出会いの村2
追記 3/28 4/1 修正
再び場所は酒場に戻る。
「助けて頂いて本当にありがとうございます」
4人が囲むテーブルの前で助けた女性がぺこりと頭を下げた。
ハチヤとカピィールは下げられた頭にあわあわと対応に困る。
ユウは無表情にその頭をじっとみつめたままだ。
3人をみたカリローが苦労人の様相を呈したまま、代表といわんばかりに口を開く。
「僕達は店主に言われたとおり事を成したまでだよ。お礼をするなら店主に言ってくれ」
「エルフは透かしとるの。こういう礼は素直に受け取るのが礼儀だろう」
「僕が口を開くまで、おろおろしていた情けないドワーフ君には言われたくないな」
今度は謝っていた側がおろおろする番だった。
「…エルフとドワーフは仲が悪いってお爺ちゃんが言ってた。気にしないで、名前を聞いてもいい?」
「エリ。エリ=シェパードです。名乗るのが遅れてすみません」
ユウは頷くと視線をハチヤに向ける。
カリローとカピィールはまだ口喧嘩の真っ最中だ、ハチヤはユウとエリから視線を向けられとりあえず笑顔を浮かべる。
「そういえば傷は大丈夫? 俺が治しておいてアレだけど、痛くない?」
「大丈夫です。この通り」
エリは袖まくりをして傷痕を見せる。棍棒で激しく叩かれたにも関わらずその痕はなかった。
神聖魔法。文字通り神の為す御業を人為的に起こす魔法である。人の正気を戻す方法や傷の治癒などが主だった例だが、信仰する神によって天候を操ったり生物の精神に作用したりする効果もある。
「…アル」
ユウはカリローの足を蹴って注意を向かせると、エリを顎でさす。
カリローはユウの意図を捉えたが、何故自分がという思いがあってすぐに行動を起こさない。ユウはそんなカリローの姿を見て首を傾げる。
「そ、そういえば俺達に用事があったんじゃないの?」
気まずい空気を読んだハチヤは慌てて話題を振る。エリもわざとらしげにコホンと咳をするとうんうんと何度かハチヤに頷き返す。
「お礼の件もあったんですけど、あなた達に依頼したいことがありまして」
「悪いが僕達は即席のパーティでね。正式な依頼となると遠慮願いた…痛っ」
「…続けて」
苦痛で僅かに顔を歪めてカリローはユウを睨むが、その本人はまるで気にせずエリに話の続きを促す。
「えーとですね、近くに蛮族…ゴブリンが住み着くようになったのは半年くらい前からなんです。騎士団には村長から蛮族退治の依頼を出したのですが、被害が小さいことを理由に先延ばしにされてしまって」
「被害って、今日は君みたいな住人が襲われてたじゃないか。家畜が襲われるのでも問題だというのに」
ハチヤは騎士という言葉に強く反応し、思わず話を遮って怒をあらわにするが、カリローとの口喧嘩を終えて冷静になったカピィールになだめられる。
「えっと、最初の頃は半月に一度とかそういう頻度だったんです。倉庫の蓄えを少し盗られたりする程度だったので、騎士団の態度にも強く出られなかったんです」
「では住民に被害が出るようになったのはごく最近ということか」
カリローがユウを睨みながら、エリの証言から憶測を組み立て、ぽつりと言葉を漏らす。
「は、はい。だんだん襲ってくる頻度が多くなって、最近だと二日か三日に一度。豚などの家畜も襲われていたのですが、住民も連れさらわれるようになって、今日は私が…」
「それだともう住民に被害が出ているように聞こえるな?」
「ええ、既にもう5人も」
「騎士団は? それだけの被害がでて動かないこともないだろう」
カリローの問いにエリが答え顔を伏せた。ハチヤはその様子に思わず立ち上がって、エリの肩をゆすって騎士の動向を訊ねる。
「騎士様は隣国との国境でいさかいがあったようで、そちらを止めに行かれております」
「ふん、役に立たん騎士殿だな」
エリの答えにカピィールが半目で答えそのままジョッキを煽る。
「なぁ、俺達でなんとかしてやれないかな? さっき襲ってきたのだけじゃないだろう」
ハチヤは振り返って3人に提案する。
騎士団があてに出来ない今、この村を助けられるのは自分達だけだ、困っている人がいるなら助けるべきだと。
「僕は慈善事業をするために公国へ旅しているわけではないのでね。やるなら勇者様お一人でお願いするよ」
「ハチヤ、仮にもお前は冒険者を目指す身なのだろ。そういう安請け合いはしちゃいかん。同業者に冷たい目で見られちまうぞ」
カリローは呆れたようにカピィールは宥めるように二人して反対だと言う。
「おや、そこのドワーフ君は意外にものが見えるじゃないか」
「いけすかないエルフと同意見とは反吐が出そうだよ」
「なぁ、ユウ。お前はどうなんだ? さっきから黙ったままで」
再び口喧嘩をし始めた二人から視線を逸らし、ハチヤは無表情で黙ったままのユウに意見を求めるが、肝心のユウは心ここにあらずといった感じで何も答えはしない。
「そうですよね、無理を言ってすみませんでした」
エリは無言のユウをしばらく見つめた後、申し訳無さそうに謝り、酒場から出て行こうとする。
