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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
17/63

シティアドベンチャー3(6)

追記 4/7 修正

 深夜と呼ばれる時間、ユウは予定通り東大通でぽつんと立っていた。グラチャニン商工会からリークされた警邏の巡回ルートは予め避けて通るように移動はしている。


 ユウは両腕にナックルガード、両足にレッグガードを身に付けているものの着こんだ服はえんじ色のリネン製の半袖にキュロット、さらにその下にスパッツ、サンダルという普段着のままだった。

 「踊る翠羽の妖精亭」で仲間と別れる際にフル装備をした4人に文句を言われたが、気にはしていなかった。現にこうして人気のない街路で見つめてくる視線は商工会から派遣されたと思われる3人の男だけで騎士団や謎の集団はいない。クジでいうところのハズレを引いたのだとユウは思う。


 あと2時間もすれば空も白む。


(何も起きないかな?)


 気が緩んだところに甲冑が鳴らす金属音が聞こえた。

 方角は西。


 カリローは上手く通り魔を釣り上げることに成功したらしい。商工会の男達が近づこうとする雰囲気を見せる。ユウは迷わず近場の建物を駆け上がると、男達を撒いて屋根伝いに西へと向かう。


   ■


「カリローの旦那。東に配置した部下から連絡があった」

「そうかい。こうも簡単に釣れるというのも味気ないものだね」


 酒場に待機していたカリローは商工会の男の報告を聞くと外套を翻し、東大通へと向ける。ユウがいる場所まではおよそ20分程度、途中でカピィールやナトゥーアと合流できると考えている。


(まぁハチヤの出番は今回はないだろう)


 一番遠い位置にいるハチヤはユウのいる場所までどう急いでも1時間はかかる目算だ。体に風の精霊シルフを纏わせ移動速度を上げる。商工会の男を待つ必要も無い。カリローは久々に全速力で走ることにした。


   ■


「カピィールさんも呼ばれた口?」

「東の方に出たんだってな。ハチヤには悪いが今回はあいつの出番はないな」


 ナトゥーアはカピィールの速度に合わせて併走しながら着々と組みあがっていく包囲網に舌を巻いた。彼女らを囲うように騎士団が距離を詰めている。

 何故騎士団がこんな夜中にいるのかは納得がいかないが、この様子であれば通り魔を取り逃がすこともないだろうと安堵する。

 中央通をぬけたところでカリローと合流し、さらに東へと歩みを進める。


「ナトゥーア、先にユウのところに行って貰ってもいいか?」

「いいけど…、いいんだけどね」


 リングメイルにカイトシールドを背負い、肩には重そうな鈍器を抱えて短い足を跳ねるように動かすカピィールと、若干息のあがっているカリローの様子をみてナトゥーアは笑うしかなかった。


「あとで一杯奢ってね」


 捨て台詞を残してナトゥーアはあっという間に小さくなっていった。


   ■


「ナト!」


 屋根伝いに西へと歩みを進めていたユウがナトゥーアと出会うのはそれからほんの数分経ってからだった。

 ナトゥーアが屋根の上のユウを見つけて手を振る。


「あれ? ユウちゃん通り魔は~?」


「よくわかんないけど、騎士団に包囲されてる」

「通り魔が?」

「私たちが」


 4m上から建物の雨どいや壁を利用して地面に降りるとユウはナトゥーアの手を引っ張って路地裏へ押し込む。


「東大通にいた奴、見つかったか?」

「こっちは見てないな。ほんとに確かめたんだろうな」

「冒険者如きが裏をかけないっしょ、まだ東側にいるんだよ」


 甲冑を鳴らしながら3人の男達がランプ片手に街路を走り抜けていく。ナトゥーアはユウに口を押さえられ、その光景に瞬きを繰り返すばかりだった。


「どうなってるの?」

「アルと合流しよう。騎士団は全部任せることにする」


 ユウは手近にあったゴミ箱を蹴り飛ばし、おもむろに路地裏から飛び出すとナトゥーアが来た道を戻る。ナトゥーアも困惑しながら手元の拳銃を引き抜き空に向かって3発ほど発砲。先程の3人を含めた10人ほどの騎士団が彼女達の後を追ってくる。


