Eyes26 胎動
タイトルが変わって初めての投稿です。二か月以上の空白期間申し訳ありませんでした。
いつもより少し短めに作ってあります、ご了承ください。
5月29日
秀一がいない家で一人目を覚ます雫……
いつもなら一緒に準備をする朝食も秀一がいない所為か…作る気があまり起きない。
だが、習慣化とは恐いもので目覚ましに顔を洗い、台所へと向かう彼女の姿がそこにはあった。
コンコンコン、突如玄関口がノックされた。少し遅れて、雫の脳に直接エラー音が聞こえ、メッセージボックスにフィアーユから新着メッセージが届いたのである。
P:雫、おきているかしら?朝食をまだ済ませてないのなら、一緒に食べない?
少しだけ悩んだが特に断る理由はなかった。吸収できるものはすべて自分の糧にしよう……そう考えた。
雫:わかった。少し待って。
玄関口まで行き覗き穴を覗き込むと、まるでフィアーユは雫がこちらを見ているのを知っているかのように真っ直ぐ覗き穴を見つめ返していた。
一方のレイアは少し右手側で尻尾と戯れながら、手持無沙汰にしている。
雫が玄関を開けるとフィアーユは微笑を浮かべ、レイアはまだ雫に馴れていないのか、何とも言えない微妙な顔をしている。
仕方がないことなのかもしれない。レイアは雫に興味があるわけでもなく、本当の仲間だとはまだ感じられていないのだから…
「ぉはよう……私も一緒に作るなら、それでも構わない」
見本に出来るいい機会だ。お言葉に甘えさせて貰う。
因みにこの時、フィアーユは『あれだけ言っても、向上心があるのね』と雫に少しだけ、感心していたりする。
『それで…雫、今日はどうするつもり?これからギルドにでも行くの?』
食事を終えて、お茶を飲みながら、フィアーユの質問について考えてみる。因みにレイアは冷えたミルクを飲んでいる。熱いモノはやはり苦手らしい。
正直な所、ギルドを訪れるとしたら、秀一と一緒がいいと思っていた。
常に一緒にいることをアピールすることが出来れば、秀一にアクションをかけてくる人間が少なくなるとだろうと判断したからだ。
故に単独で赴くのは得策ではないと踏んでいる「特に用もないし、行く必要はないと思う。フィアーユとレイアは行くの?」
当たり前の質問にも聞こえるが牽制をかけられていることは、フィアーユは百も承知だった。
仲良くしようとしている相手に対して常に開かれている読心術……そう、訂正しておこう。フィアーユが有しているこのスキルは通常のスキルではない。フィアーユの生まれ持った特殊技能である。分類的には確かにスキルに位置するが、自分の意思とは関係なく発動し続ける為、思い通りに出来る類いのものではない。
唯一ソレを防ぐことが出来る人物がいるとすれば、Anti ES Fieldを持つ榊原あかりのみである。故に、榊原はフィアーユの義母で居続けられるのである。
因みに榊原本人ですら、この事実を知らない……
『私もしゅうと空矢がいないんだったら、行く必要ないかなって思ってる……』
「……ねぇ…フィアーユ、一つ聞いていい?」
『なによ?唐突に……』
「……何でリーダーの呼び方を変えたの?」
フィアーユは、少しだけ頭を掻いた。確か、以前フィアーユがギルドリーダーの事を名前で呼んでいた事ソレを変えた事がやはり気になったのだ
『理由かぁ……知りたいの?』
雫は逡巡しつつも頷いた。
『そうね……名前を呼ぶのは男の人は一人だけでいいかなって思ったからかな?』
「…………それって前に聞いたけど、どういう意味かな?」
聞かない方が良いのはわかっているし、いい答えが返ってこないのは分かっているのだが、確認せずにはいられない。
『ん~……別にあなたと対立する気はないんだけどなぁ……雫、話がかなり脱線するけど、ここは一夫一妻制は採用してないんだよ?』
フィアーユから返ってきた返答は突拍子もないものだった。
「……はぁっ!?」
なにそれ!?……って言うか、フィアーユは何が言いたいの!?
