Eyes11 連敗、そして、発動
2016年9月9日改編完了
5月22日
集団施設を訪れてから、4日が経っていた。本日は、秀一にとって第4戦目。
一週間の猶予があるのに、何故、もうすでに4戦目?と思うところ……繰り返すようだが、秀一と雫は施設で暮らしておらず、ほぼ独り暮らし(半同棲)をしている為、施設で暮らしている子供達に比べ、決してPTに余裕があるわけではない。この連戦は貯蓄する為に止む負えず行っている。
それに戦闘の間隔を開けすぎてしまうと、数少ない今までに培った戦闘センスの感覚と経験が鈍ってしまう恐れがあった。
それよりも敗戦続きの負け癖を何とかした方がいいのではないだろうか?と思わなくもない。
話は変わるが、これまでに秀一が済ませた事と言えば……
・橘への協力の承認。
・王華とミシェルへの初めての定期連絡(非常にマズイタイミングでアクセスしたことを秀一は酷く後悔する)
・三回目の戦闘。
以上の三点、榊原へ食事をつくりにいくのは、3日後となっている。
協力の件に関してだが、橘は、かなり喜んでいた。本当にこういった話ができるGE発症者はいないのが実情らしく、橘の置かれている状況を知らなくとも、王華のように皐月を助力をしようとしている人も中にはいる。
それゆえに秀一は、橘と王華を引き合わせる事も考えたのだが、GE発症者である秀一ですら、あの対応だったことを考えると、二の足を踏まざるを得ない。
ランクが違うのも問題だ。《瞬殺》の文字が目に浮かぶ。字に書いての通り、本当に瞬殺だろう……きっと、何も許されない。
万が一、何の準備もせず、遭遇してしまった場合、正面衝突してしまう可能性が高いうえに、橘の命の保証はない。
王華はAEというよりも、あそこで生活している子達に害をなす可能性のある存在を極力排除したがっている節があった。
だからこそ、あの施設の子達からは絶対的な信頼と支持を受けているんだろうと容易に推察できる。
それに加え、橘がAEであるために、GEエリアに案内する事が非常に困難という点も引き合わせる上でネックになる。
許可を得る事が出来るかは分からないが、いつかはどこかで場を設ける必要があると秀一は考えていた。
この点に関しては、榊原に骨を折ってもらうしかないが、 二人を合わせるには、大掛かりな事前準備が必要不可欠になると頭を抱えずにはいられなかった。
たとえ、会合の場が設けられたとしても、王華の方に難があるのは明白なのだが……
初めて行った定期連絡だが……タイミングが悪かったとしか言えない。
昨夜 21:30頃
通信の開始早々から聴こえるザーっと流れるような音と自分の目に見えるもの……自身の五感を疑った。
「こんばんわ……定期れ……はっ!!??」
『あらら、律儀だね~、ユッキーお務めご苦労様』
『あ、そう言えば、今日が初日でしたね』
王華は入浴中で、ミシェルはそれに追従する形でクリーンメンテを行っていた。目も当てられない状況とはこのことだ。
「△○#×~~~っ!?」あっけらかんと前を隠そうともしない事に声にならない悲鳴をあげずにはいられなかった。
『え?なに?なに?どうしたの?』
『?』状況を確認できないミシェルが声を出さずに首だけをかしげる。
『い~や、奇声あげたままユッキーが固まっちゃってさ、オーイ、大丈夫?』
『はぁ~~っ……王華様、つかぬことを伺いますが、まさか、色んな意味でフルオープンなのではありませんか?私はヒューマノイドなので、詳しくはわからないのですが……』
『えっ?……そうみたいだけど、何か問題でも?……あ~~、そういうこと、ユッキ~~「僕は興味ありません」みたいな顔しといて、まさか、お姉さんに欲情しちゃった?』
隠すことなど一切せず、ニヤニヤと人の悪い顔(ただのイタズラ心で悪意はあまりないから達が悪い)をしながら、秀一はその挑発するような態度に沸騰した頭が再度火に焼べられてしまった。
