Eyes7 冤罪
2016年9月9日改編完了
5月18日 起床 06時30分
いつもより深い眠りについていた秀一は、何とかいつも通りの起床する時間に目を覚ますことができた。
「ん~~っ……ふわぁ~~っ……はぁっ……」
男性が寝るには些か……いや、かなり違和感のあるファンシーなベットに横たえた体を伸ばし、寝ぼけ眼を擦りつつ、ゆっくりと体を起こす。
いつもの習慣ですぐに受信メッセージを確認すると、ポーンという音とともに一件の未開封メッセージが秀一の頭上を浮遊し始める。
(……えっ?……こんな朝早くに誰だろう?)
学校に通っていた時であれば、学校からの連絡で間違いなかったのだろうが、誰からのメッセージなのか、見当が付かなかった。寝起きのせいだろう……
目を開けてから、時間があまりたっていない所為か、少しボーッとしながらも浮遊していたメッセージを手繰り寄せる。
いつも通りメッセージに返答し、実家にいた時と同じ様に朝の日課をこなすつもりでいた……はずだった。
あかり:一週間後にご飯を作ってね♪
(……はっ!?……え?……な、なんだって?)
メッセージの意味が解らず、一瞬、頭がショートしていた。冷静になって、話を噛み砕く必要性があったのは言うまでもない。
秀一の中でこの出来事は、重要案件ではなかった為、処理が抜け落ちていた事は否めない。
(……う、うん、あかりさんに対する恩義は確かにある……ご飯を作りに行くこと自体は、吝かじゃないんだけど……このメッセージだけじゃ、なんの詳しい説明もない上に唐突過ぎやしないか?)
(……食事を作る約束した記憶はない……けど、何だろう?この違和感……特に断る理由もない。どっちにしても作るのは確定か……仕方ない、当たり障りなく、探りだけ入れてみるか……)
秀一:構いませんが、雫さんも一緒に行った方がいいですか?
あかり:んー、彼女、人見知りよね?それに…多分だけど、私と会うのイヤじゃないかしら?
(ん?あ、あれっ?特に否定しない?って事は身の危険はないか……何か話をする気があるってことか?)
秀一:わかりました。では、本人に確認してみます。
あかり:よろしくね♪
少し拍子抜けしてしまったが、ここでメッセージを中断することにした。
リアルタイムのチャットと言えばわかりやすいだろうか?今で言う所のLI○Eだ。直接面と向かって話をしない分、対応にも余裕が出来るので、便利ではある。
榊原本人は秀一と雫が一緒に訪れても、なんの問題もない事がこの文面で確認は出来る。
確認は出来、一見すると、本当に手料理が食べたいだけのように思えるが、やはりそれだけが理由ではないように思えてならない。
その理由として、秀一本人が自炊している事実を榊原に伝えたことが一度としてなかったのだから、当たり前と言えば当たり前。
前日のやり取りを鑑みれば、おかしいなと思うかもしれない……だが、これは秀一にとって、まぎれもない事実なのだ。
(なにかしらの監視システムが働いていて、そこで知ったのかな……でも、そこまでの権利を所長とはいえ、一介の研究者に与えるだろうか?……)
スケジュールデータ(デジタル化されたシステム手帳の簡易版)を前方に浮かべ、視認化する。
(これ以上、考えてもしょうがないか。この件に関しては、はぐらかされそうだし……えっと、一週間後だとすると……5月25日か、あかりさんに手料理を振る舞うっと……これでよしっと…………あれ?)
データにチェックを入れ、視認化されたデータとメッセージを最小化する。
とてつもない違和感があったはずなのに、それが霧散していることを秀一は頭の中から完全に忘れてしまっていた。
顔を洗いに自室を出ると、早朝にもかかわらず、待ってましたとばかりに、雫が可愛い刺繍の入ったエプロン姿でそこにいた。
(この家のデフォルトは、可愛い一色なんだね……男の僕が住むってわかってたはずなのに……このエプロンやら部屋の内装を手配したのは、一体誰だろうか……)
秀一自身もウサギのマスコットがあしらわれたエプロンを腕から下げ、心の中で雫にはわからないため息と嘆きを吐かずにはいられなかった。それでも何とか心を前へ向け、目の前の少女の言葉を待った。
『……ぉ、おはよ、秀くん!』
「おはようございます、雫さん、早起きですね……」
『ちょ、ちょっとお願いがあって……ど、どう?似合ってる…かな?こういうの着た事ないから自身ないんだけど……』
「えぇ、大丈夫、とっても似合ってますよ」
『ぇ、えっと……その、秀くん、それでお願いなんだけど……いい?』
「はい……何でしょう?」
(早朝からお願いなんて……エプロン着てるってことは?)