「さっきの話と全然繋がってないんだけど……一夫一妻じゃないってどういうこと?ここは日本でしょ?」
何でいきなり結婚の話になんてなってしまっているのだろう。
『雫…あなたにこんな話をするのはおかしいとは思うけど、あなた、今の日本の現状わかってる?この病のせいで少子化に歯止めがかかってないのよ。この施設はね…日本が一夫多妻制度を受け入れられる事が出来るかどうかを試す、言わばテストケースなのよ。まぁ、ここに住んでる私達からしてみれば、凄く身勝手な話だけどね…』
確かに歴史を紐解いてみると、今の日本はかつての高度成長期の時ほど人がいるわけではない。
もちろん、経済が潤沢に潤っていた時代に比べ、徐々に人口が減少傾向になるのは仕方ないことなのだ。バブル最盛期と呼ばれたころに比べ、一般家庭の収入の増加を見込めなくなっていった歴史は、歴史が得意科目ではない雫でも知っている当たり前のことだ。
容易に結婚にふみこむことはできないし、例え結婚していたとしても、子どもを欲しがらないもしくは、そこまで多く子供を作らない鍵っ子と呼ばれる一人っ子の家庭が増えていったのは必然であろう。
一時期は一億二千万人を超えていた人口も今現在では七千万人とその数を激減させている。その背景として、ベビーブームの後に訪れた少子高齢化が糸を引き続けている事とEyes Syndromeが問題なのは、紛うことなき事実である。超高齢化社会は世代交代によって収束したが、ESと少子化に関しては引き続き余談を許さない状況である事は明白だ。
日本政府は、元来の男女比の女性偏りによるあぶれを解消する為にこの施設を用いて、一人の男性に対し、多数の女性が共存できるか否か実験をする事を決定した。
一夫一妻では、実数計算のみでいくとどうしても女性の方が余ってしまう。これは日本の男女比が僅かではあるが、女性側に傾いているからだ。この事はどの国においても概ね同じである。
日本は終戦後、妾制度の一切を廃止し、書類上で妻を娶ることができるのは一人だけとなっている。
それが自然であるとフィアーユ自身もわかってはいるのだ。だが、ここは日本であって日本ではない。
こういうことは語りたくはないが、ある意味でここにいる人々は政府にとって人間ではないといっても過言ではないのかもしれない。
「………もしも、フィアーユ、レイア、私の三人が秀くんを取り合うことになったとしても、秀くんが望めば皆奥さんになれるってこと?」
『そういうことになるわね。だからはっきり言っておくわ。私はしゅうのことが好きよ』
「っ!」
はっきりと言い切られてしまった。私は………
「私も秀くんが好き!だけど秀くんの事は誰にも渡したくない!」
共有財産のように秀一を捉えることは、雫にはそう簡単には出来そうもなかった。
『私もそうは思うけど、最後に決めるのはしゅうだってことを忘れない方がいいわ』
ぐうの音も出ない、自分よりも可愛い、もしくは優れている人間はここには幾らでもいる…そんな事は雫自身も分かってはいる。それに秀一の好みに雫が該当しているかどうかは、秀一本人しかわからない事である。
秀一の思っている想い人は誰なのかそんな事を考えるよりも秀一に好きになってもらう事を優先した方がいいのは明白である。それでも一番がいい…そう思うのは必然であり、自然である。そんな何気ないことが分からないほど、雫もフィアーユも子供ではない。
ある意味でいえば、大人にはなり切れていないのだろう。13歳片や3歳では至極当然かもしれない。
『好きな人に好きになってもらえるなら、そりゃ私だって1番がいいに決まってる。けどね環境がそれを許してくれないの。政府だってただでここを貸し与えてくれているわけじゃない。雫にだってそれがわからないわけではないでしょう』
確かに実験をするには、この隔離施設は格好の場所であるということは間違いない。しかし、全てがうまくいく結末などありえるのだろうかと雫は悩まずにはいられなかった。
少し目を閉じつつ悩んでいると、フィーアユが口を開いた。
『特にやることもないのなら、しゅうが帰ってきてもいいように準備をすることね』
「そのつもり……」
フィアーユは少しため息をつき
「はぁ~……一つだけ忠告しておくわ、これから何が起きても動じないこと。それができなければ好きだと言う権利はあなたにはないわ。心しておきなさい」
いったい何のことだろうか、唐突に投げ掛けられた言葉に雫が少しの間絶句していると……話はここまでとばかりにフィアーユは少し大きめな声でレイアに言葉を投げかけた。
『レイア、そろそろ行くわよ。あまりのんびりしてられないわ、いくつか準備しなきゃならないものがあるしね……』
『わかったニャ!荷物持ちは任せろニャッ!!』
居心地の悪さに耐えかねていたのか、それとも室内という空間が耐えきれなかったのか、それは定かではないが……レイアはフィアーユの要求にはっきりと答えた。
『あぁ……後、あまり関係のない話なるけど、前の質問に答えておくわ。私のフィアーユって名前なんだけど、あれ本当の名前じゃないの……』