『そっか、そっか~…男の子だもんね』と腕組みをしながら、うんうんと頷くと、滅多に感情を露わにして怒ることのない秀一もこの時ばかりは怒りを露わにした。
「な、な、なにもこのタイミングで、出なくてもいいじゃないですか!?繋がらなければ、後でかけ直しますよ!し、しかも、この状況化フルの許可なんかしないでください!!」
秀一は必死に目を背けようと努力するが、脳内にダイレクトに流し込まれている映像の波は、例え目を閉じたり、首を背けたり、手で目を覆い隠していたりしたとしても、どうあがいても見えてしまうので、その行動は無駄以外の何物でもない。
いつもの冷静な秀一であれば「また後日連絡します」の一言で片づけられたモノを気が動転しているとフツウが出来なくなってしまうのは、当然と言えば当然……
『あらら、怒っちゃった……』
『この状況でそんな態度をとってしまう貴女にも問題があるのではないでしょうか?』
『減るもんじゃないし、別にいいじゃない。それにしても、ユッキー……まだ紳士でいられるのね、それはそれで凄いわ』と自分の置かれている状況をまるで他人事のように感心していた。
その態度に業を煮やしたのか『王華様、いけません!これ以上は、はしたないことこの上ないです……無礼を承知で失礼します』
ミシェルが後ろから抱きつく格好で、両手を使い王華を隠したが、それは状況をただ悪化させただけだった。
『ちょ、ちょっと……ミシェル、あっ……も、もう……』
『変な声を上げないでください。都条例に引っ掛かりますよ。秀一様、聞きとれてますでしょうか?すぐに回線を遮断してください』
「わ、わかりました……すいません、ま、また、明日連絡します!」
と無理矢理回線を遮断した。
秀一とて、ただの定期連絡で偶然とはいえ、王華の火照った肢体を見ることになるとは思いもしていなかった。
(ああ、もう!……はぁ~~~っ)
深い深いため息をつき、さっき見たことは忘れようと何故か再度情景を想い出してしまったがふと違和感が鎌首をもたげた。
(二人の裸を見ることになるな、ん、て……あれ?そういえば……ミシェルさんて、ヒューマノイドだったはずだよな?……関節の接合部がなかった?……ヒューマノイド製造規定で、必ず、人との違いがわかるようにしなきゃいけないんじゃなかったっけ?勘違い?)
この事はミシェルに確認しても、恐らく明確な解答権を持っていない……真実を知る機会はこちらからは得られないだろう。後日、タイミングを見計らって榊原に真偽を追求することにした。
良く良く考えてみればわかったことなのだが、通信を開始した時にノイズが混ざり、違和感があったことは確かだった。水と外敵遮断フィールドによる波長干渉だった事に後で気が付いた。一度コールしてしまった以上、すぐに切るという選択肢を用意していなかったことは失態以外の何物でもない。
回線が繋がった時には時すでに遅し、姿が全て見えてしまう完全通信にしたのがまずかった。サウンドオンリーにしておけばと思ったが、デフォルト設定が榊原と連絡を取った時のままの状態になっていたのが、災いしていた。
必死に謝りはしたが、王華が気にしているそぶりは見せなかった事が救いと言えば救いだった。
当たり前の事だが、秀一では歳が離れすぎていて、性の対象にはならなかったからようだ。それにこの収監施設で生活をしていると、羞恥心というものをなくさなければならない事が少なくない。
服がボロボロの状態で戦闘を終えることだって多分にある。それに長年に渡って慣れてしまっていた王華は服を着ていない状態にも関わらず、平気で回線をつなげたのである。
お互いの自室にいて、秀一の奇声に気が付いた雫が、通信の様子を確認する事が出来ていない為、部屋ドアをノックしてきた。
「どうぞ」と促したものの、隠し切れないその赤ら顔に困惑の表情を浮かべこそしたが、雫も『大丈夫?』と声はかけるものの「大丈夫です。問題ありませんよ。雫さんもゆっくり休んでください」の言葉に引っ込み思案が災いしてか、『ぅ、うん、わかった』と引き下がるしかなかった。
