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Eyes10 困惑

2016年9月9日改編完了

秀一の理解の範疇(はんちゅう)を超えていた……何故なら、今、秀一に見えていることは、現実としてあり得ないのだ。


医療技術が向上した昨今、一時的に使用することはあっても、常時、車イスを使用するなどと言うことは、現代医学的において絶対あり得ない。


代替細胞による破壊された部位の再構築やナノマシンによる破損部位の修復……不要・不適合な細胞は必ず排除され、新しいモノに最終的には切り替わるのが大きな理由だ。


眼鏡の似合う同い年くらいの全白髪の少女。そして、現代には似つかわしくない半電導車イス……


下半身を動かす事が出来ないはずなのに、無駄な贅肉が付いているようにはまるで見えない、すらっとしたスレンダーな身体。


自分の体がうまく動かない・動かせないという事は、ES発症者にとって、生きてく上でマイナス要因にしかならない。


あり得ない事実に頭が真っ白になり、完全に思考が停止しかけていた。


『身体が動かないということはあり得ないはずなのですが……』


気を使うよう告げられたミシェルが(ささや)きに、ハッと我に返り、離れていた意識が強制的に現実へと引き戻された。


「……えっ?それは一体どういうことですか?」


『秀一様は、ここの医療技術の高さは身を持って体感して、ご存知なのではないですか?』


そうなのだ。この施設の設備においては、どんなに身体がボロボロになって、例え四肢が動かなくなったとしても、何の異常もなく活動できるように治療する事が可能なのだ。しかもほんの数時間でだ。


施設の外に目を向けたとしても、ここ最近の日本での一般的な死亡原因の第一位は老衰……他の症例では、続いて事故死が並ぶ、いや自殺といった方が正しいだろう。脳の大部分が破壊されてしまった場合、身体の再構築をする事は限りなく不可能に近い。


ならば、何故、人口が以前の日本に比べ、減少しているのか・増加しないのかと疑問視するものもいるだろうが、理由は単純明快、完治する見込みのないES発症者は人として数えられておらず、発症した時点で人としてのカウントから弾かれるからだ。


「……」


答えは見つからない……だとしたら虚言なのでは?と秀一達が勘繰ってしまうのも無理はない。


『こういうことを言ってしまっては、彼女の沽券(こけん)に関わるので、むやみやたらな事は言いたくはありませんが、現実的に車イスで生活し続けることはあり得ないんです』


「本来であれば、動くはずなのに動かない……つまり……何かしらの理由があると……」


『はい、一緒に生活をさせていただいていますが、()(じつ)、私にも明確な事は解りかねます』


そんな話をしていると不意に後ろから声が掛かった。


『ミシェル、いくら、あかりんが保証人だからって、本人がいないこんな場でそういう邪推するような話はするもんじゃないと思うけど?あんまり気分のいいもんじゃない』


と仲裁に入るように王華が二人を(たしな)めていた。その言葉にハッとして我に返る。


「すいません。確かにそうですね……」


『申し訳ありません、彼女の事を知ってもらっておいた方が榊原博士もやりやすいのでは、と少々焦ってしてしまいました』


『仕方無いことだけど、やっぱり、ミシェル達はあかりん優先かぁ。さっきあんな風に言ったけど、これって直接、本人に聞ける内容じゃないのよね……』


ミシェル達、ヒューマノイドにとって、あかりの存在は切っても切れない、人で言う親以上の存在であった。それは後に語られる。


歩けるはずなのに歩けない。想定するのなら、これは肉体的にではなく精神的な問題なのだろう。


苦言を呈してはいたが、王華の何とかできるなら何とかしてあげたいと言う親心に近いモノを感じ取ることが出来る一言であった。だから、彼女はこの施設に必要不可欠な存在なのだと、秀一は否が応にも理解させられてしまった。


