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序章

世界の命運をかけて命がけの冒険をする勇者達の雑用係となった勇者より強い男の物語です。



不定期になりますが楽しんでいってください。

「あら、お買い物ですか?珍しいですね」


大家の娘に声をかけられた片手に本屋のビニル袋をぶら下げた男は振り向く。その顔は整い過ぎる程に整っており、何も入る隙を見つけられない鉄のような印象を他人に与えた。


「ああ、集めている本の新刊が出たんだ。発売日に買わないと色々と後悔することが多くてな」


それは主に悪魔の情報罠(ネタバレスレ)によるものだ。見たいのに見たくない、男はその欲求に勝てないタイプの人間であった。


「へぇ…『天使タムラの残業日誌(ワーカダイアリー)』ですか。有名なんですか?」

「意外とな。最近アニメ化の話も出ているらしい」

「へぇ、また私にも貸してくださいよ」


男は考える。この本の内容は結構エロエロなハーレム系の話であり、とてもではないが女性に貸すようなものではない。


「わかった。また今度渡そう」

「はい。楽しみにしてますね」


男が選んだのは先送りだった。まあ自分がこの女性に気があるでもなし、引かれたら引かれたでまあその時だ、と思ったからである。ここからの打開策など思いつきはしないので随分と吹っ切れていた。



かんかんかん、と錆びた鉄の階段を登って行く。三階が男の部屋がある階だ。


「うっ、うおおおお!!」

「遅い」


物陰から飛びかかってきた刺客の頸椎を砕く。それを隙と見た敵の狙撃手が又隣のビルから狙撃をしてくる。


「腕が(つたな)い」


人類最強の傭兵と言われる男はその弾を避け、廊下で拾った小石を投げる。それっきり銃撃音は消え去った。


「ふん………っ!?」


全く息を荒げない男が馴染みの死体処理専門の業者に電話しようとした時、それは起こった。


足元に、黄色いナマモノが落ちていた。おそらく先程の鉄砲玉が男を待っている間に食べたのだろう。それはバナナの皮であった。


「ぬぅおっ……!」


それを思い切り踏みつけた男の足は見事に滑り、その足は股関節の柔らかさを生かして頭の上に行く。


「ふっく……」


そのまま勢いの衰えない足につられ、浮いた体がオーバーヘッドキックのような形になる。


「うぐぇ」


その体勢のまま重力に引かれ,錆びた鉄の廊下に頭から落下した当然の結末として首が破壊される。







死んだ。


死んじまった。


「そうだね。見事に死んだね」

「誰だよあんた」


真っ白な空間に一人胡坐をかく引き締まった身体を持つ男の前に、一人の少女が現れた。その少女は男の疑問など全く意にも介さず言葉を続ける。


「いや、人類最強の傭兵、一度の戦闘で空中戦だろうが海中戦だろうが構わず体一つでゼロ三つ以上の戦果を常に叩き出してきた本物(リアル)の一騎当千である君が、まさかバナナの皮に足を滑らせて死ぬとかさ、流石の僕でも予想出来なかったよ」

「マジで恥ずかしいから止めてくれ!」


男は頭を抱えてうずくまった。もう何も聞きたくないという意思表示のようだがどうやら少女には通じなかったようだ。


「まあそれでさ、本来ならば君は地獄送りなわけだが、君を地獄に送ると色々と困ることになるんだ」

「困ったこと?」


男は少しだけ顔を上げる。少女の言葉に興味を持ったようだった。


「ああうん…一番簡単に言えば、地獄で最も強いと言われる地獄の神様、言ってしまえば僕だけどさ」

「へぇ、お前地獄の神だったのか。で?困った事ってなんだ?」


男はどうもそれ程強いようには見えないな、等と考えながら少女に話の続きを促す。地獄の神などという所に疑問を持たない所がこの男の異常っぷりを表している。


「うん。有り体に言ってしまえば、君は僕を割と簡単に殺せる」

「あ、やっぱり?」


少女は頷いて続きを話す。


「それくらいに君の人間としての……いや、『君』の存在自体の戦闘能力が異常に高いんだ。多分最高神でさえも苦労するだろうけど殺せるね。僕の見立てではさ」

「ほう…そいつを殺せば俺が神なのか?面白そうだな」

「いや、生き返るから意味ないよ。でもまあ君が色々と困った存在であることはわかってくれたかな?」


男は頷く。世界で誰も寄せ付けない力を持つことがどれほど厄介なことなのかは自分が一番よくわかっていた。


「しかし、今俺は所謂『魂』の存在なのだろう?ならば何もできんのではないか?体が無いのだから」

「ところがどっこい、そうでもないんだよ……普通の人間なら『肉体を失う』、ってことなんだけどね、君は今『肉体という枷を外した』という事になるんだよ。生前、自分はもっと早く動けるのに肉体が着いてこない、なんてことなかったかい?」


神の言葉に心当たりのあった男は試しに自分の身体を動かしてみる。生前の数十倍の速さで動ける。これならばあの時避けるしかなかった対戦車ロケットも掴んで投げ返せたのに、と思う。


「……まさかここまで変わるとはね……正直驚いてるよ僕」

「安心しろ。俺もちょっとだけ驚いてるから」


神は嘆息する。自分は下手をすれば倒れるくらいに驚いているのに、この男はそれも無い。それは元々自分がその程度の力ならば発揮できると本能的にわかっていたからだろう。


「……で、まあ君には行くところが無いって事は分かってくれたかな?」

「ああ。よくわかったよ。この数十分の一ですらもとの世界では行くところがなかったからな。で?その肉体の枷を外した俺はどうすれば良いんだ?」

「うん?……ああ、君にとっては嫌な話かもしれないけど、もう一度肉体に入ってもらうよ。そうすれば精々人外で済むようになる」


とは言ってもこの男がその要求を飲むことは無いだろう、と神は思う。彼女も昔生物の肉体を持っていたことがあるが、それはもう窮屈な暮らしだった。全身の関節が十分の一程度しか動かないようなものだ。


