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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
19/63

シティアドベンチャー5(3)

追記 4/7 修正

「こっちは10日前に起きた事件のほうだな、被害者は…さっき話に出てた衛士の件だな。死亡」


 カピィールが地図を片手に周囲を見る。馬車が楽に2両通れるほど道幅のわりに人通りは無い。

 ユウが周囲をざっと見渡した後、場所に間違いが無いかカピィールの持っている地図を覗き込んでくる。


「昼間でも人通りが少ない場所だな」


 ユウに地図を譲りながらカピィールは正直な感想を口にする。


「こっちの方だと貴族連中の住居や行政府に繋がるだけの道だしな。一般人に用はないと思うぜ。貴族連中あいつらはそもそも1人で出歩いたりしないしな。移動する時はだいたい馬車だ」


 地図とにらめっこをし始めたユウを横目にハチヤが人通りの少ない理由を説明する。


「それにしたって、こんな大通りのど真ん中で事件が起きてるとはなぁ。それにカリローの言うとおり現場の保管も何もないな」


 ハチヤが素直に感心する。事実、彼の目からは見える範囲に争った形跡はおろか、血の痕跡もない。殺人現場だというのに何もなさ過ぎた。


「ユウ、何か分かりそうか?」

「んー、とりあえずココ」


 ハチヤとほぼ同意見だったカピィールがユウの方を向くと、彼女は地図とにらめっこをしながら足元を叩く。


「石畳が周りのに比べるとかなり綺麗」

「補修された跡があるってことか」


 カピィールがユウに近づいて足元の石畳を見ると、彼女の言うとおり他とは傷み具合の異なる敷石があった。


「で、こっちの方に…」


 手に持った地図をカピィールに押し付けると、すっと目を細めてから街路沿いの建物の向かって歩く。そして人差し指で壁をなぞり始める。


「壁?」

「少しだけど湿ってる。で、側溝のほうに続いてる」


 カピィールが近づいてくるのを待ってから、視線を建物の壁から地面そして排水用に設けられた溝へと順になぞっていく。


「あとは…ココ」


 ユウは壁に這わせていた手をある場所で止めると、それまで立っていた場所をカピィールに譲る。


「小さな傷跡が残ってるな。槍で突けば似たような跡が残りそうだが」


 ユウの指先には2センチ程の裂け目があり、その傷み具合からごく最近につけられたものだということはカピィールにも容易に想像できたが、その裂け目が何で付けられたものかとなると断言するのは容易くは無かった。


 彼の専門分野で言えばレイピアやスピアなどの先の尖ったものだと断言できるが、神聖魔法や精霊魔法にも似たような真似が出来るため、結論付けるにはその筋の専門家カリローの意見も必要だった。