聞く準備も出来ていた秀一をよそに、雫は口を貝のように閉じてしまう。恥ずかしさからか、顔が徐々に真っ赤になっていく。
「雫さん、落ち着いて深呼吸してください」
両手を胸に添えて、ゆっくりとゆっくりと呼吸を整え、思いを伝える意思を纏う。
『ぁっ……あのっ!今日は、見てるだけじゃなくて、お料理してみたい!お願い、やり方を教えて!』
勢いよく下げられた頭に、あぁ……やっぱり、そういうことかと納得した。
家事を教えると言った手前、断るわけがない。雫の意思がしっかりと確認できたこと、これが大事なのだ。
「雫さん、頭を上げてください……何度も言っているとは思いますが、僕も料理に関しては素人です。それでも構いませんか?」
うんうんと振り子のように首をブンブン上下に振っている。小動物にしか見えず、心が緩んでいってしまう。
「わかりました。僕もただ作れるだけですから、これからお互いにうまく作れるようになっていきましょうね」
気が緩んでしまった為か、ポンポンと優しくではあるが、頭に触れてしまった。ゆっくりと手を引っ込めるがもう手遅れだ。
『……ぅ、うん、秀くん、ぁ、ありがと』
怒ってはいないようで、雫も満更ではないように頬を赤く染めていた。
「えっと……顔を洗ってきます、早速調理に取り掛かりますんで、少し待っていてください」
(今日も日課のランニングは行えないか……僕も料理の精度を上げていかなきゃならないし、むしろこれは歓迎すべきだよね)
慣れてなさそうな感謝の言葉を聞き、洗面所へとむかう。
洗面台で顔を洗い、ボーッとしていた意識を覚醒させる。ここに来る以前と変わらない左眼……
(本当に元にはもう戻れないのか……)
「よしっ!」
パンパンと顔に二、三度活を入れ直し、洗面所をあとにした。
(初めの取っ掛かりとしては、玉子料理が無難かな?目玉焼きでもいいけど、雫さんの飲み込み具合を見てみたい……厚焼き卵にするか)
冷蔵庫を開け、中を再度確認する。
卵、漬物、豆腐、納豆、海苔の佃煮、わかめ、苺のジャム、キャベツ、レタス、モヤシ、豚の細切れ、鮭の切身、マヨネーズ、ケチャップ、わさび、和からし、生姜、ニンニク、牛乳、OJ、etc…etc
因みにご飯は昨晩準備して、朝炊き上がる様にセットしてあった。
あれ?なにかがおかしい……と首を捻った次の瞬間、両肩に手が乗り、背中になにかが押し付けられていた。
「……っ!!」
(なっ!?ちっ、近いってレベルの話じゃない!!)
