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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
18/63

シティアドベンチャー4(4)

追記 4/7 修正

 早朝におよそ似つかわしくない金属音が木霊する。


 ユウはハチヤの攻撃をあえて避けず一合、二合と手に持った木刀で彼のもつ大剣の攻撃を受け流す。足を止めて相手の攻撃をあえて受ける。彼女の好むスタンスとはかけ離れてはいたが、目の前の青年の真摯な態度を無碍にするのは少々気が引けた。


「おおおおおおおおおおおおおっ」


 ハチヤは衆目の目など構いもせず、声を張り上げ大上段に大剣を構えその切っ先をユウに向ける。何故かは知らないが彼女は足を止め、正面からの打ち合いに応じてくれている。体格ならばこちらの方が遥かに有利、150センチほどの小柄な相手に力押しするのは少なくとも下策ではない。


「だああああああああああああ」


 2度の打ち合いでバランスを崩したユウに向けて大剣を下ろそうとした瞬間、ハチヤの視界が真っ暗になる。


「へぶっ」


 次の瞬間にはハチヤは空を仰いでいた。


 気付けば隣にはユウが座っている。どうやらしばらくの間、気を失っていたらしい。

 ユウ曰く、全力切りを見切ってのカウンター。ハチヤは顔面に掌底をもらってそのまま後頭部から地面に激突したらしい。加減を見誤ったとしょげる彼女にハチヤは僅かながらでも進歩したと逆に喜んだ。


「ハチは小細工が嫌いみたいだね」


 まだ体がの自由が利かないハチヤの傍で、ユウは呆れるほどまっすぐな剣筋を思い返しながら呟く。

 ユウは小細工というが、ハチヤはそれこそが彼女から学びたい実戦型剣術であり、いま自分が欲しているものだとカリローに相談した時に分かっている。


 だからこそユウの言葉はハチヤの胸を抉る。ユウの言葉はハチヤが欲しているものは得られないと暗に言われたようなものだった。


「今度こそいけると思ったんだけどなぁ」


 意気消沈したハチヤの表情を見かねてユウが「どうしたの?」と声をかけてくる。年下の女の子に心配されることほど辛いものはない。ハチヤは気を取り直してユウを追い込んだ先程の模擬戦を振り返る。


「いい線はいってたと思うよ?」

「ホントか!?」

「ただ、相手が真っ向勝負に乗ってくれるのが前提」


 ユウからの褒め言葉に思わず、彼女の目を覗き込む。しかし言葉とは裏腹に彼女の表情は硬い。

 先程の打ち合いはあえてハチヤの攻撃を正面から受け止めたに過ぎない。ハチヤに自信を持たせるのも必要だが実力が発揮できた理由を諭すことも必要だと考えた。


「真っ向勝負?」


 案の定、分かっていないハチヤに説明するべく、ユウは自分の中にある語彙をフル回転させる。


「地形や状況で整えるのもいいけど、舌戦が一番手っ取り早いかも」

「舌戦?」

「相手を煽って怒らせてみたりとか」


 前回のトロールでユウは相手を逆上させるために危ない橋をいくつか渡った。ヘイトを稼ぐために相手を煽り、攻撃を紙一重で避けてみせる。実際、武人の多いトロールには絶大な効果があった。


「そういうのは苦手なんだけどなぁ」


 ハチヤは自分のように口下手なわけではない。育ちのよさがそういった悪意を増幅させるような真似に忌避感を抱かせるのだろう、このアプローチは失敗だとユウは判断した。


「とにかく相手を自分の土俵にのせることを努力した方がいい」

「出来たらどうなるんだ?」

「さっきと同じくらいの戦い方は出来るよ」


 ユウは木刀をハチヤに返すと、振り返らずそのまま朝刊配達アルバイトへと向かった。


   ■


 商工会を訪れてから二日、カリローは未だに通り魔を捕まえるための行動に出ることを控えていた。


 隠蔽工作のせいで犯人像の特定が出来ていないことも原因のひとつだが、ユウとナトゥーアの言う監視者の存在も拍車をかけている。「踊る翠羽の妖精亭」で遅めの昼食を取りながら、どうしたものかと思案していると、不意に肩を叩かれる。