「ああなるほど、別にいいぞ」

「ああだよね……っていいの!?本気で!?」

「ああ。少なくとも前世より下にはならないんだろ?そこはちゃんとしてくれよ?後は前世程の力があっても特殊ではあっても異常では無い世界にして欲しい」


神の想像が外れたのはただ枷を付ける前に外れた状態を体験していたかどうか、という所が原因だ。男の魂は長年を共にした前世の身体専用のOSとなっていたのだ。つまり今の魂そのものの動きは使いこなせないと判断したのだ。


「ああ、うん…まあそこはちゃんとするよ。ヘマをすれば殺されるのはこっちだからね」

「ああそうだ、今の記憶は残しておけるのか?」

「うーん…本来ならダメなんだけど…まあ交渉で出すカードは僕に一任されてるし、いいよ。記憶保護処理は施しとく。ほかは?」

「……いや、無いな」


神は感嘆する。異世界に行くことになる人間は稀にいるが、皆何が欲しい、何がしたい、何になりたいと際限なくこちらに欲をぶつけて来るものだ。この男にはどうもそれが無いらしい。


「君は無欲だねぇ…」

「俺が欲しいと思う大抵の物はそれ程努力せずとも手に入る。記憶があるのならば尚更だ」

「あ、そっすか」


そう言えば、と神は思い出す。戦闘だけが突出しているが、この男は基本的にあらゆる方面で天才的な素質を持っているのだ。


「はぁ…じゃ、送るけども。何か聞きたいことは?」

「……俺は次の世界で何かをするべきなのか?」

「いや、むしろ何もしないで平凡な人生を送って欲しい。君に動かれると後処理が厄介すぎるんだ」


男は暫し考え、そりゃそうだ、という結論に達する。制限されるとは言え神をも超える力を他人の紛争に介入させればどうなるかなど自分が一番よく知っている。


「守れるだけは守ろう」

「それでいいよ。じゃ、元気でね。村田嶺二君」


男、村田嶺二の視界が白く染まり、意識が無くなる。






その朝、一つの大領地の中に並ぶニつの家庭に新たな門出が訪れようとしていた。


一つは、その領地の領主であり、救国の英雄と呼ばれるヒーロ家。


もう一つは、そのヒーロ家に代々使えることを生業としてきた従者一家、クロック家。


その二つの家から出たところにある広場。その隅に二家の当主が並んで座っていた。


「………………」

「大丈夫です。必ず丈夫な子が生まれてきますよ。なんたって旦那様の子ですから」

「………強いな、お前は」


男、ヒーロ家の当主はそう言って力無く笑う。英雄と呼ばれる家の当主である自分よりもその家に使える従者の方が強いとは、笑えない逆転現象であると。


「それは違います、旦那様。私…いえ、私だけでなく私共は旦那様の存在があるからこそこうして強気でいられることが出来るのです。逆にどこにも自分を委ねられる相手がいないにもかかわらずこれ程に強い旦那様の方がよっぽど強うございます」

「……そんな強さ、長くは続くまい?」

「ええ、ですから奥様をねぎらう時にでもついでにしっかりと甘えるのが宜しいかと」


少し惚けた後、ヒーロ家の長はかなわないな、と笑う。先程とは違い少しでも力のこもった笑いだ。


丁度その時、領主の家から甲高い鳴き声が聞こえてきた。


「ッ!!!!」

「おめでとうござい……いや、おめでとう、ダグラス」

「……ありがとう、ゼオ」


昔々、まだ自分達に肩書きという物がなかった頃の関係に一瞬だけ戻った二人はすぐに行ってらっしゃいませ、行ってくる、といつも通りの言葉をかわした後それぞれに別れた。



「………本当に…よかった…」


主…ダグラスの目が消えた瞬間従者の男…ゼオはその場にへたり込む。本当に、我が子の事のように嬉しさが込み上げてきた。だが自らの戦いはここからだ。


「無事に生まれてきてくれ…ゼロ。応援しかできない私を許してくれ、サラ」


前々から決めていた自らの子の名前と、自分の命よりも大切な妻の名前を呼ぶ。その返事は、まだ無い。


その代わりに村の産婆が自分の家より飛び出てきた。


「ゼオさん!!産まれました!」

「何!?本当か!」


そこでゼオは疑問に思う。産婆の表情が全く優れないのだ。子供が産まれた時にする表情では無い。それに子供の泣き声も二重奏にはなっていない。主の子の泣き声だけだ。


「産まれたのですが…泣かないのです」





嶺二は暗く狭い場所にいた。


どこだここ、と思い手足を動かすと、暖かい肉の壁にぶつかる。


「…子宮(ここ)からかよ」


勿論声は出ない。しかし水の中にいて呼吸も出来ないのに苦しくないのは貴重な経験である、と思い存分に体験する。


その時、辺りの水が一気になくなる。それと共に肉の壁が活発に動き始める。


「……始まったのかっ!?痛っ!!」


脳味噌が頭蓋ごと圧縮される。頭蓋が歪む。腕が、脚が曲がる。


「……………ッ!!!!」


外に出た。喉が焼ける。肺が無理やり引き伸ばされる。目が爛れる。



でも泣かない。だって男の子だもの。


「泣いてたまるか…」



一人の男のこの決意は生まれたばかりの子供が泣かない、という異常事態となり大人を散々に騒がせた。


村田嶺二、ゼロ・オ・クロックの第二の人生は最初から多数の人間を巻き込む形で開始されたのだった。


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