Eyes24 双東の姫君
オリジンスキルの有用性を検討しつつ、次の鬼ごっこの編成を話しあっていると、一人のブロンドヘアの少女がこちらへと近づいてきた。
『ちょっとよろしいかしら?』
「なんでしょうか?」
丁寧な口調ではあるが、少しだけ訛り、違和感を感じる。
『一戦お願いできませんこと?』
「えっと……」
今は訓練の合間の休憩中だ。この後、タッグを変えて、もう一度行うつもりでいた。
『いいわ……しゅう、丁度相手も二人いる事だし、雫とふたりでいってらっしゃい。専用薬で治療は済んでいるのでしょう?』
唐突に何をフィアーユさんは仰るやら……っ!思考を読まれた!?フィアーユは目が本気だ。
少し間隔を空けて、もう一人の少女が集団へと近づいてくる。
違和感というよりも見た目で直ぐに気が付くだろう。この二人が双子だということに……
見分けが付くのは、泣き黒子があることぐらいだろう。
唐突なバトル申請、致命傷は避けると言っても、ある程度の怪我を想定しなければならないバトル。
もちろん、GE間で行うバトルは訓練にすぎない…訓練にしかすぎないのだが、明日のタッグバトルの事も考慮に入れると正直乗り気にはなれなかった。その為、怪我をしないよう鬼ごっこを提案し、実施したというのもある。
「……雫さんは、大丈夫ですか?」
『二人で闘う為に訓練してきたんだから大丈夫!』
握りこぶしを作り、やる気満々の表情を向けてくれている。こうなると、ここで僕が引き下がるわけにはいかない。
『決闘成立ですね。許可取れましたよ…姉さん、全力でいきましょう!』
『そうね♪』
ふむ…黒子がある方が妹、なしが姉か……よし、覚えておこう。ギルドでは見かけない顔だな。名前は……GEの人みたいだし後で聞くか。
『では、私達の力がどれだけ通用するか試させて下さい、お願いします』
『そうね♪』
頭を下げ、礼儀正しい妹と隣で妹とは違い、頭を下げず、ニコニコとしている姉。本当に姉妹、何のかと疑いたくなる。
「榊原さんにフィールドのセッティングをお願いできますか?」
『もちろんよ、私が急かしたんだもの…義母さんにもうお願いしてあるわ。展開したら開始よ。審判は私が責任を持って、ジャッジするから安心してちょうだい』
『準備はいいかしら?』
三者三様ではあるが、フィアーユに向かい、okサインを出す。
姉だけがフィアーユの声に無反応でこちらに……というよりは秀一に向かって、ただただ、ひたすら笑い続けている。その表情は先程から全くと言っていいほど変化していない。
何だろうか?背中がゾクゾクする。恐くて仕方がない。彼女は感情を何処かに置いてきてしまった感がある。
『あの子、不味いわね……最悪、私が介入するしかないか…………3、2、1、GO!!』
『 『 『 「リンク、バースト!!」 』 』 』
「雫さん!牽制しつつ…っ!?」
目を離した隙にというわけではなく、ベーススキルを展開しつつ、こちらに姉が突っ込んできていた。
もちろん、雫に興味は全く示さない。
秀一のずば抜けた動体視力がなければ、一撃目は確実にもらっていた。
『秀くんっ!……って、邪魔しないで!!』
妹がそれに乗じて、雫に上段蹴りで牽制を仕掛ける。
『……オープン、スピードスター!!』
ある程度の時間なら、オリジンスキルを展開し続けられる事は先程の鬼ごっこで確認済みだ。
連撃の撃墜は的確に行えているし、向こうからこちらの攻撃も撃墜されているのだが、向こう側から倒そうという攻撃の意志が見られないのは、どういうことだろうか?
いや、攻撃は確かに向こう側からも繰り出されている。
この違和感……言葉に言い表せない居心地の悪さが秀一の心を燻らせる。
今、訓練中だけど、僕等は闘技をしているんじゃないのか?