 5分ほど走ると長身のエルフと150センチほどのドワーフが街路を塞ぐように立つ騎士団と大声で問答を繰り広げている。


「アル、後ろも任せた」

「ユウ?」

「通り魔は東にはいない」


 それだけ言うとユウは両方から迫る騎士団を尻目に建物の屋根へ駆け登る。


「逃がすな!」

「どーなってるの?」


 騎士団の声に追いついたナトゥーアが半眼でぼやく。


 こっちが聞きたいとカリローは思う。

 しかしハチヤだけがおらず、彼がいるはずの西側への道は騎士団に塞がれている。状況だけで判断するに、今一番命の危険があるのはハチヤだということだけは把握した。


「ナトゥーアはユウを追ってくれ。ここは僕たちで何とかする」


 屋根の上でこちらを見下ろすユウを見ながらカリローが叫ぶ。


「ったく、官憲さんに喧嘩売らないでよ」


 ナトゥーアは西へ姿を消すユウを追って屋根を駆け登っていく。


「なぁ、お前、何か悪さをしたんじゃないのか?」

「覚えはないな」

「悪さをした奴は大抵そう言うもんだ」


 騎士団に囲まれたカピィールとカリローはお互いに憎まれ口をたたきあった。

 街南部から中央部へ抜ける街路を封鎖され、ハチヤが担当した街西部への通路は塞がれている。


 つまるところ、この先に見られてはいけない何か、犯人である通り魔がいるということなのだろう。カリローは通り魔の後ろ盾の大きさを改めて思い知った。


「友人がいるので、この先を通してもらいたいんだが?」


 何度目かになる問いかけを行うが、返事は「ノー」だった。足の速いユウとナトゥーアには包囲網を上手く突破してもらい、街西部へと向かっいる。

 彼女達が間に合えば事件も収束には向かうだろうが、目の前の出来事を鑑みるにそう上手く事が運ぶ保証は五分だとカリローは考えている。


「面倒だから叩きのめすか」

「迂闊に官憲に喧嘩を売るな。後が面倒なんだ」


 カピィールは苛立ちを見せて、遠巻きに自分達を見ている騎士団に威嚇を行うがカリローがそれを諫める。その言動だけでも十分脅威なのか騎士団は表情を強張らせていた。見せしめに一人二人を痛い目に遭わせれば包囲にも穴が開きそうだが、今後、街での行動制限がかかるのは火を見るより明らかだった。


「役目を忘れるなよ」


 今にも飛び掛りそうなカピィールにカリローが声を潜めて言う。


「分かってる、分かってるんだが…ハチヤの奴、無事かなぁ」


 泣きそうな顔をして呟くカピィールを横目にカリローは街西部を見やる。空はまだ暗く月明かりも心許ない。暗雲すら立ち込める様相に不安は募るばかりだった。


   ■


「ユウちゃん、ハチヤ君は無事だと思う?」

「ん…、ちゃんと覚えててくれるなら」


 屋根から屋根へ飛び移りながら呑気に話しかけてくるナトゥーアに、ユウは僅かに視線をさまよわせた後、早朝訓練のやり取りを思い浮かべながら返答する。


「覚えてる? 何を?」

「今の自分の戦力ちから…かな?」


 次の屋根まで幅3m。だいたいの目測をつけると跳躍、着地、後方からの投擲をかがんで回避。一連の動作を淀みなくこなしてからユウは気難しい表情をナトゥーアに向けて答える。


「ふむふむ。己を知れば百戦危うからずだね」


 後ろを振り返り、騎士団とは毛色の違う追っ手の数を確認しながらナトゥーアは何度も頷く。


「そうなの?」

「昔の偉い人は言ったものさ」


 さらに次の屋根に先に着地したユウが追っ手を視認。ナトゥーアの言葉に問いかけながら指で人数を見せると、ナトゥーアは答え合わせとも、ユウの質問に対する回答とも取れる仕草をとった。


