遺跡に行こう5
追記 4/6 修正
前回と同様に2mの正方形の穴が土壁から生まれる。
カリローはその瞬間、何かに察知された感覚を覚えた。
虫の知らせのような不確かなものではなく確信めいた実感。
今まで生きた中では得たことのない奇妙な感覚にいい様のない不安を募らせる。
「どした? 先に進もうぜ?」
「…いや、待て。ここは引き返すべきだ」
「何言ってるのよ? 見たところ魔物も見受けられないし闖入者って奴の気配も感じられない。でしょ?」
ひざをついたまま動かないカリローにハチヤが気軽に声をかけるが、カリローは微動だにせず、かすれた声で弱気な発言をする。
ナトゥーアは次のフロアに首を突っ込み辺りを探るように顔を左右に動かした後、ユウに同意を求める。ユウもナトゥーアとカリローの様子を交互に見ながら彼女の意見に静かに首肯する。
ナトゥーアを始め他の仲間たちも次のフロアへ足を踏み入れていくが、カリローは腰を挙げ棒立ちのまま動かない。
「アル、罠は踏み抜くくらいがちょうどいい」
ユウはクスリと笑うと、いまだに表情の固いカリローの背中をとんと押す。
その勢いでカリローも次のフロアに足を踏み入れた。そしてその後ろをに続いてユウも次のフロアに入る。
カリローの視界に広がったのはだだっ広い石で囲まれた空間だった。地面は先ほどまでの平面な床ではなく黒い小石を敷き詰めたようにごつごつとしたものに変わっている。
「様子が変わったな。昔はここから地上に繋がっていたのかもしれんな」
「では火の車が捨ててある可能性もあるな」
カリローが松明で周囲を照らして考察を口にすると、カピィールがその話に食いついた。
「火の車って?」
「内燃機関を利用して動く乗り物のことさ。がそりんという油より危険な液体を用いて馬よりも遥かに早く走る車だ。どうだ、燃えてこんか?」
ハチヤの疑問にカピィールが鼻息を荒げて詳しく説明をし始め、さらにはハチヤに同意を求めてくる。
「馬より早いってのには確かに惹かれるものがあるなー」
「浪漫だぜ、浪漫」
ハチヤは少し想像してみて、かつて遠乗りをして一日中馬で駆け回った時の高揚感を思い出しながら言葉にすると、カピィールがハチヤの背中をばんばんと叩きながら豪快に笑う。
「あたしはお金になるなら何でもいいなー」
振り返って二人のやり取りを見ながらナトゥーアが呆れた風にカピィールの情熱を揶揄した。
その時だった。
誰の警戒も無くただ視界に松明に照らされた両足が現れたのは。
そして振り返ったまま先頭を行くナトゥーアの松明が、両足の持ち主の全身を照らす。
「汝らに問おう。如何にしてここまで来たか?」
3mは優にあろうかという巨漢が金属鎧を身にまとい姿を現した。
右手には刃渡りが1mはありそうな装飾された直剣を右手に持ち、抑えた低い声が高圧的な口調で彼らに問いかける。
「嘘…」
先頭に立ち、談笑に応じながらも警戒は解いていなかったナトゥーアから驚嘆の声が漏れる。声をかけられるまでその存在に気付かなかった自分と、蛮族が語る流暢な人族の言葉に戸惑いを隠せない。
「僕らは探索に来た冒険者だ。こちらからも一つ質問だ。貴様があの面倒な仕掛けを施した犯人か?」
相手の視線がこちらをなめるように見渡した後、カリローに視線が定まる。
カリロー自身は嫌な予感の正体に納得しながら差し障りのない程度に問いかけに応じ、さらに自分の中の確信を再確認するように相手へ問いかける。
「いかにも」
単純なやりとりをしている間に仲間が本来の落ち着きを取り戻すことを願って、カリローはさらに会話を続けるべく相手から得た単純な回答に合わせた。そして本来自分が得意とする婉曲な言い回しは控え、極めて率直に質問を重ねる。
「目的は何だ?」
「神の眷属として人族を屠るには都合のよい拠点だった故。だが、知られてしまった以上、ここに価値は無くなってしまうな」