奇声をあげた時点で誰かと連絡していたのはなんとなく見当がついたが、尋ねることすら出来なかった自分に雫は、腹を立てるしかなかった。
ミシェルには、夜自室からメッセージを入れた。ヒューマノイドだから問題ないだろうと思っていたが、ミシェルは、一日一度、身の清潔を保つために自己修復衛生機能ではなく、クリーンメンテナンスを兼ねて風呂に入るらしい。
自己修復衛生機能は付いているそうだが、衛生面に関しては、カットしてあるとのこと。何でも一人で風呂に入る事の出来ない子達を風呂に入れる為に、確実に風呂に入るようにしている為だとか。
本当にそれが真実であるのかどうか怪しい所ではある。
それに『時間を気にせずに連絡をしても構わないと言いましたし、別に私は何も気にしませんよ……それよりもお見苦しい姿を晒してしまいました。申し訳ありません』と頭を下げられる始末。
当たり前のことではあるのだが、全ての者が同じ時刻に同じ行動を取っているわけがない事を肝に命じ、「いま、お時間よろしいですか?」と事前にメッセージを飛ばす事を心に誓った。
とまぁ、トラブルはあったが初めての定期連絡以外は何事もなく終了した。
昨日知ったことではあるが、雫はすでに戦闘を5戦済ませていた、戦績は3勝2敗。
買い物をする際に唐突にこんな事を言い出した『今日は私が全部出すからいい、何か欲しいものある?』と言ってきたのが原因だ。
おかしいなと思い、何度か確認してみたが、重い腰を上げ、答えてくれたのは、昨日の夜になってからの事だった。
因みに情けないことだが、秀一はもうこれまでにもうすでに3敗してしまっている。後2回負けてしまえば、本来であれば、条件が満たされ、降格が確定する。
だが、青玉から藍玉への降格だけは、何故か降格までに二周期用意されていて累計10敗目で降格が確定する。これは一般的には知られていない措置のようで、すぐに藍玉=インディゴになることはない。
上記の事を知らないが故に、秀一は焦らずにはいられなかった。
雫などに向けて、決して顔には出さないが、正直な所、今日の戦闘、秀一はあまり乗り気ではなかった。
勝算はあるはずなのに、全く勝てる気が全くしないからに他ならない。
前回の一戦は、相手の弱点を見定め、うまく立ち回り、いいところまでは行った。
優勢だったのは明らかに秀一の方だろう。手数も勝っていた。教訓をいかし、身動きが出来にくくなるように関節部分や鳩尾といった急所部分を集中的に攻撃した。
気が付くと昏倒させられていた。病院に行かなければならないという程ではないのだが、おそらくオリジンスキルによるものだろう。
実力が追いついていないという訳ではないはず、最後のひと押しが足りない。裏技的なベーススキルのオンオフも、慣れてきているはず。
それを用いたとしても勝利には及ばない。
(自分には一体何が足りないんだろう……)
1戦目は、女性が敵と言う事もあり、攻勢に出るのが遅れてしまった。
2戦目は、ベーススキルのオンオフをうまく使われ、相手のオリジンスキルを引き出すことなく敗戦。経験差もあり、ロクな一撃も入れられなかった。
3戦目は、間違いなく善戦出来ていた。相手を翻弄することも出来た。このままいけば必ず勝てるはずだった。
しかし、気が付いたら自分は仰向けになって、地面に寝ころんでいた。確かにダメージは負ってはいたが、致命傷や気を失うとは考えにくい。
ならば一つの要因として考えられるのは、オリジンスキルの有無しか考えられない。
いま現在、四戦目の真っ最中……スキルのオンオフを使用してくる相手ではなかった。
常に秀一はチャレンジャーの状態でどんなに余裕があったとしても、冷静さを忘れてはいない……はずだった。
攻撃の手を緩めることなく、相手の弱点を外堀からしっかりと埋めていく。それが出来ていたのに。
また………知らぬ間に気を失っていた。目をさましてみると、地面を背にして森林ステージ入り口付近で寝かされていたのだ。
