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Eyes3 初戦

2016年9月9日改編完了

研究所から闘技エリアへと向かう為、車に乗り込んで十数分程走った頃、今更、秀一は榊原に聞かなければならなかった事を心の中で反芻(はんすう)していた。


その質問とは「いつから僕の事を知っているんですか?」この一点に尽きるだろう。


榊原が赤の他人ではないことを肌で感じ取ったから、浮かび上がってきた疑問でもある。いや、この場合、確信とでも言うべきか……


あの時聞くべきだったと、本当に今更ながらに思うが、秀一自身、その場の空気に耐えられず、聞きたい事が聞けず仕舞いで、その場を離れる他なかった。


辛気臭い雰囲気になってしまったのも、質問ができなかった原因のひとつだが……それに加え、雫を置き去りにして、あの場所に長居していられるような雰囲気ではなかったので、仕方が無いといえば仕方無い。


知りたいことを全て知ることが出来るなんて言うのは、現実的にはあり得ないのだが、榊原だけは秀一に対して、冗談は言っても、本当に知りたいことについては、絶対に答えてくれるのではないかと言う根拠のない確信が秀一の中にはあった。


今になって、思い返してみても、榊原の先の言動は秀一の事をただ茶化したかっただけとも思えない。質問の回答の内容が、あまり()()に開示出来るモノではなかったのか、その真偽は定かではない……


定かではないが、仮に今回、雫と一緒でなく……もし、秀一が一人だったとしたら、質問の内容に答えてくれた可能性があるようにも感じ取れたのは、秀一のタダの勘違いだとは思えなかった。


その話を抜きにしたとしても、近いうちに榊原に会いに行く必要があることだけは確かだっだ。


「先程はありがとうございました。まだ話し足りないので、今度、お互いの都合が合う時にまた会いましょう」と車の中から雫に不審に思われぬように注意しながら、脳内でメッセージ作り上げ、送信しておいた。


雫が隣にいる手前、密会という訳ではないのだが、雫抜きにして話をしたいなんてことを榊原に対して、車両内の通信システムで言えるわけがない。


『わかったわ、ありがと……今日のバトル、本当に注意してね』と短いながらも榊原からの返信を確認した。聞けなかった先程の疑問が、心を(よぎ)っていたが、その一言で霧散させられてしまう。


(バトルか……)


疑問よりも先に先立つモノがあった……榊原のメッセージで再認識させられたが、正直な話、戦闘に関しては不安しかない。


不安とは言って、ただ単に自分の身かわいさだけで言っているわけではない。


逆に一人だけで生活していれば、こんな心配なんてものはしないで済んだこと。




他者のことなど気にせずに《自分が怪我をすればいいだけ》秀一にとっては、ただそれだけの話なのだ。


ある意味でこの身体が、秀一だけの身体ではなくなってしまった事は事実……今も隣にいる雫という少女の存在によって……



(だからこそ、僕は勝たなければならない……雫さんに心配を掛けないために)


だが、今回の相手は手に余る……いや、それどころの騒ぎではない。ランク落ちということは、一定期間は、秀一よりも上のランクで闘ってきた経験があるということ。


一方の彼は、この施設においての闘い方も詳しくは知らない、そもそも生活の仕方すらまだ安定していない。ましてや、バトル中の駆け引きもよく分からない。そんな、ないない尽くしの秀一に勝ち目など万に一つの可能性もあるわけがない。


もしかしたら、オリジンスキルすらすでに持っている相手かもしれない……そんな相手に対して、ド素人の秀一に一体何ができるだろうか。


だからといって、雫を心配させるわけにもいかない。なるべく明るい態度で接しなければ、不安にさせてしまうことは明白だ。


こんなところはやけに過敏なのか。彼女は彼の顔色をうかがう。もちろん、表情を変化させたつもりは毛頭ない。


『秀くん、大丈夫?』と不安を滲ませ、秀一の顔を覗きこむ。


「大丈夫ですよ。安心してください」と満面の笑みで答えてしまった。


その笑顔に雫はやはり騙されてしまう。


正直にいうと、秀一は自分のこの笑顔が大嫌いだ。


心の底から笑顔になる時……そう、自然に笑ってしまいたくなるタイミングでも、何故か表情が変わらないのだ。


この仮面を脱ぎ棄てる事は、秀一にはもうできないのかもしれない。



(けれど……皆は何故か、この笑顔に安心できると言ってくれる)


