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閑話休題1 私、闘います。

2016年9月9日改編完了

5月18日


秀くんと別れて、私は一人、闘技エリア南西地区に来ていた。


内緒だけど、今日は続けて二回戦闘することにしている。


正直なところ、私は秀くんに迷惑かけてばかりだ。


何か役に立てることはないのかな?と考え続けて、少しだけでも足しになってになってくれたらいいなと秀くんより多くPTを稼ぐことに決めた。


1日に2度戦闘を行う事は辛いと思う。けどそんな事は知ったことじゃない。


もうおんぶにだっこなだけは嫌なんだ!!






しかし、彼女はこの時点では気が付いていなかった。今回の一件は確実に失敗だったということに……


何の確認もしないで、正確な時間の指定をせず、戦闘を2回行うと設定してしまったからだ。エラーメッセージが出ていたにも関わらず……


これは一体何を意味するのか。明確な時間の指定をしない2度の戦闘、つまり二人と同時に闘うということだった。


本来であれば、秀一と空矢が行ったような2対2の戦闘なり、相方を用意しなければならないところなのだが、エラーを無視した結果、1対2なってしまった。


共闘許可が下りず、キャンセルされるのだが、この場合、彼女本人が望んだ事なので、一人なのにもかかわらず共闘とカウントされてしまった。


表示されたエラーメッセージに従い、時間の変更をすればいいだけだった。



戦闘開始直前までその事に気が付かず、敵が2人いることに気づいた後も、何とかなるだろうと慢心していた部分と秀一の為と自分を奮い立たせたからだった。






1回目の戦闘で自信を付けていた私だったけど、今日の相手は2人だった。1人ずつ戦うつもりだったのに何か失敗したらしい。でも今日は2人と闘うつもりだったから何とかする。




分かってた事だけど、2対1では、善戦はできても勝利する事は叶わなかった。


しかも、今回は自分から望んで行った行為であった為、2回分のPT参加報酬(敗戦分)としっかり2回分の負けが追加されてしまった。


1勝2敗という非常に残念な結果、意識があったのは不幸中の幸い……すぐに病院へ搬送してもらった。


秀くんからメッセージが届く前に私が病院に搬送される…それは良くない展開。


遅くなるといった手前、いますぐにメッセージは送ってしまえば、秀くんは不思議に思うに決まっている。


それに身体中が痛くて、それどころではなかったというのもある。


最悪の場合を考えて作っていたメッセージを、時間指定して送信する事に決めた。大体1時間ちょっとしたらでいいだろう。時間差で二通送っておこう。


絶対に迎えにこようとするだろうから、それを拒否する為のメッセージもあらかじめ作成してある。


正直迎えに来て欲しいし、心配もしてもらいたい。


少しだけ涙が流れた。




先日の秀くんの様子を考えると、ポッドの中に入ってしまったら、メッセージを返す事が出来ないかもしれないという可能性がある為、緊急措置だ。



意識を失う必要はなかったのだけれど、意識を保っているのは辛かった為、搬送車両の中で眠りにつくことにする。



病院到着後、なすがまま…されるがままにポッドの中に入る。少しずつ無色透明な水溶液が自身を覆い尽くす…息が吸えないという事態には陥らない。


意識が遠くなる……


この水溶液の中で意識を保ち続けるのは困難、そのまま寝てしまおう。




目が覚めると、約二時間後だった。


正確な時刻を確認すると、秀くんの時よりも早い気がする。心配させるのは良くないし、自分の行動を怪しまれるのは嫌だ。


意識がしっかりしていた為、チェック項目もあまり多くはない。ポッドの中に入っている際に確認がほとんどすんでいるのだろう。


診察が終わると、すぐに帰宅するように準備を始めた。


所々、破けてしまった部分は修繕出来るものではなかったので、新しいものを新調してくれた。


戦闘用のものなので、別に外行きってわけじゃないけど、すぐにボロボロになってしまうのは、考え物だなぁ等と久しぶりに庶民的な事を考えている自分に気が付いた。


今までは、こんなこと考えた事もなかったような気がする。


まぁいっか…と思考を切り替えて、すぐに帰路に就く。



戦闘が終了してから考えてみると、大体4時間ぐらいが経過していた。


あまり余裕がない事に気が付いて、足早に家に帰った。




秀くんは食事の準備をしてくれていた。二人と闘った事で前回よりも空腹感が増していた。


秀くんの方は、少し少なめで、私の方が多めだった。


何で秀くんの方が少なめ?……私は、そんなに沢山食べるように見えるのかな?と心配になった。


女の子扱いしてくれていないのかな?と思い少しだけ睨んでいると『人と話をしてきたので、ご飯をご一緒させていただくことになってしまいまして、すこしだけ……』と申し訳なさそうに言った。


