Eyes27 戻らぬ意識
前回の投稿にてフィアーユの主人公の呼び方がしゅういちとなっていたのをしゅうと訂正しました。
ミスです。申し訳ありませんでした。
その日の夜、雫は一人…秀一の帰りを待っていた。
ここに来てからと言うもの、秀一のおかげで一人でいることは本当に少なかった。
ギルドにも参加し、確かに稀にではあるが、単独行動になることもあった……だが、そこには雫の帰りを待つ秀一の存在があった事は言うまでもない。
雫にとって、秀一が自分の中で大きな支えになっていることは曲げようのない事実……
こんな時、なにかした方がいいのは間違いないのだが、見当がつかない。
特に連絡がないままの状態に耐えられなくなり、焦りを感じつつあったその時、空矢から雫に対し、メッセージが入った。
空:わりぃ、雫、緊急だ。病院まで来てくれ。場所はこっちからデータを送っからそこまで頼む。
返信を返そうとはしたのだが、一瞬、頭の中が真っ白。
(緊急!?なんで!?秀一くんはただの検査だけだったんじゃなかったの!?)
そう考えるのが普通だろう。検査を受けにいった秀一ですら、そんな事になるとは思ってもいないはずだ。
空:雫?寝てるのか?
雫:起きてるよ!何でそんな事になっちゃってるの!?ただの検査だけだったはずでしょ!?
空:こんなところで押し問答してても埒があかねぇ。秀一が心配ならさっさとこい!
送られてきたデータを確認するやいなや、焦る気持ちを押さえきれず、着の身着のままで大急ぎで家を後にした。
「ここは………」
記憶に新しい……それは当然……この場所は雫が一番初めに入院した病院である。ただの検査入院であるならば、本来は榊原の研究所の近くが妥当なはずなのに何故ここなのだろうか?違和感を拭えないままに……
病院内へと入るその姿は、夫を心配する妻そのものだったと言っても過言ではない……
病院内はいつもの通り、負傷した者たちで溢れていた。もちろんの事、以前、雫が負ったような深手であったとしても、傷痕がわからなくなる程、キッチリと治療される為、周りで待つ者たちもそれほど心配をしているような様子はない。
『………あっ、おい、雫、こっちだ!』
声のする方向へ目線を向けると空矢の傍らには、すでにフィアーユとレイアは到着して、涼しい顔をしていた……焦る表情など微塵も見せていない。
「リーダー、一体なにがあったの!?」
『とりあえずは、今すぐにどうこうなる様なこたぁねぇはずだ。意識が覚醒するまでに時間はかなり掛かるだろうがな……』
(一体どんな検査を行ったんだろう?いや、まさか、実験?だけど、榊原先生が秀くんに対して、危険な真似を犯すだろうか?榊原先生は……認めたくないけど秀くんの事が好きなはず……だとしたら、この結果は何?)
「……そ、それで、先生は一体どこにいるの?」
『ソレなんだが………』
とてつもなく話しにくそうに空矢が口を噤んだ……
『私から話すわ……いいかしら?』
先程言われた事を思い出す。秀一の事を第一に考えるのなら、冷静さを持って対応しなければならないのは事実。
一呼吸おき「……ふぅ……お願い、状況を教えて?」と続けた。
『そうね、まずはしゅうの状態から説明するわ。義母さんから聞いただけだから、細部まで詳しく説明は出来ないけど、しゅうが精神的にあまりよい状況ではない事だけは確かだわ。起きてみない事には何とも言えないんだけどね……』
「先生は秀くんの身体に一体何をしたの?秀くんは検査の為に先生のとこに行ったはずでしょ?それに先生はどこにいるの?」
『…………とある実験をしゅうの身体に施してあるわ、しゅうの心が壊れないために……』
「……えっ」
どういうこと?心が壊れる?