笑顔に安心できると言うのは、長所だろう。確かに長所だ……だかしかし……


(当然だ。この笑顔を造る為にどれだけの苦労をしたと思っている!?味方など、誰一人としていない漆黒の闇の中でどれだけ苦痛を感じながら、この笑顔を造り上げたと思っている!!)


(……罪を憎んで、人を憎まずか…………良く言ったもんだよ……ダメだ、ダメだ!情緒不安定になっている……思考を完全に切り替えよう)


こういった考えになってしまうのも必然、平時は冷静でいられる秀一もGE発症者なのだから…当たり前


それでも、深淵に呑み込まれないよう、心にしっかりと蓋をする。



ゆっくり目を閉じて、深呼吸、憑き物を落とすようにゆっくり、ゆっくりと目を開く。


頭のなかで目には見えないかぶりを振り「……雫さん、お互いに初戦闘ですね。緊張しないように……って言うと逆に緊張してしまいますから、気楽にいきましょう」


「前に説明があった通り、負けても大丈夫だそうですから、学校で受けてた試験よりも全然楽ですよ」


『……ふふっ、秀くんこんな時に面白いこと言うね、ここは学校じゃないよね……うん、でもそうだね。お互いに頑張ろっ』


(そうだ。二人ともが勝利できれば言うことはない。負けて元々、勝てたらめっけもんだ)


と心に言い聞かせる。


車が停車し、下車すると、それまで通信は繋がっていても、言葉を発さずにいた榊原が『いってらっしゃーい、無理しすぎないようにね』と一言声をかけてきた。


「送り迎え、ありがとうございました。行ってきます」『……ん、行ってきます』と榊原に別れの挨拶を告げ、車を後にした。


周囲を見渡すと、闘技エリアに到着したことが確認できた……と言うのも、CEエリアならびにGE発症者の住む居住区エリアには、旧ベルリンの壁を彷彿とさせる防壁が、AE発症者の侵入を遮断し、(そび)え立っているからに他ならない。


区画があるとはいえ、闘技エリアは広大な土地が広がっており、端から端まで徒歩で移動するのにどれだけ時間を有するかわからない。野球ドームに例えたら、一体幾つ分の広さになるかは秀一達の目測だけでは、判断がつくはずもない。


その闘技エリアの中央には塔のようなものがある。とりあえずはこの建物を塔と仮称しておこう。


塔の周囲約1kmには、先程と同じ様な防壁が組み上げられており、外部からの進入を妨害する造りになっていた。


塔には、普通なら鳥の一匹・二匹くらい居そうな感じがするのに、虫一つ見当たらない雰囲気を醸し出している。


でも、もし重要な施設なら、不十分ではないかとも思うが、防壁自体は簡素に見えるのに、非常に堅固な護りを有している様に思えてならない。




今、目の前に見えている景色は、廃墟といった感じで、ビル群が立ち並んでいる。少し先に、ここで戦闘をするであろう人影も見えた。


塔を指しながら、雫が秀一に尋ねてきた。


『秀くん、あれ、なにかな?』


「んー、何でしょうか?」


と惚けるのも変かなと思い、


「……本当は、さっきあかりさんに聞くつもりだったんですが、長居できる雰囲気でもなくて、聞き忘れてしまいました」


『そっか……そうだよね。頼りになるから忘れてたけど、よくよく考えたら秀くん、私と一緒にここに来たんだから、わからなくて当然だよね』


少し俯きながら『ゴメンね……』と申し訳なさそうに呟く。


「いっ、いえいえ、気にしないでください」少し慌てながらも、返答しておいた。



あまり、戦闘開始まで時間がないので、特に秀一からツッコミはいれなかったが、心配し過ぎではないだろうか?