あぁ、だからいつもより少し量が少ないんだ。


けど、私の量はいつもより多い。少しだけ納得いかない。




でもお腹が空いている事は事実、ぐぅーとなるお腹に嘘は付けない。


それに秀くんの作る料理は、美味しいし、あたたかい(〃〃〃〃〃)


幸せという言葉からは程遠い団欒などと呼べるようなものではなかった家での食事。秀くんと一緒食べるご飯は嬉しさ感じる事が出来た。


自分の心から削り取られた時間が戻ってきたようで、二人で食べるご飯は凄く美味しかった。


どんなに傷ついてもこの人は私の傍にいてくれる。私がこの関係を壊そうとしない限り………


涙が出そうになったが、嬉しさもそこにあったので笑顔で食事を終えた。




お風呂に入る前にちょっと確認したい事があったので、秀くんを脱衣所まで呼んだ。


服を捲って背中を見せると『一体何を見せたいんですか!』と目を手で蔽い隠しながら、私に少し怒っていた。


あ、そうだった。何も言わずにこういうことをしちゃいけなかったんだ。


「何も言わずにごめんなさい。確認して欲しかったの。傷がついてないかどうか……背中は確認できないの」


『あぁ…そういうことでしたか…………恥ずかしいですけど、確認しますね』と手を顔から退けた。


少しだけ確認して『何も問題ないですよ。綺麗です』と言い放った。


綺麗と面と向かって言われると、恥ずかしい。顔が真っ赤になっている事が私自身すぐにわかる。


「……ぁ、ありがとう、も、もうお風呂はいるね」と言うと秀くんは『わかりました』と一言残し脱衣所から出ていってしまった。





シャワーで済ます事も出来るのだけれど、それでは疲れは取れない。


上から順に洗っていく。髪の毛、顔、首、上半身、腕、下半身、足。


身体のどこを擦ってみても、痛みは全く感じない。


あの傷を無傷にするって最新の医療、一体なんなんだろう?


シャワーで泡を洗い流す。身体を湯船にゆっくりと付ける。


一日の疲れを取る。風呂は命の洗濯とはよく言ったものと思った。



今日の失敗を振り返ろう。私は次も二人と闘うつもりでいる。


時間の指定をキッチリしないと、今回と同じ結果になってしまう。


闘いどころの騒ぎではない。


2戦とも勝利するには、1戦目を最小限のダメージで切り抜ける事、これが最低条件。


2戦目は、1戦目のダメージの蓄積度合いによって、立ち回りを変えなくちゃいけない。これに関しては、臨機応変。


例え、1戦目に勝てなくても、2戦目も闘う。


こんなところかな?


湯船のお湯で顔を洗い、意識を戻す。


そういえば私の弱点ってなんだろ?まだ解らないなぁ……


秀くんも次に入るんだから、あんまり長居しすぎちゃダメだよね。





身体を拭き、下着を付け、パジャマに着替える。脱衣所の扉を少し開き「お風呂空いたよ」と声を掛けた。


『分かりました。片付けも終わりましたので、僕もお風呂をいただきます』


「ぅん、少し待ってね」と声を掛ける。あれ?何か感じが違う気がする。


少し前にもあった気がするけど何だろう?


