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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
はじまりの冒険者
16/63

シティアドベンチャー2(1)

追記 4/7 修正

 まだ日の光も及ばぬような早朝、男女が対立し武器を構えていた。

 男の方は息を荒くし、肩で呼吸をしながら刀身1mに及ぶ大剣を正眼で構える。一方で女の方は刀身50センチほどの木刀を肩に担いで冷ややかな目で相手を見ていた。


「そろそろ時間」

「も、もう一合だけ」


 ため息をつくとユウは右手に持った木刀をハチヤに突き出すようにして構えた。左半身を引いた構えはどちらかというとフェンシングのソレに近い。


「行くよ」


 ハチヤの肩を狙うように突き出す右手。相手の大剣のリーチもお構いなく無遠慮に踏み込む。ハチヤは反射的に大剣を振り上げるが、相手の腕に届く前に右肩への衝撃。思わず体勢を崩してしまいそのまま大剣を取り落とした。


「じゃあ、これでおしまい…ね?」


 さらに追撃の左回し蹴りを寸でのところで止めると、ユウはハチヤに突き付けた木刀を下ろした。


「わかった。でも何が悪いんだ、一方的に攻められてるだけで進歩してる気がしねぇ」


 取り落とした大剣を足元にハチヤは腰を落としてユウを見上げる。麻のシャツに短パンその下にスパッツ。手には皮手袋、足はレガースにサンダルとラフな格好でとても模擬戦をやる出で立ちではなかった。


「実際、進歩はしてない」


 器用に木刀を回転させ、持ち手をハチヤに突きつける。樫の木で作られたそれなりの上等品である。最初は素手で模擬戦を行おうとしたユウに、せめて剣術を学びたいとハチヤが買い与えたものだ。


「ハチは遠慮が多すぎる。もっと真剣にやらないと、私も何も教えられない」

「いや、でもよ…」


 目を落とした先にあるのは大剣。ディフェンダーと呼ばれる人造神器アーティファクトで持ち主の防御力の引き上げを行う代わりに攻撃力を減少させる武器だ。刃をつぶしているわけでもないので、こんなものでも全力で切りかかれば大怪我は免れない。


「私は言ったよ。傭兵部隊に放り込まれて5年も生き延びれば身につくって」


 ユウは近くにおいてあったタオルをハチヤに被せると、何度目かにもなる台詞を改めて言った。


「それは比喩的な何かだろ?」

「そうだけど…、上手く話せない。アルに一度相談した方がいいと思う」


 ハチヤがタオルを被ったまま言い返すと、ユウの方は返答に詰まり、天を仰いで視線を泳がせた後、一番理論立てて物事を語る仲間の名を口にする。


「カリローか。あいつ自分用の書庫作ってからは顔見せないんだよな」

「じゃあ、私はアルバイトがあるから片付けはお願い」


 ハチヤの文句を聞き流しながら、ユウはその場を後にした。


   ■


 遺跡の調査から2週間。特に依頼もなく日々を自由に過ごしていたがハチヤの剣術指南おねがいについては、ユウの方が根負けして早朝だけならという約束が取り交わされた。


 ユウ自身、口下手でその上、培ってきた技術も必要があって仕方なく身に付けたものだし、教えを請うなどということは人生の中でも経験が無かった。

 そんな自分がハチヤに剣術を教えることなど、天地がひっくり返ったところで無理なのは明らかで、ひとまず己の追体験という形で実戦を模したことを行っているものの、成果は上がる素振りはない。

 朝刊配達アルバイトをこなしながら、色々考えてみるのだがどうにもいい方法というのが思いつかない。いっそ気功術を学ばせてしまえば地力の上昇はという成果は得られるだろうが、ハチヤが望んでいるのはそういう即物的な力ではないことくらいはユウ自身も理解していた。