姉が攻撃を繰り出す度、秀一の攻撃を受け流す度に恍惚な笑みを浮かべる。
ゾクッとするが怯んでいるわけにはいかない。明日は雫とのタッグバトル…致命傷は避けたい。
雫と接近する事が出来ずにいた…なるべく敵を挟む形を取り続けたい。
自分たちの動き、如何によっては、味方を敵と敵で挟む瞬間が出来てしまう可能性がある。
一瞬の挟撃で雫もしくは、秀一が撃破される可能性がないとは言い切れない。
秀一が雫に目配せをし、距離を離す様に促す。小刻みに三度首が縦に振られる。
「セルフ、サクリファイス」
小声で呟く。フィアーユだけがしかめっ面をしているが、今回は攻撃を行うためのものではない。
攻撃には移らず、防御のみでいなし、雫の瞳を見ると一瞬こちらへ注意が向いた。
秀一が頷くと同時に雫が三連撃を加え、右に向かって一足飛びをする。秀一もそれに合わせて、左に向かい、大地を蹴る。
市街地ステージのビル群を生かした闘いを全くさせてもらえなかった。
それは向こう側も同じことなのだが、双子の姉妹だからなのかは、定かではないが、連携が半端じゃなくうまい。
もし、こちらがなんの警戒をせずに立ち回っていたら、相手のやり易い土俵に引きずり込まれていたに違いない。
意思の確認をすることなく、空気を吸う当たり前の行為のように相手に合わせ、行動することがこの姉妹の強さと言えよう。
タッグバトルの経験のない、青玉が行う戦闘技法とは思えない。双子とはこんなにやりにくいものなのだろうか?
今回の秀一のスキルは、雫と歩調を合わせるだけのもの。案の定、雫に体勢を崩された妹の動きに合わせ無理に追走はしてこなかった。
「雫さん!」
『秀くん!』
秀一が雫の真横まで移動し、発動していたオリジンスキルを切り、ベーススキルを再度展開する。
「壁を利用します。相手は連携において、僕等を凌駕していますが、個体としての強さは、それほどでもありません。」
『スピードスターは威力が出ないよ。どうしよう……』
「卑怯と言われるかもしれませんが挟撃しましょう。雫さん、敵を振り切れますか?」
『……いけると思う。さっきは少し動揺しちゃったけど、やることが決まってるなら、大丈夫!』
「では、雫さんが敵対する相手を翻弄して振り切って下さい。僕は何とかして、敵を壁に貼り付けにします。振り切ったら、こちらへ援護に来て下さい。そのまま挟撃しましょう。タイミングは雫さんに任せます」
『…んっ!』
「では、行きます!!」
現在、敵を正面に構えると、ビルの壁が自分たちの左手側にある事を考慮に入れて闘わなければならない。
握りこぶしを再度作り、スピードが劣る秀一が先行して接敵する。ほんの一瞬、遅れて秀一より奥の相手に雫が接敵。雫はスピードで押し切り、敵二人よりも奥に陣取る。
手数で雫が妹を圧倒するが、スピードスターを展開しているため、攻撃力が落ちてしまっている。
1対1ならば、貼り付けにし続けて、急所を狙えばいいが、2対2の場合、敵の相方に注意を向け続けなければならない。
雫が左旋回、秀一が敵を少しずつ引っ張りつつ、徐々に徐々に右旋回をしながら、ビルの壁を背にさせる。
秀一との距離がある程度離れたことを確認し、壁に貼り付けした敵を見限るタイミングを計った。
左上段回し蹴りで相手の体勢を崩し、振り下ろした足を地面に押しあて、力いっぱい秀一に向かって前進する。
『秀くん!』
敵を左右から挟む形で右側から雫が、左側から秀一の急所攻撃を…………
『そこまでっ!!』
つんざく声に驚き、びくっと身体を弛緩させる。声の方向を確認すると、フィアーユが双子の妹の肩を持ち、フィアーユからの制止が入る。