目の前の巨漢は首を振りやれやれといったジェスチャーを交えながら、僅かに愉悦を含んだ身の毛もよだつ獣の呻き声を連想させる声で、誰にというわけでなく言葉にした。
「神の眷属って何だよ、あんたらは蛮族だろ?」
パニックから再起したハチヤが、相手の言葉の一端だけを挙げて反射的に叫び返す。そして本能的にいつでも戦闘態勢に入れるように僅かに足幅を広げ、重心を前に乗せた。
ハチヤの声ではっとした前衛のナトゥーアとカピィールも同様に姿勢を正すと相手には気取られないよう慎重に戦闘に入る準備を頭の中で行っていく。
「ふん。ここを知っているのは貴様らだけか?」
巨漢は3人から高まる敵愾心を心地よく感じ、それとは逆に凍てつくような目で射る後方の2人を不満にを覚えながら、返っては来ないであろう質問を投げかける。
「沈黙か。実に賢しい。そして面白い」
眦を上げ、ともすれば襲い掛かってきそうな前衛3人の殺気に応えるように右手に握った剣を正眼に構え、それでいいと態度で応える。
ここまでして未だ停滞したままでいる後ろの2人は気に食わないが、昂ぶる血は抑えられない。
手応えのありそうな5匹の人族など、ご馳走だ。
「命が惜しければ全力で守り通せ!」
叫んだ。
一番近い女を狙う、上段からの袈裟切り。
あまりの速さにナトゥーアは十分に戦闘モードに入っていたはずなのに圧巻され回避行動が取れない。
ダメだと目をつぶった瞬間、
ハチヤは相手が振りかぶった剣に向けて盾を掲げ、ナトゥーアと剣との間に割ってはいる。
振り下ろされた剣が衝撃となって盾を貫いて響き、左手ごと体が押し潰される。だが、背中がナトゥーアの体に触れた瞬間、閃き、このまま押し潰されてなるものかと体をひねり相手の剣の軌道をずらすと、剣の腹に体当たりを行った。
逸れた斬撃は本来の軌道を離れ押し戻される。
そしてその対価として同じようにハチヤも相手の剣とは逆方向に吹き飛んだ。
ナトゥーアは吹き飛ぶハチヤの勢いを殺せないまま一緒になって体勢を崩すが、前衛には何とか留まる。
「ちょっと、いくらなんでも早すぎる」
相手に向き直ると、腰に収めた拳銃を手に取りながら憎たらしげに相手に向かって叫んだ。
「ちぃ、斧槍が通らんだと?」
そしてハチヤの作った隙を逃すまいとカピィールは手にもつ斧槍を腕力だけで相手目がけて振りぬくが、そこで彼は思わぬ光景を見せられた。
「相手はトロール。猛者ぞろいだとは聞く。それに持っている武器は人造神器。ディフェンダーと呼ばれる直剣。効果は持ち主の肉体を堅固にする。トロールの肉体と相まってその効果は絶大としか言えんな」
カリローは目の前で起きた出来事を当然だと言わんばかりにさらさらと淀みなく言い終えると、カピィールの言ったとおり、彼自慢の斧槍を素手、しかも片手で受け止めた蛮族を睨んで舌打ちする。
その表情を愉しむようにトロールは兜の下で口の端を引き上げ、斧槍ごと引きずり体勢を崩したカピィールに己の左拳を胴体に打ち込むと、相手は軽々と宙を舞った。そして忘れ物だというように手元に落ちた斧槍をカピィールのほうに蹴り飛ばす。
「カピィール!」
ほんの一瞬のやり取りで、吹き飛ばされたカピィールを目で追いながらカリローが叫ぶ。
ナトゥーアはやられた仲間の借りを返すように両手の拳銃を巨漢に向けて連続で3発ほど撃つ。しかし弾は鎧を貫通せず、はじかれて効果がない。
「弾が通らない? 装填、交換するからハチヤ君、前衛代わって!」
鎧の隙間を狙うには相手の技量が高すぎると見極めると、ナトゥーアはより強い一撃をぶつけるための準備時間を稼いでもらうために仲間に頼る。彼女はいつもそうやって冒険者として修羅場を潜ってきた。
「ハチヤ君?」
彼我の距離は10m。
一気に詰めるには難しい。
ナトゥーアは返事のない仲間に向けて困惑気味に名前を呼んだ。本来であれば前線に立って壁となる役割を持つハチヤの返事を請うように振り返る。