「ユウちゃん、いつも元気ね」


 朝刊配達を始めてから、時に声をかけてくる街の人々も増えてきた。いま声をかけてきたのも割と早い段階で声をかけてきた人物の一人だ。


「おばさんも、寒くなってるから体調に気をつけて?」

「そーいえば、ユウちゃんは知ってる? 最近通り魔が出るって話」


 ユウの気遣いに気をよくしたのか、相手は世間話をし始めた。幸い時間が時間だけに拘束される時間は少ない。午後などに捕まった時は夕方まで雑談に付き合わされたものだが今はその心配もない。

 目新しい話題にユウが首を横に振ると、おばさんはユウに近づき少し声をひそめる。


「なんでも衛士さん達もやられちゃってるらしいのよ。おかげで旦那の夜遊びも大人しくなったからおばさん的にはいいことなんだけどね~」

「通り魔?」


 後半はあっけらかんと、出会ったときと同じような口調で話すおばさんに、ユウは気になったワードを抜き出して、首をかしげながら反芻する。


「死人が出てるって噂だし、ユウちゃんも気をつけるのよ。早朝だって人気が少ないんだから」

「うん、ありがとう」


 ユウはまだ話したりないという表情のおばさんに抱えた新聞の束を見せると、お礼を言ってその場を後にした。

 比較的治安のいいこの街で通り魔など、街の人にとってみればショッキングな内容だろう。それでも夜間の外出禁止のような厳令が出てないところを見ると、それほど深刻ではないのか、あのおばさんが相当の情報通なのかのどちらかだが、後者はないなぁとユウは笑みを漏らした。


   ■


「で、ハチヤ。要領が掴める様な説明が出来る準備はできたか?」


 「踊る翠羽の妖精亭」で遅めの朝食を取りながらカリローは同席するハチヤに強めの口調で言う。対するハチヤのほうはしどろもどろで、「あー」とか「えー」とか意味のない言葉を繰り返すばかりだった。


「ユウから剣術を学ぶのはいいが、お前は既に騎士としての剣術をものにしているだろう?」


 カリローはハチヤの態度を見ながらため息をひとつ、我ながら甘いなと思いつつも助け舟をだす。


「いや、そうなんだけどさ。どうも実戦向きじゃない気がしてだな」

「ハチヤ、君の言っていることは分かるつもりだ。ユウのアレを見せられれば、習ってきた型や定石が無駄なんじゃないかと思うのも無理はない」

「だろ。実戦派剣術っていうのか、そういう臨機応変に戦える何かをだな~」


 ハチヤがユウから学ぼうとしたことを言葉にするよう誘導し、本人に自覚させたところでまずは一仕事済んだなと、カリローは安堵する。


「ハチヤ君、いっそ剣術のほうは諦めて神聖魔法を勉強するべきじゃない?」


 ハチヤが頭を抱えて悩んでいる姿にちょっかいを出しながらナトゥーアが空いてる席に座った。


「ナトゥーア、君も遅い朝食かい?」

「依頼書とにらめっこしてたら、聞き覚えのある声が聞こえてきたら切り上げてきたの」


 ナトゥーアは笑顔でカリローの問いを否定すると、ハチヤのほうへ向き直る。


「だけど、ナト。女の子に前衛任せて後ろで突っ立ってるなんて、きつくねー?」

「はぁ…いーい? パーティには役割ってものがあってね、カピィールさんが盾もって武器を片手槌に持ち替えた以上、前衛は間に合ってるの、分かる?」

「いや、でも俺だって…」


 ハチヤは口を尖らせてナトゥーアに反論すると、ナトゥーアは顔をしかめた後、ハチヤに指を突きつけて彼のパーティの位置づけを説明する。効率を考えればその通りなだけにハチヤも上手く反論できずに言葉を濁した。


「ナトゥーア、ハチヤを苛めるな。こいつもいきなりレベルが2も上がって戸惑ってるんだ。自分のスキル構成に迷走するくらいは許せ」


 ハチヤは遺跡調査の事後処理が終わってから、神の瞳ウジャトによる診断でレベル35と認定されていた。レベルの2ランクアップは珍しい事例で、当人が上手く力の制御がこなせず、日常生活に支障が出ることもややあった。