『この勝負、しゅう・雫ペア勝利とします!』
勝ったのかな?あのままいけば、確かに姉を撃って、妹を挟撃すれば、こちらの勝利は確定だった。
だが、違和感が残っていた。中途半端感が否めない。そう思いながらいるとフィアーユから耳打ちされる。
『しゅう、今、闘った姉妹について少し話があるわ。あの子達がここからいなくなったら、時間をちょうだい』
よくわからないが制止をかけた理由を教えてくれると判断し、無言のまま頷く。
『やっぱり、お強いですね』
妹から声がかかる。
『自己紹介がまだでした。私は愛東リオ、姉がシアです』
『そうね♪』
ん?口癖か?いままで、他に台詞を聞いた覚えがない。
「雪村秀一です。よろしくお願いします」
喧嘩腰ではなかったので、こちらも名前を伝える。
『久遠雫……よろしく……』
無愛想は相変わらずで初対面には、こんな感じの対応しか出来ない雫……
『以前助けて戴いた御礼を言いに来たのですが、訓練に便乗させて貰う形になってしまいました。申し訳ありません。それとありがとうございました。』
と深々と頭を下げた。
『そうね♪』
やはり口癖らしい…相変わらず、終始ニコニコし続けている。しかし、助けたとは、一体どういうことだろうか?
『ニャッ!しゅういち、雫、お疲れ様ニャ。はいっ!そっちの二人も、はいニャ!』
思考を一旦止めるようにタオルとペットボトルを渡された。あのあと、姿を消していたレイアは飲料の買い出しとタオルの準備をしてくれていたようだ。
「レイア、ゴメンネ…ありがとう」
頬を軽くかきながら、フィアーユの隣へと移動する。
『あなた方、ミドルネームは言わないつもり?王位継承権を持つお姫様達がES発症者とはね……世も末かしら……』
『あらら、バレてましたか……ES最強のあなたに秘密なんか出来ませんね』
王位継承権?目の前にしている二人の風貌は確かに日本人特有の作りをしていない。
『……私が姿形を変えてるのによくわかったわね?』
『先程の訓練を見ていれば、何となくわかりますよ。本名を言わなかったのは失礼でした、申し訳ありません。苗字と名前の間にKが入りますが、生まれも育ちも日本です。私達は祖国の事なんて知りもしないです』
頭を下げたあと、話を続けるリオに対し、訝しげな顔をフィアーユがしている。嘘をついているようには見えないし、そもそも日本に外国人が侵入した場合、ESを発症しないように終身刑務所に入り、その事が大々的なニュースになるのは慣例……普通にGE発症者として、ここにいる…そう考えてみると他国からの侵入…その可能性はありえない。
ならば、何故訝しげな顔をしているのだろう?
『それで?あなた方の本当の目的は何?礼を言いに来ただけじゃないんでしょう?』
『そんなつもりは、毛頭な…』
『嘘言っても何の得にもなりませんよ。しゅう、雫、レイア、それとも私?誰に用があってきたの?それとも全員とか言わないわよね?あなた方の利益になるからここに来たのでしょう?』
フィアーユは話を聞きだす為にこのバトルの申し出を受けたのか?
よくよく考えてみよう………僕は自分の事に無頓着かもしれない。
1.僕のスキルは特殊スキルで暴走に対しても、最強のフィアーユに対しても有効だった。
2.雫さんが僕を治療したというスキル…もし、使いこなすことが出来れば、ある意味で最強のスキルである。
3.レイアはそもそも人から生まれたモノではない。調べる対象としては、興味が尽きるモノではない。
4.フィアーユはここにいる全てのES発症者の頂点に立つ者…味方に引き込めれば、言うことはない。
ん?僕等4人は普通じゃない?