目をキラキラ光らせた雫が『何を作るの?』と冷蔵庫の中を確認していた秀一の背中に胸を押し付け、同じ様に中を見ていたのだ。
雫に他意はない。自分の手で料理を作る……その新しい知識を身につける意欲に、ただ身体が反応してしまっただけのこと。雫が赤面していないことからそれが良くわかる。
すぐに調理を開始しなければ!と思考が切り替わる。
「今日は厚焼き卵を作りましょう!まずは玉子を二つ用意します!」と玉子に手を伸ばすと、やっと身体を離してくれた。
振り返ると体を離した雫は至って普通の顔をしている、全く他意はなかったらしい……素でアレをやっているのであれば、色んな意味で危ない。
(はぁ~~っ…これは心臓に悪い…でも、コレは注意のしようがない……どうしたものか)
「……ふぅ~っ」深呼吸をし、いつもの仮面を被る……感情の発露を制御する為に
「……手本を……って料理なので、正解はありませんが見ていてください」
『なるほど、正解はないんだ……』
「好き嫌いがありますから、特に味付けに関しては、ですけどね」
玉子を溶くための器を用意、一つだけ玉子を割り、白身を切るようにかき混ぜる。味付けは好き好きたが、朝は甘めでいいだろうと砂糖を加える。味を整えるために少量の塩も足しておく。
本来であれば、出汁を加える方が好ましいのだろうが、今はそれを省く。
玉子は共立てではなく、別立てにしたほうが仕上がりが滑らかになり、口当たりも良くなると言う別の調理法もあるが、お店で出す料理ではないので、そこまで手を掛けるつもりはない上に、今日は雫が見よう見まねで簡単に作れるよう、なるべく簡潔にしたいところではある……ので、今回はやらない。
厚焼き卵用のフライパンに薄く油を引き、かき混ぜた玉子を数回に分けて薄くフライパンへ流し入れる。
フライパンに焦げ付かないように注意しながら、クルクルと巻いて形成し、また薄く油をひいては形成を何度か繰り返す。
気を抜いてしまうと直ぐに焦げ付いてしまうので注意が必要だ。多少形が不格好になってしまったが、今はこれでいい。
醤油などで仕上げてもいいが、とりあえず、見本として彼女に見せているので、隠し味等の手の込んだことは控える。
今回はかなり簡略化していると補足説明を少しだけしておいた。
「これを器に盛り付けてっと……これで完成です」
『んっ……おんなじように作ればいいんだよね?』
「そのとおりです……では、やってみてください」
『ぅ、うん……やってみる』
「はい、隣で味噌汁と野菜炒めの調理をしながら見てますから、分からないことがあれば、聞いてください」
その言葉に無言で頷き、作業に取りかかる。
メモを取りながら、秀一の一挙手一投足をしっかりと見つめていたためか、メモを傍らに置き、たまに確認しながらも、すんなり同じ物を作ってくれた。
彼女は物事を知らないだけで不器用ではないらしい。
秀一だって、そこまで博識な訳ではない。雫に教わる事もこれから沢山あるだろう。ギブアンドテイクだ。
玉子を割るのに少し苦労し、ひっくり返しながら巻くのに手間取って、多少焦がしてしまった程度で初めて料理を作るにしては、上出来だったと言える。
しっかり教えてスキルを身に付けたら、すぐに抜かれるなと思ったのは内緒の話だ。
上手く作れない様であれば、秀一が食すつもりだったが、今回は自分で食べて、今後の成長に生かして貰うことにした。
少し残念そうな顔をしていたが、力強く『……ぅん!頑張る!』と言っていた。
続けざまに教えるのもありかなと思うが、再度日付を確認すると、今日は闘技エリアに出向く日だ。
試合の時間が差し迫っている、そこまで余裕がない訳ではないが、あまり悠長にも構えていられない。
「今日はあまり時間がありませんので、次のステップは明日以降教えますね」
と言うとまた残念と顔に出していた。
(焦る必要はないんだ。着実に身に付けていってほしい)
今日のメニューは、ご飯に味噌汁、豚肉の野菜炒め、玉子焼き、漬物。
品目としては些か数が少ない…量は少し多めで朝食としては、少しカロリーが高めかなとも思うが、一度戦闘を行うと消費されるカロリーが一般人のそれとは半端ではないらしく、かなりお腹が空くのだそうだ。
(僕は、あの時意識を失って、そのまま病院にまっしぐらだった、強制的空腹感……その感覚は記憶にない。雫さんは、僕の事が気掛かりでそれどころでは無かったみたい……安心できると途端にお腹が減ったらしいけど、こればっかりは経験してみない事にはわからないな……)
「よしっ、雫さん、準備も出来たので食べてしまいましょう」
『……ぅ、うん、そうだね』
二人で手を合わせ「いただきます」『ぃ、いただきます』
手早く済ませなければならないほど、時間がない訳ではないのだが、雫が食事に手を付けず、モジモジとしていた。
「どうかしましたか?」首を傾げずにはいられない。
意を決した様で秀一に熱の籠った視線を向ける。
『しゅ、秀くん……ぁ、あーん……』唐突に箸が目の前に伸びてきた。
(こっ、これは……どっ、どうしろと!?)
