従者の血約
sideゼロ
「では少々無作法ですが…まずは食事、と言うことでよろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない」
くるっと回ってヒーロ家の皆様方を視界から外し、食堂へと先導する。
皆様を食堂に入ってくる順に、貴族の使う広くて長いテーブルではない、丸くて狭いテーブルに添えられた席につかせる。
「では此方へどうぞ。幾分か手狭ですが、ご容赦頂きたい」
「いや、これくらいでいいよ。我々のような高位の貴族は食事一つも堅苦しくてね。実はいつもこの家のこの食事方法が楽しかったりするんだ」
「ご理解感謝します」
と言ったところで、ヒーロ家の長女なのだろう。小さな女の子がテーブルの前で少しまごついているのが目に入った。どうも椅子が高すぎたようで、座れないでいる。
……ふむ、今度からは身長も考慮に入れなくてはならないか。
というのはひとまず置いておいて、即座に普通の椅子と俺が三歳くらいの時に自作した伸縮機能付きの椅子を取り替える。
「お嬢様、これにお座り下さい」
「あ、はい…わあぁ…!」
女の子が座った椅子の下に付いたレバーを回し、椅子の高さを上げる。すると歓声をあげる女の子。気に入ってもらえて何よりだ。
「………ほう、それは君が作ったのかい?」
「はい。手作りで申し訳ありませんが、大人用の椅子は座りにくいだろうと判断しました」
「いや、良い腕だ。家にもあれば良いのだが、もう一台作れるかい?」
そう言われて、家の倉庫を思い出す。
「……申し訳ありません。今この家に木材がありませんので、すぐにお作りすることはできません。その代わりと言ってはなんですが、今お嬢様が座っていらっしゃる椅子であれば差し上げます」
「すまないね」
「あ、ありがとう、ございます!」
「いえ、どういたしまして」
「あぅぅ…」
いつもの接待の練習ならば文句か直すべき点しか言われないので、初めてお礼を言われて思わず微笑むと、女の子は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
「……では申し訳ありません。手が足りないので私が料理の仕上げをしてきますが、何かあればそのベルを鳴らして下さい。すぐに駆けつけますので」
そう言って台所に入り、昨日から煮込み続けている鳥に似た魔物のスープを掬って口に入れる。
…うん、旨い。
そのスープの出来に満足した俺は、すでに下味がついている大きい肉塊を凄まじい熱量の業火で焼く。
しっかり中まで火を通したが、表面の肉は犠牲となり、消し炭となっている。そのまま見ればただの炭の塊だ。しかし、ひび割れた炭の間から赤い輝きが漏れている。
「うん…やっぱマグマバッファローは調理法がワイルドすぎるな。表面が炭になるまで焼くとか…」
その調理法とは裏腹に少し火加減を間違えれば大爆発するのだから食材自体は繊細なものだ。
……爆発物に繊細も何もないか。
そう結論付ながら肉を白い皿に乗せ、周りを歯ごたえのある野菜で囲む。
「おし、出来上がり!」
「あら、終わったのね」
「母様」
振り返って両手を血に濡らした母を背中を叩くことでねぎらうと、母は無言で頷いてそのまま両手を洗い始めた。
「して、首尾は?」
「首の動脈を切り裂いて脚を縛って物置に吊るしたわ。暫くは動けないはず」
「…………えげつないですね」
「そうね。でも相手は殺しても死なないあのエミーよ」
……納得してしまう自分が怖くなって、俺は無心で料理を盛り付け、ワゴンに乗せた。
「では母様はメインのワゴンを、私はサブのワゴンを持って行きますので」
「ええ…相変わらずの腕前ね。流石よ、ゼロ」
「それはお客様の反応を見てからですね」
そう言って笑った俺はお客様方の世話を始めた。
食事も無事に終わり、俺は食卓の皆様に食後茶を出していた。ちなみにここまで料理の運搬以外に母の手は入っていない。
「ふはぁ…なんかあったかくて、ふわふわします…」
「マグマバッファローの肉には体温を上げる効果と軽い酩酊感を与える効果があります。とは言っても実際に酒精をとっているわけではありませんが…食後のお茶には氷華の温茶を用意いたしました」
俺はそう言って五人の前にカップを置く。それを少しだけ飲んだ当主様が口を開いた。
「……ふむ、淹れ方が上手いな。氷華の真髄をうまく引き出している…」
「お褒めに預かり光栄にございます」
「……あったかくて…つめたい?」
「氷華の冷茶は胃を冷やしすぎますので、温茶とさせていただきました。冷茶がよろしければお取り変えしますが?」
「あ………いえ、すごくおいしいです…」
「ありがとうございます。良い葉を採って来た甲斐がありました」
俺のその言葉に、うん?と反応する父を除いた一同。そこで全員を代表するように口を開いたのは、やはり当主様だった。
「君が…自分で採って来たのかい?」
「もちろんでございます」
「……そうかい」
その他にも他愛の無い話を続けていると、父が当主様に耳打ちをした。
「旦那様、そろそろ…」
「あ、ああ。そういえばそうだったな。忘れるところだった」
そう言った当主様はおもむろに俺の前に歩み寄り、女の子を呼び寄せた。
「ゼロ君、今までの歓待で君に並外れた能力があるのはよくわかった。君のその力を使えばどこへなりと仕官できるだろう」
「お褒めに預かり光栄の極みにございます」
俺がそう返すと、当主様は暫く黙っていた後、わかっているのか?と言ってきた。