とにかく脱衣所から出て、秀くんに「どうぞ」ともう一度声を掛けた。


『すいません、では戴きますね』と交代で脱衣所に消えていった。


一人になったリビングで「アタックしたいな」とボソっと呟く。ダメ、関係を壊しちゃダメ。そう心に言い聞かせ、部屋に飛び込んだ。






特に話があるともいわれなかったから、今日はもう寝てしまおう。このままでは絶対に良くない事が起きる。



少し気持ちが昂ぶっていたが、ベッドになだれ込むと、2人との同時戦闘の疲れがドッと溢れ、すぐにまどろみに落ちていった。






その深夜、玄関口のドアが開いたような気がした。なんだろ?だけど玄関が開いたのなら、秀くんが先に対応するはずだ。



部屋から出ると、特に変わった様子もなかったので、トイレを済ませ、また布団へと潜り込んだ。




5月19日


今日はお休み、ホントは闘いたいけど、私が無茶をしている事に秀くんが気付いてしまう。それでは本末転倒。


だからと言って、1日2戦が辛い事に代わりはない。


毎日闘うのと、1日2戦1日休みならどっちが大変なのかは、やってみないと解らない。


休みの日に秀くんの目を盗んで、二人で行動しながら、戦闘を行う事は不可能に近い。


何かいい方法はないだろうか。


頭を捻っても、回転率は中々上がってくれなかった。





お休みの日は、基本的にお買い物へ出かける事になっている。


『心の休息は、必要でしょう』と秀くんに言われたのもあるし、秀くんが出掛けるのに、一人で部屋に閉じ籠っている理由はない。


と言うよりも秀くんと一緒にいたいから……




人見知りの彼女が何故ここまで、外に出ようとしたのかは、言わずもがな、分かることだろう。


負けてしまったとはいえ、戦闘二回分のPTがあるが、秀くんにこの事を伝えてしまったら、連続戦闘をしてしまっている事がバレてしまう。


明日の勝敗次第では、明後日のお買い物のお会計は、私が全額持っても大丈夫だと思う。


今日は、割勘でいいかな?だけど、秀くんをPTの面で支援するっていう私の目的から外れてしまっている。


今日のお買いものでは、そんなに高額の物を買う予定はない。


いつものスーパーで少しだけ買い物をするだけなんだから、二人で支払う分には何の問題もない額だ。




お昼は、周辺の散策ついでにどこかの喫茶店かレストランで済ます事になると思う。


ここは、私が出そう。私が勝利していると思っているはずだから、その点に関しては問題ない。


そっか、一日の活動費、全て出すって言い出さなければいいんだ。




「すいません。頼ってしまって……」と申し訳なさそうにしていた。


そんなことないのに、私は、秀くんと一緒に進んでいきたいだけ。


それに私は、これぐらいの事でしかまだ役に立てそうにない。


家事については、まだ修行中、秀くんと一緒じゃなきゃ何も出来ない。


女の子アピールは、もう少し先になりそうかな?





こういうところでもどんな食材が使われているのか覚えておこう。使用されているものが分かれば、後は作り方の勉強だ。




そういえば、ここの料理は、昔、私が食べていた物の味に似ている。


以前よりも美味しく感じるのは、何故だろう?何が前と違うんだろう?


目の前にいるこの人が安心を与えてくれているからなのかもしれない。


ある意味、そんな単純な事が私にはなかったんだと思う。




お店を出て、秀くんの背中を追いかける。後ろ姿を眺めていて、ふと思ってしまった。


色々急がしくて、考えないようにしていたけど、私は、秀くんにどれだけ迷惑を掛けているんだろう。


秀くんはそんなそぶりは全く見せない。聞いてみたい気もする。




私を一体どう思っているのか……





今日も私達の家に帰る。家に帰るのがこんなに嬉しい事だと思った事は、以前の生活ではありえない。


ここに来る前の事がフラッシュバックのように思い出されてしまった。






あの家は………私にとって牢獄でしかなかった。弟が生まれた後の話になるだろうか?