秀一は、そんなことで雫を嫌いになったりするつもりはない。


昨日のお風呂騒動が、まだ尾を引いているのかもしれない。


家に帰ったら、安心させるようにもう少しコミュニケーションを取ろう、そう心に決めた。







バトルに関してだが、別の対戦同士と混在しないよう、事前にフィールドが区分けされている。


フィールド検索をかけてみると、東南東に2.0km程先の草原が秀一のバトルフィールドらしい。毎度同じフィールドが設定される訳ではない。


お互いに、フィールド位置を確認する。雫は、東に1.0km程先の位置に当たる。地形は、岩場だそうだ。


『何も問題ない』と雫の言だ。


距離的には、かなり近い……恐らく、近接しているフィールドの中では、一番近いだろう。


榊原がテコ入れでもしてくれたに違いない。


大体の位置は、確認できたので離れようとすると、グッと裾を掴まれた。前日の事を思い出す。


もしかすると、雫の癖なのかもしれない。


『ほんとに大丈夫?』と先程の表情とは一変して、つらそうな表情をしている。


「大丈夫と言えば、嘘になるでしょうね。ですが、後には引けませんし、いずれは戦わなくてはならないような存在でしょう。戦わないという選択肢もあるでしょうが、出来ることなら逃げたくはありません。」


『それはそうだけど……』


「僕にも意地はありますし、負けたところで死ぬとかそういうことになるってわけじゃない、って言ってたじゃないですか?」


『……むりはしないでね』


「もちろんですよ…」


満面の笑みだと警戒されるだろうと判断し、少し苦笑へと切り替える。


掴んでいた裾を離し、意識を自分の戦闘へと切り替えて、気を引き締めていた。


戦いの意思が来たるべき敵へと向けられているのは明白だ。


『ぉ、お互いに頑張ろうね!!』


「はい!行きましょう!!またあとで」


お互いの戦場へと一歩ずつ歩を進め、初の戦闘へと赴く。





どうやって管理しているのかは不明だが、フィールドごとにかなり様変わりしている。


区分けされた場所は、雫のエリアの真横……エリア外には、岩場が見えている。


対戦相手を目視で確認した。


女性だった。年齢は秀一より上で榊原くらいだろうか?もしかすると、榊原より年上かもしれない。ESが発症すると若返るとも言われているが、定かではない……年齢不相応の白髪が際立っている。というより毛髪全てが白髪だ、長い髪だからこそ、尚の事目立つ。


身長は、秀一と同じくらいだろう。卑しい顔をこちらへ向けていた。


『初めまして………新人さん、僕は運がいいね』


「こちらこそ初めまして、あなたが今日の対戦相手ですね」


『そうさ。命乞いはしても、無駄だってことは知ってるよね』


「もちろんわかってますよ。第一条件が戦闘不能もしくは降参ですからね」


『なるべく持たせてよ。ただ(なぶ)り殺しにするのは、僕の意に反するからさ』


下卑た笑いを浮かべ


『……せいぜい、いい声で鳴いてよね』と呟いた。


(慈悲は皆無って感じか。戦闘好きなのかは定かではないが、あまり心中穏やかな人間ってわけでもなさそうだな。敵なんだから当然といえば当然か)


「穏便に済ませて欲しいといっても聞き分けてはもらえないんですね?」


『どう考えても、こちらから見てあなたはカモじゃない。逃す理由なんてあるとでも思ってるの?』


『開始時間は、ある程度オーバーしても構わないけど、そろそろ始めない?』


「………………」


『ん?何?闘技の始め方も知らないの?』


「教えてくれる人もあまりいませんので……」


『はぁ…………このまま始まらないんじゃしょうがないし……アクセサリーに触れてみなよ。僕らが相対した時点でもう準備は出来てるんだから、Yesの認証をすれば、カウントダウンの後、戦闘開始だよ』


ネックレスに触れてみる。本当に承認画面が秀一の眼前に広がる。


Get set ready? Open the battle field? Yes or No?