 そういう意味でもハチヤは不安定な状態であり、あまり精神をゆさぶるのを嫌ったカリローがナトゥーアをたしなめる。


「前代未聞とは言わないけど、超レアケースだもんね。ハチヤ君レベル詐称してた訳じゃないんだよね?」

「これがそんな腹芸をする玉か?」


 カリローがナトゥーアの指摘に頭を悩ませるハチヤを一笑に付す。ナトゥーアもカリローの言葉に納得してしまい、その話を続ける意思は無い様だった。


「大体、ユウに聞けと言われて愚直に行動するのもいいが、もう少し自分で考えてみればどうだ? あいつに憧れるのは自由だが、アレはかなりの規格外だぞ」


 仲間を規格外と称するのには抵抗があったが、事実レベル0きかくがいなのだし、カリロー自身も彼女の実力は測りかねている。ある意味、彼の本心でもあった。


「知ってるよ。1週間みっちり痛い目にあってきたからな」


 ハチヤはカリローの意図を正確に捉えようとはせず、早朝鍛錬の結果だけを理由に愚痴る。


「しかし、どこか褒められたりすることはなかったのか?」

「剣筋が素直すぎる」

「悪口だ」


「体幹が思ったよりはマシ」

「完全に舐められてるが、そこは褒め言葉だろう」

「体幹って?」


 ナトゥーアは二人のやり取りを見守っていたが、聞きなれない言葉に思わず口を出す。


「バランス感覚や膂力を用いた攻撃、ようするに重心移動かな。近接戦闘する上で必要だが主に軽業師に必須と思われる能力だな」

「それをどう生かせばいいんだ?」

「知らん。ハチヤ、レベルが上がったばかりの君に言うのは気が引けるが、とにかくユウを格上…例のトロールだと思って殺すつもりで模擬戦に挑んでみるしかないな。そうしないと彼女も具体的なアドバイスは出来ないと思うよ」

「うう…あいつか。でも真剣にとなると…そうだよな、そうしてみる、時間取らせて悪かったな」


 ハチヤは問いをカリローに冷たくばっさりと切られると、轟沈し今度こそテーブルに突っ伏して身動きをしなくなった。


「やれやれ…、それよりナトゥーア。面白い依頼はあったかい?」


 完全に塞ぎこんだ仲間のことを忘れると、カリローはナトゥーアに話題を振った。


「街の通り魔を捕まえて欲しいっていう依頼があったかな。後は未確認生物ドラゴンの調査依頼」

「後者は聞かなかったことにしよう。通り魔の件を詳しく」

「なんでも深夜に出るらしくって、一般人や衛士にも被害が出てるんだってさ。その辺りを仕切ってる商工会からの依頼ね。夜間外出する輩が減って客足も減ってるんだってさ」

「報酬は?」

「んと、成功報酬は1000Gね。必要経費はあっち持ち。なんなら協力もしてくれるみたいね」

「通り魔か、噂でも耳にした事はないな。依頼自体がうさんくさいな」

「パニックになるから情報規制でもしてるんじゃないの? それに通り魔が出たとか噂がたったら事件が片付いたとしても風評被害がパないっしょ」

「そういうものなのかな。人間の倫理観という奴はエルフぼくには理解できないな」


「よくわかんねーけど、困ってる人がいるんなら助けようぜ」


 眉根を寄せて、依頼について討論する二人に、突っ伏していたハチヤが「通り魔」「パニック」「被害」というキーワードに、持ち前の正義感を反応させ割ってはいる。


「いや、いいんだがね…。ナトゥーア手続きの方は頼んでもいいかな?」

「おっけー。新調した銃の試し撃ちもしたかったしね。マスターのトコ行って来る」


 おおよそ冒険者らしくない行動指針に困惑しながらも、カリローも受託。ナトゥーアは元々乗り気だったらしく、勢いよく席を立つとそのままカウンターの方へ歩いていった。


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