病院へ直に連れて行かれていない事を考えると、意識のみを削られただけで、身体への影響はあまり感じられない。自分で点検してみるが問題はないようだ。
もちろん、本気での戦闘後だ。四肢が多少動かしづらいのは当たり前。
自分自身に驕りはない。背水の陣の状態の秀一には、そういった余裕はない。
それでも勝てなかった事実は曲げる事は出来ない。
これで四連敗かと天を仰ぐ。
「オリジンスキルか……」と倒れながら天に突きだした手をぎゅっと握りしめる。
何故、勝てないんだろう。何故、オリジンスキルがないんだろう。
切なく、辛く、悔しさすらあるのに、涙が出てこない。
そうだ。とっくの昔にそんなもの捨てたんだった……
様々な事を想定し、自分の最良の方法を取っていたはず。手順も間違っていない。
………とりあえず、もう帰ろう。
と自分の体を起こし帰路に就くことにした。
(そうだ……そういえば、今日の雫さんの戦闘は、僕よりも開始時間が早かったはずだ。先に帰っているかもしれない……よしっ、幸い身体は動かしにくいけど、歩けないというほどじゃないな……)
秀一の負けが込んでしまい、茫然自失の状態に近く、メッセージを確認する事を怠ってしまった。
(早々に帰ろう。しかし、もう次はない。すぐにすぐってわけじゃないけど、このままずるずると行けば、最終的には降格は免れない……)
森林ステージから草原ステージへ移動する。
戦闘が行われている感じがする。空気感がおかしい。秀一がどれだけ気を失っていたかは分からない。けれどおかしい、ちょうど今は入れ替え時間のはずで、戦闘は行われていないはずだった。
(何だろう、物凄く嫌な胸騒ぎがする……とにかく、急がなきゃ)
夢でも見ているのかと思った。
(なんで!?)
相手は無傷。まるで初めて戦闘を行った時の秀一を彷彿とさせるダメージを負った雫が、今もなお、四肢をボロボロにされ、なす術なく攻撃を受け続けていた。
「雫さんっ!!!」とフィールドに駆け寄る。
(不味い、このままでは負けるだけでは済まない。ここの医療技術は確かに凄い。だけど頭やお腹を過剰に殴られ続けて、無事な女性がこの世の中にいるわけがない!
助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、たすけなきゃ、たすけなきゃ、たすけなきゃ!!!!!!
このままじゃ人としての尊厳を失う。何故、防衛システムが発動してない!?)
焦る気持ちとは裏腹に、相手のAE発症者がスキルの時間が切れているのか、ゆっくりとボロボロの状態である雫の襟を掴み上げ、軽々とその身体を持ちあげた。
フィールドが秀一の邪魔をする。
「頼む!!頼む!!僕はどうなってもいい!!助けたいんだっ!!」
突如として、秀一に向かい、メッセージが送信される。
Emergency Call!!Emergency Call!!
(雫さんからの救援要請メッセージ?)
初めて見るその状況に無我夢中でこたえる。
「そんなのYesにきまっている!!!」
フィールド壁の一部がいったん解除され、侵入を許可され、侵入してすぐにフィールドが再構築される。少しフィールドが広がった気がする。
そして、それは突如として訪れた。沸騰した脳に直接文字が表示される「Give You Hopes」
(これは??)
続けざまに「Self-Sacrifice」の文字が表示される。
とにかく言葉をそのまま発した「セルフ、サクリファイスっ!!!!!」
いつもとは何かが違う力が流れ込んでくる。そう自分で感じながらも一瞬で距離を詰め、雫の対戦相手に攻撃を放つ。
「その手を離せ~~~~~っ!!!!」
『っ!!ぐがぁっっ!!!』
秀一という侵入者に気がついてはいたようだが、対戦相手は対応が間に合わず、右顔面への渾身のストレートが突き刺さる。
(とにかくAEと雫さんとの距離を離す為に全力でだ!)