『ご本人に会わないというのでしたら、ヒューマノイドの待機室がありますので、そこでなら話をする事も可能でしょう。そちらに移動なさいますか?』


ミシェルから唐突な提案を素直に受け入れる「僕はそれで構いません」と答えると『私もそれで構わないわ』と王華も賛同していた……


内緒話は見える場所でしていいモノでもするモノでもない。例え、そこに悪の感情が全くない、善の感情しかなかったとしてもだ。


『では、食事は私がご用意します。リクエストはございますか?』


「この後、食事を取る可能性もありますので、軽食程度で済ませたいです」


本当はガッツリ食べてしまいたいのが、本音ではあるが、ソレをする事は今後問題がありそうで、控えずにはいられない。


『そっちもまかせるわ』と手をひらひらと振って見せた。あまり乗り気ではないようだ。


確かに他人の秘密を大っぴらに話をすることに秀一も引け目を感じてはいた。


真実を語れるのなら、こんな事は思わないだろう。AE発症者が、GE発症者を助けようとしているなど、誰が信じてくれるというのだろう。


彼に会い、彼と向き合い、彼と拳を合わせ、語り合わなければ、理解できようはずもない……そう、本来は、橘はただの敵なのだから。


そう、忘れてはならない……彼はAE発症者なのだ。


だからこそ、彼の存在を知られることなく、なるべく彼女の事を知っておきたい。それによって今後の対応が全く異なるものになるからだ。


今の秀一には、不確定要因を潰すことしかできない。


『ここです』と案内を受けた場所は、大人数は暮らすのには、少々手狭(てぜま)()ぢんまりとした建物であった。


外装は普通の部室より大きめなのだが、中に一歩足を踏み入れると、内部は誰かが入って来る事をある程度想定しているのか……やはりファンシーな仕上がりだった。


秀一の生活区域ではないので、そこまで気にする必要はないのだが、入ることには少し抵抗感と違和感が生まれる。


何故、部屋の作りが無機質ではないのだろう?ここを根城にしているのは、ヒューマノイド……すなわち人ではないのに……と


秀一自身の寝床がファンシーグッズに囲まれている事もあり、ある程度慣れてきているはずなのだが、一瞬入口で足を止めてしまったが、諭され中に入る。


『どうぞ、男性は少し居づらい空間かもしれませんが、くつろいで下さい』


「……いえ、お手数おかけします」


ウサギのマスコットが散りばめられたテーブルとイス……周囲にはぬいぐるみがそこかしこに点在する。座るのを一瞬ではあるが躊躇ってしまう。これはなかなかの破壊力がある。


『申し訳ありません。男性の方がこちらに来るのは、非常に稀なので、装飾品すべて女の子が好む仕様になっています』


『これは女でも大人になると、少し躊躇(ためら)うわね。まぁ、こう言ったものが好きな子は多いから、当然と言えば当然でしょうけどね。女の子の憩いの場みたいな感じなのかしら?』


そういうことか。よくよく考えてみれば分かった事かもしれない。


「いえ、お気に為さらないでください」とは言ったものの抵抗感が顔には、はっきり出てしまっていたようだ。




基本的に、こう言った施設の子達の生活をヒューマノイドが管理してくれている。その代わりの代償として、施設の子達には、PTの自由があまりない。ほとんどがこの施設の管理運営費用に回されてしまうからだ。


秀一や雫のような一人暮らし(同居だけど)を主軸にしているGE発症者は、全て自分たちで自分の身の回りの世話をしなければならない。


家事と呼ばれるものすべてをこなせば、自由になるPTも少なからずある。


故にこう言った女の子として、(くつ)げる様なスペースは必要不可欠なのだ。


では、男子は?等と思ったがそこに関しては分からなかった。いや、そう言ったモノはあるのだろうか?