「グラチャニン商工会からだ」

「すまない、店長。…手紙?」


 手紙を渡すと店長は再びカウンターの奥へ姿を消す。直接渡してくるところを見るとそれなりの機密事項なのだろう。


「昨日も通り魔がでたんで情報よこしてきたんじゃねーの?」

「内容はその通りだが、ハチヤそれをどこで知った?」


 目の前でオーダーした鎧の着心地をカピィールと相談していたハチヤが口を挟む。カリローはハチヤの言葉に慌てて手紙に目を通すとほぼ同様の内容が書いており咄嗟に声を潜めて尋ねた。


「ユウはアルバイト先で噂好きのおばちゃんから聞いたらしいぜ?」

「隠蔽工作とはいったい…」


 ハチヤが素っ気無く言うと、意外な情報源にカリローは頭を痛めた。

 恐らくは通り魔事件が頻繁になることで隠蔽工作自体が破綻し始めているのだろう。カリローが予想していたよりも時間はないのかもしれない。


「店長、すまないが地下室を借りるよ。ハチヤはユウとナトゥーアを迎えに行って来てくれ」


 カリローは食事を切り上げると、カウンターに向かい店長に声をかける。返事はなく、代わりに給仕の1人が地下室の鍵を持ってくる。ハチヤは彼の指示に特に疑問も持たず、新品の鎧を身に着けたまま酒場を出て行った。


「地下室? そんな秘密話する必要があるか?」

「せめてポーズだけでも内緒話をしてる風にしておきたい」

「どういうことだ?」


 残されたカピィールが周囲を見渡しながら秘匿の必要性に疑問の声を上げるがカリローは納得させる言葉を用いない。


「あとはまぁ、あっちで話そう」


 地下室へ繋がる階段を指差して、カリローは鍵を片手にすたすたと歩いていった。


   ■


 ユウとナトゥーアは金属音を立てて先導するハチヤの後ろを黙って歩く。


 心なしかユウが距離を空けているのナトゥーアは微妙な表情で見つめる。正直、金属アレルギーだとは聞いていたがここまであからさまに態度に出るとは思いもしなかった。


「おーい、呼んできたぞー。開けてくれ」


 地下に降りるとワインの香りが鼻についた。周囲にある酒樽からもアルコール特有のにおいが醸し出されている。思わず一杯引っ掛けたくなる衝動を堪えながらナトゥーアは扉の奥へ進んだ。


「ご飯頼んでもいい?」


 ユウが奥で待ち構えていたカリローとカピィールに向けた第一声がそれだった。


「飲食禁止だ」

「ざんねん」

「そんなことより収穫はあったかい?」


 カリローは午前中の間、二人に犯行現場の調査を行うよう指示してあった。


 もちろんパーティを監視する騎士団ともう一つのグループの調査もそれに含まれている。ナトゥーアはカリローがどちらの収穫のことを言っているのか質問の意図を汲みかねていると、突然ユウが彼女の背中をまさぐり始める。


「えっ、ちょっとユウちゃん、くすぐったい」


 残りの3人もユウの奇行に声も出せずに傍観していると、ナトゥーアの困惑をよそにユウはその手を背中から胸へと手を伸ばす。


「あたし、そーいう趣味ないんだけど。ノーマルなんだけど?」

「のーまる?」


 ユウはナトゥーアの胸の谷間に右手を突っ込み、目的のものを捕まえるとナトゥーアから腕を抜き右手で掴んでいたものをぽいっと捨てる。


「ん…ピーピングの魔法か」


 ハチヤがユウの手元から零れ落ちる髪の毛を見ながら呟く。


「そうなの?」


「神聖魔法で視覚聴覚を共有する。材料は自分の体の一部を使うし、たぶん間違いはないだろ。てか知らずに見つけたのかよ」

「かみさま臭かったから」


 ナトゥーアは自分の胸元をすんすんと嗅ぎつつ小首をかしげた。


「まぁ筒抜けにしたところで問題もなかったんだけどね」

「触られ損じゃん、あたし」


 口を尖らせて不満をもらすナトゥーアにユウは何となく「ごめんなさい」と謝った。


「で、通り魔の方の調査のほうはどうだった?」

「獲物はレイピアで確定。風の精霊ジンを使用した痕跡もあり。ついでに言うと制御が上手くなってる。現場を歩き回った結果、レベルアップしたのは2週間前っぽい」


「思ったより成果がでてるなー」

「あくまで推測の域はでないわよ?」


 感心するハチヤにナトゥーアが釘を刺す。


「だいたいの犯人像がつかめれば十分だ。相手のレベルは分かりそうかい?」

「そっちはカリローさん担当じゃないの?」


 ナトゥーアが心外だとばかりに肩をすくめる。


「衛士、レベル33の人間を1人で倒せるとなると、それなりの戦闘経験を持ったレベル34以上の人間に限られてくるわけだが…」


「戦闘経験なんて関係あるのか?」

「無論だ。レベルとは関係ない部分、今回だと尻尾をつかませない点を評価するに、戦闘経験というよりは暗殺技術寄りか。まぁ手馴れているといった表現が妥当かもしれないな。ところで君たちは何をしてるんだい?」