流れるようにメッセージが綴られる。


(これを承認したら開始か。余裕なんかホントにないな。ベテラン相手にどこまで善戦できるかが問題だ、その前に勝負にすらならないかも……)


言葉と共に眼前のYesの文字に触れる「……イエス」発した言葉に意味はない。ただ、そう口にしながら、自身を鼓舞しているだけにすぎない。


開戦の合図と共に1k㎡程の範囲がフィールドとして構築される。上の限界地は大体300m程度


人外の力……フィールドの大きさはあってないようなもの。距離は一瞬で詰められてしまう。


(無警戒は不味い。距離を取ることを最優先!)


脳内に直接、カウントが始まる。


OK!!3、2、1、FIGHT!!


すかさず、バックステップで距離を取ろうとすると、外周のフィールド壁に一瞬で距離が縮まってしまう。


(身体が軽すぎる、距離感覚が全くもって違う!?)


秀一が意識するよりも圧倒的に早く、外周までの距離が縮まってしまっていることには違和感しか覚えない。


スキルを発動していないのだから、


『あれ~?距離離しちゃうんだ?無駄だよ』


離れたと思い込むのもつかの間、目の前に女性の姿を視認して、驚く暇もなく、掌底が下顎に向けて飛んでくる。


(くっ、ガードは不可能、回避優先!!)


地面を力いっぱい蹴って、右側へと横っ跳びをすると、力加減が出来ず、秀一の体は一番角へと向かい着地に失敗した。


フィールド障壁に背中が思い切りぶつかり、呼吸が一瞬できなくなった。


(自分の感覚と違いすぎる!!)


「がはっ!?」


耳元から声が聞こえ、一瞬で間合いを詰められた。


『逃げるばかりなの?ほんとに楽な死合で助かるよ。僕を女だと思ってくれてるんだよね…………甘々過ぎてホント……』


『……気持ち悪い……』


呪詛(じゅそ)の様な言葉を残し、顔を耳元から離し、かなり距離を取った。呼吸が整うのを待つかのように、腕を組みながら、秀一の真正面で仁王立ちしている。


『その甘い考えは、美徳かもしれないけど……ここじゃ、邪魔にしかならないよ。死にたいの?もうちょっと楽しませてくれない?凄いつまらないんだけど?』


呆れ顔で秀一を軽蔑していた。考えていることがバレバレだった。


ランク落ち……同ランクとはいえ、明らかに秀一より戦闘経験豊富なのは、話に聞いて知っているはず……なのに攻撃することを躊躇ってしまった。


脳裏に似ても似つかぬ雫の笑顔が(よぎ)ってしまったから……


『こっちは、スキル両方とも使ってないんだからさ……あんまり早いと女の子に嫌われるよ。あははははははっ……』


(敵ってことを認識しないとこのままじゃ、いくら命があっても勝ち目はない。圧倒的に残機が足りない!)


二つってことは、やはりオリジンスキル持ちか!


(女性を殴るっていう覚悟が明らかに足りなかった。例え女性であっても、相手は敵だ!!このままじゃ本気で殺られる!!単に覚悟が足りないで済む話じゃない!)