話題を変える為に秀一が切り出した。


「そういえば、食事の用意をしていただけるという話でしたね。PTは因みに幾ら必要でしょうか?」


『秀一様は、イレギュラーですが、食品には多少余裕がありますので、500~1000PT頂ければ、ここの皆さんが食べられている大体のものは出せますよ。量を考えると500でしょうか?』


「分かりました。では……」とアクセサリーに触れる。PT譲渡申請だ。ここは施設なので、支払いとは、少し考え方が違う。


『送信先は「やなぎ」でお願いします。個人名は送信と共に送られてきますから、細かい手続きは結構です』


PT送信先を検索する。やなぎだけでは見付けにくいので、集団施設「やなぎ」と検索を掛けると一発で出た。


(送付PT、500PTっと自分で作る事を考えると少し割高かな?いや、外食と考えれば、リーズナブルか……)


『受信完了確認しました。食事の準備に取り掛かりますので、少しお待ちください』


と食堂へとミシェルさんは消えていった。



『流石に皆、出払ってるか』と王華が唐突に呟いた。


「何の話です?」


『いや、ここに常駐しているヒューマノイドの話~』


「あぁ、確かにここには、ミシェルさん以外、一人としていませんね」


と言うと王華は嬉しそうに頷いた。


(何か喜ぶような事でも言ったかな?)


『君は、私がヒューマノイドって言っても、あの子たちを人として扱うんだね。普通は一体っていうはずだよ?』


「正直、僕が慣れてないって言う事もあると思いますが、僕はここにいるヒューマノイドがただの機械や人形だとは到底思えないんですよ」


『確かに私もそれは思うわ……』


少し首を捻り、王華は真剣な眼差しで秀一に視線をぶつける。視線が痛い訳ではないが、真意を尋ねてみる。


「どうかしましたか?」


『少し気になることがあるの、二つ聞かせて、何でユッキーは新人なのに、あかりんの手伝いをしているの?』


『あかりんの仕業だって言うのは何となく理解できたけど、何でユッキーはかなちゃんにアクションをかけてきたの?』


二人っきりになるのは避けるべきだっただろうか?それとも、ここである程度話をして協力を仰ぐべきだろうか?


しかし、それでは榊原のメンツが潰れてしまう。わざわざ対応してもらったのに、それでは失礼にあたる。


ごまかしたいわけではないがトラブルは避けたい。なるべく穏便に済ませる必要があった。



よくよく考えてみると、一つ目の質問に関しては、何とも答えようがなかった。


「そう言えば何故でしょう?」と秀一自身首を傾げてしまう。いい答えが見つからない。


この件に関しては、確かに秀一主導であるが、初動は榊原によるもの……その他の件に関しても、榊原との関係はギブアンドテイクの関係だけのはずだ。


そこまで手伝う理由は確かにない。でも、何故だろうか、心の奥底で訴えかけられている。『裏切ってはいけない』と……


「すいません、うまい答えが見付かりません。ただ僕は、榊原先生を裏切らないですし、榊原先生も僕を裏切らないと思います」


ただそうはっきりと答えた。明確な答えはないのに、それだけはすんなりと答える事が出来た。


「もう一つの質問について、僕がここに来た理由は、先程話した通りです。依頼を受けてきました」


疑われている可能性は否定できない。続けざまに……


「連絡を入れなかった件に関しては、謝罪のしようもありません」


と深々と頭を下げた。


『はぁ……詳しい事は言えないけど頭を下げる価値はあるのね』


首を傾げながら、半ば諦めの面持ちで秀一を見た「はい」とだけ答えることしか出来なかった。



『ところで、さっきデータ見たけど、ユッキー、本当に13歳?』


(え?ここに来て年齢詐称疑惑?)