『私に名前はない、両親と呼べる人の顔すら知らないわ。フィアーユって言うのは私と言う存在を皆に認識してもらうためだけのただの記号よ』
この事実はフィアーユにとって普通の事なのだろう。そう、当たり前……でもそれが私の心を少しだけ溶かしていた。
恋敵だとさえ思い込んでいた……最強の少女の裏側、決して見せる事のない弱さを敢えて曝け出してきた。
そこに思惑は特になかったのだろう。万人にとってのイレギュラーがその本人にとって自然である事は儘ある話だ。
追い討ちをかけるようなその言動に雫は言葉を詰まらせた。
『雫、秀一が今日帰って来るはずだから、準備は怠らないようにね。それじゃあ、またあとでね』
『ニャッ!』
そう言うと、二人とも部屋を後にした。残された雫は、フィアーユからの言葉を頭の中に反芻させながら、自宅を出る準備を始めていた。
昨夜から連絡のつかない榊原先生、そして、ある意味でそれに同行していったギルドリーダー……正直なところ心配な種がないといえば、嘘になる。
「秀くん………」独り言を呟きながら、自分のオリジンスキルの事を思い出していた。
あの神の御業を使えば、秀一を元に戻せたのではないだろうか?と後悔していたのだ。しかし、ソレをフィアーユもギルドリーダーもさせようとはしなかった。
雫が他者に対して、何か裏があるのではないだろうかと勘ぐってしまっても仕方がないことではあるだが……
同日、第三研究所にて
『悪いわね……わざわざ付き合ってもらう事になっちゃって』
『んなこたぁ、言わねぇでくれよ。姐さんからの依頼なら俺はどこでも行くぜ。助けられたのは一度や二度じゃねぇんだからよ。』
二つのポッドを眺めつつ、二人は昔を思い出していた。
ここに空矢が来たばかりの頃の話だ。実の姉を失い、天涯孤独の身となってしまった空矢……それを支えたのが何を隠そうこの榊原本人である。
榊原自身には、そんなつもりは全くなかったのだが、姉を欲していた空矢にとって、榊原は適任だったのだろう。
実の姉を護る事はもう叶わないがある意味でそこにいるだけでよかった……もういないものの面影、それを感じられるだけでよかった。小さかった空矢にとっては………
それだけで空矢は救われたのだ。もちろん実の姉とは似ても似つかない容姿……それでも空矢とっては支えとなったのは間違いない。
二人きりの時、ギルドのメンバーや他の目がないところでは、空矢は榊原の事を姐と慕い、榊原もソレを拒まなかった。
壊れずにすんだ……それは僥倖だ。この施設に来る者は、ソレを乗り越えなければ…生きることが出来ない者が多数いる。
『さてと、どうしましょうか?とりあえず、秀一くんが起きる前にこの子は別の所に移動しなくちゃね』
『姐さん、手伝いますかい?』
『いいわ、このままで地下に移動できるから……空矢くんは秀一くんを見ててあげて……起きたら教えてくれる?』
『了解っすよ。姐さんも寝てねぇでしょうから……これが終わったら休んでくだせぇ』
『わかってるわよ。これ以上無理して私が皆に迷惑掛けたら本末転倒だからね♪』
『なんかあっても、すぐ駆けつけるっすよ』
『もう…お姉さんを困らせないでよ。私が誰を好きかは知ってるでしょ?』
『そんなんじゃねぇっす。俺はただ心配なだけっすから……』
『そうよねぇ♪』と意地悪な笑みを浮かべ始める榊原
『それで問題はないと思うんだけど、雫ちゃんとフィアーユは仲良くやってるかしら?あと立花ちゃんとはうまくいってる?』
『ぐっ……雫とフィアーユはうまくいってるかどうかはわかんねぇっす…正直なとこ俺の知らねぇとこにいる事が多いし…それに雫はあんなんだしな…フィアーユが歩み寄ってもうまくいく保証はねぇ……』
『うんうん…それで』小悪魔的な笑みは止まない。
『ぐっ……立花は……わかってんだろ。俺の事には気づいてるみてぇだけど、あいつの女好きは仕方ねぇさ』
『ふうん…呼び捨てしてるんだねぇ♪仲良くなれてるのかな?』
『そういうわけじゃねぇっすよ。他の連中よりかはって程度だ……あと、何でかはわかんねぇけど、秀一もそんなに毛嫌いはされてねぇな…まぁ、多分こいつのせいなんだろうけどな……』
見つめる先…秀一とは別の黒いベールに隠されたもう一つのポッド……
『そっかぁ…直感でわかっちゃったのかな?』
『かもしんねぇな…』
二人は押し黙るしかなかった。成功するか否かは神のみぞ知るこの実験、しかもこの実験を知っているのは、ここにいる二人を除けば、ほんの二、三名のみが知りうる事だからだ。
この事は秀一本人にすら明かす事は出来ないモノ、本来であれば、秀一に許可を取らなければならないような内容なのだろうが、到底話せるような内容ではないからだ。
黒いベールに包まれたポッドと秀一のポッドを見比べながら、二人は奇跡を祈るほかなかった。
いつもお付き合いありがとうございます。
次回公開予定は一週間を目途に行いたいと思ってはおりますが、予定が前後する恐れがあります。
公開時刻は前と同じ08時です。何卒よろしくお願いします。