弟が生まれるまでは、何かされるわけでもなく、ごく自然な暮らしを送ってきた。



後継ぎの弟が生まれ、少したった頃、父様の私に対する態度が一変した。



いま、考えてみると私に利用価値がないと判断したからだと思う。


勉強はそこそこできてはいたけれど、元来の人見知りの性格で社交性が低かったのが問題だったらしい。


大きなパーティーに何度か連れて行かれた事があって、そこでも話が出来るわけではなく、隅っこで小さくなっていた事は今でも忘れない。


何度かそんな事を繰り返しているうちに、父様が私に話しかけなくなり、かまってくれなくいった。


少し経って、暴力が始まった。


母様は途中まで私を庇ってくれていたが、元々父様に逆らう事が出来るような立場ではない。


その内、母様も私を庇わなくなっていった。家に居場所がなくて、一度だけ家出をした事がある。


子供が移動できる範囲などたかが知れている。すぐに見つかってしまい、その後の自分の体に残った傷は、今でも思い出したくもない。


私は、その所為でもっと人見知りになっていった。何もしなければ、私は普通の生活を送っていられる。


けれど、少しでも目に付くような行動をすれば、お仕置きが待っている。




そんな日がどれだけ続いただろう。それすらももう忘れてしまった。



徐々に、徐々に私の心は擦り切れていった。氷が常温で少しずつ少しずつ解けていくように……





5月12日 私の誕生日当日の0時


思っていた通り、GEの発症が起こった。本来、病院に連れて行かれるのが通例だというのは、かなり後で知った事。



けれど、私は2日間の監禁状態にあった。流石お父様と言うべきなのか?GEの発症を抑制するモノを財力にものを言わせて調達していた。



【私はもうこの家の子じゃない】自分自身でそう決めつけた。そう考えると決心がついた。




もう、この家を出よう……




監禁された2日間、許されたのは、食事を与えられる事、トイレに行く事、自分の身体を清潔に保つ事


それ以外は、全て禁止された。


ある意味でこの三つを許されていなければ、私は、LEになっていた事は間違いない。


トイレに行く際に、窓から逃げたのである。時間は早朝、詳しい時間は覚えていないが、父様がまだ家にいたのだから、7時30分少し前だったと思う。


着の身着のまま素足の状態で、私は全力で走った、全力で逃げた。後ろから家の人達が追ってくるのが見えたが、それどころではない。


後で知った事だが、私が私でなくなってしまうまでの期限は、後4日だった。決心して良かったと本当に思う。


学校や会社がやっている今日なら通勤・通学の人達に助けを呼ぶ事が可能。


そう考えて、今日まで私は言いなりになっていた。


【私はまだ死にたくない……こんなところで死にたくない!!】


それだけが私の行動原理だった。





学生ではダメ、大人の人に救急車か警察を呼んでもらおう。


通信回線を開けば、恐らく家族の人達にはすぐにばれてしまう。


第三者の人の助けを借りる、それしかない。


仮にも私は陸上部所属、必死に見えない所へ移動しながら、助けを探す。


靴も履いてないからあちこちが痛い。それに傷つけられた所も痛くてしょうがない。


どれぐらい走っただろう?それすらも分からないが、森を抜けて以降、家の人間には見付かる事はなく、出勤前の女性のOLさんを捕まえる事ができた。



「おねがい!!助けて!!」自分の傷跡を人に晒すのは、心にかなりの苦痛を伴った。でもこうしなきゃ、誰も動いてくれない!!



