうに交渉してくれ。なんなら一緒に行くかい?」

「騎士団に逆らうというのか?」

「そうじゃない、僕達の依頼主に交渉してくれと言っているんだ。雇われの身としては勝手な判断をすることは出来ないんだよ」


 ハチヤに付きまとう騎士との間にカリローが割って入ると、イラついた表情で見上げる男にカリローは諭すようにゆっくりした口調で会話を交わす。

 イニシアチブは完全にこちらにある。カリローは騎士団相手の交渉を幾分か気楽に感じた。


「そいえばユウちゃんは?」

「こっちに姿は見せてない」

「あの後、よくわかんない連中に絡まれて、そいつらの相手任せちゃったんだけどさぁ」

「相手の数は?」

「4人だったかなぁ…。まぁ心配ないっしょ」


 ハチヤとカピィールはナトゥーアの言葉に顔を見合わせる。

 確かにユウだったら心配は要らない。彼らにとっても共通認識になりつつあるが、ナトゥーアほど楽観的に考えられるわけでもなかった。


   ■


 騎士団をぞろぞろと後ろに引き連れたままグラチャニン商工会の商館の前に着くと、ユウが所在無げに突っ立っていた。


「ユウちゃん、無事だった?」

「うん」

「今度は何をしでかした?」


 ナトゥーアにハグされたままのユウにカリローは厳しい視線を浴びせる。ユウはナトゥーアのハグに抵抗せず、されるがままの状態で少し目を閉じる。相変わらず人に説明するのは苦手だ。


「…この街の暗殺ギルドとコネを作ってた」


 ユウは結局依頼主を吐かなかった相手を心の中で賞賛する。


 あの後、両手の指をすべて折り、左大腿骨を割ったところで責任者なるものが現れ拷問は中止した。結局、質問内容に相手が答えることはなかったが、代わりに責任者から暗殺ギルドの場所と符丁を貰っていた。

 雇い主にはそもそも興味がなかったし、これ以上揉める必要性も感じなかった。何より相手側の組織が折れたのだ。成果としては十分だった。


「…妙なコネだな。利用価値はあるのかい?」

「蛇の道は蛇っていう」

「そんな道を歩くつもりもないんだけどね。まぁ無事でなによりだよ」


 カリローはユウがどう立ち振る舞ったのか想像するのを諦める。裏家業の組織相手に敵対する状況から信頼らしきものを勝ち得たという事実だけ把握すると、無傷な彼女の姿を確認して笑った。


「で、どうすんの? 入っちゃっていいのか?」


 ハチヤがあごで指す先には商館の前で困惑する門番の姿があった。


「すまない、例の通り魔の依頼を受けた者なんだが、エクチェンブローカー氏に会えるだろうか?」


 商館の周囲を騎士団に囲まれた状況で門番はカリローの言葉に戸惑う。もっと説明することが先にあるだろうと言いたかった。


「後ろにいる騎士団の皆様もこの通り魔に用があるらしい。この状況を打開したいのならさっさと叩き起こしてくるんだね」


 男の物言いたげな表情を汲み取り、カリローは若干声を低くして詰め寄る。男は顔色を変えると、きびすを返し慌てて商館の中へと消えていった。


「なに、まだ入れないの?」

「今日から張り込むことを伝えはしていたが、初日で解決するとは相手も思ってなかったんだろうね」

「予想してなかったんじゃないかな?」


 ナトゥーアが頬を膨らませてカリローに突っ掛かる。彼女を宥めながら商館を見つめるカリローにユウが意味ありげに呟く。


「どういう…」

「お待たせしました。旦那様がお会いになるそうです」


 先ほどとは異なる空気を纏う男が現れ、商館の中へ催促する。カリローが黙っていると同じ言葉をもう一度繰り返す。ユウへの追求を中断せざる得なかった。


   ■


「見事だな」


 商工会の代表、タカシ=エクチェンブローカーの第一声だった。通り魔は既に他の人間に引渡し、部屋の中は彼の護衛3人とカリロー達だけになっている。


「腑に落ちないという表情だな」


 以前の依頼を受けた部屋で、タカシの前に置かれたソファーに座るのはカリローたった1人。他の4人は部屋の壁に背中を預けたまま冷ややかな表情で依頼主を見ていた。


「で、あのボンボンはどうなるんだ?」


 ハチヤは通り魔のことを思う。よくよく思い返せば相手はガキだった。単に自分の力に溺れただけの少年。何が彼をあんな風に変貌させたのかに興味はないが、彼に待つ結末だけは知りたかった。


