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4.同い年

再度編集

一方、秀一と同い年位の少年と歳上の女性は…というと先程、女性用の服を……秀一に勧めようとした女性士官と話し込んでいた。


()(つま)んで説明をすると、これから先の展望が見えず、この先どう対応していけばいいか全くわからないといった内容だった。


どうやら、茫然自失(ぼうぜんじしつ)の状態だった様で、車中でも、この場においても話をしっかりと聞けていなかったらしい。やっと、我にかえり、現実を受け止めたと言うところだろう。


道中を共に過ごしてきた中で、会話はなくとも、お互いに少なからず、仲間意識にも似た何かが芽生え始めていた。吊り橋効果とでも言うべきか……いや、恋愛感情ではないので少し違う。


多少気掛かりではあったが、話に割り込むのも気が引けた上に、この件に関して、秀一が負うべき責務があるとは到底思えなかった。


ここは、専門家に任せるべきだと判断し「よしっ」と気合を入れ直し、席を立ち別室へと移動する。先程支給された黒のロングTシャツとジーパンに着替え直す為だ。黒の制服に関しては、自宅に届けてくれるとのこと。


これから、自宅へ向かう為に外を歩くと言うのに、病衣のままというのはあまりに好ましくない。


「んー……ふぅ……」袖と裾の部分をほんの少し折り曲げ、軽くため息を()らす。


(よし、サイズはそこまで問題なさそう……ちょっとだけダボっとするけど、まぁ、許容範囲だね)


服を選ぶ際に試着して確かめたわけではない。ある意味、この場限りの間に合わせ……本当にちょうど良いとは言えなくても構わない。


若干、腕の辺りに生地が余っているのが気になるのも事実、後々常用するのであれば、丈を詰めればいいだけの話だ。


着替えの最中、奇妙な視線を感じたが、敵意を振り撒かれているわけではない。


気にした方が逆にトラブルを招きそうで、敢えて気が付かないふりをして早々にこの場を去ろうとした。


別室を出て、折り畳んだ病衣を回収BOXへと入れ、新しい住まいへと向かおうとしたところ、不意に裾を引っ張られる。


「えっ?」と攻撃性のない唐突な無言の奇襲に対し、無警戒に振り返る。


青みがかったショートヘアに藍色のヘアピン、少し自信のなさそうなタレ目でこちらを見ている少女……


薄青色のワンピースに身を包んだ雫だった……彼女も秀一と同じく支給された服に着替えていた。


(全て青か……なるほど、髪の色をベースに合わせたんだ……それにしても、この髪の色が意味するものは何だろう?僕のこの漆黒の髪も……そのうち多くの人と出会えば、それもわかってくるのかな?……)


危機感よりも好奇心が優先されたからだろうか?目の前の少女よりも先に思考を巡らせることを優先していた。


とはいえ、面と向かってお互いの顔をしっかりと見るのは、今回が初めてだった。緊張をするなと言うのは無理な話だ。先程の明後日の方向へ向かっていた思考も緊張から来たものだ。


先の搬送車の中では照明があったとはいえ、マジマジと見るわけにもいかず、それよりなにより周りを気にする余裕がそれほどあったとは言えない状況だった。


そのあと、搬送車から降りてからも説明やら何やらでそちらに集中する必要があったからだ。




さて、体型は、というと少し幼さ残る感じがする……いや、年齢相応の少女という表現が正しいだろう。


雫の方が身長が低い為、どうしても、上目遣いになるのは否めない。


何かしただろうか?と思いはするものの、記憶にあるのは、搬送車の中で視線を感じ、笑い返しただけ……そのあとも視線を感じてはいたのだが、特に思い当たる節が秀一にはなかった。


片や雫は何を思うか、掴んだその手を裾から離す気配が一向にない。廊下でこのまま……というのは余りに滑稽(こっけい)でこの膠着(こうちゃく)状態を打破するために声を発した。


同い年だとは思うが、初めて話す相手だ。丁寧な口調もどうかな?と思案してみるが、失礼にはあたらないので、それを突き通すことにした。


「あの、どうかされましたか?」と怪訝(けげん)な態度と表情にならないよう、努めて笑顔で話すことを常日頃から心がけている。




いつものことだ……そう、いつものこと……


笑顔は作り慣れている……それが敵を作らない最低条件だ。


作り笑顔には絶対に見えない完全無欠の自然にしか見えない笑顔……


最後に心の底から笑ったのはいつのことだろう?いつか、また自然に笑うことが出来るだろうか?


