遺跡に行こう7
追記 4/6 修正
「踊る翠羽の妖精亭」にて、テーブルを囲む男女5人、店長の指示のまま何も知らされずに座らされ呼び出した当人を待っていた。
「ふむ、思ったよりも収穫は多かったな」
「その分被害も酷かったけどね」
周囲の客の喧騒の中、カピィールが残りの4人に話しかけると、ナトゥーアが一番酷い目にあった当人に視線を寄せてからかう。
「まだ最奥部の鑑定は済んでいないからな、報酬は多くなるだろう」
カリローが苦虫を噛んだような顔で会話に参加する。彼の虫の居所が悪い原因は両隣に座るハチヤとユウのやりとりだった。
「なぁ、頼むよ。俺に剣術教えてくれって」
遺跡から帰った後、ハチヤは四六時中ユウに付きまとい剣術の指南を懇願していた。ユウも最初こそやんわりと断ったりして相手をしていたものの、現在は完全に無視の体を貫いているようだった。
「ユウ、傷の具合はどうなんだ?」
カリローは深くため息を一つ吐いて、ユウに助け舟を出すことにした。
「…ん、問題ない。あの時だって少し酷い捻挫程度だったし今は腫れも引いてる」
視界からハチヤを覆い隠すように少し上半身を乗り出して尋ねるカリローに、ユウが天を仰いだと僅かに首をひねりながら答える。
「傷といえば、カピィール君も大概タフよね。アレだけの大怪我負っておいて」
ナトゥーアは既にハチヤをいないものとして意識外にシャットアウトしたのか、いまだに騒ぐ彼には触れず、再びカピィールを話題に持ち出した。
「僕は死んだと思ったんがね」
「悪いな、耳長族と違って丈夫に出来てるもんでね」
「あはは~、でも神聖魔法のさまさまだね。紹介してもらったマスターには感謝しないと」
不穏な空気をかもし出し始めた二人の様相に、ユウはきょとんとしたまま様子見。売り言葉に買い言葉で喧嘩になると判断したナトゥーアは慌ててフォローに入って話題をずらそうとする。
「てか、なんであんなに剣の腕があるのに素手なんだよー」
いつの間にか席を立ったハチヤが、対面のカピィール、つまりユウの隣に移動してカピィールの頭を肘を付いて恨みがましげに彼女を責めたてる。カリロー、カピィール間の争いはハチヤの介入ですっかり沈静化してしまった。
「金属アレルギーだから。振り回すとどこかに触れる」
「もったいねー、だったら俺にコツを教えてくれよ」
何度目の回答かなと、頭を悩ませながらユウが答え、それにハチヤが追いすがってくる。この流れになるとユウは決まって「傭兵部隊に放り込まれて5年も生き延びれば身につく」と冷淡な口調で言い放ってハチヤを視界から消す。
「…アル、あの蛮族は結局何者だったの?」
ハチヤに背中を向けると正面にはカリローがいるだけなので、とりあえずユウは素朴な疑問を口にした。
「ああ、本名はアーガトラムという名前だったらしい。フルネームは分からんそうだ。この辺りだと【金剛石の災害】という名で通っていたようだ。賞金も賭けられていて随分悪目立ちしていたようだ」
「悪目立ち?」
上手く方向転換できた話題にナトゥーアが乗ってくる。
「近年だと公国の正規兵1個中隊を単独で退却させたり、小さな村を2~3潰したりだ。我々人族にとっては仇敵のようなものだな」
「ん、中隊規模って200人くらいよね。ほんとに?」
訝しげにカリローに視線を送るナトゥーアに、カリローは心外なという表情を見せてから一言。
「ハチヤが200人いたところで奴に傷一つ付けられる気はしないだろう?」
「確かに」
カピィールとナトゥーアが声を揃えて頷いた。
ハチヤがカピィールの後ろでうずくまってぼやいているが、ユウはかける言葉も見つからずとりあえず放置することにし、さらに疑問をぶつける。
「ちなみにレベルいくつ?」
「僕も知ってから己の愚かさに嘆いているんだが、42だそうだ。伝記に載るには十分な実力者だよ」
カリローの言葉に場が沈黙。相変わらずユウだけはそのレベル42という数値にピンと来ないのか、周りに説明を求めるように残りの二人を見渡す。
「冒険者の持論なんてまるで度外視ね」
「…せおりー?」