ハチヤは吹き飛ばされた場所で呆然と座ったまま己の左手を見ていた。
今まで何度も彼を救ってきた盾は辛うじて原型を保っているが、次の一撃には耐えられないと持ち主に告げていた。それよりもハチヤは恐ろしかった、必殺でもない牽制ともとれる攻撃でこんな風にしてしまった相手が、文字通りレベルが違いすぎた。
「…私が前に出る」
「させると思うてか! ぬるいぞ、人間」
ユウはハチヤを見限ると、一気に間合いを詰め、ナトゥーアの脇を走りぬけ巨漢のトロールの前に踊り出た。
巨漢のトロールは無手の人族を軽くあしらう気持ちで右手に持った剣でなぎ払う、しかしその一撃はユウの左腕で軽くいなされ空を切った。思わぬ反撃にそのまま動きを止めた蛮族相手にユウは右拳を、相手の右胸目がけて鎧の上から打ち抜くが通らない、それどころか反動による痛みを覚え、わずかに顔をしかめると、攻撃は無謀と判断、進行方向を阻害できる範囲で距離を取って相手を睨む。
「我が一撃をよけた上に反撃まで行うか、やるな小娘」
「気づいてないのならとんだピエロだね…」
相手を敵と認めたトロールは漫然と武器を構え、ユウに対して素直に褒める。対してユウはトロールの立ち振る舞いを見咎めて、残念な表情を浮かべて相手の感情を煽る。
「ッ! 所詮は人族か、言葉を交わすに値せん」
一歩の踏み込みでユウとの距離を詰めると、己の膂力を存分に用いた大上段からの唐竹割り。
ナトゥーアの視点から見れば、それはほんの一瞬だった。ユウの挑発にのった蛮族が放った神速の一振り。それは周囲の空気を切り裂き、離れた彼女の肌にさえ危機を覚えさせるに十分な衝撃だったが、それすらも忘れさせるほど、ユウの避け方が異常だった。
「…やはりあなたはつまらない。ただの神の玩具だ」
ユウは足元の僅か数ミリ先にめり込んだ相手の武器を見ながら呟いた。ほんの数ミリでも間違えれば押しつぶされたはずの身体は相手の剣筋に寄り添うように最小の動きで避け、五体満足無事、無傷。
ユウの視線に憤ったトロールは地面に埋まった剣先を跳ね上げ振り上げるが僅かに上体を反らすだけで避けられた。
人族の年端も行かない子供が数十年の研鑽を積んだ剣術をたった一合重ねただけで見切られ、さらには見切りをつけられ子供のようにあしらわれる。受け入れしがたい現実が目の前にあった。自棄になって単発ではなく連続撃すら放って見せるが、ステップもしくは上体の動きだけですべて回避される。
「ナトゥーア、カピィール。ユウが時間を稼いでいる間に態勢を整えろ」
カリローは敢えてハチヤには指示を出さない。推定でも相手のレベルは40はくだらない、10もレベル差が開けば赤子と大人が戦うものだと揶揄されるこの世界で、ハチヤの参加は死を意味した。
「オレはどうすればいい? 攻撃なんざ通用せんぞ」
カピィールは起き上がって近くに転がった斧槍を手に取ると、刃の通らない相手を一瞥した後カリローに吠える。
「…自慢のそいつを使い捨てる覚悟はあるか?」
「命より大切なもんはねぇな、斧槍なんざ、くだらない手前のプライドと似たよーなもんだ」
カピィールはカリローの問いに矢継ぎ早に答え、今も紙一重で相手の攻撃をいなし続けるユウを歯がゆい表情で見守る。
「僕のプライドなら当の昔にユウに粉々に砕かれている。君に心配されることでもない」
カリローはユウと蛮族の戦闘を横目で見ながらカピィールのほうへ小走りで近づくと、持っていた杖でカピィールの斧槍に触れた。
「金属の精霊よ。不屈の意志と孤高なる蒼空の力を」
そして本来武器が持っていた寿命と引き換えに斧槍の強度と切れ味を強化する。カピィールは手元でリィンと音をたてる斧槍に悲壮の顔で歪む己の姿を幻視した。
「ユウちゃん、しゃがんで」