…………いつか、出来たらいいな





これが雪村秀一の今日までの生き方であり、そして、これからも決して変わらぬ雪村秀一の根幹にあるものだった……


人に優しくすることは当たり前、自分のことは二の次……この若さで他人に対する優しさを追及していることは素晴らしいことかもしれない。


だが、逆に言えば、少年らしい素直さや無邪気さの欠片は、一体何処へ行ってしまったんだろう?ここまで来ると優しさを通り越して、卑屈にしか思えなくもない。


もし、この人生観を変えてくれる者がいるとしたら、それはどんな人間だろう?




安心のみを与える鉄壁の笑みとその声に掴み続けていた手をようやく離した。


火に()べたやかんの如く顔を蒸気させ、雫がやっとの想いで重い口を開いた。


『……ぁ、あの、えっと、その……』ようやく話しかけた彼女だが、しどろもどろなのは、恐らく緊張からだろう。秀一の深淵が見えているはずがない。


泣き出しそうになる心を必死に抑えているのが見て取れる。何度も深呼吸をし、雫自身の自信を奮い立たせていた。


「大丈夫です。今、僕はキミの元を離れて、勝手にどこかに行ったりしません……落ち着いて話してみてください」


かつて、秀一自身がかけて欲しかっただろう言葉が自然にこぼれ落ちる。


『えっ……うん、うん……約束……だよ?絶対にだよ?』何度も頷きつつも、相手を信じたいが故に言質(げんち)を取った。


「えぇ、もちろんです」その言葉と共に再度微笑むと少しずつ緊張が解れてきたようで、やっと本題を切り出してきた。


『ぇ、ぇっと……あのね、お願い……あって……少しお話がしたいの……いいかな?』


「わかりました。このままここにいるのもなんですし、一緒に目的地まで歩きながら、話しませんか?」


『ぅ、うん、そうだね……ありがとう』まだ少し頬が赤い気がする。もう少しすれば、完全にとは言い難いが落ち着きを取り戻してくれるだろう。


「……あっ、そうでした。移動する前に確認しておきたいんですが、瞳の色が元に戻ってますけど、どういうことです?僕らはGEに発症して、その発症を止められなかったんじゃないんですか?」


『……ぇっ、えっ?……別の部屋に行った時にアクセサリーもらったんだよね?鏡、見せてくれなかったの?』


彼の胸元には、榊原から貰ったネックレスが確かに輝いている。だが、コレがいったいなんなのかを聞いたのは、収監されたメンバー全員が揃ったあの部屋でが初めての事……


「ええ、別室でネックレスは貰いましたが、鏡を見せてもらってもいないですし、貰った所では説明を全く受けてないんです。もしよければ、説明してもらってもいいですか?」


『……ぅ、うん……えっとね、詳しい事は、わからないけど、そのアクセサリーが抑えてくれるって言ってた』


とかなり簡潔に述べられて、概要は良くわからない。


「えーと、つまりこのアクセサリーがあれば、GEを無効化できるってことでしょうか?」


『ううん……えっと、たしか『それはただの(かせ)にすぎない』って言ってたかな?1週間に一度は闘わなきゃいけないのは変わらないって言ってた……所で、雪村くん枷ってなぁに?』


「あー、なるほどなるほど」出した答えが正しいとは限らないが、ある程度の推測が付いた。


どゆこと?と小首を傾げている。雫自身もしっかりとした説明を受けているようではないらしく、一から十まで教えられるほど、今日は時間の余裕があるわけではないのだろう。それに、ここに収容されている人間は、秀一達だけではない。


故に中途半端な説明になってしまっているのだ。もしくは詳しく説明出来ない理由があるのかもしれない。


「枷と言うのは恐らくですが、制限付きのリミッターのことでしょう。私生活を行う上でこの力は過剰以外の何物でもありませんからね」


「バスから降りて、ずっとドアノブのついたドアが一つもなかったはずです。引き戸か自動ドアでした、それに更衣室のドアだけドアノブが付いていましたから、普通の力に戻っているかどうかの確認も考慮に入れての事でしょう」


『そうなんだ……』声に強い情感は含まれないものの、その視線は少し熱を帯びている。


「と、とりあえず、いきましょうか」と会話を切るように、そして視線を外す為、歩を進めた。


先程の建物から出て、そう長くはない距離を歩くと街らしきものが見えてきた。道中、外食できるところをすぐに発見し、そういえばと先程の女性士官が言っていた『どこでもいいから飯でも食って……』その台詞を思い出す。


いきなり、知らない土地で外食をすることに抵抗感を覚えた。


(家で何か作ればいいかな?確か、生活を開始するのに、困らない程度の物品は準備してあるって話だった。どこまでを指しているのかはわからないから、一度、台所で見てみれば、何が足りないかわかるはず、足りないものはその時買い足せばいいかな?)