長い沈黙の後、ナトゥーアが頭を抱えながら恨み節を込めて発した言葉に、聞きなれないユウが鸚鵡返しのようにその言葉を反芻する。
「同レベルなら3人、レベルが一つ上なら6人、二つ上なら12人用意しましょうっていうのが冒険者の持論よ。覚えておいて損はないわ」
ナトゥーアは少し苛立ちながら、早口でまくし立てた。さすがにその迫力に気圧されたのかユウは何も言い返さず、何度も頷き返す。
「それほどにレベル差というのは戦況に大きな影響を与えるということだ」
「ふむ、つまりオレ達は平均レベル41の一等級の冒険者ってとこか」
カリローが補足、カピィールがすこし乾いた笑いを漏らしながら呻く。
「正直に伝えれば、世間様にはそう見えるかもしれんがそこは店長に小細工を弄してもらった。それなりに費用はかかったけれどね」
「それだと有名になることはない?」
カリローの言動にユウが再び質問をぶつける。
「僕達は奴の死体を見つけた、そういうことにしてある。実力で倒したことがばれれば…」
「ばれるのが不味いのか?」
自分の席に戻ったハチヤがカリローの袖を引っ張りながら、低いトーンで語るカリローに問う。
「ハチヤ。君はナトゥーアの説明を聞いてなかったのかい?」
カリローは本日二回目の深いため息を付いた後、さらに言葉を続ける。
「あのままだと、僕達は世間から平均レベル41の一流冒険者に認められてしまう。今後来る依頼もそれ相応になるということだ」
「ああ…、無理。死ぬ、それは」
僅かに驚きの表情を見せ、見る見る顔が真っ青にになって、最後に呻くように絶望の声をハチヤは囁いた。ナトゥーアとカピィールも同様に顔色を青くしている。平気な顔で話を聞いているのはユウくらいなもので、我関せずという様子で話を聞き流しているようだった。
「…生き残れたのもユウのおかげだが、厄介ごともユウ、君の責任だからな」
「むぅ。冒険者も難しい」
そんな風に事態に無頓着なユウにカリローを叱咤する。叱られて萎縮したのかユウはその身を縮こまらせて口を尖らせて反論。
「難しいのは君の存在だよ」
本日3回目となる深いため息をついて、カリローは今後の未来予測を頭に浮かべながら、破天荒な彼女の姿を幻視したのかがっくりと肩を落とした。
話が一段落したのを見計らってナトゥーアがユウに疑問をぶつける。遺跡からの帰り道やその後の応対でパーティで雑談する余裕などなかったため、思い返せば遺跡探索後初めての平和な時間だった。
「ユウちゃんはあいつの攻撃、余裕で避けてたよね? 見えてたの?」
「うん。人造神器のせいで威力自体が半減してたから当たったところで大したダメージを貰うことも無かったし」
ユウは首肯すると、さらにパーティには報せてなかった情報を漏らす。
「半減?」
「相手の体格から、初手で威力の減衰は確認した」
ナトゥーアの疑問に、拳を作りながら息巻いて、自信満々にユウが語る。
「いや、でも…みんな一撃で死に掛けたんだけど?」
ユウの発言に納得のいかないナトゥーアはあの惨状を思い返しながら、何かの間違いではないかとユウに先ほどの言葉の撤回を暗に伝える。
「レベルが5も違えば当たり前だ。冒険者の持論を用いれば約100人分の攻撃を一斉に貰うことと同威力になるね。むしろ死なずに済んで幸運だったと思うよ。人造神器を手放させたのは諸刃の作戦だったね、ハチヤ」
カリローはレベル差の残酷さを語り、ユウの言葉の裏づけを行うと共に、最後にハチヤが敢行した無謀な作戦に暗に否定する。その上で「成功したからよかったものを」と小さな声で付け足した。
「剣でぶっ刺されるより、拳骨もらったほうが死ぬほど痛かったのは気のせいじゃなかったんだな」
カピィールはあの時殴られた頭をさすりながら、体験したことを素直に述べる。
「実際、私も最後の激突の時、気功術で強化した右足にダメージ貰った。体格差を考えれば捻挫で済んだのが不思議なくらい。恐らく相手が格闘術に不慣れなおかげでその程度で済んだ」
「直前に左腕を切り落としたのも理由の一つだろう」
ハチヤの無謀な作戦のダメだしについて、追い討ちをかけるようにユウが珍しく朗々と語ると、カリローも概ね同意だったのか、自分の分析を加えて補足した。