「しっかしまー、相手も懲りないね。まだ追いかけてくるし」


 相手は4人。地上4mほどの高さではあるが、屋根伝いに走る二人に劣らない身のこなしをみせる追っ手にナトゥーアは毒づいた。先ほど騎士団に包囲された時は面食らったものだが、今度は暗殺ギルドにでも所属してるのではないかと思うくらいの輩に追い掛け回されている。黒幕の後ろ盾の大きさには呆れるばかりだった。


「どした? おなかでも痛い?」


 それでも…辟易しながらも逃走劇は続けるの訳なのだが、隣を併走するユウの顔は浮かない。


「通り魔は誰なんだろうね?」

「誰って…正体不明の不審者でしょ」


 依頼者からの情報はそれだけで、正直目処はつかない。ナトゥーアは思ったことをそのまま口に出す。


「私達は意図的に分断されてる」

「そいえばそうだね」


 屋根から下を見ると、街中央部から街西部へ繋がる街路も騎士団に封鎖されていた。多少のリスクを犯してでも空の道を選んだ選択は間違っていないようだ。追っ手のほうも騎士団と連携するつもりは無いらしく、大声を上げる素振りは見せない。


「…雇い主は敵」


 地上の騎士団をやり過ごして街西部へ進路を取る。ユウは相変わらず浮かない表情のまま呟く。


「胡散臭いけど、それはないよ。本当に困ってたし」

「でも、パーティのレベルは、ばれてる」

「そりゃ、ユウちゃん以外は隠蔽されてるわけでもないからね」


 飛躍しすぎた妄想を打ち消すようにナトゥーアはユウを諌めるが、ユウは言葉を止めない。


「アルは38、カピィは36、ナトも36。ハチは35…」

「ハチヤ君にいたっては成り立ての35だねー」


 ユウはナトゥーアの言葉に思わず「そうか」と声を漏らした。


「…ようするに、最初から狙いはハチヤ君ってことかな? レベルが35で、なるべく上がりたての冒険者を探してたらぶち当たったと」


 ユウの言葉にナトゥーアが反応するのには少し時間があった。自分の中で「ありえない、ありえない」と言い聞かせながら、ユウが至った結論を言葉で紡いでいく。


 それに対してユウは何も言わず足を止めた。


「あたしはそういう陰謀論は好きじゃないなー」


 ナトゥーアはそれに釣られて足を止めるが、すぐに移動を再開する。


「それに、ハチヤ君はそんなに弱くもないでしょ」

「そうだね」


 遠ざかったナトゥーアにユウは相手には聞こえないであろう声量で応える。


「なにより、今から凄腕のスナイパーが援護射撃に入るんだ。ボコボコにしてあげるわ」

「…依頼の条件は生け捕り」


 高笑いを残して遠ざかっていくナトゥーアにため息をついた。


 そして追っ手の4人と屋根を挟んで対峙する。迂回路はあるがもう一人ナトゥーアを追いかけるには少し距離がある。それにユウ自身も目標のうちだろう、相手にとっても各個撃破できるチャンスを逃す理由は無い。


「雇い主は…誰?」


 ユウの問いかけに対する答えは無言の投擲。ユウが陣取った場所を離れなければ避けることの出来ない軌道で投擲された4本のナイフを、ユウは敢えてその場に踏みとどまり、そのすべてを両手で叩き落す。


「ひとつ」


 投擲を避ける前提で飛び掛ってきた相手にカウンターの右ストレート。追撃に浴びせ蹴り、意識を失った相手は受身を取ることなく4m下の地表へ落下。


「ふたつ」


 こちらの屋根に下り立った残り3人のうち身近にいた1人の手を取ると強引に引っ張って共に屋根から落ちる。空中で姿勢を入れ替え相手の上に立つと、下にいる人間を足場に跳躍。思いっきり頚椎を足場にしたせいか、呻き声はせず、ゴキリと何かが折れる音がした。