事情を察し理解してくれた女性のおかげで、救急車で病院へ搬送されることになった。


救急車の中で、救急隊員の人に家から逃げてきた旨を伝えると、家族には連絡しないと確約してくれた。




ようやく、私はあの家から出る事が出来た。苦痛しかないあの家から……






『雫……さん?』



秀くんの声にハッと現実に戻る。


「……えっ?…っ!!」



私はいつの間にか家の玄関口にいて、秀くんがわたしを抱きしめてきた。


『大丈夫ですよ、雫さん……もう大丈夫ですから……何があっても、僕は雫さんから絶対に離れませんから……』



そう、何も聞かずに、優しく頭を撫でてくれていた。



「…くぅっ!……うぅっ」



ただただ、涙が零れてきた。やっぱりこの人についてきてよかった。



零れ落ちる涙を止める事が私には出来なかった。


落ち着くまでにどれぐらいの時間を要したかは、覚えていなかった。



私は「ごめんね、ありがとね」としか言葉が出ず、嗚咽だけが私達の家に響いていた。









リビングのイスに座り、秀くんの用意してくれたお茶を飲む。


少し変わった味がした……これは、ラベンダー?ハーブティーにはそこまで詳しくない。


けれど、それほど気になるモノではなかった……心が少し落ち着く。


「突然、ごめんね……」


『謝られることなんて、雫さんはしてません。雫さん……僕らは、一つ屋根の下で暮らしている家族みたいなものです』


【家族】という言葉に少し違和感を感じた。自分の知っている家族とは、かけ離れているものだ。


けれど、秀くんとの【家族】なら大歓迎。


「そう言ってもらえると凄くうれしい。今は頼りっぱなしになっちゃってるけど、私も出来る限り頑張るね」


と意志を見せる。私を包んでくれた人は、今までいなかったから………


『えぇ……これからも宜しくお願いしますね』と笑顔を向けてくれた。


いつもよりも一層優しい笑顔で……






寝る準備を整え、ベッドに潜り込むと、いつもより安心している自分に気が付いた。


目を閉じると不安感が全くなくなっていた。



私は、秀くんの為に努力しよう。



私が私で私らしくある為に………







5月20日




今日は、戦闘日、注意しなければならない点は、1対1の展開にする事。


時間の指定を必ず忘れないようにして、戦いに臨む。


エラーメッセージは、特に出てない。


何も問題はなさそう。






今回の相手は、新人さんがちょっとちからをつけたような、それぐらいの強さ。二人を相手にした一昨日の事を考えると、どうってことはなかった。


1戦目も2戦目もたいした傷を負わず、戦闘を終了させることに成功した。


機動力を生かしたスピードファイターこれが私のスタンス。


一昨日の戦闘で健闘出来た理由がもうひとつある。


オリジンスキルの修得である。スピードスター。それが私のスキル……


スキルの特性は、相手の視認速度を越え、相手の間合いに入り、死角を突いて攻撃をする。


このスキルによって、今日行われた戦闘の展開を終始優位に進めることが出来た。





秀くんと家で話してみた。恐らくだけど、今日も負けちゃったみたい。


雰囲気とか表情には、極力出さないようにしてるみたいだけど、戦闘の話にはあまり食いついて来ない。


私と一緒にここに住まなければ、秀くんの事だから、こんなことにはなっていなかったと思う。


今の私が唯一支えてあげられる事。私、頑張るよ。





5月21日




秀くんからの提案。


『今日は特に用事もないので、家事について勉強しましょう』



ということらしい。


私が働く、秀くん主夫する、完璧と言う訳には、ここの収監施設じゃ無理な話。


一緒に何でも行動できるのが、理想かな?


『まずは、食事の仕度から』と前回のお浚いとお味噌汁の作り方を教えてくれるらしい。


玉子焼きは、暖かい方が美味しいので、食事を取る少し前に焼く事になった。


『お味噌汁の具材は何がいいですか?雫さんが決めてください』


「ん~……何を入れたらいいのかな?」


基本ベースが解らない。何でもかんでも入れていいならいいのだけれど……


『そうですねぇ……どういう感じに仕上げたいかにもよりますが、ベーシックなものだと、わかめ、豆腐、油揚げ、こんなところでしょうか?』


「んー……豆腐と油揚げ、今、うちにないよ。買いにいく?」


『いえいえ、今、家にあるもので入れられるものを探しましょう』


う~ん、冷蔵庫を開けたり、乾物置き場等を見たりして考える。


確か秀くんは、前に野菜を入れてたことがあった。ん?玉ねぎ発見。


わかめは入れてもいいって言ってた。わかめもまな板へ。


あともう一つ位入れたい所、なにかないかな?あっ、ニンジンで大丈夫?


自信はない「……これでどうかなぁ?」とまな板に載せたものを確認してもらう。


その言葉を聞いて『えぇ、大丈夫ですよ』とにこやかに答えてくれた。


この笑顔があれば、私は頑張れる。


『では、包丁の使い方を教えますね。利き腕は、右でしたよね?』


「どっちも使えるよ。字は、左右同じぐらいに書けるよ」


少し驚いた表情をしていた。あれ?当たり前じゃないのかな?私はそういう風に家で習ったけど?


『……わかりました。では、包丁を右手に持ってください。反対の手で切りたい物を押さえますが、手の形をジャンケンのグーにしてください』


秀くんが台所に立っていた時の事を思い出す。


手を切ったりして、血が出ないようにするためだったんだと、今更ながらに思った。


イメージと自分の行動をシンクロさせる。


わかめは水で戻して、適度なサイズに切り分ける。


玉ねぎは、皮を剥き、頭の部分と根っこの部分を切り、そこは廃棄。


ニンジンは、ピーラーで薄皮を剥く。固そうな茎の部分も切り分けてそこも廃棄。


「秀くん、野菜切るのにちょうどいいサイズってどれくらいかな?」


『厳密なサイズっていうのは、ありませんけど、みじん切りにならなければ、少し不格好でもいいですよ。雫さん自身の食べやすい大きさが一番じゃないかな?』


そっか、私も秀くんも食べるんだ。だからそれを考慮したサイズが適当ってことなんだ。


「ぅん。わかった……やってみるよ」


秀くんに見られながら、切っているとやっぱり緊張する。


何度も手を切りそうになりながらも何とか二つの野菜を切り分けた。


いつもと逆の立場、秀くんも緊張したのかな?