やたら他の視線を感じていたが、それは秀一達が新参者(ニュービー)だからだろうか?それとも、秀一が女の子を連れていたからだろうか?はたまた、別に理由があるのか、それは秀一達にはわからないことだった。


視線が気にはなったが、そんな事よりも秀一には、まず、この目の前の危機を何とか乗り越えなければならない。


(考えてみると、僕はこの子のことを何も知らないければ、今までしっかりと女の子と話をした事もなかったんだった……失礼がないように、言葉を選びながら、なんの目的があるのか少し確認をしてみよう)


しっかりと話した事がないという言い方には多少語弊がある。話をした事がない訳ではない。ある特定の女子と一定以上仲良くなったという記憶がないだけなのだ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。改めて、僕の名前は雪村秀一。年齢は13歳、中学一年です」


『ぇ、えっと、私は、久遠雫、歳は雪村くんと同じだよ……』


「よろしくお願いします」『ょ、よろしくね』と秀一が頭を下げ、それに(なら)う様に雫も追って頭を下げた。


『しゅう……くん……って呼んでもいい?』


「ええ、構いません。僕は雫さんって呼んでも、構いませんか?」


『ぅ、うん、大丈夫……』


「あと、少し気になることがあるので……先に二つほど、こちらから質問しても良いですか?」


『ぇっ?……えっと、な、何かな?』


予期せぬ質問に少し戸惑いを見せるも何とか持ち直す。


「ありがとうございます……まず、貴女のお誕生日を聞かせてもらえますか?」


『誕生日?えっと、5月12日だけど?』


「なるほど、わかりました。あともう一つ、GEが発しょ…………」


勘が良すぎるのか、いや、恐らくは目の錯覚なのだろうが、頬の痕が何故か一瞬色濃く見えた。


これは自分から聞くべきではないと……


『ん?あともう一つは?』気付かぬうちに発言を止め、下を向いてしまったため、雫は困り顔で秀一を覗きこんでいる。


ハッと我にかえり、問題ないと首を横に振る「あ、いえ、先程の質問だけで大丈夫です。ありがとうございます」


(一つわかったことは誕生日がキーになっていること、これは確かみたい…)


少し不思議に思うかもしれないが、秀一の両親があらかじめ知っていたのは、13歳の誕生日が全てのGE発症者の発症日になる可能性が高いということを、秀一の兄に当たる第一子誕生の際に病院側から伝え聞かされていたからだ。


GEの発症開始を伝えられるのは、成人して、子を産んでからの話になる、秀一がこの事実を知らなくても当然なのだ。


「あ、そうでした、そうでした……所で話ってなんでしょう?」


手先をモジモジとさせている。気恥ずかしさ隠し切れていない。


『……ぁ、あの……お友達になってくれないかな?』




よくよく考えてみればわかりそうなものだった……ここには、もう知り合いなんてほとんどいないってことに……


信頼できる父も母も兄弟も親戚も親友もここにはいない……


では、頼りに出来るものは?


……そう、何もない。自分のこの身一つだけが頼りなのだ。


(……ある意味で、僕は、特殊なんだと思う。普通ならこの状況は、不安に駆られ、精神を保つだけでもやっとのはずなのに……不安にさせちゃいけない!)


秀一はただただ、冷静にこれからどうしなければならないかをずっと考え、それに向けて努力をする方法をここに来るまでずっと模索していた。


いつ、発狂してもおかしくなかったのではないだろうか?そう考えると、雫は誰かに(すが)りたかったのかもしれない。


彼女の心境は正直わからないが、助けを求めてくるのであれば、秀一は絶対にその手を振りほどかない、必ず握り返し出来る事ならそこから引き上げる。


(もう思い出すことは叶わないけど、辛い事や悲しい事は、嫌というほど経験してきた。僕に助けて欲しいと手を伸ばす人がいるなら、僕が自分の手の届く範囲なら手を伸ばして、救いあげたい!)