もしかして、こういうことを見越して、榊原先生はフィアーユとレイアを僕のもとへと寄越したのだろうか?
「フィアーユ…喧嘩腰だと何かを話したくても、話せなくなってしまいますよ」
『確かに……しゅう、話の腰を折るようだけど…心の中でも榊原さんって呼んであげなよ。義母さん…呼んで欲しいって言ってたんでしょ?それはないよ』
ぐっ!?いや、年上は敬うモノではないのでしょうか?
「こほん……それで…僕に用があったのでしょう?御礼とはなんですか?以前、僕があなた方を助けた事があるとか…どういう意味です?」
秀一には、この姉妹を助けたような記憶はない。
『夜遅くの事だったのですが、初回の戦闘で時間設定を12時間、間違えて設定してしまいまして、深夜のバトルになってしまったんです。普通なら受ける人がいなくて、キャンセルされるはずなんですけど、運悪く申請が通ってしまったのです……』
「深夜ですか……」
深夜、外に出歩いた事は、僕にはない。いや、一度だけ…雫さんの治療に付き添った時だけのはずだ。だけど、その時は誰とも外で遭遇していない。
「勘違いではありませんか?」
『そんなわけありません。助けていただいた時にしっかりとお名前も聞かせていただきましたし、先程聞いたあなたの名前と同じです。リストを探してみても、あなたと同じ名前の人間は、この施設にはあなたしか存在していないのはすでに確認しています』
何かが独り歩きしている気がしてならない。
……確かに困っている人がいるのなら、僕は助けにはいるだろう。
でも、そう言う出来事なら、僕が覚えていないはずがない。
「ぐっ!?…あっ………かはっ……ぁっ……」
突如、頭に激痛が走り、過呼吸に陥る。眼前が明滅する。
息が出来ず、その場に力なく崩れ落ちてしまった。
『秀くんっ!!』
『しゅう!?』
『しゅういちっ!!』
『秀一さん!?』
秀一を心配して、皆が駆け寄って来る姿を視認したが、そんな余裕はない。
秀一は雫との負ける事の出来ない重大なタッグバトルを前に、意識を昏倒させてしまった。
なすすべもなく深淵にダイブする羽目になった。
回線を開いて、フィアーユは榊原に秀一の容体を確認していた。ここでは、患者が医療現場にいる必要性は必ずしもない。何故なら離れた位置でも患者の容体を知ることが可能だからだ。
とはいえ、このツールの使用権限を持つ者は、ほんの一握りの人間だけなのだが……
「義母さん、しゅうは大丈夫なの?」
『特に何もなく倒れたのね。こちらでデータを見てみるわ………………頭へのダメージは無さそうね…臓器にも異常は見られないわ』
因みに義母さんには、私のスキルは通用しない。特殊なスキル解除のアクセサリーを身に着けているためである。
そのため、榊原あかりと対峙するものはどんなES発症者であれ、普通の人間と化す。
「義母さん……まさかとは思うけど、違うわよね?」
『違わないわ……そう、始まっちゃったのね…秀一くんは多分直ぐに目を覚ますわ。明日のタッグバトルも問題ないはず』
「そっちにつれていった方がいいかしら?」
『必要ないわ。明日のタッグバトルは雫ちゃんと秀一くんのままで大丈夫よ』
「義母さんが言うなら、目に見える問題はないのね……わかった。いまここで詳しくは話せないのね?」
『ゴメン、ありがと、明日の夜…秀一くんが私の研究所に行くって必ず言うはずだから、何とかして雫ちゃんを止めてちょうだい。止めれないと取り返しのつかないことになるわ』
「本当にやるんだね?………うまくいくかしら?」
『95%はね……後の5%は経過次第という所ね。本当はそちらに付きっきりになりたいけど、私は手伝ってあげられないわ。フィアーユ、頼んだわよ』