「君にはたくさんの未来がある。それだけの腕だ。騎士団に仕官すれば第一騎士も夢ではないし、冒険者になってもかなり上のランクまでいけるだろう。料理人でも国専属の料理人だってなれるだろう。私が保障する」
「………………仰る意味がよくわかりませんが?」
まあこの人は食事中もずっと家族に見えないところから攻撃をしかけたり、俺の隙を探ったりしていたからな。その結果強い事がわかったのだろう。しかし第一騎士はお世辞だろうから、せいぜい平騎士ってとこか。料理人も同じで、お世辞を考慮すると、城下町で料理屋ができるくらいか。うむ、完璧な計算。
「私は、今から君にそのたくさんの可能性……頂点に立つ可能性を潰してくれ、とお願いするつもりだ」
「………」
「ヒーロ家とクロック家の代々の関係なんて全く気にしないでいい。君は、君自身で自分の未来を決めてくれ」
……様するに、自由な世界を自分の意思で生きるか、執事として主に付き従い生きるか、という事か…
「失礼かもしれませんが…愚問ですね」
「……理由を、教えてくれるかい?」
僅かに残念そうに歪められた当主様の顔を一瞥し、俺は話し始める。
「俺は今まで執事としての教育だけを受けてきました。家事、生活技術、作法、戦闘術、調薬、暗殺術、詐術、爆破技術、蘇生禁術、拷問術、鍛治、悪魔契約、神降ろし、他にも執事に必要なありとあらゆる技能を半端者なりに扱えると思い上がっております」
「……は?」
「当主様は、そんな私に執事にならない道があるとおっしゃりますが、大変失礼ながら、それは私にとって最大の侮辱にございます」
「あ、ああうん」
「……まあ何を言いたいかと申しますと…全身全霊を持ってお嬢様をお守りさせて頂きます。ということです」
「あ、うん。よろしく頼むよ…?」
「お任せください」
俺に素晴らしい役目を下さった当主様が父の近くに行って何やら耳打ちをしている。
「…ゼオ、執事とはあんな過激派革命団体の様な技能を持っているものなのか?」
「申し訳ありません旦那様。我々が気づいた時には既にあの様になっておりました」
「…まあ強い分にはいいが…」
「そこは保障いたします」
そんな会話を鍛えた耳が拾う。
…うん。俺、教育とかされてないからね。こんな子に育っても仕方ないね。
「では『従者の血約』を結ぶ。ゼロ君、此方に来なさい」
「はい。旦那様」
「…おや?」
「これでヒーロ家は正式に私の使え先となったので、呼び方を変えようかと」
「……なるほど。しかし、君が使えるのはヒーロ家ではない」
は?と、頭に疑問詞を浮かべる俺の前にあの小さな女の子が差し出された。
「君が使えるのは、このヒーロ家長女、リタ・ヒーロ個人だ。リタ、挨拶をしなさい」
「わわ…ふっ、ふつつかものですが、よろしくおねがいしましゅっ」
「……はい。此方こそ、不束者ですが、宜しくお願い致します。我が主、リタ様」
にこり、と微笑むと、リタ様は一瞬で顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「ふむ、相性が悪いということもないな。ではゼロ君、血を少しこの皿に落としてくれないか」
「どの程度必要でしょう?」
「一滴でいい」
懐に入れた簡易ナイフで指先を突く。そこから溢れた血をインクの入った皿に落とした。
「これでよろしいでしょうか?」
「ああ。ではリタ、腕を」
「……はぃ」
リタ様が恐る恐る差し出した腕に、当主様が小さな針を当てる。既に半泣きのリタ様がさらに顔を歪めた。
「いたい……」
「我慢しなさい」
リタ様にそう言いつつ、ぷっくりと指先で膨れた血の玉を俺のものが入った小皿に落とし、指先で軽く混ぜている。
「ゼロ君、本当に良いんだね?覚悟はできているのかい?」
「はい。私の人生全てはリタ様のために」
「…わかった」
そう言うと当主様は最早何も言わず、俺の首を一周するように、首輪でも嵌めるように血液入りのインクを付けていった。
「最後に、これを飲んでくれ」
「はい」
小皿を受け取り、微かに炭と鉄の匂いがするそれを舐めとった。
すると。
「ッ!!」
首のインクがじわじわと熱を放ちながら、俺の中に染み込んでくる。それと同時に、俺とリタ様の間に魔力…でも無い、何かの繋がりができていく。
何と無くだが、俺の魂みたいなものがその何かに雁字搦めにされるイメージが浮かんだ。
「……っ、げほ、ごほっ!!」
「だ、大丈夫!?」
自分の中に消えて行った血の首輪が思いのほか息苦しくて、思わず咳き込んだらリタ様が駆け寄って来た。
……主に心配されるとは…
「はい。リタ様は何も不調はありませんか?」
「うん…で、でもね?あなたを感じた!今も感じてる!」
「………はい。私もリタ様を感じております」
二人してふふ、と笑うと、いつの間にかそばに来た当主様と父が俺たちの肩に手を置いた。
「ゼロ、よく決心したな。まだ主人に会って一日も経っていないのに」
そう言った父の声は賞賛というよりは完全に呆れていた。
「どういうことですか?」
「どういう……例えばだな、お前とお嬢様との性格が合わなかったり、お前の思う以上に手のかかる娘さんだったらどうするんだ?最初に言うべきだったのかもしれんが」
……ああ、なるほど。そんなのは簡単だ。
「問題ありません。例えどれだけわがままで、どれだけ無茶を言っても私ならば叶えることができますから」
「…確かにな」
「それと、彼女の性格が気に入らなければ…」
「気に入らなければ、何だ?」
「自分好みに育てれば良いのですよ。幸い彼女はまだまだ変わる余地がある。なに、誰にも気づかれないように素晴らしい女性へと育て上げますよ」
殴られた。