出会いの村1
追記 3/20 3/28 4/1 修正
ドラヴァ地方にある最も大きな都市とも知られるペータル公国。
その大都市へと続く街道から少し離れたところに小さな村があった。
物語はそんな小さな村で起こる小さな事件から始まる。
夜にはそれなりの賑わいを見せる村の宿屋兼酒場今は昼前ということもあり閑散としていて、客も4人しかいない。
ただ、間もなく収穫を迎えるに繁忙期、それも陽も高い時間、そうなると必然的に村の住人ではなく、彼らは旅人ということになる。
「のぉ、オヤジさん。ここの酒は何で出来ておる。ボトルで1つくれんか?」
「カピー、お前また他所様に絡みやがって。すみませんコイツの言ってる事は真に受けないでください」
カウンターで主人に絡んで困らせている、焦げ茶色の前髪をオールバックにした無精ヒゲを伸ばしっきりのドワーフの男。
そしてその隣でぺこぺこと謝る、育ちのよさを覗わせる雰囲気を纏う茶褐色の髪を短く整えた人間の青年。
「いや、お客さん。そういうのはうちやってないんですよ。卸売り業者紹介するんでそっちに当たってくれませんかね」
カピーと呼ぶ人間がドワーフの髭を引っ張ってへこへこと一緒に謝っているのを、店の主人は困り顔でどう対応したものかと考えあぐねて視線を店内に巡らせる。
「…っ、食事くらい静かにすませられんのか、あのドワーフ」
ドワーフの大声に苛立っているのか、時々カウンターを見ては神経質そうにテーブルを指でコツコツと叩いて不満を漏らすのは、少し離れたテーブルに座った、銀髪の髪を半分で分けて後ろへ流し背中でひとまとめにしたエルフの男性。
そして一番隅っこのテーブルで、店内の喧騒など意にも介さず、もくもくとスープを飲む、漆黒の前髪を真っ直ぐに揃えたショートボブの人間の少女。
彼女は何故かスープを飲むのに皿の片隅に用意した金属製のスプーンを使わず、自前の木製スプーンを使っている。
「ゴブリンだー!」
突如、店内の喧騒を上書きして余るほどの声量で聞こえてくる逼迫した警告。
店の主人は顔を青ざめさせながら、慌てて扉を硬く閉ざそうとカウンターから出たところで思い止まる。
先ほどの叫び声を聞いたはずの客である4人は、よほど肝っ玉が座っているらしく普通に食事を続けていた。動じない4人の姿にひょっとしたら…と店の主人は期待を持って声をかける。
「なぁ、あんたら。腕っぷしに自信があるんだったらゴブリン退治してくれないか?」
「おう!」
「任せてくれ!」
ドワーフの男と人間の青年からは快諾の返事。
「しらん」
「…ごめんなさい」
エルフと人間の少女からは拒否の返事。
真っ二つに分かれた意見を前に、店の主人は冷静になって考える。
(ここ最近襲ってくるゴブリンはだいたい4~5匹。二人でも十分なのでは?)