聞き返す事が出来なくなってしまう。自分に責任がなかったとは言えない。迷惑をかけたのは一度や二度ではない。
繰り返し繰り返し、走馬灯のように、濃密な記憶を呼び覚ます。
「……フィアーユ、私の所為なの?」
首を振り、しっかりと雫の目を見てはっきりと答えた。
『可能性はゼロではないけれど、こうなった原因は、しゅう本人にあるわ。あなたが気にする必要は全くない』
「でも、でもっ!!」
『そんなことより、もっと気にしなきゃならない事があるわ。これから先のしゅうの戦闘をどう行うかよ』
「……えっ?秀くんは起きないの?」
『それがわからないから言ってるのよ。このまま目が覚めなかったとしても、私やレイアと違ってしゅうは一週間の制約があるのは変わらないの』
「Lost Eyesになるってことなの?そんなの絶対にダメ!」
『……っ!だから、これから先の事を決めなきゃならないんじゃない!あなた、しゅうのことが好きなんでしょ!考えなさいよ!』
「っ!!当たり前じゃない!」
『おい、お前ら、ちったぁ静かにしろ!周りをよく見ろ!こんなとこで話す内容じゃねぇし、このまんまじゃ話が始まんねぇ』
周りからの視線がこちらに集中していた。二人ともがヒートアップしている事に気が付かなかった。空矢の一喝がなかったら、周りの事など気にもせずに口論を続けていたに違いない。
「……秀くんの様子を見たい……」
『そうね…それが正解だわ』
手持無沙汰にしていたレイアも『そうだニャ』と言いながら、頭をブンブン縦に振っている。
『なら、こっちだ。お前らついてこい』
いつも使われることがないであろう地下へと続くエレベーターを使い、立ち入り禁止区域へと入りこんだ。
病院内なので、薄暗くはないが
中へと入ると、小脇には何故かポッドがあり、そこには見知らぬ男性職員とベッドに横たわる秀一がいた。
『おっと、もうそんな時間か……』
さも当たり前のように秀一に触れている。病院の職員であれば、当たり前のことなのだが、ヒューマノイドでもない一般の人間が秀一に触っている事に雫は違和感を感じた。
「あ、あの……あなたは一体誰ですか?」
『あ、そうだったな。これから彼を担当する一条だ。彼をこの施設に送り届けた見届け人…しがない医者だ。榊原くんの依頼でこの施設で仕事をする事になってな、これからよろしく頼む』
と頭を下げられた。しかも平然と……
年長者に頭を下げられることがなかった皆にとってそれは明らかなるイレギュラー…
雫、空矢、レイアが三者算用、困惑の表情をするなか、やはりフィアーユだけが即座に行動に移った。
『初めまして、フィアーユよ。しゅうのことお願いするわ。出来るだけのことはしてあげて頂戴……』
頭を下げて、願いを乞うフィアーユの姿に皆、顔を見合わせる。かすかな違和感は拭えなかったが、基本的に間違いを言わないフィアーユの言うことに従うことにした。
「……秀くんのこと、よ、よろしくお願いします!」
『一条先生よ。秀一の事、頼んだぜ!』
『よろしく頼むニャ!』
やれやれと少し首を振りながらも、再び秀一へと優しい目を向けていた。
『自分に出来る事が限られているのは確かだ。しかし、その中で今できる最大限の努力をしよう。報われなければならないモノを助けられないなんてのは真っ平ごめんだ……』
優しい目をしながらも、言葉には、寂しさや切なさ、憤りが綯交ぜになった声を出した。
『それで俺たちゃあ、一体何をしてやりゃあいいんだ?知っての通り、俺たちにゃあ制約がある。一週間の間に戻らねぇ可能性を考慮に入れなきゃなんねぇんだろ?』
「その前に秀くんが元に戻る正確な日時はわかる?」
『色々、シュミレートした結果だが、多分一週間以内には元には戻らんだろうな。目は覚ますだろうが、いつも通りの反応は絶対に期待するな』
「……一生、元には戻らないの?」
『そんな事は絶対にない。医者がこんなことを言ってはならんのだが、大丈夫だ。安心してくれ。この子は絶対に助かるし、助けてみせる。何があってもな……』
表情から読み取れるのは嘆きのみ、悲痛な叫びはここではないどこかへと向けられていた。
『その辺りの話は、榊原くんと進めてもらいたいとこなんだが、彼女も今は手が離せない状態だからな……後日打ち合わせと言う形になるだろう』
(手が離せないってどういうことだろう?秀くんよりも大事なことがあの人にとってあるんだろうか?……わからない)
『今はそうなるでしょうね……しゅうの様子が変わったら、すぐに皆へ連絡をお願いできるかしら?』
「ちょっと待って……なんで秀くんがこんな状態になってしまったのかを聞いてない……秀くんの身体に何があったの?もしかしてあの倒れた時に何かあったんじゃ……」