『ニュービーだから、甘く見てたけど、動かないんなら、もうこっちから行くよ!!』





『リンク、バースト!!』




スキル発動条件は、とあるワードを口に出すことだと思い出したのは、このときだった。彼女の体が青白い光に包まれ、一瞬ブレたと思った時には時すでに遅し、姿を完全に見失ってしまった。


「ぐっ!が!ごふっ!!」


先程まで視認出来ていたのに、全く反応できなくなり、続けざまの三連撃になす術もなくモロにくらう。脳天、鳩尾、左頬と流れるように滑らかに決まる。


胸ぐらを掴まれ、フィールド中央まで軽々と投げ飛ばされ、受け身を取るが、すかさず右頬に蹴りが飛んで来る。


『せっかく口にして(〃〃〃〃)あげたんだから、さっさとスキルを使いなよ』


ブロックが出来ない、回避もままならない。追尾が速すぎて、何の対応もとることが許されない。頭を殴られたショックか視界が明滅していた。


『スキル使えっていってんだろうが!つまんねぇ!新人さんよぉ、悔しかったら、一撃位いれてみろよ!!女と殴りあいのケンカはできねってか!?』


彼女に瞳に狂気が混じり始める。四の五の言っている時間はない!!


吐血しながら無理やり声を出す「ごほっ……リ……リンク、バ……バーストっ!!」


傷は全く癒えていない状態で、ベーススキルを発動する。


「ぐっ!?」


神経回路が繋がり、五感が研ぎ澄まされていくのを感じる。痛みの感覚も倍増してしまう。


向こう側が先に発動してるから、こちらには、時間の余裕だけはあるはずだ。


しかし、身体にかかっている負担は向こう側の比ではない。初めての発動ということも相まって痛みが増長していた。


「がっ!!」


反撃の狼煙(のろし)をあげようにも、痛みの所為もあるのか、軽い拒絶反応らしきものが起きる……脇目もふらず、攻撃に転じる。距離を縮め、右こぶしに力を込め、眼前へとこぶしを伸ばすが、


「くっ!!……はっ!!」


やはり目測を謝ってしまう。当たらずにかわされてしまう。


『そうそう、そうだよ!そうじゃなきゃ、つまらないよ!!』


相手とようやく同じ土俵に立てたためか、何とか相手の動きが解るようになるも、かといって攻撃を当てられるわけでもかわせる訳でもない。


攻撃は最大の防御とでもいいたいのか、防御する素振りを一切見せず、攻撃を止める素振りは更々ない。


『まだまだ全然足りない!もっと、もっとっ!』




秀一はというと防戦から開始し、相当なダメージを受けてしまった為、相手の手数に追い付けない。攻撃の手数を増やすことが出来ずにいた。


向こうはただ、ひたすらに攻撃あるのみだ。


こちら側から入れた攻撃は三発、致命傷になるような場所ではない。


対して向こう側は、最初の三撃を含め計十八発、しかも関節を中心に上手く当てられている。秀一の動きを封じるつもりなのだ。


明らかにジリ貧。このままだと力押しされてしまう。


草原という地形を上手く利用できないかと考えるも、満身創痍の状態ではいい案も出てこない。


冷静さがかけていることは、十分に解っている。経験の差が露見している。


焦りを感じ、ほぼ防戦になりかけたその時、相手が距離を取った。


(相手の速度が著しく落ちた。タイムリミット?チャンスか?)


勢いよく踏み込み、一気に距離を詰める。顎に一撃入れれば、相手は意識を昏倒させるチャンスがある。


(タイムリミットまで十数秒!受けたダメージでは、こちらが圧倒的に不利!)