「発見者は同僚。理由は交代時間になっても戻ってこないため、あとは隠蔽工作に15分ほど…ね」


 カピィールは裂け目の原因を考えるのを中断すると、先程ユウに返された地図に書かれてあったメモ書きを声に出して読んだ。


「…手馴れてるね」


 ユウは事後処理に必要だった手間を想像してから感想を一言。そして建物から視線を外し、再び街路を見つめる。


「たぶんだけど」


 そして再び補修されたと思われる敷石のところまで歩く。


「通り魔は不意打ちでココから踏み切って、被害者の心臓を一突き」


 およそ10mほど離れた建物の裂け目を指差しながら呟く。


「勢いあまってそのまま壁に被害者を突きたてた」

「なんだそりゃ。まるで制御できてねーじゃないか」


 再び建物へと歩くユウの背中を見ながら、ハチヤはユウの推理を否定するわけでもなく、むしろそれを前提にした犯人像の間抜けさを指摘する。


「だから、試し切りかな?」


 建物の裂け目を撫でながら振り返ってハチヤに問いかける。

 その問いかけに、少なくとも人間を殺した結果を試し切りと発想するユウの異常性を理解できず、ハチヤはよくわからないまま相づちだけ打った。


 そんなハチヤの様子にユウが首をかしげていると、街の中心部から蹄と石畳を転がる音が聞こえた。


「ぺタール公国の紋章…一応、馬車くらいは通るみたいだな」

「帰宅途中かねぇ。もう日も落ちる頃だしなぁ」


 カピィールとハチヤも気付いたのか通りを駆けていく馬車を見送った後、急に日常に引き戻されたように呑気な口調で会話を広げる。


「向こうには何があるの?」


 ユウは馬車の来た方向を指差しながら二人の顔を見た。


「神殿だな。シグルドっていう英雄神を祭ったトコで、騎士団の訓練所みたいな役割も果たしてる」

「物知りだね」

「ユウが無関心すぎるんだろ。公国に来て真っ先に観光した場所だぞ。俺の場合」


 ハチヤは歳相応の表情で素直に感心しているユウを見ながら呑気に自慢話を始める。


「まぁユウは特別、神様に縁がないしな。てーするとさっきの馬車はその帰りか?」

「公国の紋章を掲げてるような馬車に縁があるとも思えねーけどな。あ、ちなみに中級以下の貴族程度じゃ、私用で公国の紋章を掲げるのはタブーな。だからさっき通ったのは超偉い貴族で…」


 ハチヤはカピィールの質問に…自分の得意分野に詳しく答えるのだが、ユウもカピィールもその辺には疎いため、さらには興味もないため貴族にも上下関係があるんだなぁ程度に捉えるだけだった。


「んと、今日は帰ろうか」


 ハチヤの力説を遮って、ユウはまだ山の端に少しかかった程度の太陽を見ながら二人に提案する。


「カリローにはあと3箇所くらい回るよう命令されてるぞ?」

「さっきから誰かに見られてる」


 ハチヤがとても残念そうに諭すと、ユウは平常どおりの体であっさりと物騒なことを言う。


「誰もいねーけど、まぁユウがそう思うんなら帰るか。妙なことに巻き込まれたらカリローに怒られるしな」

「口うるさいからな、あの理詰め野郎は」


 ハチヤとカピィールは思わず身構えそうになったが、目の前にいる少女が警戒していないのを見てやめた。彼女の危機察知能力がずば抜けているのは嫌というほど思い知らされている。ハチヤだけがとりあえずユウの視線だけを追ってみるが、あるのは遠くに見えるドラヴァ地方を囲う山脈くらいだった。


「帰るか、言い訳はユウよろしくなー」


 ユウは「帰る」と宣言したにも関わらず背中に感じる視線…、上空からくるそれに殺気こそ無いが敵意は感じた。


「めんどう」


 その無遠慮な視線については相手が隠す気がないのか、それともこちらの技量を侮っているだけなのかは判断がつかない。しかし事件関係者であればそのうち顔を付きあわす破目になると決めつけて、ユウはそれ以上考えるのをやめた。


   ■


 時間を遡ること3時間。カリローとナトゥーアもまた犯行場所へと訪れていたのだが、いつもの変わらぬ日常を繰り広げている住民達に困惑していた。目の前の状況にカリローが何か策を練ると押し黙って半刻、ナトゥーアはいい加減飽きていた。


「カリローさん。暇。こんなとこ見たってなんも無いって」

「情報によると3日前の犯行現場なんだがな」


 ナトゥーアが頬をふくらませて、思案顔のカリローの背中をげしげしと蹴る。カリローはそれに静かに耐えながら情報に間違いが無いのか、何度目になるのかも忘れるくらい見た地図を見直す。


「さすがにこれだけ店が立ち並んでる場所を捜査するなんて無駄だって」

「ん、そうだな。他を当たろうか」


 ナトゥーアは通り魔事件を微塵も感じさせない平和な日常を送る住民を指差し、カリローを通りの中央から道の端っこに引っ張る。カリローはまだ事件調査を諦めていないらしくナトゥーアに引っ張られながらとぼけたことを言う。