『その件なんだが……詳しい事を私らは聞かされてないんだ。とにかく精神状態が不安定である事は間違いない。いきなりすぐに元に戻るという保証はない。だが、身体の管理については、私らに任せてくれ。問題は精神に関してだが……榊原くんが言うには一過性のモノらしいが一週間で治る可能性が低いんだそうだ』
『一週間で治る可能性は低いか……だとしたら、GVGでもやるしかないのかしら?』
「GVGって何?」
実際の所、翠玉ランク以上になれば、関わって来る事もあるので事前説明があるのだが、翠玉になってから、手続きしかしておらず、色々とゴタゴタしていた雫と秀一はしっかりとした説明を受けていない……
GVG……すなわち、ギルド戦の事を全く知らないのである。
『えっと、そうね……いわゆるギルド対抗戦よ……今回の場合は秀一をキングに据えて闘う事になるでしょうね』
「つまり、多人数戦闘ってことなの?」
『そういうことよ……つまり、キングである秀一が倒された瞬間、ゲームオーバーよ。基本的にいつもの戦闘と違って、戦闘不能ではなく、移動不能になった時点で戦闘から除外されるシステムが組み込まれるわ。端的に言うと足を潰した方が早いってことね……』
『あんまり、翠玉からGVGに組み込まれることなんてまずねぇんだけどな。雫、おめぇだって、秀一の事が心配なんだろうが』
「それは!……そうよ……秀くんは…家族だもの……」
皆が少し口を噤んだ……いつもよりもはっきりとした雫の口調に驚きを隠せなかった
『……まぁ、多分私が入るって考えると戦力差を合わせる為に何名か翠玉を組み込まなきゃいけないのは必然ね』
『あちしはどうしたらいいかニャ?』
場違いに素っ頓狂な声でレイアがフィアーユの顔をのぞきながら確認を取る。
『あなたも参戦に決まってるでしょ…雫のスキル、スピードスターを抜いたら、アナタの速力は私に匹敵するのよ。参加してもらわなきゃ勝利が揺らいじゃうわ……』
『あー、ちょっといいか?』
話しにくそうに一条が口をはさんだ。
『なんです?』
とフィアーユが聞き返すとやや困った顔をしつつフィアーユに視線を向けた。
『まぁ、詳しい話は分からんのだが、勝手に進めていい話でもなかろう。それだけの大人数での戦闘には許可がいるんじゃないのか?』
『えぇ、そうね。イレギュラーにイレギュラーを重ねてるから…今回、義母さんは私達の意見に従うしかないわ。この処置を施したのだって、義母さんなんだしね……』
と秀一へと視線を戻す。本当にただ寝ているだけなのではないだろうかと疑ってしまうぐらい穏やかな表情をしている。
『とりあえず、義母さんがいない以上、机上の空論になりかねないわ。秀一はこのままここで様子を見ると言うことでいいのかしら?』
『そうなるだろうが……君らは一体どうするのかね?特に雫くんだったか……君は彼と一緒に住んでいるんだろう?』
誰にも口にした事のない覚悟を皆がいるまで告げる。ある意味でこれは枷となるかもしれない。それでも自分の覚悟を本気にする為に雫はソレを口にした。
「……私は最期まで秀くんと一緒にいます。秀くんがLostする日と私がLostする日は一緒です。彼がいなかったら私は生きていないと言っても過言じゃありません。私が出来る事があるのなら、彼に全てを捧げ添い遂げる覚悟があります」
たかが13歳の少女が口にしていいような内容の話ではない。しかし、いつもの弱弱しさや冷静さはなく、その瞳の奥には、静かに情熱の炎が燃え上がっていた。
『なら、止める理由はないな。この施設では、恋愛に関しては一切禁止されている事はないのだからな……大人がこういうことを言うべきではないのだろうが、あらゆる意味で何をしようが自由だ』
『なるほど、そういうことだったのね……やけに義母さんがしゅうに対して積極的にアプローチするのは……』
つまり、誰であったとしても、妨害する自由はあったとしても、お互いがお互いの事を好きになってしまった場合、年齢関係なく、止める権限を誰も有していないということだ。
これが前に言っていた治外法権と言う事なのだろう。だから、榊原は秀一と添い遂げる為にここに来たと言っても過言ではないのだ。
「……と、とにかく私はここに残るわ!皆は家に帰ってもいい!」
本気の言葉に一同は顔を見合わせるが答えは決まっている。
『なら、しゅうの事、任せるわね。目が覚めたら、報告は忘れないように……いいわね』
「もちろんよ、任せて!」
握りこぶしを作っているその表情は、明るくそして、未来に向かって進む覚悟を有していた。
頷いて皆は各自分の帰る場所へと戻っていった。
いつもお付き合い戴き誠にありがとうございます。
更新にかなり時間が掛かってしまい申し訳ありません。
次話公開予定は一週間後を予定しております。
遅筆で申し訳ありません…