珍しく榊原が頭を下げた。
「やめてよ、義母さん。でもわかった…二人のためだもんね。全力出すよ」
『うん、お願いね』
その言葉を最後に通信を遮断した。
『雫……取りあえず落ち着きなさい』
「でも、でも、秀くんが!」
『調べてもらったら、大丈夫だそうよ。脳にも臓器にも異常はないそうよ。でも落ち着ける場所に移動しておきたいわ……空矢!!』
『わぁってるよ。どこに運びゃあいいんだ?』
少し離れて見ていた空矢が秀一が倒れた事を見て、すぐ傍まで来ていた。
『救急じゃない搬送車を用意したわ、それに乗せてくれればいいわ』
『了解…問題ねぇんだな?』
「ホントに大丈夫なの?病院にはいかないの?」
『義母さんが言うんだから問題ないわ。余程の自信がなければそんなこと言わないもの…疲れが溜まってるって考えた方が良いわね。ここに来てから、しゅうは色々と動きすぎだっだみたいからね……』
過労なの?とも思うが専門外過ぎて私にはわからない。秀一の危機にいつもよりも饒舌になっている事に雫は気が付いていない。
フィアーユが榊原に確認を取った以上はこちらから口を出せるような内容じゃない。
『空矢、あなたは引率者。ギルドの方は任せるわ』
『もちろんだ。秀一は3人だけで大丈夫か?』
『えぇ、大事をとってだから、気にするほどのことではないわ。それに……』
フィアーユが空矢に耳打ちしていた。聞かれてはあまり好ましくない内容なのかもしれない。
それにまだ、ギルドメンバーではない姉妹がまだここにいる。
『わかったぜ。秀一が目を覚ましたら、連絡だけは寄越してくれや』
『了解。』
『あと、あなたたち二人は、私達が許可を出すまでしゅうには、絶対に近づかないで……近付いてくるなら、私は躊躇なく全力で殺すわ』
『あなたの本気を見てみたい気もしますわね』
『そうね♪』
『今、殺しておいた方がいいかしら?』
『あらあら、怖い怖い、ご遠慮いたしますわ。お姉様おいとましますよ』
『そうね♪』
颯爽と去っていく風貌は一般の生活を行っていたものとは、思えない。
『全く、あの子達、どこまで本気なのかわからないわ。自分を隠すことに長けすぎてるわ』
そうこうしているうちに車両がこちらに向けて走ってくる……無人のワンボックスカーだ。
横に寝かせる秀一を含めて定員数は4人が限界だ。
丁度ここにいる秀一の関係者は、雫、フィアーユ、レイアの3人しかいない。日向は鬼ごっこを観察した後に自分のノルマ戦闘をこなしにいった。
前の座席にフィアーユとレイアが……後ろには横たわる秀一とそれを手を握りながら、見守る雫。
この席順は、正々堂々じゃんけんで勝ち取った。フィアーユは公平を期して、スキルを使わなかったらしい。
『秀くん……』
責任の一端は、ここにいる全ての人間にあると言い切れなくもない。
会って二日目でどんな責任だよ……って所かもしれないが、レイアは一度、秀一を殺しかけているのだから、心労となったという意味では責任はあるかもしれない。
この場で責任と言うものにほど遠いように見えるフィアーユも思うところがないわけではなかった。
雫に関して言えば、ここに来てからというもの迷惑をかけっぱないしだった。
フィアーユから疲れがたまっていたと聞かされて、自分の所為では…と思い悩んでいた。もし、目を覚まさなかったら……雫は自分を責め続けた。
『雫、おせっかいを言うようだけど、あなたのせいって話じゃないわ。気にするんなら、明日のバトルでしゅういちの足を引っ張らないようにしなさい』
「足手纏いになるつもりはない……」
フィアーユへ一度振り向き、そう呟いて、また視線を元に戻した。
私はこの人の為に何をしてあげられるだろう?