拳に伝わる感触がいつもと全く違っていた。相手がもんどりを打ちながらも、フィールド壁へとぶち当たった。
一瞬、頑丈で強固なはずのフィールド壁がブレたように感じられたのは、目の錯覚ではない。
雫は気を失っていた。何故、防衛システムが発動しなかったのかは、もう二の次だ。
(とにかく、今は目の前の敵を倒す!)
雫を護るように配置する。
勝利数を重ねている以上、雫は秀一よりも強いという事は相手は雫よりも強い。
後手に出るのは不味いと、何をしてくるかわからない相手から先行を取る為に様子をうかがっていたのだが、なかなか相手が立ち上がってこない。
(あれ?当たり所が良かった?)
すると突如として、フィールド壁が消失していった。
一体何が起きたのか全くもって理解が出来ない。ただ力が急速に弱まっていくのを感じる。ベーススキルとも違う。
(これが僕のオリジンスキル??)
力の収束と共に身体に伝わる激痛。「ぐっ!!」身体に衝撃が伝わったが、攻撃を受けたわけではないので、何とか意識を現実に戻すことが出来た。
相手に近づき確認すると、まな板上の魚のように身体をビクつかせ、白目を剥いていた。
(そんな!?僕の攻撃はそんなに強くない、というよりも僕自身はベーススキルを発動すらしていない)
そんなことよりも一刻も早く雫のもとへと駆けつけなければ……
と思考を切り替える努力はしたが、色々と一体何が起きたのか理解できない状態で、なんとか雫へ駆け寄る。
体中がボロボロの状態で、すぐにポッドへ入れなければならない状態である事は明らかだった。
榊原先生にすぐ連絡を取る。搬送車両は戦闘終了に合わせて、こちらへ向かってきているだろう。
「あかりさん!!雫さんが!雫さんが大変なんです!前にもらった僕の薬を使ってはダメでしょうか!?」
『大丈夫?そんなに血相を変えてどうしたのよ。あの薬は絶対に使っちゃだめよ。あれは、秀一くん専用のオーダーメイド品なのよ。雫ちゃん専用には出来てないの。保証できないわ』
「身体防衛システムが発動しなかったんです!その所為でかなりボロボロの状態なんですっ!!」
『えっ!?そんなはずはない。降参しなければ、一定以上ダメージが対戦相手から加えられると限界を見極めて、限界の手前でフィールドが消失する作りになっているのよ』
『とにかく少し落ち着いて、戦闘が終了したのでしょう?すぐに搬送車両が来るはずだわ』
「でも、このままじゃ!!」
心音の確認が取れているわけではない、息をしているのは何とか確認できる。
気を失っているだけなのかもしれない。自分の気が動転してしまっているのがわかる。けれど目の前で起きたことに対して、心の乱れを防ぐ術を秀一は持ち合わせていなかった。
『ちょっと待って、今すぐに戦闘データを調べるわ………』とPCの前に移動し、データの抽出を行っていた。
驚きと呆れともとれる微妙な表情をして『これは!!……雫ちゃん、無茶をするわね』と呟き、一拍置いて言葉を続けた『安心して、しゅういちくん、バイタルを確認したけど、何とかなるとは思うわ』
すぐに搬送用の車両が2台到着した。
『失礼します』と出てきたアンドロイドがすぐに雫の右腕に消毒を行い薬を注射して、搬送車の中へ運んだ。
『お知り合いの方ですか?急ぎますので、乗車されるようでしたら、すぐにお乗りください。』
と秀一は頷き、そのまま雫と共に行く為、車両に同乗した。
一つはAE発症者を……もう一つは雫と秀一を乗せ、真逆の方向へと走って行った。
「すいません、緊急なんで通信をさせてもらってますが、構いませんか?」
緊急という言葉を聞き『不躾ではありますが……お相手はどなたでしょうか?』と別の投薬をしながら、言葉だけをこちらへ向ける。
「榊原博士です」躊躇いなく答える。
『……それでは、私共が言える事は何もありません。どうぞご自由に』
と言うと、アンドロイドは雫の様子に全神経を傾ける姿勢を取った。
やはり、彼女の地位は高いようだ。ここのヒューマノイドにとって榊原と言う存在は絶対らしい。
「了解です………で、あかりさん、無茶って一体何ですか?」
榊原先生は頭に軽く手をやり、半ば呆れ顔で首を振っていた。
『どう考えても無茶よ。敗戦後にもう一回戦闘を交えるなんて、正気の沙汰じゃないわ』
「なっ!!敗戦後!?治療しないでですか!?」
『スケジュール的には、治療はどう考えても無理でしょうね。戦闘の間隔に10分も空いてないわ』
『恐らくだけど、搬送されるのを断ったんでしょう。多分、治療を行わなければ、戦闘を行う事自体厳しい状態だった事は間違いないわ』
「一日に二度の戦闘なんて行ったんでしょうか?それにそんなことが可能なんですか?」
『それは本人に聞かないと分からないわ。だけど一つ言える事は、この戦闘は彼女が望んで行った事だという事よ』
「それは?」と僕は少し首を捻った。何故そんなにもPTが欲しかったのだろうか?それとも、戦闘を行うことに何か意味があったんだろうか?
