遺跡に行こう6
追記 4/6 修正
いったい、あの人族はどこの英傑なのだろうか。
巨漢のトロールは吹き飛ばされたフェイスガードの破片とまだじくじくと痛みのある左手を交互に見返しながらひとりごちた。
この世に生を受けて50年ほど経つが同族にもここまで追い込まれることはなかった。相手が複数だということを踏まえても、その結果は変わらない。ディフェンダーを手に入れてから十数年は痛みという感覚すら忘れてしまうほどに傷を負わなかった。目の前に立つ敵はすべて真正面から全力を受け止め、無力化し鍛え続けてきた剣術で屠ってきた。
(だというのに、いまはこの体たらく!)
とっさに作った土槍の壁は相手の追撃をかわすには十分だった。現に人族は神聖魔法を行使している隙を見逃している。それに耳を潜めれば相手は撤退を考えているようだ。
正直ほっとした。
だが、それ故に許せなかった。
ほっとした自分にも撤退する案を撤回した声の主がいたことも、その声の主が最初に屠ったはずの人族の声だということにも!
「ッ、故に、人族共死すべし」
前兆などなく、唐突にナトゥーアの目の前に剣閃が走る。
ユウがとっさにナトゥーアを蹴り飛ばし、彼女はそのままごろごろ転がって地面を滑っていく。
トロールは間を置かず、逆袈裟からの一撃をカピィールに見舞うが、運悪く相手の武器に引っ掛けてしまい、今度は思ったよりも浅い一撃となった。
「土の壁どーなってんだよ!」
「奴が引っ込めた、そして間を置かずに不意打ちだ。そんなことも見えずに戦うつもりだったのか?」
「小難しい問答は後にしてくれっ!」
ハチヤとカリローの声を遮るように吼えて、カピィールは受けた一撃に怯まず反撃のなぎ払い。
相手は避ける素振りすら見せずさらに一歩踏み込んでくるため、柄の部分で相手の腰を殴打した程度になる。
「まずは乱戦から逃げて!」
振りかぶるトロールの力を利用して狙い澄ましたユウの膝裏へのローキックが決まると相手の動きが止まる。
素早くカリローが大きく後方に飛び下がると、カピィールも武器を手放し相手の間合いから逃れる。
「お、俺はひかねえ 「邪魔っ」 ぇぇぇぇ~!」
無慈悲なユウの突き蹴りでハチヤも3mほどトロールから距離を空けさせられ、そのまま後ろにへたり込んだ。
「何を考えているのかは知らんが、状況を考えろ」
カリローは溜め込んだ土の精霊の力を吐き出し、ナトゥーアとトロールの間に天井まで届く分厚い土壁を作成し、ハチヤを叱咤する。
「うるせー、あいつに近づかなきゃやりたい仕事もこなせねーんだよ!」
「だから邪魔」
立ち上がり武器を構えたハチヤの横っ腹にユウは再度蹴りを打ち込むと、トロールとの距離をさらに離し完全に乱戦エリアから隔離する。
「っくしょう、だから俺に!」
「ナトとカピィが先」
トロールが振り向き様に放ったなぎ払いをユウは上体をそらしてかわしながらハチヤに回復を指示をする。そしてトロールの標的に自分は存在しないことを改めて認識し、再度カピィールに吶喊を行う素振りを見せる相手の背中を追う。
「ユウ、オレはいい。庇うな、攻撃しろ」
「いい心がけだ、人族」
カピィールは迫るトロール目がけて無手のまま突進し、相手の足にしがみつく。
接触を許したトロールは足元の不自由をものともせず、むしろ賞賛し右手の武器を振り下ろす。
「コン畜生が!」
ハチヤはユウに吹き飛ばされた5mほどの距離を詰めるべく、武器を投げ捨てて走る。目の前には背中に剣を突き立てられたカピィールとトロールの背中に飛び蹴りを放ったユウの姿が映る。
「ハチヤ、お前は邪魔だ」
「うっせえ、カリロー。んな事よりも梟の目を奴に!」
ユウの飛び蹴りにつんのめったトロールは武器を手放さないためにカピィールから剣を引き抜き、それを杖にして倒れるのを何とか踏みとどまる。
ハチヤの目の前にようやく必要な条件が揃った。
「闇の精霊!」
カリローはハチヤに言われるがままに魔法、梟の目をトロールに向けて放つ。
トロールはあまりの眩しさに視界を閉じた。
薄暗い中で松明の明かりを頼りに戦う人族と違い、トロールは元々暗視が効く種族である。もし人族の会話通り付与されたのが梟の目であれば、おそらくこの暗闇の中で松明は昼間の太陽にも劣らない脅威となる。
「小細工を、ふざけるな!」
視界を塞がれたまま、猛りディフェンダーを振り回そうと体をよじるが、いつも以上の重みに右腕がついて来ない。
「知ってるぜ、こいつはナマクラだ。少々引っかき回されたところで切り傷程度の痛みしか無いってな」
ハチヤは相手のディフェンダーに両手で抱きこむようにしがみ付くと、振り回されて宙に浮いた拍子に両足も使って刀身を完全に抱え込む。
金属アレルギーには出来ない手段で、ディフェンダーを手放させる。
ハチヤはこの一点を狙って終始動いた。
カリローの話が本当ならば尋常ではない防御力の源は人造神器。これさえ手放させることが出来れば決定打が一気に広がるはず。
「ぜってーはなさねーからな!」
「人族風情が」
不意打ちの魔法を正しく理解し、解除を行使したトロールが右手の重みを把握し振りほどこうと左手を柄へと伸ばす。
「いいぞ、そのまま押さえ込め」