「…聞いたのか?」

「質問を質問で返すなよ。詳しいことはしらねぇ、単に暇を持て余した貴族のお坊ちゃんだって事くらいは本人が教えてくれたけどな」


 タカシはすこし表情を歪めてハチヤを見る。通り魔の正体を匂わせる情報を口にするだけで、人を舐めたような態度を取る男がこの過剰な反応だ。ハチヤは結末どころか通り魔に関する情報を一切教える気がないと理解した。


「…そうか。しかし騎士団を出し抜いたのはさすがだな」


 ハチヤの言葉に安堵すると、タカシは無表情にカリローを褒める。


「出し抜いたつもりはない」

「むしろ通り魔を守ってる風に見えたが…」


「あまり詮索はするな。報酬はスルガの奴に渡しておく。話はこれで終わり、いいな?」


 話を振った本人にも関わらず、通り魔の話が話題にあがると不自然にタカシが話を打ち切った。カピィールは打ち切られた話題に片眉をあげて依頼主に無言の抗議を試みるが、相手に汲み取る意思は無さそうだった。


「待って」


 カリローもしばらくタカシのことを見つめていたがこれ以上は無駄だと感じて立ち上がる。そのタイミングでユウが声をあげた。


「一つ間違えれば私達の誰かが通り魔として吊るし上げられるところだった」

「おかしなことを言う」


 中腰のままカリローが振り返りユウの顔を見る。そして再度タカシの表情を伺うが無表情のままだった。


「私達の誰かが通り魔として吊るし上げられるところだった」


 無言のまま時間が流れ、再びユウは口を開き、タカシを睨みつける。


「…言いがかりだ」

「私達の誰かが通り魔として吊るし上げられるところだった」

「お帰り頂いてもらえ」


 3度目の言葉にタカシはユウから目を逸らす。


「これを」


 ユウは身構える護衛を尻目に黒尽くめの男達が右手につけていた徽章をテーブルの上に置いた。


「シラを切るのは別にいい。あなたがこれから相手にしようとしている人間はココと繋がっている」


「…アサシンギルドか」

「身を弁えることを知った方がいい」


 ユウはタカシの目に僅かながら恐怖の光が灯ったことに満足すると率先して部屋を出て行く。それに続いてカピィール、ハチヤ、ナトゥーアと続く。


「あの小娘、ほんとうに人間なのか?」


 最後に出ようとするカリローの背中にタカシの恐怖に塗れた言葉が投げかけられる。


「…老婆心からいうけど、そういうことははっきりと口に出すものじゃない」


 カリローは少しだけ返答に迷うと、意趣返しとばかりに、かつて諭された言葉を投げ返した。


一応ここで一区切りです。

今回もレベル補正の話と精霊魔法の補足がメイン。


色々複雑になったので少し変則的な形で物語りを進めようとしたんですが

上手く誘導出来てたかとなるとやや疑問。


以下、答え合わせ

・通り魔の正体

 馬車参照


・依頼主の思惑

 1、身を弁えないといけない相手から捕縛した通り魔を使って恫喝

 2、身を弁えないといけない相手からの依頼遂行


・暗殺ギルドの依頼主

 通り魔の身の安全確保したい人物


・騎士団の行動

 貴族からの依頼で退治された通り魔の逮捕


・身を弁えないといけない相手からの依頼

 通り魔として処理されるハチヤとそれを退治したボンボンを英雄視させたかった


・騎士団を強行突破した場合

 暗殺ギルドの追加注文発生。どの道地上組みはたどり着けません。


すべて見破って最適解を選んで行動したユウがチートです。


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