シティアドベンチャー1(5)
追記 4/7 修正
深夜の街並みはとても静かだった。ハチヤは相対する不審者に対して一歩踏み込む。
「どうして、こんなことを繰り返してるんだ?」
「だって、街の外には出してくれないんだ。それならココで我慢するしかないだろう」
不審者は「ねぇ」と同意を求めるような視線を向けてくる。
「色んな施設だってあったはずだ」
「そんな施設じゃ、もう物足りないんだ。レベルが高いというのはそれだけで不便になる」
不審者は抜刀、突剣を下段に構えるとかかって来いと目で挑発。ハチヤもしょうがなく背中に担いだ刀身1mの大剣、ディフェンダーを両手に取り正眼に構える。
「もうレベル30を相手にするのは飽きたんだけど、お兄さんも強くはなさそうだね」
「悪いがレベル35の対等だ。お前の意に適って、俺としては滅茶苦茶腹が立つ」
「へぇ、聖騎士クラスなんだ。名前は?」
「ハチヤ=ミラー。神官戦士をやっている」
「ふぅん、手の内も教えてくれるんだ。とてもいい人ですね、ミラーさん」
『地形や状況で整えるのもいいけど、舌戦が一番手っ取り早いかも』
『とにかく相手を自分の土俵にのせることを努力した方がいい』
ハチヤは愚直にユウの言葉を反芻、実行する。
「そうでもない。軽戦士で風の精霊魔法に精通。剣術はそこそこで必殺は精霊魔法を利用した突進突き。あとついでに土地勘があり、警備兵の警邏を知りうる人物。そのくらいは知ってる」
相手の顔に焦りの表情が見て取れる、ナトゥーアの情報通りだった。
ついでにこちらが口の端を吊り上げてやると、逆上したのか突風と共に相手の姿がぶれる。
相手の姿は捉えられないが、駆け引きを用いてくるほど自分を評価していないはずだ。
前方1m、飛び込んで大剣をなぎ払うと、大きな金属音と共にハチヤの武器がはじかれた。その衝撃に思わず大剣を取り落としそうになったがどうにか堪えた。
対して、掻き消えた不審者は衝突の威力を利用して後方宙返り。再度15mほどの距離を置いてハチヤに武器を構えなおしている。
「やるじゃないか。レベル35というのも、まんざら嘘ではないらしいね」
「これだけの腕をもって、通り魔なんて事をやっちまうんだ、アンタは!」
「退屈なんだよ、父上も母上も僕に過保護すぎるんだ」
「言えばいいだろ、なんでこんな極端な行動に出ちまうんだ?」
「それこそ、君には分からないよ。責任を捨て自由な身分である冒険者には」
軽戦士は先ほどの魔法は使わず、己の足で一気に間合いを詰めて上段からの切り落とし。
ハチヤは反射的に右手のガントレットでその攻撃の横っ面を叩いて軌道をずらす。接触した際の衝撃で右手がジンジンと痛むが、そこは無視してディフェンダーを突き出し、相手の虚を狙う。
上手くいったと思ったが、相手のリカバリィも思った以上に早く突剣の刀身に左手を添えて突き攻撃は防がれてしまった。
「いいね、君みたいなのが僕を更なる高みに導いてくれる」
『お前の防具を作ってたんだよ』
無詠唱による精霊魔法の行使。見えない風の刃がハチヤの体を襲うが、親友の作った鋼鉄の鎧とディフェンダーの効果は凄まじくかすり傷一つ負わない。
『人造神器のせいで威力自体が半減してたから当たったところで大したダメージを貰うことも無かったし』
かつての持ち主と相対したユウの言葉に「分かっている」とハチヤは独り毒づいた。
そろそろこの特性がばれて相手の行動が大胆になっても不思議ではない。
「随分と硬いようだ。でも亀のように縮こまっているようじゃ僕を止めることは出来ないよ」
距離を詰めて、無遠慮な神速の3段突き。初撃でディフェンダーをはじかれ、残りの刺突が鎧の隙間に刺さる。痛くはない、中に着込んだ鎖帷子が相手の攻撃を和らげる。
その場に踏みとどまると、相手は回転蹴りを放ってくる。側頭部にもらった一撃がハチヤの頭を揺らし視界が明滅する。その隙を逃さず相手はさらに左右からの2連続切り、加えて再度3段突き。
本当に容赦がない。両手で持ったディフェンダーの存在など意に介さず無防備に一方的な攻撃に興じる相手。ハチヤをサンドバックかなにかと勘違いしているようにも思えた。
「調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
ディフェンダーを使って力任せに逆袈裟切りを放つが、相手の突剣で簡単に受け止められる。
既に相手は自分の戦力を把握している。
ハチヤは3合目で相手に正しく理解されたと判断した。
『あいつに憧れるのは自由だが、アレはかなりの規格外だぞ』
気難しいエルフの顔が浮かぶ。
今は独りだけれど、共有し、積み重ねてきた時間は仲間と共にあった。
ハチヤは力任せにディフェンダーを振り下ろす。相手は受け止めることもせず後方に回避。目標を失った攻撃はそのまま地面へ、刀身は整理された石畳みを砕きその中に埋もれる。
「攻撃が雑だ。君もレベルにあぐらをかいた只の人間だったか」
『いーい? パーティには役割ってものがあってね』
「レベルにあぐらかいてるのはどっちかってー話だよ」
ディフェンダーを捨て、腰に挿した武器を引き抜く。人造神器の恩恵はもういらない。役割なんて知ったこっちゃない、
いつまでもパーティのお荷物になるのはごめんだ。
ハチヤは武器を手に取り相手を見る。街を騒がす通り魔、それが目の前にいる相手だった。