どちらにしても、雫が目を覚ましたら確認する必要があるのは確かだった。
『基本的にバトルの開始時に、承認メッセージが送られてくるでしょう?ダメージ蓄積値が高い場合には、通常とは異なった警告メッセージ出て、戦闘を行う事に対して、拒否する事が出来るようになってるのよ』
真剣な眼差しに切り替わる。
『それでも、彼女にとって戦闘を行う価値がそこにあったという事よ。それにダメージの蓄積値は、戦闘開始時の対戦相手のみに有効よ。前回の対戦相手からのダメージは引き継がないわ』
『前回の対戦に勝利していたならまだしも、負けてなおの二戦目は、死亡する可能性もある。連続戦闘を行う人間は、勝利が確定している上位者が下位者に対してのみだけのはず』
榊原先生は頭を下げながら言葉を続けた。
『ごめんなさい。盲点だったわ。収監されている人数が人数なだけに発症者全員が1週間以内に戦闘を行うという制限を受けている以上、戦闘はなるべく多くなきゃいけない』
『上位者が下位者の制限を解除出来るようにする為に、複数回の戦闘が出来るように許可しているのよ』
『あぶれが出て、Lost Eyesにならないようにね』と苦々しい表情を浮かべながら唇をきつく噛んでいた。
つまりは、システムの穴。そこを雫さんは突いて、本日二回戦闘を行う様にしていたということか。
戦闘回数が僕よりも多いことに違和感を持った時点で、注意すべきだった。
聞かされたのが、昨日の深夜、寝る直前だったというのも無理がある事だったとはいえ、僕は自分の注意力のなさに呆れていた。
「僕が注意していれば、こんなことにはならなかったかもしれません。注意力不足でした、申し訳ありません」
『いえ、こればっかりは秀一くんだけの責任じゃないわ。もとはと言えば、私達管理者の責任よ。それに恐らくだけど、システムをいじったバカがいるのは確かね……それよりも怖いのは、この戦闘で彼女がトラウマにならなければいいのだけれど……』
一瞬目を瞑り、何かに決心したように目を見開いた。
『秀一くん、お願いがあるのだけどいいかしら』
「はい。なんでしょうか?」
『可能性の話だけど、今後すぐに彼女が一人で戦闘を行う事は困難だと思うわ。様子を見てみなければわからない事だけど、彼女の様子を見ていてもらえるかしら』
「僕に何が出来てどこまでできるか分かりませんが、やってみます」
『後、本来はあなたたちの次のランクからの実戦形式なのだけど………彼女と一緒に闘ってもらえるかしら?』
どういうことだろうか?「構いませんが、一緒に戦うとは?」と言うと少し答えづらそうにしていた。
『……ルール無視だけど、今回はイレギュラーだから仕方ないわね』
と再びPCの前に立ち、何かを打ち込んでいた。
『一緒に戦うってことが問題ないなら、今から少し準備をするから、一旦回線を切るわね。詳しい説明はあとで話すわ。今、搬送車両で応急処置を受けているのでしょう?多分、雫ちゃんは大丈夫だわ。また後で連絡する、いいわね』
という忙しそうにキーボードを叩く榊原先生の言葉に「分かりました」とただ頷くことしか僕はできなかった。
この時点で、初めて病院の外観を確認した。一番初めの戦闘は例外として、今までは特製の治療薬で何とかなる状態だったのと別の簡易施設で治療を受けた為、この場所を間近で確認する事はなかった。
病院の奥の森林がドス黒く感じる。嫌な予感が拭えないが、今はそれどころではない。
搬送される彼女の後ろを追い、入って行った病室の前まで移動する。長い廊下の左右に点在する一室一室が、個室になっていて、その一つ一つにポッドとベッドが用意されているようだ。