昔、絶望していたであろう秀一がしてほしかった事だからだ。



「えぇ、もちろん構いませんよ。知らない土地、知っている人も誰一人としていないです…僕も友達が欲しかったんです。改めてよろしくお願いしますね」


他意はない。考えないようにしていたが、この気持ちは確かに心の中にあった……にこやかにこう答えると


『ぁっ……ありがとう』と雫は綻んだ。初めてみる彼女の本当に安堵した表情だった。ほんの少しだけ目が潤んでいるようにも見える。恐らくかなり不安だったのだろう。


自分の気持ちを拒絶されてしまうのではないか、この絶望の中で自分の心がもっと深淵まで落とされてしまうのではないかと……


『後、お願いがあるんだけど……いいかな?』


「出来る範囲でなら大丈夫ですよ」


……この台詞は、確実に間違いだったとあとで後悔することになる。


雫は少し首を捻り、思案した後『そっか、うん、なら、大丈夫だよね』と一人頷いていた。どうやら一人、自己完結してしまったようだ。


(ん?お願いはどこへきえてしまったんだろう?納得したようだし、まぁいいか……)


なにがでしょうか?と聞くべきだった、問いただすべきだった……空気を読みすぎた、いや、寧ろこの場合、読めていなかったと言うのが正解だろう。


『あっ、ごめんね。ちょっと()()()()するね。待っててくれる?』


「長い時間でないのなら、構いませんよ」


『わかった。ありがと……』


コネクト……土地柄、年齢、出自、性別等によっても言い方は様々だ。秀一達現代人は何の違和感もなく、この能力を使用している。自身の脳神経を直接使用し、ネットワークに接続すると言う意味をあらわしている。


一体どこに情報を集積しているデータバンクが存在し、そもそもどこにネットワークがあるのかなどと言う話はまた別の話。


例えば、秀一なら「すこし連絡してきます」や「ちょっと席をはずしますね」と日常会話で済ませる者もいる。


スラングとして使っている者ならば、『DIVE』や『LINK』など指定は特にないのである。とにかく相手にそれが伝わればいいのだ。一般的には、雫が先程使用した『コネクト』が多く使用される。


彼女は秀一が持っているものとは別の…先程、貰ったであろうリストを開き、連絡を取っているようだった。


ふと思い返すと、弾き返されたデータに画像データは送付されていなかったと秀一は記憶している。名前でも知らなければ、調べるのにかなり時間が掛かりそうだ。あまり時間も置かず、話し始めた所を見るに女性士官の名前を知っていたようだ。


何かの確認事項だろうか?雫は何度も頷きながら、秀一には会話の内容は聞き取れないが、やや明るい声で接続を切った。




『えへへ、お待たせ……大丈夫だって。良かったぁ……』


初めて見せてくれた年相応の可愛らしい笑顔だった。この時にはわからなかったが、既に秀一は魅せられたのかもしれない。


何が大丈夫なのか?と頭のなかで首を捻りながらも「そうですか、良かったですね」と秀一もにこやかに返答した。


「なにがでしょうか?」などと無粋なことは聞かないでおく。




今日は歩いて街並みを確認しているが、通常の移動手段は、基本車らしい、因みにドライバー無しの車である。今のご時世オートドライブでない車の方が珍しいくらいだ。


もちろん、マニュアル車(この中には、今で言うオートマ車も含まれる。搭乗者自身が運転するという意味で取ってもらえればいい)も存在してはいるのだが、オートドライブ車が今や一般的となり、マニュアル車のシェアが格段に減るとそれに伴い、人為的な事故等の側面から何度か法改正が行われ、徐々に徐々にその姿を消し、運転免許はもう日本には存在していない。


そのおかげで大幅な事故率の減少を促す事に成功したのだから、この取り組みは一概に間違いとは言えない。だが、その反面、配送業等の職を失った者の損害を考えると決して正しいとも言い難い。


昨今では、マニュアル車で公道を走る事は法令で禁止されている上に、完全オーダーメイド品となってしまう為、こちらの方がかなりの割高となってしまい、一部の好事家の道楽でのみ取引が行われているくらいである。


さて、話を元に戻そう……彼女との会話に夢中で、周りを見る余裕があまりなかったのも原因ではあったのだが、よくよく見ると、周りが異質の空間であることに気が付いた。


これは本当に収監施設なのかと……


そう、前述でも記述した通り、ここは、市街地なのだ。商業施設のようなものが立ち並び、数は少ないが、ビルも確認でき、一見してみると、そこはある意味で慣れ親しんだ光景だった。