秀くんに色んなモノを貰いっぱなしになってしまっている。何も返せていない。
自宅に到着する前、商業施設に入る直前で秀一が雫の手をほんの少し握り返し、眉を動かした。
「ちょっと、車を停めて!」
急ブレーキにはならず、ゆっくりと路肩に停車する。
「秀くん!秀くん!」
ゆっくりと目を開け、周囲の状況を確認している。
涙を溜めている雫を安心させるように優しい声色を向けた。
『……雫…さん……大丈夫ですよ。僕は生きてます』
「ホントに、ホントに大丈夫?」
『えぇ、少し頭重がしますが、気にするほどではありません』
後ろを振り向き、前の座席にいるフィアーユとレイアの姿を視認すると、秀一の返答に僅かだがラグがあった。
『……二人とも迷惑をお掛けします』
『別に私は気にしてないわ。あなた、いきなり倒れるんだからびっくりしたわ』
『そうだニャ、気にするニャ』
『それより、あなたホントに大丈夫何でしょうね?』
雫と同じことをフィアーユが確認する。しかし、同じことを聞いているようで内容は全くの別物……
『……確実にとは言いがたいですけどね』
『100%にしなさい。でなければどうなるかはわかっているでしょう?』
『……もちろんです。このあと、皆さんに迷惑をかけると思います。申し訳ありません。お力添えを頂けると助かります』
秀一は自分の身体が辛いだろうに頭を下げていた。
「迷惑を掛けてるのは、寧ろ…こっちだよ。そんなことを秀くんが気にする必要なんか全然ないよ。私、秀くんに甘えすぎてる……ごめんなさい」
車内に重苦しい雰囲気が充満する。
『と、とにかくしゅういちは大丈夫なんだニャ?』
『もう少しすれば、意識もしっかりしてくるはずです。問題はありません』
『フィア、そう言えば、夕飯どうするニャ?』
レイアは珍しく、フィアーユに提案をしていた。雫・秀一に悟られているかどうかは別として……
『そうね……雫、しゅうを頼めるかしら?私達は買い出しをしてくるわ。今夜の料理は私達が用意するから、あなたたちは待っててくれればいいわ』
以前、フィアーユが雫に言った一言とは違ったものだった。フィアーユは雫を煽る為に家を出ていけと言っただけだと雫はそこでようやく気が付く事が出来た。
「先に家に帰ってていいの?」
『車の準備ぐらい私達でやるわ。私達がPTに困ってるように見えるの?』
今朝の一件でこの両名に無尽蔵とまでは言わないがかなりPTに余裕がある事は明らかにされていた。
「わかった。秀くんは任せて…」
『あなたも無理はしないで…一人の身体じゃないんだからね……』
『もちろんです。そんな無謀な真似は全体にしません』
『ならいいわ……あっ、あと、あの双子の姉妹がいないから伝えておくわ。あの二人からの決闘はこれから先、絶対に受けちゃダメよ。恐らくだけど、姉の方が暴走する可能性があるわ』
『何故そんなことがわかるんですか?』
『確証はないわ。恐らくと言ったわよ、双子には釘を刺しておいたから大丈夫だとは思うけどね……レイア、そろそろいくわよ!』
『ニャッ!!』
二人は車を降り、そのまま商業区へと姿を消していった。
『二人には悪い事をしてしまいました…それに雫さんにも心配を掛けました。改めて申し訳ありません』
二人っきりになって、再度秀一は雫に頭を下げた。
あまり明るくない状況のまま、後部座席を倒した車両に乗る二人は家路へと急いだ。
いつもお付き合いありがとうございます。
作者の中でのストーリーの大幅変更に伴い、第二章終了後にタイトルの内サブタイトルの変更を行います。
前 tears~私はアナタ………を止められない~
後 tears~私はアナタを…殺します~
第三章開始時には変更する予定です。あと、ランクの表記についても同時変更します。
あらかじめご了承ください。
次回更新予定は10月27日08時ですので、よろしくお願いします。