そこで運悪くというべきなのか、店の主人は魔法を使用するゴブリンがいると不平を漏らす旅人の話を思い出してしまった。
そうなれば同じく魔法を使えそうなエルフの男が一緒の方が心強い。
どうすればあの気難しいエルフに首を縦に振らせる事が出来るだろうかと思い悩むが、結論に辿りつくまでの時間は一瞬だった。
そうだ報酬を出せばいい。推測に過ぎないが彼らは皆、冒険者なのだろうから報酬を出せば食いつくに違いない。
「そ、そうだ、今日の宿と食事をタダにする。それで行ってくれないか?」
「店主さんも困ってるんだ、どうだ。ここは共同戦線を張らないか?」
「…わかった、行く」
人間男の口添えもあってか人間女のほうが先に陥落する。
すると店内にいる人の視線は、当然のように最後の一人であるエルフの男に集中する。エルフの男は最初は視線から逃れるように身じろいだが、やがて諦めたようにため息をついた。
「分かった、僕も行こう。女性を戦場に送っておいて自分だけ安全な場所に立っていられるほど図太い神経を持ってるわけではないからね」
そこのドワーフのようにと付け加え、エルフ男は立ち上がった。
ドワーフ男はぐぬぬと憤りを顕にし地団駄を踏むが、エルフ男に飛び掛るほど自制出来ないわけではない。
「簡単だが自己紹介をしよう。得意な技術とレベルを言えばいい。なぁに、簡単だ。まずは僕が例を見せよう。カリローだ。得意なのは精霊魔法。レベルは37だ」
「俺はハチヤ。剣術と神聖魔法が使える。レベルは33」
「オレはカピィール。この通り槍を使う。レベルは35だ」
「私はユウ。格闘と気功術が出来る。…レベルはわからない」
エルフ男、人間男、ドワーフ男、人間の少女の順に簡単な自己紹介を済ませる。
しかし、人間女、ユウの発言に残りの3人が顔を見合わせ困惑する。
この世界のレベルとは個人の強さを表す数値だ。
例えば、生まれてきた赤ん坊。これはレベル1。
普通に農民として一生を終える者でも最低25程度にはなる。そういう意味だと先に名乗った3人は一般人より遥かに強いと言える。
そしてレベルは神の瞳と呼ばれる人造神器で簡単に計測可能だ。
大きな街はもちろん小さな村でもひとつはある、そう珍しくないアーティファクトである。自分のレベルを知らないということは、よほど辺境の地からやって来たと自己紹介しているようなものだ。
「本当にレベルは分からないのか?」
「…お爺ちゃんもお婆ちゃんも教えてはくれなかった。でもゴブリン程度なら一撃で仕留められる」
人間男、ハチヤの問いに人間女、ユウは不審がられるのは自分の実力を伝えられなかったのが原因だと見なし、実績で答える。
「分かった、実力はそれなりにあるということだな。僕の見立てによると、彼女はレベル30は十分にあると思う。カピィールとハチヤが前衛。ユウは私の護衛として後ろに控えてくれ。意見はないな、これよりゴブリン退治を行う、主人よ、村のどちらか分かるか?」
「おそらく南側だ、いつもそちらから来る。家畜を襲うだけならまだしも最近は人を攫うこともある」
エルフ男、カリローは杖を構えると3人に視線を向ける。3人も同様に己の獲物を身に着け頷き返す。
「では行こう。なあに、この僕に任せればゴブリンなど恐れるに足り…」
「きゃー」
カリローが得意そうに自前の杖で地面をトンと叩く音を掻き消す、絹を裂く悲鳴。
次の瞬間にはハチヤとユウは既に行動を起こしていた。
カリローの制止の声も聞かずに酒場から飛び出す。
ユウは麻の服とジーンズ生地の短いホットパンツ、それにレッグガードとサンダル。
対してハチヤは服装こそ軽装だが手に持った革製の大盾と鉄製の片手剣、そして革製の半長靴。
どちらが素早いかは一目瞭然だった。
同時に酒場を出たにも関わらず、ユウがハチヤをぐんぐん突き放して先行する。
ユウは悲鳴の下に駆け寄ると、およそ140Cほどの大きさの人型が5匹いた。いずれも耳元まで裂けた口、とんがった耳、そして片手には木製の棍棒が握られている。
そしてそのうちの一匹が今まさにこの村の住民に襲い掛からんと距離を詰めているところだった。
「たすけ…」
住民、女性と目が合う。助けを請われた瞬間、ユウは地面を蹴っていた、
今まさに女性に触れようとするゴブリンの脳天目がけて蹴りを入れる。さらにわずかに仰け反ったスキを逃さず、着地と同時に右ストレートを顔面に叩き込む。手痛い挨拶に臆したゴブリンは逃げようとするが、もう間に合わない。