「っっ!!」


『SONIC BREAK』


彼女の口許がニヤリと歪んでいた。完全に失策だった。誘いに気が付かず、何とか耐えきったと勘違いをしていた。


一発で無力化しようとしたことがそもそも間違いだった。


次の瞬間、何をされたのかすら、気が付くことなく、秀一は完全に意識を奪われた。


「あっ…………」








~~~~~~~~








雫の戦闘は、それほど長い時間かからなかった。新人同士の闘いには、アシストがつくのが通例らしく、お手本通りにただそれをなぞるだけだった。


(私は、秀くんを安心させる為に勝たなくちゃいけない。いつまでも足手まといのままでいるわけにはいかない)


スキルの発動には、スペルが必要。アシスト機能は便利だった。


「リンク、バースト」


回路を繋ぐってことかな?と思いつつも、相手に意識を集中する。一気に加速して、相手との距離を詰める。


(相手も新人、先手必勝。なにもさせてなんかやらないんだから!意識を刈り取ることだけに集中して、動けなくさせればいいだけ!!)


持ち前の俊足を武器に相手に付け入る隙を与えない。


眉間に一発、心臓に一発、鳩尾に一発、顎に一発。


綺麗に決まると前のめりに地面へと倒れこむと相手は動かなくなった。一応、息をしているのは確認しておいた。


程なくメッセージが表示される。


emergency call?……yesっと


これで問題なく終了。


足場が岩だらけなので、ゴツゴツしててかなり動き辛かったが、それは相手も同じ。


手続きも終わり、フィールドが消滅する。フィールド端の所まで男の子を引っ張ってきたところで、GEの力は失われた。


遠目に救急車(?)がこちらに向かってくるのが、確認できた。いつまでもここにいる必要性はない。


(のんびりなんてしていられない。早く秀くんのとこに行かなきゃ)


岩場から、草原への移動は指して時間がかからなかった。最短距離を秀一のもとへ駆けだした。



雫は、自分の目を疑わずにはいられない状況を目の当たりにした。


(ダメなら、降参するって思ってた。それに、なんで!)


だけど、秀一は意識を失い、誰かにわざと見せ付けるかのように首根っこを掴まれ、力なく腕から垂れ下がっていた。


彼女が彼の体から手を離すと、フィールドがようやく消失する。


雫は脇目もふらず、すぐに秀一に駆け寄る。


「秀くんっ!!」例えここの医療技術が優れているとはいえ、無闇に体を動かすのは危険。傍らに膝をつき、息遣いだけは確認する。


身体中がボロボロだ。顔は傷だらけ、関節という関節に大きな腫れが目立つ。骨折している箇所もあるかもしれない。


彼は甚振(いたぶ)られたのだ。


戦闘経験がある者に初心者が勝てるわけがなかったのだ。


こちらを呆れ顔で観ている彼女を睨み付けずにはいられなかった。


『そうそう、そうでなくっちゃ、闘う意志のない彼を痛め付けるのも楽しかったけどね♪』


「だからってここまでやる必要はなかったはず!!」


『はぁ??……何言ってるの?私達は敵よ、それ以上でも、それ以下でもない』


ぐうの音も出なかった。


「っ!でも!…………」


『むしろ、感謝してほしいくらいだよ。彼が戦えるようになるのを待ってあげたんだから……また会うことがあれば、今回みたいな様子見なんかしないわ。全力で潰してあげるから、そのつもりでね。あなたが相手ならちょっとは手加減してあげるかもね』


ケラケラ笑いながら、名前も知らぬ彼女は、ほぼ無傷のままAEエリアへと姿を消した。


雫の対戦相手ではない以上、攻撃を仕掛けることは出来ない。奥歯を噛み締めながら、ただただ、その後ろ姿を見送ることしか今の雫には許されていなかった。



(次にあったら、必ず私が、倒すっ!!)



その想いを内に宿して………


戦闘終了からものの一分と経たずに車両到着し、担架が運ばれてきた。


『一緒に乗車なさいますか?』


とアンドロイドが声を掛けてきた。


「ん、もちろん……」


(秀くんの看病に付き合おう。とりあえず、次の戦闘まで一週間は猶予がある……傷痕はすぐに治るって話。心に傷がなければ大丈夫なはず。もし、心に傷を負ったなら、私が秀くんの支えになろう。傍に誰かがいた方が安心に決まってる)



彼と共に車両へと乗り込むとサイレンを鳴らすわけでもなく、車両は、ゲートを抜け、GEエリアへと向かい走りだした。

以前のデータと比べ、2300文字強の追加です。


改めてお読みいただければ幸いです。

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