一口で食べきれるサイズの厚焼き卵が目の前に差し出されるが、頭がフリーズを余儀なくされる。
据え膳食わぬわ男の恥……意味合いは全く違うが、食べなかったら食べなかったで雫に恥をかかせてしまう。
(彼氏彼女の関係ではないのに、こんなことをしてしまって本当にいいのだろうか?でも……)
少し涙目になり始めている雫を見て、差し出されたモノを食べる覚悟を決めた。
「……ぁ、あ~ん……」
『お、美味しい?』
「えっ、えぇ、美味しいです」
二人とも赤い顔をしながら、食事を進めていった。
後片付けと身支度を整え、家を出る前の最終確認を行う。
「では、行きましょうか」
『秀くん……無理はしないでね』
「流石に前回の様なことはないと思いますが、無理そうなら降参して病院に直行しますよ」
「多分、今日の相手も経験が僕より上だと思いますからね」と小声で言った。勝てる自信は正直な所ない。
不味い、雫さんに気まずそうな顔をさせてしまった。心配をかけるようなことは言うべきではない。
小声が聞こえてしまったと思い「大丈夫ですよ」とにこやかに言うと彼女は少し赤い顔をした。
『じゃあ、いこっ』と少し笑顔なってくれた。
家の外に出ると、戦闘する日には、断らなければ必ず移動用の車両が準備される為、既に送迎車が待機していた。
これももう慣れだろうと思い、諦めて車両に乗り込む。
移動する車内の中で雫が唐突に口を開いた。
『秀くん、秀くん……そういえば、オリジンスキルの事、何かわかった?』
「いえ、皆目検討がつかないですね」
『そっかぁ……』と下を向きながら何か思案している。
(オリジンスキルか…………皆が所持している身体能力をあげるベーススキルだけでは、勝利条件としては厳しい。特に僕の場合は、新人やそれに準ずる様な人達とのバトルは見込めない。相手がオリジンスキルを所持していると言う前提で闘わなければならない)
(場合によっては、ランク落ちは覚悟しなくちゃならない。ランク落ちによってどんなペナルティがあるのかは、経験しなければ解らないだろう)
ここでランク制度について少し詳しく語っておこう。
ランクとは、眼球の色彩によって変わるもので、現状知られている序列は、
金剛石<藍玉<青玉<翠玉<黄玉<鋼玉(橙)<紅玉(赤)<紫玉の順となっている。
上記の様に正式名称で呼ぶ者は、ほとんどおらず、白=ホワイト・藍=インディゴ・青=ブルー・緑=グリーン・黄=イエロー・橙=オレンジ・赤=レッド・紫=パープルと色を英名で呼ぶのが通例である。
色彩の変動によって、何故力の差が生じるのかは、いまだに解明されてはいない。この名前の本当の意味を知るものは発症者の中では皆無である。
序列上位と下位では、かなり力の差があり、ランクが離れ過ぎていると勝負にすらならない。
よって、上位の者との戦闘で勝利した場合には、昇格条件とPTの優遇措置がされる。
上位になると、発動できるベーススキルも違うらしい。
上位第一位に関しては、詳しい昇格条件は分かっておらず、存在自体は知られているが、現在の収監者の中には、最上位者はいない。
初めは青玉ランクからスタートして、五戦勝利ないし敗北することによって昇格もしくは降格が確定する。
つまり、序列第二位まではこの条件が遵守されており、ランクの昇降格については、戦闘終了後、瞳の色彩をカメラによって撮影される(どこで撮影されているのかは解らない)これはPT管理の為だ。
最下位が金剛石となっているが、これはLost Eyesを意味する。
高ランクのものとの繋がりがあることによって、様々な事が便利になる反面。AE発症者から不必要な反攻をくらってしまうことも多々ある為、他者に対して、色彩を確認させない様に、ハイディングスキルが全ての発症者に備わっている。実際、秀一自身もソレを使用している。
故に闘い以外の場では、誰がどのランクの人間なのかは、本人が真実を吐露しない限りは解らない。
戦闘の場では、ハイディングを解除しなければ、力の解放が出来ない為、戦闘がおこなわれる際には、必ずハイディングが解除される。
ランクによる配当金の分配制度
分配PTの元金
藍玉:5000PT
青玉:10000PT
翠玉:25000PT
黄玉:40000PT
鋼玉:80000PT
紅玉:200000PT
紫玉:500000PT
基本的にPTは、日本円だと思ってくれて問題ない。云わば、生活費である。
上位に行けばいく程PTが優遇されており、戦闘終了時に自動的にアクセサリーに付与される。