 先程までの会話はすべてカリロー、ナトゥーア、ハチヤの間で交わされている。残りの二人は不参加を決め込んでいるのか、一切口をはさんでいなかった。


「くすねてきたワインを開けて飲んでる」

「ワインよりはテキーラの方が好みなんだがな」


 その代わり、酒を嗜んでいた。ユウの手元にあるのは地下室で寝かされていたワインらしかった。


「出所も大概だが、君たちは何を考えているんだ? それに飲食禁止といったはずだが」

「あん? 結局は囮で捕まえるんだろ?」

「囮はハチか私のどちらか」


 カリローの怒りなどそよ風のように受け流し、酒盛りを続ける二人。カリローは察しがよすぎるのも考え物だと身に染みて思い知らされた。


「まぁ、独りきりの時しか出てこないんだから囮はわかるけどよ。どうしてユウと俺なんだ?」


「…レベルだ」


 「私も飲むー」とナトゥーアも手近なコップを手に取りユウに酌をさせている。飲食禁止の部屋に何故コップがあるのかと思わず店長に物申したくなるがそれを堪える。そして苦虫を噛み潰すような表情で3人を見ながら、ひねり出すようにハチヤの質問に答える。


「公称で私がレベル31、ハチが35になってるから」

「結構いい奴だね。つまるところ相手は格下しか狙ってこない。36のあたしとカピィールさんはお役ごめんなのさ」


「まぁ、相手もレベルアップしたらしいから、可能性は0ではないがね」

「そしてカリローさんには100%寄ってこない。ある意味一番役立たずだよね」

「調査の時も役にたたんかったしな。こっちは初日である程度の犯人像を仕上げたっていうのによ」


 カピィールがカリローが今一番気にしている点を的確について来る。


「貸せっ」


 カリローがユウのもつボトルを奪い取るとそのままラッパ飲みで半分以上残っていたボトルを空にする。


「とにかく、今日から作戦を開始する。通り魔は街全域に満遍なく現れているから、街の東大通付近をユウ。西大通をハチヤ。その間を等分してナトゥーアとカピィールが配置。僕はここで情報を集める。これでいいな?」


 空にしたボトルをテーブルに置くと、4人を睨む。


「いいけど、騎士様ともういっこの監視者どうするのよ?」

「どうやって連絡を取り合うの?」


 他にくすねてきてないかユウに問いながらナトゥーアが、首をふるふると振ってからユウが、共に自棄になっているカリローを咎める。


「連絡は商工会の方でサポートしてもらうつもりだ。そして今晩から夜間巡回する旨を伝える」


 カリローの発言にユウが怪訝な表情を露わにする。

 ユウは彼の発案が悪手だと無言でプレッシャーを与えてくるが、他に代替案があるわけでもない。責める様な視線を浴びてカリローは思わずため息をつく。


「騎士団は?」

「放っておけ、官憲に楯突くつもりはない」

「何かあった時はひたすら逃げるってことね」


 カリローの穴だらけの作戦にナトゥーアは思わず天を仰ぐ。通り魔事件の解決だったはずなのに思った以上に裏で利害関係が複雑に絡み合っている。面倒臭さに思わず依頼放棄という選択が頭を掠める


「よく分からんもう一個の集団はどうする?」


 カリローに続けてナトゥーアも浮かない表情となる。カピィールは二人の様子から面倒な依頼なのだと認識。かといって今更依頼放棄するという選択もない。せめて建設的な意見を発言する。


「ユウ、正直君しかその集団を認識していないのだが…」


「ん、邪魔するなら捕まえて洗いざらい吐かせる」

「そうかい。なら任せるよ」


 カリローはさらりと物騒な発言をしたユウにそれ以上追及する勇気はなかった。ただ厄介ごとがさらに増えないよう祈るばかりだった。


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