「…エリ、違う。私達は誰一人として嫌だとは言っていない」
ユウはエリの背中に声をかける。相変わらず抑揚のない声で感情を読み取るのは難しいが決して悪意が込められた言葉とは思えない。
「あと、私達は店主の好意で今日はここに泊まることになっている。報酬次第でさっきの依頼を受けるかもしれない。話がまとまったなら明日の朝、また来ればいい」
その言葉にエリが振り返った時、ユウの表情は相変わらずの無表情だった。
「私、村長さんとかけあって来ます」
再び深く頭を下げるとエリは酒場から出て行った。
「ユウ、お前いい奴だな」
「…違う、全部アルが悪い」
ハチヤの笑顔にユウがぶすっとして答える。
「小娘の思惑通りに事を進めるのが嫌だっただけだ。君がけしかけていなければ僕はきちんと動いたさ」
「意地っ張り…」
ユウは口をとんがらせてぼそっというと、そのままカリローからそっぽを向いてしまう。
「エルフともあろうものが人間の子供相手にムキになるとはなぁ」
「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。自己紹介しようぜ。カリローさんはさっき公国に行くって言ってたよな。やっぱ冒険者になるのか?」
カリローを煽るカピィールを押さえながらハチヤが話題を変える。
ゴブリン襲撃の時は最低限のことしか話せなかったので、とりあえずハチヤは旅の目的を無難にチョイスした。
「ああ、少し理由があってな。ぺータル公国で冒険者になろうと思っている。ハチヤもそうか?」
「おう、こう見えても貴族だったんだけどな。さすがに8男ともなるともらえる領地もなくて、いっそ冒険者になろうと思ったわけだよ」
「なるほど、貴族だったか。道理であの発言。いわゆるノブレス・オブリージュという奴か」
「それほど立派な志じゃないけどな、そういえばカピーも公国に行くって聞いたけど」
カリローの褒め言葉に照れたハチヤは相棒であるカピィールに話題を譲る。相棒とはいっても一週間ほど旅を続けているだけの仲で他の二人より先に知り合った程度だ。
「ああ、冒険者になるつもりだ。50年ほど前になるか、祭器というものを冒険者から見せてもらったのだ。ドワーフの鍛冶技術を遥かに超えた一品で、どう作っていいかも皆目検討つかなんだ。自分で手に入れて、いずれは複製して見せるのが夢なのだよ」
「話から察するにその祭器は遺失物だな。人造神器であればある程度解明も進んでいる、ドワーフであれば取っ掛かりくらいは掴めそうなものだしな」
「カリローは物知りだな」
「伊達に齢、120を超えているわけではない」
「ひ、ひゃく?」
カリローの言葉にハチヤは思わず声を失い、口をあんぐりあけたまま彼を指差した。
「…ハチ、人を指差すのはよくないってお爺ちゃんが言ってた」
「いや、だってユウ。120だぞ。すげー爺ちゃんじゃないか」
「エルフの平均年齢は500歳程度だ。まだ青年期と呼んでもいい頃合だ。そこのドワーフとて結構な年を食ってるのではないのか?」
爺さんと呼称されて、眉尻をあげてカリローが矢継ぎ早に言葉でハチヤを攻め立てる。
「オレは64だな。エルフ様とは違って寿命がそれほど長いわけでもないが…」
「カピー64なの? え、俺敬語で話した方がいい? まだ21だし、年上のひとは敬わないと」
ハチヤはすっかり気が動転して、カリローとカピィールを交互に見ながらユウに意見を求めるが、相変わらずユウは何を考えてるのか分からない無表情で視線を返す。
「ったく、年齢のことはいい。君たちは先ほどの…エリ君の依頼を受けるつもりなのかい?」
「言いだしっぺだしな。俺は受けたい」
「ふむ、ゴブリンとやり合った時に実力は見せてもらったからな。2人が来るならオレも受けよう」
ハチヤはカリローの問いにすぐさま答え、その答えを受けてカピィールもまた同様に答える。ただしハチヤとは違い条件を提示して。
「…私はエリをそそのかした張本人だから受ける。あと16歳」
残りの意見を聞かせろと言わんばかりにハチヤが身体を乗り出してユウに視線を向けると、ユウは顔が邪魔だと押しのけながら答えた。
「へーっ、意外と責任感あるんだなぁって、16? 超小娘じゃないか」
「ゴブリン相手にブルってたハチが言える台詞じゃない」
ユウに押しのけられる顔を抵抗できないまま素直に感想を言い、ずれたタイミングで発表となったユウの年齢にまたも衣着せぬ言葉で発言。
小娘という言葉にむっとしたユウがハチヤに悪態をつく。
「ユウが受けるのは意外だな、では僕も受けよう。金額の交渉はハチヤに任せる、君にはそういう方面が向いてそうだ、ユウもフォローしてくれ。採算度外視の価格になりかねん」
ハチヤはユウを悔しげに見ながら、ユウはその視線から逃れるようにそっぽを向いて頷いた。
「すっかりリーダー気取りだな」
「リーダーのつもりだよ。きちんと進行係りをやっていただろう?」
「お、おう…」
銀髪のエルフにハチヤは引き気味に答え、その日の夜は更けた。