刹那、ユウ渾身の追撃の回転蹴りがこめかみに炸裂し、白目を剥いたゴブリンはそのまま地面に崩れ落ちた。
「逃げて」
ユウは倒れたゴブリンと女性の間に割り込むように立つと、へたれこんだ女性を一瞥し言葉を告げる。と同時にそれが無駄であることもユウは悟った。
彼女は体の動かし方も忘れるほどに錯乱していた。
神聖魔法が使えれば正気に戻してすぐに行動を起こすことも出来るだろうが、生憎ユウは神様に愛されていない。
「ぐぃぃぃるぃぃぃ」
残りの3匹がユウに対して構えをとる。タチが悪いことに、もう一匹はまだ後ろにいる彼女へ執着しているようだった。
ユウに狙いを定めたゴブリン達がまずは先に行動を起こす。
振りかぶられた棍棒がユウの左半身目がけて振り下ろされるが、僅かに棍棒の腹を叩いて軌道をそらし一匹目をやり過ごす。
二匹目の攻撃は右からだった、回避出来ないと判断し右手を覆う革製のナックルガードの甲で受ける。
三匹目は崩れ落ちたゴブリンを飛び越え正面から迫る。軌道を見切ると間合いを詰めてミドルキックでカウンターを決め、3mほど吹き飛ばす。
四匹目、唯一村人への執着を持っていたゴブリンが、ユウの詰めた間合いの分だけあいた空白の空間へ縫うようにして割り込む。
「きひゃぁ!」
ゴブリンはしてやったかと、せせら笑うような咆哮をあげる。そして女性に棍棒を振り下ろそうとした瞬間、ゴブリンは左頬に強烈な打撃を食らってバランスを崩した。
本来ならば頭に当たるはずだった一撃も、軌道を逸らされ女性の左腕を掠めるだけ留まる。
「随分と大立ち回りしてくれるじゃないのさ、少女…ユウだっけ?」
割って入ったのはハチヤのシールドバッシュだった。
「そのこを魔法で正気に戻してあげて」
ユウは特に驚きもせずハチヤに指示。
自身はカウンターを決めて倒れたゴブリンの腹目がけて全体重を乗せたスタンプを決めると、止めにあご先を掠めるようにして蹴り飛ばす。
「?」
ユウは背後で神聖魔法が使われる様子のないことに首を傾げる。
ハチヤはそれどころではなかった。
ただ騎士道精神のままに、目の前に迫るゴブリン三匹から女性を庇うように立ちはだかり、右手に構えた鉄の剣で牽制する。
彼自身それほど剣術が得意なわけではない。ましてや多対一を想定した剣術など今まで生きてきた中で習った事もない。そのためこの状況を好転する術をすぐに思いつかない。
「ハチヤ、無事か」
相棒のドワーフが20mほど離れたところから叫ぶ。
ゴブリンの気が僅かにそれた。
ハチヤは意を決して隙を見せたゴブリン目がけて突く。
ゴブリンの左頬を切り裂くが致命傷には及ばない。それどころか逆に怒らせてしまい憤怒の一撃がハチヤを襲い、盾越しにずっしりとした重みを与える。
ハチヤが思わずひざをつくと、続けと言わんばかりに残りの二匹がハチヤに棍棒を振り上げる。
「火の精霊」
厳かな詠唱と共に、その直後、二匹のゴブリンは身体を炎で包まれていた。
攻撃どころではないと、彼らは火を消そうと地面をのたうち回る。
「…やれやれ、作戦を言っただろうに。この脳筋共め」
「助かったぜ、カリローさん」
再度、棍棒を振り下ろす残り一匹のゴブリンをドワーフの槍が貫くのを確認してから、ハチヤはその場に座り込む。
ドワーフことカピィールは斧槍を振り回して刺したゴブリンを放り投げると、その斧槍で残りの転げまわる二匹のゴブリンに止めをさした。
「ハチ、彼女に神聖魔法を。たぶん恐慌状態になっているから、早く正気に」
ユウは自分が倒したゴブリンを縛り上げながら、いまだ恐怖に表情を凍らせたままの女性に視線を向ける。
ハチヤは今度こそユウの指示を聞いて頷くと、片手剣を鞘にしまいサニティと呼ばれる神聖魔法を使用した。
紫紺の光がきらめくと、女性は青ざめた肌から色を取り戻し、慌てた風に身だしなみを整えた。
そしてはっと思い出したように口を開こうとするが、カリローがその口を押さえ、言おうとすることをやめさせる。
「お嬢さん、怖い目にあわせて済まなかった。私はカリロー=アルチュリュー、旅の者だ。よかったらゆっくり話を聞かせてもらえないだろうか?」
女性はその涼しげな声音にこくこくと頷くだけだった。
「ハチ、カピィ。こいつらの死体を埋めるから穴掘るの手伝って」
そして空気を読まないユウの刺激的な発言に、また意識を失うのだった。