ナトゥーアは二人の舌戦を尻目に両手の拳銃から弾を抜き、鉛球を銃口から放り込むと撃鉄を起こし鉛球を銃身の中で固定、さらに力ある言葉を頭の中で想起させると狙いをつけてユウに叫ぶ。
ユウは何の疑問も持たずに相手の攻撃を誘い込んで避けたタイミングで地面に突っ伏す。途端、轟音とともに眩い光線が目の前の相手の胸部分に突き刺さった。
「ぐっ、鎧にヒビを」
あまりの衝撃にたたらを踏んでよろけた後、自身の胸を触って被害を思わず口にする。
「効いてないし、こっち見てるし」
目の前の人族は自分を死へと至らしめる一撃を持たないが、後方にいる者たちはソレを持っている。視界から消えた人族を頭から消すと先ほどの一撃の手元へと視線を手繰る。
「させない」
ナトゥーア目がけて重心を前かがみにして片足を蹴りだし地面から離した瞬間、軸足をユウに刈り取られた。姿勢を崩し空いた左手で地面をついて何とか完全に倒れることを逃れる。
「ナト、次は?」
「何のための二丁拳銃だと思ってるのかしら!」
ナトゥーアは相手の頭を狙って再度必殺の一撃を発射。フェイスガードを吹き飛ばし隠れていたトロールの表情があらわになる。
「普通は兜ごと破壊できるでしょ、どんだけ硬いのよ?」
「泣き言は全部終わってからにしようぜ、ナトゥーアさんよ!」
カピィールは左手を付いて地面に伏せたままのトロールの左腕目がけて再び渾身の一撃を放つ。寿命と引き換えに最大限まで切れ味を強化された斧槍は、相手のガントレットを打ち砕き、肌に深々と突き刺さるが、骨を切断するほどには至らない。
左手のダメージに態勢の立て直しを難しいと判断したトロールはここにきて精霊魔法を行使する。結果、周囲一帯を巻き込んだ地面から突きあがる土槍がトロールの姿を覆い隠した。
カピィールとユウはいったん離れ、土槍の中に隠れたトロールの動きを警戒する。
カリローは相手の精霊魔法を無効化すべく、周囲のマナを自身の中に取り込んでいたはずだった。
ならば使用されたのは相手の体内にある土の精霊のマナ。あれほどの大技なら体力の消耗も十分に期待できた。
「私たちの勝利条件は…」
「分かっている、こいつに勝つことは僕たちにとって勝利条件じゃない」
いまだ視界に現れないトロールに最前線にユウ、その後ろにナトゥーアとカピィール、さらに離れてカリローとハチヤがいた。
ユウはパーティ内で最大火力を放っても決め手がない状況に、目の前のトロールは倒せないと素直に認め、カリローはその意見を汲み取ってその続きの言葉を紡ぐ。
「いいや、勝つね。かってーのは人造神器のせいなんだろ?」
カリローがパーティに撤退の指示を出そうというタイミングでハチヤが立ち上がり、あらん限りの声を上げて己を奮い立たせる。壊れた盾は捨て片手剣を両手で握り締めユウの隣に立つ。
「ハチヤ?」
「ユウ、お前にゃ真似できないことを俺がやる。狙いは分かるよな」
「…ハチ。貴方に出来るの?」
ユウはハチヤが狙う行動に疑問の声で応える。
声色は挑発や煽りなどのソレではなく、ただ相手の無事を…死に足を突っ込むような賭けに出る彼を諌めるそれに近い。
「俺だけでやれるわけねーだろ、あいつは一人、こっちは5人。役割分担すればいいんだろ!」
土槍の奥で自己回復を行っているであろうトロールに、わざと聞こえるように大きな声で味方を叱咤する。
「ハチヤ、相手とのレベル差。分かって台詞を吐いているんだろうな?」
「こちとら相手の本質は見抜いてるんだ。一撃だったら耐えられる」
カリローは相手の強打一撃で確実に死ぬであろうハチヤに問うが、彼は自信をもって言葉を返した。
「真っ先に誰を狙ってくると思う?」
土槍の奥から洩れる神聖魔法の行使により発生する紫紺の光を眺めながら、ナトゥーアがひとりごちる。
「…フラグ立て乙」
誰も言葉を発せず目の前の様子を見守る中、沈黙に耐え切れなくなったか呆れ果てたか、誰にも聞こえないような小さな声でユウがげんなりと呟いた。