これはここの力量の差のみで金額を設定されているのではなく、上位に行けばいく程勝ちにくく、上位いくほど人数がかなり少ない為、上位同士の戦闘の回数が制限されている事が理由とされている。
戦闘の複雑化や戦闘技能の精錬性、武器使用の有無など、今の秀一達では分かっていない制限が外され、戦闘が激化するともされている。
今でこそ、一日おきに戦闘を行っているが、上位に行けばいくほど戦闘回数を減らす事も可能である。
実際のところ、どれだけ戦闘をこなせば、秀一達が安定して生活を行うことが出来るか分からない為、戦闘の数を増やしているだけなのだが……
本来は、もっと少ない戦闘数でも生活できるのかもしれないが、秀一は家政婦でも、主夫でもない。今まで家計の財布の紐を握った事はない。故にどれだけのお金があっても安心は出来ないのだ。
以前話した事ではあるが、元金に対して、勝利:敗北→3:2の割合でアクセサリーに付与される。
イレギュラーではあるが、Draw-Game……すなわち引き分けの場合の分配は、1:1となる。
上位対下位の場合は、完全なるイレギュラーの為、分配PTはその限りではない。
下位の者には、通常戦闘の倍以上のPTが付与され、上位の者の場合、通常戦闘の2分の1以下というPT設定になる。
つまり、青玉VS翠玉だった場合
青玉勝利時 青玉:15000PT、翠玉:4000PT
翠玉勝利時 青玉:10000PT、翠玉:6000PT
話を元に戻そう。
スキルについてだが、よくよく考えてみると、ここに来た直後の説明では、オリジンスキルは所持している人間が少ない、と言う話ではなかっただろうか?
もしかすると、スキルは秘匿しなければならない?
恐らくではあるが、前の戦闘で意識を刈り取られる際、対戦相手に秀一は、オリジンスキルを使用されたと判断している。
しかし、何をされたのかはすぐに意識を刈り取られたので、全く覚えがない。
個人個人スキルが違うという事は、同じように発動に必要な条件が違うと言うことなんだろうか?
等と考えているうちに闘技エリアに到着してしまった。
雫も思案していたようで闘技エリアに到着したことに気が付かなかったようだ。すでに車は止まっており、下車を促すように後部座席の左手側のドアが開いた。
『今日は、もしかすると時間が掛るかもしれないから、秀くんの戦闘が終わったらメッセージが欲しい。わたしがすぐに帰ってこなかったら、まだ戦闘中だと思うから先に帰って』
と雫が唐突にこんな事を言い出した。やけに語尾に拒否の意思が見える。
「いいんですか?僕の方こそ時間が掛るかもしれませんよ?」
『……ぅん、ちょっとやりたい事もあるし、長居するつもりはないんだけど、多分時間をかけなきゃ分からない事だと思うから……』
と少し俯き加減に話した。何か覚悟を決めているようだった。あまり追及しても彼女が困ってしまうだけだ。ここは大人しく引き下がろう。
「分かりました。こちらが終了した時点でメッセージを送りますので、雫さんも終了した時点でメッセージを送り返してください」
彼女は静かに『ぅん、ごめんね』とだけ呟いた。
事前確認をしたが、今回彼女と戦闘エリアがかぶってはいない。秀一は中央から見て東側、雫は南西側。
「では、家で合流という形になるでしょうか?話を聞く限り、時間の余裕は僕の方がありそうですし、買い物は僕の方で済ませておきますね」
『本当は付き合いたいんだけど、ごめんね』
「いえいえ、お気に為さらず。っと、ではいきましょうか」
『じゃぁ……またあとでね』と彼女は踵を返し戦場へと向かっていった。
さてと、僕の方も悠長にはしていられないと足早に己が戦場へと向かう。
今回は、廃墟か……壊れたビル群の中にあるエリアだ。
商業区とは違い、高層ビルの残骸などが多いのが特徴だ。古めかしいわけではなく、人為的に壊されていると感じる事が出来る。
元々このエリア事態は、会社員等の仕事場として本来使われていた場所ではないだろうか?
ところどころ崩れかけた舗装道路を歩いて行くと今回の場所へと到着した。
前回の対戦相手とは違い、優しそうな眼をした秀一より少し年上の少年がそこにいた。
『やぁ、君が僕の対戦相手かい?』
「えぇ、そうですね。お互い雑談をしに来たわけではないでしょうから、すぐに始めましょう」
アクセサリーに触れようとしたところで、相手方から待ったがかかった。
『ちょっと待ってくれ。ひとつお願いがある』
「えっと、唐突になんですか?」AE感染者と思えぬ発言に正直少し驚いた。
(お願いとは何だろうか?)