気になる箇所が多分に見られるが、これから住む部屋の状況も確認しなければならなかったので、あまり、のんびりはしていられそうもない。


時間もないので、話をしながら、歩きながら色々と思案してみる。あまりながら状態を続けるのも雫に対して失礼ではあるのだが……


(こんな時、他に多く仲間がいると相談とかできて、いい考えとか生まれるんだろうけど……明日から、どうすればいいかも良くも分からない。知らない人と殴り合いの喧嘩とか、何の意味があるんだろう。トレーニング施設のこともあるのか、どうかすら聞けてないし……でも、とりあえず住む場所の確認か……)


目的の新居に近づいてきた為、振り返り、雫との別れを切り出す。


「そろそろ着きますね。先程の話では、住居区もかなり広いって話ですから……せっかくお友達になったんです、お互いの連絡先を交換しておきましょうか?」


『??』不思議そうに首を傾げている。


(あれ?変なこと言ったかな?)


『……秀くん、これから一緒に頑張ろうね♪』


(ん?ん?一緒に頑張る?何かニュアンスが違う……会話が噛み合ってない、連絡先の交換の話から、これから一緒に頑張るに切り替わってる?)


そして、ここは、秀一が暮らす予定の住居のすぐそばだ。雫は秀一から離れる様子が一切ない。


『じゃあ、いこっか』


秀一が住むはずの住居に向かって、雫が歩を進めた。


「えっ!ちょ、ちょっとまって!」


秀一には珍しくかなり慌てて呼びとめる。雫はやはり頭には疑問符が浮かんでいる。


「……雫さん、えっと、確認しますけど、雫さんの住む場所は一体どこですか?」


『ん?……そこだよ?……』


(え゛っ!?何故、僕が住む方向に指を指してるんですか?)


『さっき説明してくれた、女の人……ここで一緒に住む許可が下りたっていってくれたよ?』


(あれ?今までの会話でそんなこと言ったっ……ん!!もしかしてさっきのコネクトか!いやいやいやいや、若い男女が一つ屋根の下はマズイって、絶対に!まさか、この為の3LDKか!?何故、政府公認!?意味がわからない。と、とりあえず連絡を……)


頭を抱えてしまう。流石にこの事態は予想していなかった。


雫に「少し席をはずします…ちょっと待っていて下さい」と一言、言って少し距離を取り、秀一は、(おもむろ)に自身のデータの中から榊原から貰ったリストを取り出すとリスト内から先程の女性士官を探す。


(このリストやはり画像付きだ……追記の部分に色々と話してはいけないような内容が書かれている所を見ると、本当に手が込んでる。特別製……劣化品はいらなかったということか…)


リストの中に点滅している場所を発見する。


(えっと、名前は大林楓……もしかして、勝手に検索を掛けてくれている?画像も本人と同じ……これは非常に楽だ)


『おっ?少年までどうした?やはり女子の制服でも着たいかね、ん??』


(お願いですから、その思考からはなれてください!)と心の中で叫ばすにはいられない。


(一番初めに着席を促してきた時の最初の頃の口調はどこへ行ったんだ!ここの女性職員には、スルーする方法しかないのか!!)


口には出さずとも、この(いきどお)りは女装趣味のない一般男子からすれば当たり前の反応。秀一も発する言葉もやや強いモノとなってしまう。


「……っ!先程一緒に説明を受けていた。久遠雫さんの件です!」


『あぁ~~、彼女かい?さっき連絡があったよ。君と一緒がいいってさ。何か問題でもあったのかい?』


「も、問題大ありです!!若い男女が一つ屋根の下にしかも二人っきりで住むなんていい訳ないじゃないですか!!彼女は犬や猫のようなペットじゃないんですよ!!」


流石の秀一も倫理観からか、さほど大きな声ではないが、語尾を荒げてしまっていた。


『ん~~、あぁ、そうだったね。色々話さなくちゃならない事が多すぎて、そこまで説明してなかったよ……いいかい、雪村秀一くん、ここはね………治外法権区なんだよ』


(ん?……ん?どういうことだ?政府管理下の治外法権区?治外法権?ルールはないって言う意味?区とはどういうことだろうか?若い男女が住んでいいって理由にはなってないよね?あれ?僕が間違いなの?)