「えぇ、データに間違いはありませんよ。偽れるものではないでしょう?」


『容姿については……そうね、納得できるわ。けどその口調と態度よ、いくらなんでも13歳でそれはないわ』


「…………どんな相手でも敬えば、敵にはなりにくいものですよ。僕なりの養生法だったんです」


と少し昔を思い出しながら、自嘲気味に言った。正直達観しすぎている……そんな事は秀一自身がよくわかっていた。


少しだけ目頭が熱い気がするが、短い間、目を瞑り心をゼロにする。


鉄壁の笑顔を取り戻す為に。


と突如、身体が前のめりになる。柔らかいものが顔に当たってきた。


王華が目を瞑ったままの秀一をやおら抱き締めたのだ。少し秀一よりも背が高いため、胸に埋まる形になる。


「んぅ!むぐっ!!」


『ごめんなさいっ!ここまであなたを追い詰めるつもりはなかったの!』


先程とは打って変わった態度に頭が真っ白になりかける。思考を無理矢理引き戻し、現状を把握し、打開する為に声が出せるように身を捩る。


「むーっ、むーっ、ぷはっ、さくらさん、大丈夫!大丈夫ですから!!」


パッと身体を離してくれたが、さくらさんの目は潤んでしまっている。ここの女性はボディーランゲージが激しいのはデフォルトなのだろうか?


今のは全く演技ではなかったため、対応の仕方に困ってしまう。


(だから、女性の涙は反則なんだってば……)


顔が赤らんでいるのは、間違いない。だがふと物思いに(ふけ)る。


その腕の中で心の底から泣けたら、どれだけ楽になるのだろうか……


一体どれだけ救われるだろうか?と思わずにはいられなかった。


そう考えると、気恥ずかしさよりも申し訳無さの方が先行し、冷静さを取り戻すことが出来ていた。


「いえ、御気遣い、本当に感謝します」と深々と頭を下げる。


いきなり好戦的な行動をとったり、意地悪な質問を投げ掛けて来るなどの、今までの行動は彼女の本心ではなかったのだと認識出来た。心根の優しい人なんだ。


『でもっ!!』紡ぎたい言葉が見つからなかったのだろう。強い口調とは裏腹に(うつむ)いてしまう。


秀一が危害を加えるような人間ではないことに、ようやく気が付いたからと言うのが一番の原因……脳裏に(よぎ)るは幼き日の想いで……


王華はただここにいる子達を守りたかった……ただそれだけのこと。


(僕と一体何が違うんだ?それは恐らく規模の大きさ……この施設地区の子達全てなのだ。辛い過去を持ちながら、それでも誰かを救いたいと願う気持ちの何がいけないんだ?)


(ある意味、彼女の起こした行動は全て自分以外の他人に対する思いやりなのだから…………昔の僕と何が違うと言うのだろう?)


「気にしないで、顔をあげてください。充分理解できました」


「優しいんですね」と自分の本心からの笑顔で


「この話はここまでにしませんか?こちらもさくらさんと敵対したい訳じゃないです」


「寧ろ、これから仲良くしたいくらいですから、それだけをわかってもらえれば、こちらとしては充分です」


彼女もGE発症者として、この収監施設にいるのだから……話せばわかってはくれる。


(僕はあなたの味方になりたいし、味方でいたいと……)


『……解った、今は聞かないわ。あなたがどうでもいいような理由で、ここに来ているのではない事は理解出来たから』


『あ、あの、も、もう、よろしいでしょうか?』とミシェルさんが両手に料理を持ちながら入り口で様子をうかがっていた。


すこしオロオロしてはいるものの、料理が乗った膳が全く動かないその姿は、どうしていいものか困りながらも、声をかけなければ、話が始まらないと判断したからに違いない。ヒューマノイドでありながらもどこまでも人間らしい。