 臨機応変の利かないリーダーカリローにゲンナリしながら、ナトゥーアは先程からこそこそと付きまとう影を背にカリローの耳元に顔を寄せた。


「でー、騎士団の皆さんが私らのこと尾行してるんだけど捲く?」


 耳元で囁かれた吐息に過剰に反応してカリローは上半身を仰け反る。その反応がナトゥーアの嗜虐心を刺激するのだが悪戯するのは自制。一歩後ろに跳ねて、後ろに手を組んで試すような視線をカリローに向けた。


「放っておこう。しかし、こうなると日の浅い場所を調べるよりもなるべく人通りが少ない場所を調べた方が成果があがりそうだな」


 まだ少し動揺しているのか声を上ずりながら、カリローは無理に話題を変える。


「ユウちゃん達の方? あっちは行政府とかしかないから人通りは少ないだろうねー」


 追撃はせずにカリローの話に乗ると、すこし視線をさまよわせた後、ココよりはマシな成果が上げられそうだと悪戯っぽい笑みを浮かべてカリローを煽った。

 しかしナトゥーアの予想に反してカリローは口元を右手で覆う。ナトゥーアは自信が無い時の発言をする彼の癖だと知っていた。


「ナトゥーア、君も精霊魔法が得意だったな?」

「どしたの?」


 再び話題が変わる。ナトゥーアは少し困惑しながらカリローの次の言葉を促す。


風の精霊ジンの残り香のようなものは感じなかったか?」

「えー、あたしそんなに鼻の効くほうじゃないからなぁ」


 精霊魔法について相談されるのは意外だった。ナトゥーアは少しだけ思い返すがそのような感触は無かったしカリロー自身も曖昧な様子であるため、答えを濁す。


「他の場所より枯渇しているように感じる」

風の精霊ジンを日常で利用することは少ないからねぇ。火の精霊サラマンダー水の精霊ウィンディーネ土の精霊ノームなんかは日常生活に取り入れられてて常に枯渇してそう」

「自然界にあるマナは一晩も置けばだいたいは元通りになるから、こういった違和感は感じないんだ」


 ナトゥーアは一般論をカリローに諭すと、彼は彼女の言葉が正しくないことを指摘する。


「ほほう。こんな都会でも回復しちゃうの?」

「火を起こす者もいれば、井戸の水を汲む者もいる。土の精霊ノームは行商人にくっ付いてやって来る。田舎よりはむしろ都会の方がマナは潤沢にあるものさ」

「そうなんだ、意外」


 ちらりと騎士団の様子を見て、動きが無いことを確認しながらナトゥーアはカリローのご高説に素直に感心する。


「ただ、風の精霊ジンはココのように城壁に囲まれた場所だとマナの回復が遅れたりするね」

「じゃあ、カリローさんの違和感はあながち間違っても無いんじゃないの?」


 カリローが自分で違和感の裏づけをするような台詞を口に出すのにも驚いたが、専門家の直感は尊重すべきだと判断し、ナトゥーアは彼の意見を支持するような素振りを見せる。


「どうかな? 先程、綿菓子を作っている屋台を見かけてね。あれも風の精霊ジンを利用している」

「間違いなくそのせいだよ」


 ナトゥーアはここに来てカリローに遊ばれていることに気付き、再び彼の背中をげしげしと蹴った。反撃こそしないものの、カリローはナトゥーアにからかわれた分の仕返しが出来て満足なのかカラカラと笑った。


「そういうことにしておこうか。さて、そろそろ酒場に戻ろう。何を警戒しているのかは知らないが官憲の皆さんをあまり長いこと拘束するのも気が引ける」

「私たち手柄0なんだけど、向こうが超手がかり見つけてたらどうする? ユウちゃんいるし?」


 調査を切り上げ帰宅を提案するカリローにナトゥーアが意地悪そうに、最も彼が気にしているであろう現実を突きつけると、彼は真顔で硬直し無言で彼女に打開策がないか助けを請うような視線を送る。


「待て、僕はまだ残って…ああ!」


 ナトゥーアはたまにはリーダーカリローが他の3人に一方的に叩かれる姿も悪くないと考え、無理に彼と腕を組むと引きずるように「踊る翠羽の妖精亭」へと帰路を急いだ。


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