カリローは魔法解除されたことを察して舌打ち、表面上は上手くいっているように振舞う。
しかし心中は穏やかではない。
一番レベルの低い男とレベル0の女。
手元に残った戦力はこれだけで、対抗しうる味方は方やレベル0に吹き飛ばされ、方や深手を負ったところだ、絶望的に決め手が足りない。
「ハチヤ、タイミングを合わせろよ」
カリローが声の主に視線を向けると、カピィールが立ち上がり斧槍を構えていた。
背中からは血が流れ、痛みからか全身から不自然な汗が吹き出る。それでも仲間が諦めずに戦っているのなら立ち上がり強がって見せる。
「死に損ない風情!」
トロールが左手で柄を握り締めた瞬間、銃声と共に左手に鈍い熱がこもり、はじかれた様に左手を柄から手放す。左腕を見れば砕かれたガントレットからみえる素肌に鉛球が埋まっていた。
「男、魅せるねぇ。あたしも寝てる場合じゃないってーの」
最初に切り倒したはずの人族が土壁の奥から顔を覗かせていた。
「女! すべてお前か」
トロールは今自分の武器にしがみ付いている仲間を蹴り飛ばすという奇行を何度も行っていたユウの行動を思い出し、初撃もまた同様の手段で回避されたのだと知った。振り向いた先には猛スピードで迫る右足。
「いまっ!」
ユウは振りぬいた右足の痛みに堪えながら叫ぶ。何故だか知らないが頚椎への打撃は避けられた、しかし顔面への打撃は耐え切れない痛みとなって効果は出ているはず、相手の動きが鈍るとしたらこの瞬間に賭けるしかなかった。
ハチヤはユウの声とともに全身から力を抜いた。そしてあっけなく振り放され数m地面を転がった。
カピィールは斧槍の柄で相手の剣先を殴打する。程よく振りあがったトロールの武器はちょうどいい高さで、カピィールの全力のなぎ払いを受け止め、その衝撃にトロールはたまらず武器を手放した。
「今なら普通の攻撃だって通るでしょう?」
ナトゥーアの拳銃から放たれた弾丸はトロールの鎧を貫き血しぶきを上げる。
カピィールは振りぬいた斧槍を手元に手繰り寄せると目の前にいるトロールのわき腹目がけて刃を突き立てる。斧槍は鎧を切り崩しその肉体に深く切り込んだ。
「攻撃が通るから、なんだというのだ!」
トロールはカピィールの一撃にも怯まず両手を組み合わせて渾身の一撃を相手の頭に食らわせる。相手はそのまま地面を割って沈みそのまま倒れ伏す。トロールは体にぶら下がる斧槍を睨むと、引き抜くと出血が邪魔になると判断して柄をへし折り体の自由を取り戻す。
「我が武器を失ったからといって、貴様らが強くなった訳ではないのだぞ」
ナトゥーアから放たれる弾丸を眼前で両手で交差して受け止める。効率よく殺そうと急所を狙ってくる分、防御は容易かった。武器があろうとなかろうと、無力化していく順番に変わりはない、もっとも危険な銃主を狙う。
「させねー!」
間に飛び込んでくる人族を右手でなぎ払う。ハチヤはいとも容易く吹き飛びそのまま宙を舞って地面を転がっていく。扱いは子供以下だった。
「させんよ、そう簡単にはな!」
トロールの足元がいつの間にか土で覆われている。
精霊魔法の使い手が無詠唱または聞き取れない程の小声で詠唱し行使した割に土による束縛は思ったよりも堅固だった。
「この手腕、貴様がリーダーか?」
「その通りだ、ここで悠長に会話するほど友好的ではないだろう、僕らは」
「その通りだ」
「もう始まってしまったものは仕方ない」
「その通りだ」
ほんの10秒ほどの会話で足元の束縛は解除されていた。
カリローの抵抗もむなしく精霊魔法の行使は向こう側に軍配が上がる。けれど、それだけのことだ。10秒も稼げれば後はレベル0が何とかしてくれる。
「カリローさん、時間稼ぎありがとねっ」
リロードした拳銃を構えてナトゥーアが叫び、銃弾を放つが射線を読まれて回避された。
トロールは巨躯に似合わない俊敏な動きで銃弾をかわし、銃主に向けて飛び込むために、勢いをつけるため左手を地面に付けようと前傾姿勢をとるが、地面にその左腕がつくことはなかった。
「ナト、ナイス誘導」
ユウは持ち主の武器を持ってしてトロールの左腕を切り落とした。
続けて慣性に任せて回転切り、今度は反応され鎧を掠める。
膂力に任せた逆袈裟切りは相手のあご先を砕く。
持ち手を変えてからの袈裟切りは自分の肩から先を攫っていく。
「人族風情ッ!」
バランスを欠いた体で踏みとどまり、右腕に力を込める。地面に刺さった武器など気にもせず目の前の人族は蹴りを放っていた。
抗するはカウンター。しかし相手の右足を捉えた右拳がまるで鋼を打ったような感覚にしびれる。
「アル、足が死んだ」
ユウは空中で激突した右足を庇うようにして着地すると、手元にあった剣の柄を握りしめ、左足で地面を蹴ってその勢いで刀身を地面から引き抜き、先ほど死んだと宣言した右足を軸になぎ払いを行おうと上半身を動かす。
「まったくもって君は説明が足りない」
カリローの呟きと共にトロールの首は刎ねられた。
肩で大きく息をしながら、右ひざから下を”土で固めた”ユウが相手の返り血を避けることなくシャワーの如く浴びる。やがて勢いの衰えた血の噴水と共に3mの巨体は地面に倒れた。
―(ダッシュ)が上手く反映されないんですけど、どうすればいいんだろう。
ggrksとか言わずに