『雫さん、良くできました。初めてにしてはいい手際ですね……では出汁をといいたいところですが、僕も出汁を取るのは苦手でして……今日は材料もないので、顆粒出汁を使用しましょう』


褒められたかな?喜ぶのはまだ早い。一人前に出来るようになってから。


「だし?この粉状のじゃないの?」


秀くんはいつもお味噌汁を作るのに、これを使っていた気がするけど……


『本当は、これを使わないやり方がもともとあるんですよ』


どういうことかな?と首を傾げていると


『今度、出汁を取るように挑戦してみますんで、その時に一緒に覚えましょう』


一緒に勉強しましょうねと……


『では、まず水を入れたお鍋に火をかけます。水は椀で量ると目分量が解りやすいですよ』


4杯位でいいかな?別に一回で食べ切るわけじゃないと思うし……火をかける。


『ニンジンは固いですから、遅く入れてしまうと固さが残ってしまいます。早めにお鍋にいれます』


「今でいいのかな?」と小首を傾げる。


『大丈夫ですよ。切ってた時に分かったと思いますが、切る時に固いものって火を通しても、しっかり火が通らないと固いままなんですよ』


「ぅん……分かった」


『少し温まったら、そこに顆粒だしを入れて、その後沸騰する少し前に玉ねぎを入れてください』


返事はせず頷く。料理に正しい事がない以上、それに私が知らない以上覚える事が沢山ありすぎる。余裕がなくなってきた。


『沸騰しましたね。火を止めてください。そこで合わせ味噌を溶かします。味付け自体には好みがありますので、味見をしながらやってみてください』


いつものお味噌汁の色より少し薄いくらいで、一旦味を見る。


やっぱり薄い……もう少し足そう。


『味は良さそうですか?』という言葉に頷いて『では、先程のわかめを入れて掻き混ぜて、味をなじませて下さい』


「自信はないけど出来たかな?」


『少し変わりますね』味を確かめてから大きく頷いた。


『この仕上がりでしたら、何の問題もありません。良くできました』


と最後に頭を撫でてくれた。秀くんと同い年なのに……でも嬉しかった。


玉子焼きは、失敗もなく、今回は焦がさず作る事が出来た。


『少し少ないかもしれませんが、朝食はこれで済ませましょう』


とほとんど私が作ったもので食卓が飾られた。私にもできると少しだけ自信が付いた。


朝食を取りながら、秀くんにアドバイスをもらいながらだが、本当に自分が作ったものを食べる日が来るとは、あの家にいたころは思ってもいなかった。


これがこれからの私の日常……大事にしていこう。




今日一日は、家から出ることなくずっと秀くんと二人でいた。



洗濯も教えてもらい、掃除もしてみた。いつもは家政婦さんやメイドロボが立ってくれていた事。



少しずつ秀くんの役に立てるように頑張っていく。




私はもう一人じゃない。




5月22日




今日の2連戦は、東南東の草原ステージ。遮蔽物がないから、私のスキルを十分に活かす事が出来る。


「秀くん、今日の戦闘開始時間ちょっと早いから先に出るね」


45分程、開始時間が早い為、準備も出来たので、秀くんに許可を取る。


『一緒に行かなくても大丈夫ですか?』


「大丈夫、心配し過ぎだよ」


と笑って返した。


今日は、一人で車に乗る。場所は、秀くんが1戦目に闘った所のすぐ傍。


嫌な予感がした。




車を降りて、草原ステージへ向かう。開始時間よりも早めについてしまった。


途中で誰かに合う事もなく、一人で目的地へと歩を進める。




やっぱり………本当に嫌な予感が的中した。遠くから見てもはっきりと確認できる。そこに立っていた女性の髪は全て白髪だった。





バトルステージにいたのは、秀くんの初戦の対戦相手。


『やぁ…僕と前にもあったよね。あの子は元気にしてる?』


よくもそんな事を言える!!


「あなたと話す事は何もない。すぐ始める」


つい、秀くんの口癖の敬語が出てしまった。


『そうだね。はじめよう、なんか君の眼つきは怖そうだ』


アクセサリーに触れ、すぐに開始のサインを求める。


Get set ready? Open the battle field? Yes or No?


「YES!!」


OK!3、2、1、FIGHT!!