二人は顔を見合わせて頷きあう。


「えぇ、大丈夫ですよ」と今度はいつもの笑顔で答える。やれやれ、やっぱり無理か。そう簡単に変われるもんじゃない。


ミシェルは少し寂しそうな笑顔を向けながら『わかりました』と中へと移動してきた。


二人とも落ち着きを取り戻し、席に着いて食事をとることにした。




「それにしても、あなた方が作る料理は本当に美味しいです。僕も料理をするんですが、凄いですね。家庭的なものなのにも関わらず、一切の妥協がない」


『お褒めに預り光栄です』



そう、出てきたのはごく一般的な家庭料理。別段優れた食材を使用しているわけではない。


先程の注文通り、全て一般的な女子(収監施設の女子のサイズでは決してない)サイズより少なめだ。


ご飯に味噌汁、だし巻き玉子、浅漬け、肉じゃが、見た目は確かにありきたり、秀一が以前用意した内容に近いモノがある、だが味の深みが違う。


一般的な日本の家庭の和食と言えば、出汁をベースにするところから始まるのだろうが、近年では即席の出汁に頼ることが多くなってしまっている。


それが決して悪いということではない。時間のない一般的な主婦や主夫にとってこれほど画期的な物はない。


しかし、味の追求をするのならば、出汁を取る為の手間を取った方がいいに決まっている。



昆布、煮干し、鰹節、干し貝柱等々、例外として干し椎茸も欠かせないだろう。


それぞれ特徴のある食品の為、効率のよい出汁の取り方もあり、一概に同じ様な手法で出汁を取る事が出来ないという点もある。


ようは、めんどくさいのだ。故に、顆粒出汁というのは画期的なのだ。


しかし、味の深みで言ってしまったら、贖罪からうまみ成分をしっかり抽出する出汁には、勝つ事は出来ないだろう。


まぁ、食べるだけなら別に顆粒だしでも何の問題もない。決して美味しくないなどと戯言を言っているわけではない。


話は変わるが恐らくではあるのだが、ご飯ですら普通の炊き方をしているようには感じない。


炭でも一緒に入れてるのかな?美味しく仕上げるにはいいって聞いた事あるし。



などなど考え出すと奥が深すぎてキリがない。単純明快に美味しいの一言に尽きる。


量が少なめにしたのが失敗だったと思ったが、この後の事を考えると我慢しなければならない。


雫と一緒に食事を取るという可能性があるからだ。現状で、行動を起こすのに苦労しそうだったので、食事というよりカロリー確保のために行った事だ。


料理に興味を持ってくれている雫を連れてきてみたいとも思ったが、それでは自分の行動がバレてしまう。


ゆくゆくは話をしなければならないのだろうが、それはいまじゃない。


今後の料理の幅を広げるという事もあり、美味しく舌鼓を打っているとミシェルさんから声が掛る。


『あまり時間の余裕が私にないので、不作法ではありますが食事をしながらお聞きいただけますか?』


さくらさんの様子を確認すると、何も問題ないと頷くだけだった。


秀一ももうじき終わるところなので、特に問題ないと頷いておく。


『では、奏さんの件についてです。』


さくらさんは少し目を細めたが、お目付け役のような役割でここにいる。問題があれば、ツッコミを入れるのだろう。


『先程話した内容の続きですが、ずっと動いていないということではないようです。AEとの決闘の際は、車いすから離れ、自分の足で行動しているのです。』


つまり、普段の生活では足を自由に動かす事は出来ないということだろうか?