雫の事が心配ではあったが、秀一に出来る事は無事を祈るだけ。
通例とは少し違い、大きな待合室らしき場所で雫さんを待つことにする。時間は通常の時間よりも長くなるでしょうとの事。ダメージ蓄積が大きすぎるらしい。
空腹でお腹が警鐘を鳴らしていた、いまはそれどころではないが、携帯食料と水分で空腹を紛らわすことにする。
ポッドに入っている最中は全裸の為、同性であったとしても、ポッドから出るまでは中々部屋への進入を許してはもらえない。
待合室から少し離れ、空腹を沈める為にその場を離れ、外の自販機へと向かった。
思考力の低下は、あまり宜しくない。話し合いをするにしても、考えもしっかりとはまとまらないし、頭に入っていかない。
注意力が散漫になってしまうからだ。身体が痛んでいるのも感じ、時間もないので、榊原からの薬を使っておく。
携帯食料を咀嚼し、水分で流し込むと、榊原から通信が入った。
『お待たせしたわね。とりあえず、後は細かい設定をして準備は完了よ。少しは落ち着いたかしら?』
「大丈夫です。その内容を聞かせてください」冷静に慣れているかどうかを自問自答し、何とか平静を保てているのを確認した。空腹ではこうはならなかっただろう。
『青玉であるあなたに特別許可を出すわ。共闘戦線許可よ。これは本来、翠玉からでしか出来ない事よ』
「共闘戦線?つまり現在の一対一の闘いではなく、人数を増やして戦うということですか?」
『えぇ、そういうことになるわね。でも限定的なものだから、人数は二人までが限界ね』
ランクが上がるごとに対戦人数や方式が変わるのだということは、聞いた覚えがある。限定解除とはいえ、一つ上のランクの戦闘方法を学べるという事は自分にとっても、雫さんにとってもプラス要因であることは間違いない。
『その前にあなたはその戦闘方法に慣れてもらうことが必須になる。対戦人数は二人という縛りがあるし、ランクに関しては、指定が出来るかどうかわからないわ』
「というと、上位ランクとの戦闘になる可能性があるということですか?」
『っていうか、君にとっては、それしかあり得ないわ』
『本来、青玉であるあなたが雫ちゃんと、後は必要じゃないと思うけど奏さんだったかしら?その子以外との共闘を許可できない以上、どうしてもランク上位と闘うはめになるわ』
『でも、雫ちゃんや奏さんとの共闘の場合は、青玉のツインだから、相手もイレギュラーだけど青玉のAEのツインが選定されるようにそこだけは何とか手配したわ』
「なかなかシビアすぎませんか?僕はあと一回負ければ降格ですよ。……ってあれ?」
戦闘履歴を確認すると、戦闘履歴欄に1勝の文字が見えた。敗北数は4のままだけど……
「先程の戦闘は、プラス1になるんですね。」
『イレギュラーで話していない事だらけね、説明するわ。本来の戦闘は、一対一であるはずのあなたが何故、戦闘に参加する事が出来たのか』
「確かにその点に関しては疑問でした。結果的に助ける事が出来たのでよかったんですけど……」
『恐らくだけど、フィールド壁に触れたのでしょう?それによって内部のGE発症者からのエマージェンシーコールを受ける事が出来るのよ、でもこれはしゅうくんじゃなかったら、出来なかった事なのよ』
『瀕死もしくは瀕死間近の状態でなければならないのが問題なんだけど、今回はそれに該当したようね』
「だから、戦闘への介入が出来たということですね。理由は分かりませんがそれによって、戦闘を行った扱いになり、闘って相手を倒したから1勝が付いたということであってますか?」