先手必勝、すぐにオリジンスキルを発動する。


「Release, speed star!!」


死角にすぐさま移動して、横から顎へ一発。視認出来てない、よし!!必中……


『惜しかったね』と明後日の方向から声が聞こえてきた。


あれ?目の前にいた敵の姿が見えない。




次の瞬間、嵐の様な連撃の雨。



「くっ!……うっ!……あぁ~~~っ!!」


向こうの視認速度を越えたはず、それにもかかわらず相手の姿を確認する事も出来ず、恐らく手刀を含めた攻撃に何も出来なくなってしまう。


『何で、ベーススキルを使用してから、オリジンスキルを使わないのさ。もしかして怒ってるの?……あはははははははは、何があっても冷静じゃなきゃ、僕に勝てるわけないじゃん!』


ベーススキルを使用しなかったのは完全に失策。防御力がほとんどない状態で手刀受けた為、そこら中から、血が出ている。


両腕、左頬、右肩、左太もも、右ふくらはぎ、そこかしこが傷だらけになっている。


血だまりが出来るほどの傷ではない。手加減をされている?


打撃をあまり受けなかった為、裂傷が目立つが、動く事はそれほど難しくはない。


「リンク……つっ!バースト!」


ベーススキルを解放するも一瞬だけ見えた姿がまた見えなくなった。


空気感だけで敵がどこにいるのか察知できる程、私に戦闘経験はない。


『いくら治るとはいっても、男の子ならまだしも、女の子をキズものには、したくないしね。もう終わらせるよ。あんまり、スキルを覚えられても困るしね!』


声のする方向へ目線を向けるが、姿を確認する事は出来ない。


今度は、攻撃方法が代わっていた。打撃への変化。


関節の裂傷への攻撃がほとんどで身動きを取ることすらできなくなる。


裂傷の周りに痣が出来ている。先程よりも出血が激しい。


「つぅっ!うぅ……かはっ!!」


四肢が思う様に動かなくなっていた。鳩尾に入った最後の一発の所為で目の前がチカチカしてその場に倒れ込んでしまう。




『どうするぅ?僕はまだ続けてもいいけど、もう少ししないと強制終了にはならないんだよね。ってもう動けないか』


女性が私に近づいてくる。徐に私の手を掴んで、アクセサリーにその手を近づけた。


『負けを認めなよ。君は僕に負けたんだ』



涙が頬を伝う。秀くんの為にもこの人には、勝ちたかったのに……



身体が動かない……次の闘いもある。これ以上は無理。


Surrender? Are you okay?


「……yes」


フィールドが解かれ、痛覚が元に戻る。先程よりも痛みが多少マシにはなったが、思うようには動かない。



何やってるんだろ?私………



『僕が言うような事じゃないけど、あんまり無茶な事はしないほうが自分の身のためだよ』



それだけ、私に言うと女性は私のもとから離れていった。







そうだった。もう一戦あるんだった。



満身創痍の身体に鞭を打って、何とか立ち上がる。



ふらふらの状態で同じフィールドで二戦目を行う。


どれだけ時間が経ったのか分からない。搬送車両も断った。もう戦闘を行うしかない状態に自分の身を投じる。



次は絶対に負ける。それは理解できていた。


それでも、私は、秀くんの役に立ちたい。その思いだけが彼女をそこにとどまらせていた。




二戦目は、男性だった。


身動きが取れない私に浴びせる攻撃は、容赦がなかった。


寧ろ、楽しんでいる。気持ち悪い……


私が受けた傷痕に向かって、何度も何度も拳や蹴りを打ちつける。




昔を思い出す……




受けた傷痕から血が噴き出す。意識が飛びそうになりながらも


アクセサリーに手を伸ばして、降参をしようとするが反応しない。


えっ?なんで?





彼女は知らない、現在の対戦相手からの蓄積ダメージがある程度までいかないと、アクセサリーが反応しない事を……



それでも止まないわざと急所を外した攻撃に、意識が何度も何度も覚醒しては埋没し、覚醒しては埋没を繰り返す。



耐えきれなくなった身体を精神が無理矢理にスリープ状態へと移行させる。薄れゆく意識の中で少しだけ目線を上げた。



遠くにこちらに向かって走って来る秀一の姿がぼやけて見えた。




ゴメン……ゴメンね……秀くん……


そこで彼女の意識はぷっつりと途切れた。

300文字弱の追加です。この話に関しては、大幅な変更点はありません。

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