『以前、一度彼女がこの施設で力を解放してしまった事があります。その時自分の足で歩を進めていた事を確認しています。』


『しかし、力の解放が止まるとそのまま地面に倒れこんでしまったのです。』


話を整理しよう。


・この施設にある医療技術によって治療は完了している。

・しかし、彼女は車イスがなければ、日常の生活を行う事が出来ない。

・戦闘時には、自分の意思で立つ事が出来る。

・戦闘終了直後、立ち上がる事が出来なくなっている。


要因としては、何が挙げられるんだろう。


王華はまだ食事を続けているが、秀一の方が量が少なかった事もあり、すでに終えている。


口許を拭い、ミシェルさんにいくつか質問してみる。


「語れる範囲で構わないので、教えてください。精神的な問題と判断できる。その材料とは何でしょうか?」


「あと普段は絶対に自分から身体を動かす事は出来ないのでしょうか?」


少し顎に手を乗せ、どうしたものかとさくらさんの方へと目線を向けた。


『王華様、話してもよろしいのでしょうか?』


『本来なら、いいわけないわ。もし本人がこの事を知ったなら、あなたはあの子の心を抉るのよ。』


『けど、この子はそんな事はしないでしょうね。恐らくだけど、何かを守る為にここに来たのでしょう?』


と王華は秀一へと視線を移す。


『もし、皐月(〃〃)に何かあったらアナタに恨みはないけれど私は、アナタを殺しに行くわ』


眼光が一気に鋭くなった、狩りの対象のように秀一を人と認識していないような目線を送られた。


(本気なんだ。だけど目をそらしてはいけない。僕がどれだけ本気なのかを見定めているんだ)


「僕自身は、奏さんに対して何かをする気は全くありません。手伝いが出来ればいいところでしょうからね」


「現状を打開する手伝いが出来れば何の問題もないんでしょうが、僕の手には余る気がします。僕はカウンセラーではないですから……」


少し間を開けて


「僕が出来る事は、困っている時に近くにいたら、手を伸ばしてあげることぐらいですから……」


(それすらできない人間を僕ら(〃〃)は、大勢見てきた。見て見ぬふりをする事は自分を守る上での当たり前の事。生き物としての生存本能だ)


それでも、秀一は王華を見ながら手を伸ばすと言った。


『なら、いいのかな』と目を細めながら、何かを憂えているような感じだった。


『私が全ての子達を見れるわけじゃないわ。私だってリミッターが付いてる、戦わなきゃ生きていけないし、いつも傍に入れるわけじゃないわ。特にあの子に関しては、ここの皆にお願いしている部分が多い。もし、誰もかなちゃんを助ける事が出来なくて、あなたが近くにいる事があるなら、あなたの言葉通り手を伸ばしてあげて……』


「はい、分かりました」と短い言葉ではっきりと意思を伝える。


『では、王華様よろしいですね』


その言葉に王華が頷く。


『では、一蓮托生、私から話させていただきます。これから話す事は自衛隊からの報告書に基づくモノです』


何があったのかを話してくれた。


・彼女は幼いころからいじめに合い続けていた。

・それを助けてくれる少年がいた。しかし、その少年が彼女を裏切った。(実際は裏切ってなどいない)

・彼女が一番信じていた少女に裏切られ、その少女に自分の足をメッタ刺しにされた。

・治療の甲斐あって傷は全て修復されている。



理解は出来た。精神の問題とはそういうことか。


だとしたら、何故力の発現によって彼女の足は動くようになるのか?


理由はよくわからない。けれど、ここの環境自体は彼女にとってマイナスではない。


助けてくれる仲間がいる。力をコントロールすることによって、動かない足を動かす事も出来る様になるのだろう。



もし、力を発現してない状態で、自分を知る者が近くにいなかったら彼女は、一体どうするんだろう。


彼女の最大の敵が彼女の前に現れたら、一体どうなってしまうんだろう?


彼女を蝕む要因がAEには渦巻いている……彼も彼女を蝕む要因なのだろう。


どう考えても、これでは浮かばれない。


真実はそうではない。しかし、結果として彼は、AEの立場としてこの施設に収監されている。


もう少し踏み込もうか。橘さんと皐月さんの為に何が出来るか。


「十分すぎる情報ですね。ありがとうございます。決心が付きそうです」


その言葉を聞き、やっと王華が優しい目を秀一へと向ける。


『何の?とはもう聞かないわ。一つお願いしていいかしら?……たまにでいいから私に連絡を頂戴。その様子だと一人暮らしをしているんじゃない?集団施設での登録もなかったのだから』


「えっと…」口籠ってしまう。雫さんとの同居については、語るべきなのだろうか?