「みっつ」


 迂闊にも顔を覗かせて地表の様子を見る相手の足を掴むと、外壁を思い切り蹴り上げて、掴んだ手を中心に再び屋根の上へ、足を捕まれたほうはその反動で姿勢を崩して転倒。


 転倒した仲間を庇うように襲い掛かってくる相手の攻撃をしゃがんでかわすと、相手の股に手を差し込み立ち上がる。

 相手は着地して威力を吸収するはずだった下半身を持ち上げられたせいで、そのまま頭から屋根に激突、さらにユウが上下逆さまの相手の下腹部への肘鉄を打ち込むと、その威力で反対側の外壁に衝突し落下した。


「雇い主は…誰?」


 転倒したまま姿勢を回復させる暇を与えず、ユウは最後に残った追っ手の下腹部を右足で無遠慮に踏んだ。肺から空気が洩れたのか相手の口から「ごふぅ」という生理反応こそしたものの、その後の動きは無い。


 追っ手、真っ黒な布で体を覆い、その布の下もまた黒い上下の服を着ており、その体つきは思ったよりも華奢で小柄だった。目元から下を覆い隠した覆面で容貌も男女の区別もつかない。ただ右手にどこかの徽章らしきものが刺繍されているが、調べたところで役には立たないと判断し、ユウは相手の観察を終えた。


「雇い主は…誰?」


 足をどけると相手の左手を手に取り、そのまま小指を折る。相手は体を痙攣させるだけで悲鳴をあげる素振りはない。

 ユウは質問の返答を待たずに薬指を折る。返事の代わりに相手の右手から発射された何か針のようなものを相手の左手で受け止めると、ユウは慌てふためく相手を他所にため息をついた。


「まだ指は8本あるよ?」


 先ほどの針には毒でも仕込んであったのだろうか、相手の動きが緩慢になっていく。これ幸いにとユウは相手の精神を折るために蠱惑的な声色で囁く。

 それでも相手の目はまだ死んでいないようだ。


「骨だけならあと198本ある、朝までゆっくり話そう?」


 ハチヤへの支援はナトゥーアに任せる。

 そう心の中で決めたユウは、かつて自称拷問のプロから聞いた自慢話の中の一節を声に出して人差し指に目標を変えた。


   ■


 追っ手をユウに任せて、ナトゥーアは夜の空を駆ける。相手は4人だったが、あの少女の事だ、何の問題も無く片付けてしまうだろう。

 何度目かの跳躍を終えてたどり着いた屋根の上で、静寂に包まれた夜の街にそぐわない金属音が木霊する。ナトゥーアは自分の能力を発揮し暗闇に包まれた街路を見据える。


「やや劣勢。ハチヤ君もなかなかやるもんだ」


 口笛を吹きながらナトゥーアは背負っていた新品の狙撃銃を組み立てる。目の前で繰り広げられている攻防に比べてその作業は随分とゆっくりとしていた。


「さてと、目算ざっと60m。射程距離は十分」


 組み立て終えた狙撃銃を手に伏射の姿勢とる。


「通り魔君もなかなかいい動きするね~」


 スコープから二人の動きを傍観しながら思わず通り魔の動きに感心した。ハチヤの方は大剣を振り回しているようだが、不恰好で当たる気配はない。相手が凄いというよりは、ハチヤの動きが拙すぎる。


「でもまぁ…、実戦は一対一さしでやる機会なんて無いんだよ。残念だったね、お坊ちゃま」


 無遠慮に一方的に攻撃を繰り返す通り魔にハチヤは防戦一方。回避など微塵も考えてないその様子に思わず相手へのアドバイスを口走る。


 切っ掛けはハチヤが大剣を大振りした瞬間。


 これ以上無い注意の引き方。もしナトゥーアの存在を知った上でコレを行ったのなら、ハチヤへの認識は改める必要がある。

 迫る不審者の右肩目がけてトリガーを引く。

 轟音とマズルフラッシュで一瞬ナトゥーアの五感は使い物にならなくなるが、次に見たときには通り魔は右肩から先をだらりとさせて、持っていた突剣も取り落としている。


「本当はヘッドショットを狙いたかったんだけど、さすがに殺しちゃ不味いもんね」


 新調した狙撃銃の威力に心酔しながらナトゥーアは残念そうにぼやいた。


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