『ここの施設には、暗黙のルールみたいなのは存在するし、ここから出る事は出来ないけど、基本的にキミらは()()()()()()自由なんだ』


頭がこんがらがって、何もいい答えが出てこない。彼女は続けざまに言い放った。


『彼女は、キミと一緒に居たがっているんだろう?雪村秀一くん、キミは彼女をひとりにするつもりなのかい?』


『まぁ、集団部屋もあるからそこで生活をする……それでもいいんだけどね。基本は収監してすぐに、精神を病んでいたり、一人で生きていけないって判断した子たちが行く場所だけど……』


『雫くんはキミと一緒に居たがっている……それにキミは自分から独り暮らしを選択した、と言う事はだ……キミには、ある程度一人で暮らしていける技能が備わっている、これに間違いはないかい?』


雫の今までの行動や反応を見る限り、秀一の勘違いでなければ、ここは肯定しなければならない。一人暮らしを選んだのはまぎれもなく秀一自身…楓の質問に当事者の秀一でなければ、指摘すべき点は見当たらない。


「はい、僕の過信でなければ、間違いないです。けど、雫さんとは、今日出逢ったばかりですよ?信頼される理由がわかりません」


『そんなこたぁ知らないよ……あたしゃあ、雫くんじゃあないからね……まぁ、何か思う所でもあったんじゃないかねぇ……あの子が『友達が出来たんです♪』って喜んで連絡してきたんだ。『一緒に住みたいけど大丈夫ですか?』ってね……』


『それでもキミが彼女を追い出すって言うんなら、別にあたしゃあ止めないよ。さっき言った通りそれもキミの自由意志だからねぇ……で?どうすんだい?』


聞こえているのが、わかるようにため息をつき『こういっちゃあ、悪いけど、女の子一人や二人ぐらい、何とかしてやりな……それが男の甲斐性ってもんだろう?』


13歳の少年に男の甲斐性を求めるのは、いささか難ありではないだろうか?何が正しいのか、何が間違いなのか、そもそもこの議論に正解があるのかすらわからない。


「くっ!……少し待って下さい、頭の中を整理させますから……」


『はいはい、わかったよ』と彼女は多少面倒くさがりながらも自身の職責もあるだろうに電話口で待っていてくれた。




(僕の心は、正直にいうと決まっている。僕だって、雫さんを壊したいわけじゃないんだ。恐らくだけど、心の拠り所にされたのかもしれない。出来れば、依存は避けた方がいいんだけど……彼女が男の子だったら、こんなに悩むことなんてないんだ……何か案か条件を出して、こちらが譲歩するしか方法はないか)


「すいません、お待たせしました……わかりました。では、彼女が仲のいい女友達出来た時、住む場所を変更するっていうことが一点、もしくは、一人でも生活できる、と僕が判断できた時にも移動してもらうということを伝えてもらえますか?」


『ふむ……それで雫くんが納得するかねぇ?』


「それは分かりませんが……あっ、あと、僕自身が男女が一つ屋根の下で共に生活するのは問題があると、思っていると一応付け加えておいてください」


『まぁ、わかったよ……ところで、雪村くん、キミからも彼女にその件を話すのかい?あたしからは彼女に後で連絡しておくけどさ』


雫の立場に立って考えを巡らせる。


(もし、この件を楓さんに伝えてもらって、それに重ねるように、僕が雫さんへ言ってしまったら、遠まわしに出ていけと言っている様に思われるのではないだろうか?直接、僕から言明する事は避けた方がいいように思える)


「いえ、僕からは言わないようにしておきます。あくまで、雫さんの自主性を尊重したいですし……それに二重に伝えてしまったら、雫さん自身も遠慮して、ここで生活しにくくなってしまいますからね……それでお願いできますか?」


『あぁ……なるほどなるほど、確かにそりゃそうだ。わかった、もちろんだ。他に何か話したいことはないかい?』


「いえ、だいじょうぶです」


『まぁ、大事にしてやんな。あと、何か相談したい事があるんなら、遠慮せずに連絡してきな。よしっ、じゃあね』


「はい、失礼しました」


それを最後に通信が切れた。ここでの生活をし始めてもいないのに秀一に責務がのしかかる。悩んでいても仕方がない。


明るい表情で待つ雫に対して、「まぁ、仕方ない。これ以上無理は言えないか」と半ば少し呆れた独り言と雫には聞き取れないため息をついた。


年頃の男女が共に生活することに何の抵抗も感じない女の子「恐らくはお嬢様……」としもの秀一も雫の前では表に感情は出さず、雫の意思を尊重しているものの、心の内では頭を抱えずにはいられなかった。

再度修正 2016年6月10日


瞳の色彩異常化が元に戻っていることへの違和感を雫に確認する描写が足りていなかったので追加しました。


よろしくお願いします。

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