「いえ、二人で一つの家に暮らしています。今日は僕一人ですが、基本的には二人で行動をしています」


『そう、信頼できる仲間がいるのはいいことだわ。でも自分の預かり知らぬところで、なにかが動いていて、何も出来ないのは、私として納得できない。だから、念押しをするようだけど、連絡は入れて頂戴。こちらからも連絡を入れるから』


「分かりました。ありがとうございます。無茶はしないように心がけますので」


『何も準備しないで、ここに来るような子の言っていいセリフじゃないわね』


と王華はほほ笑んでくれていた。やっと和んだ雰囲気が流れる。


「たしかに」と秀一も微笑み返す。


「ミシェルさん、ありがとうございます。犯罪者の片棒を担ぐような真似させてしまい申し訳ないですが」


『いえ、バンクのデータ確認で博士に連絡も入れていますので、そこまでは思っていません』


いつのまに。って忘れてたけど相手はヒューマノイドだっけ。


『で、これからどうするの?かなちゃんに会ってく?』


「いえ、今日はやはりこのまま帰ります。家に帰って、後で帰って来る相方のご飯の準備しなくちゃいけませんから」


『あ、そっか、一人じゃなかったんだっけね』と舌を軽く出した。さくらさんの素はお茶目なんだろう。


環境が人を変えるか。この環境で僕は一体どんな人間になってしまうんだろう。と気にしても仕方ない未来を想像してしまう。


思考を一旦止め「情報だけ聞いて申し訳ありませんが……」


『今度、ユッキーの事も教えてくれると助かるわ。お互いに腹を割って話をしましょう』


と真面目な顔に戻ったので「分かりました」とだけ頷いておいた。正直辛い部分はあるけど、彼女も自分について語るようだった。



そんな話をしているうちに、雫からメッセージが届いた。


少し怪我が目立つから病院によってから帰るね。とのこと


迎えに行きましょうか?とメッセージを飛ばすと


来て欲しいけど、自分で歩けるから大丈夫だよと返ってきた。



買い物をするつもりはなかったのだが、自分も経験したあの空腹感あれは結構くる。


ミシェルの料理に感化されてしまった部分も多いが、精力が付くものを何か買っていこう。


「すいません、戦闘が終わった様で連絡が届きました。なにか力が付くようなものを食べさせてあげたいので、今から帰ります」


『そうね、友達は大事にしてあげないとね』と一段と優しい笑顔を見せていた。


『秀一様、自分だけで解決しようとはしないでください。微力ですが、私共もお手伝いできることがあれば、助力は惜しまないつもりですので』


榊原が絡んでいる所為なのか、話が大きくなってしまっている気がする。でも……


「ミシェルさんもありがとうございます。御二人ともに近々連絡を入れますので、お暇な時にでも返事を返して下さい。お願いします」


と頭を下げた。


イスから立ち上がり「それでは」と入口へ向かう。


『私もそろそろ戻らないと……』王華もそれに呼応するように立ち上がる。


『お二人方ともお疲れ様でした』




二人揃って詰め所を後にした。施設の入口まで二人で移動する。見送りをしてくれるようだ。


「では、近いうちに連絡を入れますので、またその時はお願いします」


『お願いなんだけどさ、あんまり、堅っ苦しくしないでよ』


「………これが素なのですが、なるべく善処します」


『そうしてくれると助かる』


「今日は、ありがとうございました」と深々と頭を下げ、玄関先まで見送りに来ていた王華に別れを告げる。


『ユッキー、気を付けて、帰ってね』


少し歩いてから、ふと振り返ってみると、踵を返し、施設の中へと戻っていく王華……それを心配するように施設の子供達がワラワラと群がっていた。


「余程、信頼されているんだな」と心に熱いモノを感じながら、施設を出発した。

以前のデータと比べ、1900文字弱の追加となります。


お手数ですが、もう一度読んで頂けると助かります。

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