そしてハチヤは針の筵にいるようだと呻いてテーブルに突っ伏した。
「さて、今回僕らが手に入れた金額だが…」
カリローが言い澱み、パーティメンバーを一巡すると、無言のまま発表に興奮する4人を尻目に、
「しかし、本当に等分配でいいのかい?」
問うた。
「あたしは最初に言ったことは曲げないよ?」
「いや、ユウ。君に言っている。アレを殺ったのは君の貢献が大きい。総取りしたところで誰も文句は言わないと思うが」
アレとは蛮族、トロールのことを指しているのだろうが、秘匿するといった手前その名を直接出すのは憚れた。そしてカリロー自身、対等に戦えたのも、首尾よく倒したのもユウのおかげで、何の手助けも出来てなかったという自覚があり、等分配するというのは我ながら気が引けた。
「…?」
その言葉にユウは首をかしげる。
「だって、私達はパーティなんでしょう?」
そして僅かに沈黙を置いた後、事も無げにユウは特別なことは何もないと笑った。
「そうだ、そうだな、そうだとも。僕達はパーティだ。余計な気遣いをさせてしまったな」
カリローはその笑顔に自分の顔に熱が集まるのを自覚しながら、それをごまかすように大声で早口にまくし立てると、ユウからそっぽを向いた。
「カリローさんはどうしようもないお人好しだねー」
ナトゥーアはそのやり取りを始終ニヤニヤと見ながら、ひやかすように囁いた。
「…で、遺跡探索での発見物と戦利品で600G。それから遺跡自体の価値が2000G。アレの報奨金が2万Gだが店長から1万G請求されている。それから医療費、これは後で請求する。あとは戦利品としてディフェンダー、これはパーティの共有財産に回したいと思う」
一拍置いて、カリローは事務的な口調ですらすらと今回の遺跡調査の戦果を述べていく。
「カピィの武器とハチの盾は?」
壊れてしまった斧槍や盾、防具に関してもそうだが新しく買いなおすにしても、修理に出すにしても大金が必要なのは明白だった。
ユウはその点に関しては口をつぐんだカリローに問う。
「パーティの共有財産で補填はせんよ。一人頭2520G、これだけあれば自腹でどうとでもなる」
カリローは馬鹿らしい懸念だと一蹴。
ユウは二人が納得しているのか確認しようと、視線を這わせるが特に不満顔でもなく、むしろ報酬の額に興奮しハイタッチしている光景を見せられた。
「おい、お前ら」
店長、スルガ=ブロウリィは馬鹿騒ぎするハチヤとカピィール、いつの間にか混じったナトゥーアの姿を一瞥した後、主にカリローに向けて声をかけた。
「やぁ店長。万事問題はないかい?」
「お前らがおおっぴらに情報をくっちゃべってる事以外は問題ない」
不満そうに皮肉を言いながら、後ろに引き連れた給仕達に料理を運ばせ、とテーブルの上はあっという間に料理と酒で埋め尽くされた。
不審げにユウとカリローが店長の顔色を伺っていると、視線に気付いたのか店長は得意げな笑みをこぼしながら言葉を続ける。
「ふん、おごりだ。初依頼をこなした奴らには酒と豪華な食事を振舞うのが慣習なんでな」
「おお、サンキュー。店長」
料理に気付いたハチヤが「うぇーい」とかよく分からない歓声を上げて着席する。
「これはいい酒だ」
カピィールも同様に目の前に置かれたジョッキから漂う芳醇な香りに顔を蕩けさせる。
「えー、あたしもいいの? 太っ腹ね、マスター」
「ナトも、その、まぁ…よく戻ってきたな」
ナトゥーアだけはすこし遠慮がちに店長にたずねると、店長は少し視線をそらした後、笑顔で頷いた。
その様子をユウは怪訝に思いながらも、いつ正体を明かすのかなと、少し気がかりを覚えながら、乾杯のコールを行おうとするハチヤに合わせてジョッキを手に取った。
言い訳回
ちなみに1Gは現在の日本円に換算すると千円くらいです。
2万G=2千万円。
ルフィの懸賞金に比べれば少ないですが、所詮1国が出す金額ですから破格です。
とりあえずこの章はここで終了です。
メインはレベルと精霊魔法の説明でしたが、伝わったのなら幸いです。