『お互い戦闘不能になる前に、降参しないかというお願いというよりも提案だ』
「……構いませんが、何故そのような提案を?」
AE・GE感染者は、お互いに遭遇して相手を視認したら攻撃したくなるような存在ではなかっただろうか?と首を傾げずにはいられない。
『僕は別に本気で戦いたいわけじゃないんだ。元々、僕はこちら側の人間じゃない』
雑談をするつもりはなかったのだが、彼の発言がかなり気になった。
「こちら側の人間ではないとは、一体どういうことですか?」
『AEとGEの実態は君も知っているだろう?……加害者・被害者という関係さ』
それは当り前の事ではないだろうか?と首を捻っていると
『これは先生曰くなんだけど、僕は本来ここに来るべき人間ではなかったっということだ』
「先生?」
『君がよく知ってる榊原先生だよ……先生から頼まれて、君の相手をすることになった』
「なるほど、依頼と言うのは、理解できました。その……ここに来るべき人間ではないってどう言うことですか?」
『普通のAE発症者っていう奴はどんな奴でも、GE発症者を虐げたいという気持ちが、どこかしら根づいているらしいんだ。ランク下位の人間は特にね……それが僕には全くないんだよ』
「あなたは僕の敵ではないと言いたいんですか?」
『いやいや、ここに来ている以上、僕は君の敵で、君は僕の敵だ。厳密に言えば、僕は君の敵ではないのかもしれない。だが、キミと僕は戦わなくちゃならない。僕がAEでキミがGEである以上ね』
少し目を伏せながら彼は呟いた。
『でも、生きる為……護る為じゃなければ、本当はこんな事はしたくないのも事実なんだ』
「そういった考えの人も中に入るって言うことですか?」
首を傾げつつも、首を縦には振らなかった。
『詳しい事を知っているわけじゃないけど、例えそんな人間がいたとしても数はかなり少数だと思うよ………僕はね、加害者に罪を着せられた人間……完全なイレギュラーなんだよ』
「は?」言っている意味が出来ないと、秀一らしからぬ素っ頓狂な顔を披露してしまう。
『僕が守ろうとしていた女の子に対して、僕が黒幕だと伝えたのさ……もちろん、否定はしたさ。無理な話だった……本当の黒幕が彼女の親友だったんだ。信じないわけがないだろ?』
「なっ!!もし、その話が本当ならそんな理不尽!!」
『加害者側の人間は、全員AE発症者になってる。あの子の親友だって例外じゃない……僕だけが加害者ではないのに、AEを発症したイレギュラーなんだよ。彼女は心の底から、僕を敵だと認識してしまったらしい』
ギリッと奥歯を噛み締め、想いを秘めるその瞳には、憎しみ・恨み・辛みの負の情念が籠っていた。
『だから、僕がこの瞳を背負っている以上、どこまでいっても君ら側の人間じゃない……加害者側の人間、確かに理不尽さ……けど、そのおかげで直接会うことは出来ないけれど、彼女の傍にいる事は出来る』
そうまでして守りたい人だったのだろう。そこに悲壮感はあまり感じられない。
しかし、彼が陥っているこの現状にほんの一欠片でも希望はあるのだろうか?それは誰にもわからない……
『とまぁ、僕の話はここまでだ。その話は置いておこう』
「それでも生きる為に戦わないといけないということですね」
彼は深く頷いた。
『でなきゃ、これからも彼女を守りつづけることなんて絶対にできないからね』
「それは、ぼくにとってもですよ……では、手加減抜きで戦闘不能になる前に降参でしたね」
『話を分かってくれて助かるよ、それじゃなきゃ決着はいつまでたってもつかないからね……』
『それじゃあ、始めようか』その一言で先程の優しさを帯びた表情と瞳に闘う意思の火が灯る。
「分かりました」
そう言って二人が目を瞑る。二人とも思考を逆転させ、目の前の敵に集中する。
お互いがアクセサリーに手を触れ、戦いの火ぶたが切って落とされた。
以前のデータと比べ、4300文字強の追加です。
お手数ですが、もう一度、お読みいただければ幸いです。