『えぇ、そういうことになるわ』
「今後も同じ様なケースに遭遇した場合に、戦闘への介入は可能でしょうか?」
『無茶な事を言うわね………出来ない事はないと思うけど……本気なの?』
榊原先生は少し伏し目がちになった。
「安心してください。出来るか出来ないかだけの確認です」
『そう、ならいいんだけど……』と少し心配そうな顔をしながらも顔を引き締めている。
『まぁ、そこに関しては突っ込まないわ。あなたの自由だもの。でもくれぐれも自分の体は大事にしてね』
「わかってます。僕はもう一人じゃない」と強い意志を見せた。
『とにかく、システム的な準備はしておいたけど、どうする?お試しの次の共闘する相方は、私の方で選んでおこうか?』
(考えてみると、僕にGE発症者の知り合いがどれだけいるだろうか?雫さんにさくらさん、以外にいない。皐月さんにはまだ顔合わせすらいないし、共闘慣れしなきゃならないのに初見は不味い。さくらさんは、ランクが三つも上だ。僕では相手にならないだろう、足手まといになるのが関の山……恐らくベースとして選ばれるのは、さくらさんが相方だとすれば、さくらさんと同ランクかそれより一つ下の人間が選定されるだろう。そうなった場合、相手が二人とも鋼玉だったらお話にならない)
だとしたら、選定メンバーに翠玉を選んでもらうという事を考えるのなら、榊原先生に依頼をするのが一番ではないだろうか?
「では、度々申し訳ありませんがお願いします。共闘する相手は、翠玉で大丈夫ならお願いしたいです」
『気にしないでよ。さっきも言った通り私達の責任なんだから。そうね………対戦日は明後日でいいかしら。それでいいなら、今から連絡を付けておくけど?』
対戦日が明後日なら、榊原先生との約束には差し支えがない。定時連絡も明々後日行うつもりでいたので、問題はない。
「分かりました。お願いします。打ち合わせ等も行いたいので、相手が見つかったら、連絡先を教えてもらえますか?」
『わかったわ。他にはいいかしら?』と尋ねてくる。
「出来ればですが、力を解放できる所ってありますか?後、僕、単独で力を使用できる場所があると助かるんですが……」
『確か、その近くに訓練所があったはずだけど?』
「訓練所ですか?聞いた事がないですけど………」
左手に右こぶしをポンと当てて『そっか、そっか、教えてくれる人がいなかったんだっけね、ごめんごめん』チロッと舌を出していた。
『すぐに手配する事は可能だけど、明日あたりに使ってみたらどうかしら?今は雫ちゃんの容体も気になるでしょう?』
「このあたりの地区にあるということでしたら、自分で調べていってみます……雫さん、すぐに目を覚ましてくれればいいんですが……」
『私達が出来る事は、無事を祈る事だけよ。ここの医療技術なら身体の修復は何とかなる。後は……心のケアね。起きたらすぐにしゅうくんの顔を見せてあげて……』
仕方ないかという顔をしつつ『多分だけど、あなたの笑顔が雫ちゃんにとって最大の薬よ。じゃあ…また後で連絡するわ、ごめんね』と言って唐突に榊原は回線を切った。
確かにもう話す内容はなかったが唐突過ぎて、秀一は驚きを隠せない。
(あれ??何か悪いことしたかな?お詫びは三日後、料理を作りに行く日に謝ろう。いや、この状況下では料理を作りにいけるかも微妙だ。回線を切られたってことは、今は話せない、時間がないってことだ)
女心は本当に難しい。
雫が目覚めるのを待ちつつ、明日以降のスケジュールに変更を加えていた。
以前のデータと比べ、2900文字弱の追加となっております。
もう一度、読んでいただければ幸いです。